「前回までのあらすじ
チュロカンタからの依頼を受け、漁村アウトラートを訪れたリティーとアクア。バカンスを楽しむ彼女達の前に、怪しい二人組が現れる。
その二人組――――聖国から来た聖人と名乗る者達の襲撃を受け、リティーは重傷を負ってしまう。アクアの魔法のサポートにより、命からがら海中へと逃げ出す二人。
その先で出会ったのは、言葉の通じない魚人(?)の戦士だった!?
何故かアクアに友好的な魚人からの手当てを受け、リティーは間一髪の所で意識を取り戻す。魚人からの食料提供を受けながら、二人は洞窟で息を潜める。
しかし、彼女達を追って聖人二人が姿を現す!
彼女達は“魔人”であるリティーと、彼女を匿った者を“異端”に認定し、抹殺対象であると告げる。
有無を言わさず襲いかかる聖人たち!!
――――リティー達の運命や如何に」
「あの、シンはさっきから何を言ってるですか?」
「知りません。モルセを巻き込まないでください」
「聖国に“異端”なんて制度は無いんだけどね……?」
ビーチチェアから立ち上がり、リティーはその場で意味不明かつ意味深な言葉を口走る。その表情は無そのものだが、相反して言葉には熱がこもっている。
出会ってから今までの間で一番感情を込められているその台詞に困惑するチュロカンタと、困惑の籠ったチュロカンタの視線を無視して手元の本を読み進めるモルセ。「聖国ってそんなに物騒なイメージあるのかな?」と首を傾げつつも、リティー・モルセ・チュロカンタの水着姿を三角見するマリア。
モルセに袖にされ、困ったようにリティーへと視線を戻したチュロカンタ。その目をしっかりと見つめ返して、リティーは一つ頷いてから口を開く。
「おさらいは大事だと思いまして」
「何一つ現実に掠ってなかったですけどね。捏造でモルセ達を野蛮人扱いするのはやめてもらえませんか?」
モルセはリティーに辛辣な反応を返しつつも、視線は手に持つ本へと向けている。
その剣呑な空気を察したのか。護衛役を務めているル族の犬獣人は一度だけ三人に視線を向けるも、我関せずと言わんばかりに海へと視線を戻す。彼女だけは水着ではなく、ル族の民族衣装を着込んで帯刀している。海の方から漂う不気味な気配に対して警戒を解かないまま、それでも耳だけはリティー達の方へと向けていた。
彼女だけではない。
水着姿のままではあるものの、モルセとマリアも各々の武器を手に取っていた。モルセは真っ白な本、マリアは植物が絡み合った見た目をしている槍。傍目からは武器には見えないものの、それらは間違いなく二人の“奇跡”を補完するための“聖具”だった。
この場所が観光地の浜辺であり、周囲で観光客が海水浴で楽しんでいることを考慮すれば。武器を構えている彼女達の姿は、明らかに異物だった。
ちなみに、非戦闘員であるチュロカンタは手ぶらであり。その護衛として雇われている筈のリティーは、何故か浮き輪を持って構えている。それは観光客の姿としては正しいものだったが、この緊張感の中では逆に浮いてしまっている。
焦点の合わない瞳を海へと向けて、リティーは確信を持って頷く。
「来ますね」
「分かっているならさっさと戦いの準備を……いえ、待ってください。もしかして、
「はい、その通りです」
モルセが浮き輪へと人差し指を向けて指摘すれば、リティーはいかにも真剣そうな雰囲気を漂わせて肯定する。あっさり認めたリティーを得体の知れないものを見る目で一瞥し、口を一度、二度と開閉させてから。最終的には何も言わずに、海へと視線を戻す。
リティーが意味の分からない事をするのは、いつもの事だった。それを一つ一つ指摘していては、モルセの気力がもたない。何よりも認め難いことに、モルセ自身の感覚が常識を突き放して
そして、そんな事を気にしている余裕はない。モルセの視界の彼方から着実に迫りつつある、
「“
モルセが口の中で呟くと同時、彼女の目を覆う布に刻まれた瞳の模様が輝き、手に持った本がひとりでに宙へと浮かび上がる。
明らかに超常の力で以て行われたその現象に、この中で一番常識的な存在であるチュロカンタが目をパチパチと瞬かせ、モルセの顔と本の間を往復するように視線を彷徨わせた。
「――――あと十分で魔獣が浜辺を襲いますね。マリアさん、一般人を散らしてください」
「姫の仰せのままに、お任せあれ」
その奇異の視線を気にする事なく、モルセは傍らのマリアへと指示を出す。国での立場はマリアの方が上だが、現場での指揮権は予知能力者のモルセの方にあった。
ウィンクと共に気障ったらしい返事をしたマリアが、槍を携えたまま、ふわりと浮かび上がる。
そこから十秒ほど時間をかけてゆったりと上昇したのちに――――急激な加速を伴って、弾き出されるように空へと駆け上る。
地上から見た彼女が、あっという間に点ほどの大きさになった後。マリアを中心として風が動き出し、瞬く間に雨雲が発達して晴天を覆い隠すと、轟音と共に地上へ向けて大量の雨を降り注ぐ。
それは一般的な雨よりも圧倒的な量と勢いを持つ、いうなれば局地的豪雨とも呼ぶべきものであり。突然の大雨に見舞われた観光客達は、我先にと浜辺から離れて屋根のある場所へと逃げ出していく。
