それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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間話・初めてのダンジョン

 

 シンと名付けられた少年がいた。

 

 独立都市国家アルファーにて誕生した彼は、この世に生まれ落ちた瞬間から一度も泣いたことがなかった。

 

 最初、産声すら上げない彼を見て両親や産婆は心配したが、特に問題なく正常に呼吸をする姿を確認すると、揃って安堵のため息を溢した。

 

 シンは普通の赤子ではなかった。

 お腹が空いても、おしめを濡らしても泣くことがない。

 それどころか、夜泣き一つした事がない。

 

 そんなシンを、両親と母方の祖父は特に気にする事なく可愛がった。ごく稀にそういう子供が生まれる場合がある事を、魔術師の祖父が知っていたからだ。健康面で問題がないのであれば、彼らにとっては特段気にする事でもなかった。

 

 シンは泣きはしないものの、不快感は言葉で表現する。ぼんやりした瞳で両親を見つめながら、ふてぶてしく「おぎゃあ」と食事を要求する姿は、一般的な子供のそれではなくても、彼らにとっては可愛い我が子だった。

 

 父親は「これは大物になるぞ」と言いながら、自分から遺伝したシンの黒い髪を撫でて笑った。

 

 母親は「いいんですよ、大物になんてならなくて。元気に育ってくれれば、それで」と言い、夫に撫でられて不満そうなシンの頬を撫でた。

 

 家族から惜しみない愛情を注がれて、シンはスクスクと育った。上位冒険者である父親と、魔術師である母親。その両方の才能を兼ね備えて、有望な将来を期待されていた。

 

 そんなシンは、両親に愛されていたシンは。

 まだ四歳のシンは、何の間違いか。

 

 たった一人で、ダンジョンに潜っていた。

 

 

「ふむ、なるほど」

 

 年齢に似合わしくない落ち着いた声で呟き、シンは周囲を見渡す。うんうんと独り言を呟きながら頷くのは、以前からの彼の癖だった。

 

 四歳の子供が、一人ぼっち。

 それも、命の危険があるダンジョンの中で。

 

 そんな状況においても、シンは泣かない。

 それは自分の置かれた状況を理解していない、無知故の行動ではなく。むしろ、誰よりも正確に現状を理解しているが故の……納得ずくでの態度だった。

 

 シンは理解していた。

 

()()、死にましたか」

 

 己が、僅か四歳で死を迎えた事を。

 

 

 

 

「では、攻略していきましょう」

 

 自分が死んだ事を知りながら、シンは欠片も動揺を見せない。死を経験するのが()()()で慣れていたというのも理由ではあるが、それ以上に、死を経由して手に入れた自らの力を試したくて仕方がなかった。

 

 この大陸で死んだ者は稀に、生前の記憶を保ったまま“魔人”という形で蘇る。シンは死という過程を経て、新しい名前と力を手に入れて、ダンジョンの奥底に産み落とされた。

 魔人としての彼の名前は、シンギュラリティー。

 

 常人とは異なる視座を持ち、無限の可能性をその身に宿す者。

 

 その能力で、シンは己の現状を正確に把握していた。

 

「初期のジョブは……ソードマンですか」

 

 万能の天才であるシンだが、才能を開花させるためには当然ながら知識と経験が必要だった。未だ何者でもない以上は、下位のジョブであるソードマンから鍛えていく必要がある。

 

 ウィザード・ツリーも魅力的だが、そちらは性別:女性であるリティーの方が適性が高い。この場で性別を変更する事も選択肢の一つではあるが、最終的に全てのツリーをマスターする必要がある以上は、現状から変更する理由は見当たらない。

 

 シンは自身の胸に手を当て、内面世界から一本の剣を取り出す。剣士である父親が使用していた剣を模して作られた、頑丈なだけのロングソード。シンの肉体に合わせた大きさで生成されているため、ショートソードと呼ぶべきかもしれない。

 

 その剣を眺めて、シンは悼んだ。

 

「お父様」

 

 シンの父親は、シンと母親を庇って死んだ。シンの目の前で、その命を散らした。

 

