それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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 シンギュラリティーの強さの根拠になっているのは、幅広いジョブ適性による手数の多さと、その身に蓄えた膨大な経験値によって作成された武器による能力強化だ。

 

 ざっくりとした説明にはなるが、概ねその二つが戦闘力の大部分を支えていると言っていい。

 

 実際はもっと細々とした仕様による補正が常時働いている上に、明確に数値化されたステータスに複雑な計算式を掛け合わせて戦闘力を算出しているのだが……。

 

 その辺りの説明を始めると話が長くなってややこしい上に、システムという根幹部分に馴染みがない人々には伝わらない。しかも、実はシンギュラリティー自身も把握していない仕様があったりなかったりする。

 

 そんな訳で。

 シンギュラリティーは産まれてこの方、誰が相手でも自分の能力の詳細を説明したことはなかった。

 

 それで周囲の人間が納得するかといえば、当然ながら誰もが釈然としない感情を抱えているのだが。

 シンギュラリティーは存在そのものがびっくり人間であり、やることなすことの殆どが常識はずれで破茶滅茶なので……。

 

 なんか、まぁ、そういう奴なんだなという諦念めいた感情で受け止められている所がある。

 

 実際めちゃくちゃ強くて、街の発展に貢献していることは間違いないし。あと権力者の孫だし、本人も己の力で成り上がった権力者なのだから。

 

 そんな奴相手に表立って文句を言える真の勇者は、少なくともアルファーには居なかった。

 

 では、“真の仲間”としてパーティに加わった上に半強制的に共同生活を強いられ、常日頃から無茶苦茶に付き合わされているアクアはどう考えているのかというと……。

 こちらはこちらで、特に気にしてはいなかった。

 

 いや、リティーの本人にしか理解できない合理主義と人心の欠落ぶりには文句の一つや二つといわずいくらでも愚痴を吐き出せる状態ではあるのだが。

 それはそれとして、強さのメカニズムを説明されない事などは不満に感じていない。

 

 それはアクアが大らかというか、自身が強者側であるという潜在的意識の驕りからくる心の余裕を持っているからであり。

 リティーが“真の仲間”に選んだだけあって、余計な軋轢を生むことのない精神的な相性の良さが二人にはある。

 

 一ヶ月以上の付き合いにもなるのに決定的な諍いが起こっていない事からも、程度が見て取れる。

 

 リティーが意味不明な事を宣っても、一度ツッコミを入れるだけで流せるのがアクアの強みだった。まぁ、強いしいいか……と。

 

 もしそれが出来なかったのなら、彼女は今頃ノイローゼになっていただろう。

 

 

 

「説明しましょう。浮き輪って実は弓なんです」

 

 モルセの視界の端で、リティーが浮き輪に番えた矢を放つ。どう見ても浮き輪には矢を飛ばせるほどの張力があるようには思えないが、それでも矢は目にも止まらぬ速さで解き放たれ一筋の光へと変わる。

 

 浜辺はマリアの発生させた雷雲により視界が悪くなっていたが、モルセの目にはリティーの放った矢が的確に魔獣の両目に突き刺さり、そのまま勢いが衰える事なく頭部を貫通する光景がハッキリと映っていた。

 

 持っていた矢は一本だけだった筈なのに、なぜ両目を同時に貫いているのか。それどころか、魔獣がリティーに向けて放った針のような鋭さの巨大な角を五本同時に弾き返していたのはどういう理屈なのか。

 

 聖布で瞳を覆い、見るべきものを調整した上で。

 リティーを直視しないように気をつけているのにも関わらず、常識から外れた戦いを繰り広げているその姿に頭痛を感じてしまいそうだった。

 

 当たり前だが、モルセの常識では浮き輪は弓ではない。

 だが、リティーは浮き輪を弓であるという。

 

 そして実際に、リティーは浮き輪を使って矢を放つ事で浜辺に押し寄せる魔獣達を迎撃している。現実をそのまま受け止めるのであれば、事実を言っているのはリティーという事になる。

 

 頭がおかしくなりそうだった。

 

 

「モルセ!!」

 