一部根性のある客がその場に留まろうとしたものの、雨音の中に雷鳴が混ざるようになると、潔く諦めて陸へと上がっていく。
五分ほども経てば、浜辺にはリティー達以外の人影は見えないようになっていた。
「取り残された人はなし、全員の避難を確認しました。死相は見当たりません、これで無辜の民を巻き込むことはないでしょう」
「お見事です。久しぶりに見ましたが、相変わらず強力ですね。触媒も儀式も魔力も導力も必要なしに、気分一つで雨を降らせ雷を落とす。テキストだけでも強いのがわかりますが、実際の挙動を見ると感動します」
「まぁ……これだけが取り柄の人ですからね。普段があんな調子なので、こういう時だけでもちゃんと働いてもらわないと困ります」
リティーからの賛辞を流しつつ、モルセはさりげなく毒を吐いた。それは悪意によるものではなかったが、だからこそ節々に苦労が色濃く滲み出ている。その脳内で何を思い返しているのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「随分な言い様じゃないか。そんな風に思われていたなんて……モルセ、私は悲しいよ」
「なら、もう少し取り繕っては如何ですか」
一仕事終えて降りてきたマリアの言葉を一蹴し、モルセは海へと視線を戻す。すげなくあしらわれたマリアは地面から少し浮かんだ状態のまま、切なげな表情をモルセに向けていた。彼女の肉体は雷を纏い、時折稲妻が体表を走っては、その手に持った植物の槍に吸い込まれるように消えていく。
雷雨を手足のように操る、それこそがマリア・ウェザードが“嵐の如き”と呼ばれる所以だった。
「チュロさん、念のため下がっていてください」
「シン、気をつけるですよ」
「はい、ありがとうございます」
リティーの目配せに対して頷き返したル族の護衛が、チュロカンタを伴ってその場から離れる。チュロカンタは非戦闘員の自分が近くにいるだけで邪魔になる事を理解していたため、弟分の身を案じつつも素直に言葉に従う。
雨が降り視界が悪い中で、チュロカンタは何度もリティーのいる方へ振り返りながらその場を離れる。リティーは背中を向けたまま、チュロカンタからの視線に対して手を振り返して「心配は不要」と伝えた。
「――――強敵、登場ですね」
雨音が徐々に強まる中でも、リティーの言葉はその場の二人にハッキリと届いた。三人が見つめる先、水平線……というにはあまりにも近すぎる場所に、
マリアの力によって降り注ぐ雨に遮られながら。リティーはジョブと武器によって強化された視力で、マリアはその身に宿した奇跡による恩恵で、モルセは研ぎ澄まされた超常の視界によってそれを見る。
常人なら判別できない距離、ポツンと浮かんでいる小島。ゴツゴツとした岩のような鱗に、角のようにも見える巨大な二本のトゲ。
元になった生物の特徴を残しつつも、人を殺すために歪に発達した凶悪な肉体。
魔獣、それは大陸に跋扈する人類の脅威。
そうあれかしと生み出され、明確な殺意を悪意を持って人を襲う。純然たる害獣にして、人類に与えられた試練。名前をつけて区別する事すら馬鹿馬鹿しいほど多く存在する種類の、その一つ。
口角を上げて、嘲笑っているかのように大きく開いた、大小様々な歯――――いや、牙の生え揃った口。
人の全長ほどの大きさの、怒っているようにも見える力の籠った二つの瞳。
鬼の如き形相の、十メートルを超える巨大な魚の魔獣。
仮称――――“
今はまだ点のように見えるほど遠くから、
合図はなかった。
魔獣を待ち受けていた三人は、それぞれが自分の役割を果たすために動き始める。
マリアは激しい雷鳴と共に宙を舞い。
モルセはより深く“脅威”の懐へと潜り。
リティーは浮き輪を持って、平然と水面をひた走る。
目的はただ一つ。
理不尽に命を奪われる人々の救済のために。
魔獣によって齎される被害は、自然災害の一種に分類される。言葉が通じず、交渉の余地がない。どれだけ駆逐しても、いつの間にか次の個体が生まれ落ちている。そんな摂理が蔓延るこの大陸で人類が生きていくためには、常に身構え被害を最小限に抑えて、戦い続けなければいけない。
理不尽だが、自然とは本来理不尽なものだ。
そして、人類の大半は自然に抗えるほどの強さを持たない。
魔獣に限った話ではない。
火山の噴火は晴天を覆い隠し、降り積もる灰は未来を生きるための糧を容易く奪う。
氾濫した河や津波はあらゆるものを押し流し、後には何も残らない。
揺れる大地は人類の積み上げた文明を崩壊させ、人々は自ら生み出した物に押しつぶされる。
渦巻く暴風は抵抗すら許さず、場所を選ばず気紛れのように現れては全てを奪って消え去る。
悪意のある無しに関わらず、それが自然の摂理だった。
抗う術を持たない者は、災害の前では無力。
「モルセは認めません」
だからこそ、抗うことの出来る者が。
強き者が弱き者を守るために、その力を振るえばいい。
モルセは、何処にでもいる少女だった筈の彼女は。
自分一人だけ生き残ってしまったあの日から、その役割に殉じて死ぬと決めていた。