 その時に溢れ落ちた経験値を用いてシンが作ったのが、この装飾のない直剣だった。つまり実質的に、父親の形見だった。

 

 剣身に反射して映り込むシンの瞳からは、涙は流れていない。生まれて初めて認識した顔と名前であるはずなのに、それが永遠に失われたのにも関わらず、泣く事ができない。

 

 分かっていた事だった。

 分かりきった事だった。

 

 それに……こうして今も、手の中に父は居る。

 だから、悲しくはない。

 

 

「見ていてくださいね。僕、頑張りますから」

 

 そして、悲しんでいる時間もなかった。

 魔人になった事で、シンは世界の形を理解した。

 

 シンが手に入れた視界(のうりょく)で見た世界は、その根本となる前提が明確に破綻しきっていた。どのような選択肢を辿り、どんな未来に辿り着いたとしても。

 遅かれ早かれ滅びる、そんな形をしていた。

 

 世界を一本の木で例えるならば、シンの産まれた場所は分岐した枝だった。だが、その枝の生える大元の幹が既に崩壊している。

 

 今を生きる人々がどれだけ足掻いたとしても、ふとした拍子に世界は滅びを迎える。遥か千年以上前に起きた出来事によってそう定められている。今の時代は確定した死を迎えるまでの、いうなれば終末期のようなものだった。

 

 あらゆる可能性を観測する魔人であるシンギュラリティーだからこそ、その結論を導き出す事ができた。

 

 ならば、座して滅びを受け入れるのか。

 シンにそのつもりはない。

 

 ()()()()()()()()()は知っていた。

 自身と同じように、世界を知る者たちが其々の手段で滅びを避けようとしている事を。それらが連綿と続く事で、この千年間の歴史が残っているのだと。

 

 ならば――――。

 

「お二人から産まれた僕が、世界を救ってみせます」

 

 決して簡単な道のりではない。

 だが、諦めなければ辿り着ける可能性がある。

 

 この世界に生まれたことで、シンはようやく“他人”というものを知った。世界に自分一人ではない事を理解し、長年の孤独は癒えた。

 

 だから、この世界を守るために。

 シンは自分の全力を以て、救世への道を駆け抜けるつもりだった。

 

 そのためには、少しでも早くこのダンジョンを登っていく必要があった。聖域に隠されたダンジョン――“天地貫く螺旋階段”を登り切り、現世へと戻る必要がある。

 

 そして何より、魔物を倒す事で手に入る経験値を蓄える必要があった。何をするにもまずは、ジョブを解放して装備を整えなければ始まらない。

 

 この世の全てのダンジョンを踏破する。

 シンの辿る長い旅路、その一歩目は――――。

 

 

「まぁ、死にますよね」

 

 ごく普通に、当たり前のように頓挫していた。

 リティーは自らの足元に転がる()()の死体を見下ろして、納得するように頷く。

 

 初期ジョブ、装備なし、仲間なし。

 回復のための道具もなければ、魔法も使えない。

 

 いかに魔人といえども、四歳の肉体で戦って生き残れるはずがない。ダンジョンで遭遇した初めての魔物と戦った事で、シンは順当にその命を散らした。

 

「やはり、ソロだと回避か回復が必須ですね」

 

 リティーはシンの遺体(じぶんだったもの)に残っている経験値を回収しながら、そう呟く。あくまでこの世界は現実であり、戦いが終わった瞬間に傷が全快することはない。どれだけ奮闘したところで、傷を治せないのであれば。いずれどこかで死ぬ、というのは当たり前の事だった。

 

 死んだついでに性別:女性(リティー)に切り替えたのは、そういう事だった。先に回復魔法を習得するか、遠距離から魔法で戦う。ある程度の装備が整うまでは、そうやって戦うことに決めた。

 

 手に持っていた剣を体内に収納し、代わりに杖を取り出す。そこそこに年季の入った()()()()()()、リティーの能力によって生み出された杖。

 

 母親が祖父から譲り受けた杖を、母親が残した経験値で再現したものだった。つまり実質的に、母親の形見だった。

 

「お母様」

 