 頭痛を抑えるように額に指を当てていたモルセの耳元へ、マリアの叫び声が届く。周囲に鳴り響く雨音、雷音に彼女の声がかき消されることはない。雨を降らせ、雷を落とせるように、マリアは風を操り声を届ける事もできる。

 

 その叫び声は、警告だった。

 

 宙に浮かんでいるマリア、何食わぬ顔で平然と水面に立っているリティー。この二人と違って、モルセは普通に浜辺に両足をつけて立っている。

 

 そう、人々や街をその背中で守るために。

 

 リティーとマリア、二人が迎撃しても落としきれないほどの脅威がモルセに向けて殺到する。

 

 通常の敵であれば、魔人であるリティーと聖人のマリアが攻撃を撃ち漏らすような事はない。両者とも人類のみならず大陸基準でも上澄みの強者であるし、戦い方もどちらかといえば遠距離での手段に偏っている。

 

 いま相対している魔獣も、その体躯こそ巨大ではあるがこの二人には到底及ばない。特別頑丈という訳でもなければ、特筆するべき特殊能力に恵まれている訳でもない。

 

 だが、数が多かった。

 感知に特化しているモルセの知覚は、鬼のような形相の巨大な魔獣が……他の二人に減らされた上で、三十体以上は押し寄せているのが見えていた。

 

 それらが、一体あたり五本以上は毒針を飛ばしてきている。しかも、体が大きいだけあって針も大きい。無防備に攻撃を受ければ、モルセの小さな体はそのまま弾け飛んで浜辺の染みになるのは間違いない。

 

 リティーの分裂する矢と、マリアの奇跡による落雷。

 その二つをもっても迎撃しきれない“死”の気配が、モルセとその背後の罪なき人々へと向かってきている。

 

 言われるまでもなく、全て見えていた。

 

 たった一本でも容易く人命を奪うであろう、死の脅威。

 リティーとマリアが撃ち漏らした数は、十三本。

 

 そのまま放置すれば、人々が死ぬ。それも、戦う術を持たない弱き者たちが。

 モルセにとって絶対に看過できない、最も卑劣な行いだった。

 

 

「聞け、聞きなさい、人の心を持たない獣たちよ」

 

 それは、戒めだった。

 

「生きるためではなく、食べるためでもなく

 汝、何故命を奪うのか」

 

 それは、宣告だった。

 

「何故、弱きを傷つけるのか」

 

 モルセが最も嫌う者たちへの、判決を下す言葉だった。

 

「汝、その行い、その有り様

 ――――卑劣であると知りなさい」

 

 モルセの瞳に映り込む、死の気配を纏った十三本の巨大な針。それらを絶対に許さないというモルセの感情に呼応し、宙に浮かぶ白い本が輝きを増す。

 

『第六の法、人を殺す勿れ』

 

 かつてこの大陸に命を齎し、人々の記録に残らないほど昔に去っていった旧支配者から与えられた、“法”を司る聖具。その力を借りる事で、モルセの予測した“死”は因果を遡り――――その卑劣な行いをしたものへ報いとなって跳ね返る。

 

 風を切り裂いてモルセへと迫っていた十三本の針が、その勢いのまま反転し、時を巻き戻したかのように同じ軌跡を辿って持ち主の元へと返っていく。

 

 それを見届けてから、モルセは小さく息を吐き出す。

 これから先どうなるかは、全て“視えて”いた。

 

 毒針をモルセ達へと向けて撃った魔獣達の、その体を覆うように白いオーラが纏わりついている。それはモルセの目にしか映らない“死”の気配であり、あまりにも濃いそのオーラはまるで景色から魔獣の存在だけを塗りつぶす白い絵の具のようだった。

 

 人に向けた害意を跳ね返された魔獣達が、自らの毒針に貫かれて次から次へと息絶える。

 

 

「よくやった」

 

 モルセによる反撃を空から見下ろして、マリアは呟く。

 その視線の先では、先ほどまでの進行とは違う動きを見せる魔獣達の姿があった。

 

 

 群れの全体の三分の一ほどが一斉に倒されたことで、魔獣達の間に動揺が走る。彼らには高い知性があるわけではないが、劣勢を理解する程度であればただの野生動物でも出来る。

 

 魔獣は人を殺す事が行動の指針ではあるが、その過程に拘るように作られてはいない。食べるものに困っているわけでもなければ、住処を脅かされて人を襲っているわけでもない。

 

 単純に、殺したいから殺そうとしている。

 それは人間に当て嵌めて考えるのであれば、あくまで“娯楽”に近い習性だった。

 

 だからこそ、予期せぬ反撃を受けて群れが壊滅しようという状態になれば逃げることを躊躇わない。魔獣達には、何がなんでもこの場で勝たなければいけない理由などないのだから。

 

 一匹、また一匹と。

 そこまでの差はないものの、生存本能が強いものから順に水の中へとその姿を消していく。人間は魔獣ほど自由に水中を動くことも、長く呼吸を続けることも出来ない。

 深く潜る、それは彼らにとって死から逃れるための単純な回避行動だった。

 

 

「これから君たちに、罰を与える」

 

 そんな魔獣達へと、マリアは判決を下す。

 

 想定していたよりも数の多い魔獣を前にして、マリアは慎重策を取っていた。マリアの宿した奇跡は聖国内でも強力な力を持っているが、闇雲に振るって適当に目についた相手を倒すだけでは撃ち漏らしが出る可能性がある。

 

 マリアとモルセにとっては取るに足らない相手でも、多くの人類にとっては魔獣という存在は災害に等しい。

 万が一ここで逃げ出されて、その逃げた先で別の住民を襲うような事が有れば目も当てられない。

 

 マリア達の目的は魔獣を倒す事ではなく、魔獣に殺される人々を一人でも多く減らす事。

 

 この場にいる魔獣を、一匹たりとも逃すつもりはない。

 

 考えなしに暴力を振るうだけでは、敵わぬと判断した魔獣達が逃げてしまう。ならば、逃げられないように全ての個体を同時に倒してしまえばいい。

 

 そのために適度に魔獣を引きつけながら、一網打尽にするための準備をする必要があった。

 

 マリアは奇跡を無計画に使うのではなく、最低限の攻撃に回しながらもその多くのエネルギーを自分の周囲に停滞させていた。その数は実に三十、生き残った魔獣達を上回る量の雷球がマリアを中心に円を描く。

 

 マリアは“罰”を司る旧支配者の力を宿した聖具を掲げ、奇跡によって生み出した雷に“罰”の特性を与える。

 

 

天罰(フューリー)

 

 それは旧支配者に代わって罰を下すための、天から降り注ぐ無情の雷だった。

 

 マリアが聖具を振り下ろすと同時に、それぞれの雷球が文字通り光となって水面へと降り注ぐ。

 

 そして……水面に落ちた後も一切勢いが衰える事なく、まるでそれぞれの雷が一本の槍のように水中へと伸び続ける。それはすでに逃げを打っていた魔獣達の背中を貫き、その命をもって悪業への償いを強制した。

 

 “罰”を与える雷は、ただの自然現象ではない。

 指し示された対象を逃す事のない、絶対の一撃だった。

 

 その手応えから、マリアは魔獣達の全滅を確信する。

 

 

 

ギ、ギョギョーーー!?

 

ぎゃーーーーーーー!?

 

 

 その時、何処からか悲鳴が聞こえてきた気がした。ふざけたような声と、それから、ちょっとだけ聞き覚えのある声。

 

 実際のところ、水中での叫び声など聞こえるはずがないため。ただの気のせいではあるのだが……。

 

 やけに嫌な予感がしたマリアは、高度を下げて海面を確認する。

 

 

 海面には、マリア達によって討伐された魔獣達がポツポツと浮かび上がっていた。魔獣は魔物と違って、死んでも肉体が消滅することは無い。

 

 水面はまさに地獄だった。

 