 父親に似て黒髪だったシンとは違い、リティーは銀髪だった。物語から抜け落ちてきたお姫様のような母親の、その綺麗な髪色が。シンが魔人となった事でこの世界に残ったというのは、いかにも皮肉だった。

 

「待っていてくださいね。僕、やり遂げてみせます」

 

 シンが差し違えた魔物から得た経験値を使い、クレリック・ウィザードのジョブツリーを解放する。残った経験値で杖を強化し、装備品の恩恵という形で間接的に肉体の性能を強化する。

 

 自身の性能が上がった事による、一種の万能感がリティーを包み込む。これから先何度も体験する事になるその感覚が、リティーの背中を押して前へと進ませる。

 

 強くなる事は、ジョブと装備を整える事は。その肩に背負った使命には似つかわしくないほどに、楽しいものだった。

 

「行ってきます」

 

 

 一ヶ月が経った。

 

「このペースじゃいつまで経っても現世に戻れませんね。何か手はないか……そうですね、強くなるための知識を集めましょう。幸いにも、聞く相手には困りませんし」

 

 さらに二ヶ月が経った。

 

「情報が多すぎてアクセスが不便ですね。検索の機能を持たせて……折角ですし、攻略Wikiとして纏めましょうか。これまでに判明した事も記載して、いつでも確認できれば便利そうです」

 

 さらに三ヶ月が経った。

 

「掲示板というのも、案外悪くないですね。虚しいだけかと思いましたが、想像よりも色々な話が聞けて楽しいです」

 

 さらに半年が経った。

 

「やはりダメですね。このままでは間に合わない」

 

 

 シンが魔人となってから、一年が経過した。

 

 その一年をかけて、シンはダンジョンの四分の一も登れていなかった。

 

 一人である事、全体で見ても攻略難易度の高いダンジョンである事。それらを考慮すればあり得ないほどの攻略速度だが、攻略Wikiに集まりつつある世界崩壊までのシナリオの数々を思えば、こんなところで時間を掛けてはいられない。

 

 仮にこの世界をソーシャルゲームに例えるとすれば、まだチュートリアルが終わっていないも同然なのだ。

 

 そして、この世界はソーシャルゲームのように都合よくシンギュラリティーが成長するのを待ってはくれない。来るべき時のためには、可能な限り速くアルファーへと戻って環境を整えなければいけない。

 

 シンの力の源は、多彩なジョブへの適性の高さと経験値から生み出す装備による補正だった。ジョブを習得するには経験と知識が、装備を手にするには強大な敵が必要だった。

 

 シンは更に一つ、自分の力を発展させるための決断を下した。

 

 

「犠牲を強いる事になりますが、()ならそうするでしょう。どのみち、僕が失敗すれば全てが水泡に帰す事になる……ならば、納得出来るはずです」

 

 シンギュラリティーは一度に10の武器を装備する事ができる。生み出す装備はそれぞれ別の力を持ち、だけど、似たような効果のものもある。取得する経験値の源の性質によって、それは左右される。

 

 一つのダンジョンの中で手に入るものには、限界がある。ならば、それが“在る”場所から持ってくればいい。

 

 知識や経験を引っ張ってくるように、経験値や物質も引き寄せる。それがどのような犠牲を伴うのかを理解しながら、シンギュラリティーは実行する。

 

 決して揺れるはずのないダンジョンが、悲鳴を上げた。

 

 

「これが、錬金術の力」

 

 一つの可能性を犠牲にする事で、シンギュラリティーは新しい力を身につけた。それは彼にしても苦渋の決断だったが、ダンジョンの攻略に大きく貢献する結果となった。

 

 そしてそれ以上に、重要な知見を彼に齎していた。

 

 

「救援……そうか、ダンジョンを揺らしたから」

 

 聖国に秘匿された聖域でもある“天地貫く螺旋階段”が、シンの行動によって悲鳴を上げた。その事を問題視した聖国によって、ダンジョン内部へ調査が入る未来が開けた。

 

 

 この日から更に効率よくダンジョンを登っていくようになったシンは、ダンジョン内部を調査していた聖国の調査団によって救出される事になる。

 

 シンが魔人となり、ダンジョンの奥底に産み落とされてからおよそ二年。シンが六歳になった時の事だった。

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