 針千本みたいに全身を矢に貫かれた魔獣。

 自らの毒針に体を貫かれた魔獣。

 マリアの雷で絶命した魔獣と、それに巻き込まれた大小様々な海産物。

 強い力によって顔を潰されて死んでいる魔獣。

 体を中心から綺麗に真っ二つにされている魔獣。

 手足の生えた謎の魚。

 うつ伏せになって水面に浮かび、全身を痙攣させている水着の美少女魔法使い。

 

 

「「あ」」

 

 水面から少し上を浮いているマリアと、普通に水面に立っているリティー。ほぼ同時に()()を発見した二人の気の抜けた声が、奇跡的なタイミングで重なる。

 

「やっべ」

 

 肉親に対しても敬語を崩さないリティーの口から、普段は絶対に言わないであろう砕けた言葉が発せられる。その一言はまさに、焦るマリアの内心を的確に言い当てていた。

 

 リティーの知識はあくまで攻略wikiと掲示板頼りの伝聞によるものであり、実は割とガバをやらかす事が多い。

 

 モルセの予測は正確だが、予測した内容に対してモルセ自身が関わる事で結果が逐一変化する上に、超常の力を覆して勝手に変数を書き換えるリティーが近くにいる事で十全とは言い難い。

 

 マリアの攻撃の直前に()()の“死”の気配を感じ取らなかったため、死ぬほどの事ではないのだろうが……。

 

 それはそれとして、リティー達の前に確かな現実として()()はプカプカと浮いていた。

 

 

 ()()は浜辺に向かって魔獣が攻撃を仕掛けているのを目撃し、急いで駆けつけ、水中に潜んでいる個体を撃破していた所でマリアの攻撃に巻き込まれた。

 

 傍らで浮かんでいる手足の生えた魚も、()()を手伝って魔獣達を格闘戦で倒していた所で巻き込まれた。

 

 そう、完全に事故だった。

 

 リティーの『真の仲間』であるアクアが

 ――――潰れたカエルのような姿勢で、そこにプカプカ浮いていた。

 

 少なくとも、美少女が見せていい姿ではなかった。

 

 

「ちょっ、あっ、し、シンくん!? これ大丈夫なのかい!?」

「あ〜〜」

 

 マリアの放った雷はただの自然現象ではない。

 大陸に由来する四属性に属さない、奇跡――すなわち天を根源とした光属性のエネルギーを利用した現象であり。

 そこに聖具の力を借りて“罰”の特性を持たせ、あらゆる防御を無視して貫通する攻撃へと変化させている。

 しかも、光属性を強化する武器を装備したリティーのパーティに加わった事で出力に大幅な強化も加えている。

 

 敵対者を対象とした攻撃のため、最大ダメージをモロに受けたわけではないのだが。

 

 それでも、普通の生き物であれば余裕で即死する。

 

 魔獣から距離を取っていた魚達も、落雷を受けていないのにも関わらず余波だけでほぼ全滅している有様だ。

 

 髪の先端がチリチリになり、微妙に焦げた匂いがするアクアは……どう見ても直撃を受けている。

 

 すわ、殺してしまったかと。

 マリアが慌てるのも無理はなかった。

 

 だが、リティーは冷静だった。

 一瞬は焦ったが、割とすぐに平静を取り戻していた。

 

 

「マリアさん、落ち着いてください」

「シンくんは落ち着きすぎじゃない!?」

「大丈夫ですよ、ほら、生きてます……消滅する気配もないでしょう?」

 

 リティーはマリアの手を取り、そのまま仰向けにしたアクアの胸元へと当てさせる。その大胆すぎるセクハラに思わずマリアが手をびくりと痙攣させ、少し経ってからアクアの心臓が鼓動している事に気がついた。

 

「大丈夫、生きてます」

「い、いや……でも、これ、結構重症じゃないか!?」

「心配いりませんよ」

 

 手も声も震えさせるマリアに目を合わせて、いつもの調子で頷く。そして、平坦な声で事実を告げる。

 

 

「――――エリクサー持ってきてますから」

「それ実は結構瀕死だよね!?」

 

 魔獣達の死骸の海に、マリアの悲鳴が響いた。

 

「治るんだから良くないですか?」

「そういう問題じゃないよね……!?」

 

 

 

 ――――アクアとニシキはエリクサーで回復した!

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