それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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 アクアは夢の中で全てを思い出していた。

 

 そう、自分は寝ていたんじゃない。

 気絶していたんだと。

 

 新しい友達……いや、強敵(とも)との競泳からの帰り道に。アクアは浜辺へと向かう大量の魚の魔獣、明らかに尋常の生物では無い十メートル越えのそれらと遭遇し、進行を阻止するべく戦闘へと突入した。

 

 アクアに友好的な魚人も加勢し、二人はお互いに背中を預けて高度な水中戦を繰り広げた。

 

 迫り来る魔獣達を、斬っては捨て、殴っては捨て。

 少しずつ浜辺に近づきながら人類の脅威を仕留めていくその最中、なぜかアクア達のいる方へと引き返してきた群れを相手取ろうとした瞬間に。

 

 落雷。落雷に次ぐ、落雷。

 

 水に触れても殆ど拡散することなく、莫大なエネルギーを減衰させずに海底へと一直線に降り注ぐ雷の雨。

 

 その直撃を受けて、アクアは気絶していた。

 

「ぐ、うぐぐぅ…………」

 

 つまり、負けたのだ。

 

「く、ぐや゙じい゙…………!!」

 

 そしてアクアは、その認め難い事実に不甲斐ない思いで一杯だった。

 自分が情けなくて仕方がなかった。

 

「なんですかアレは! 絶対に自然現象じゃないでしょう!! 私の水流鱗(ドラゴン・オーラ)を貫くなんておかしいですよ!! ありえません!!」

 

 アクアにとって、魔法使いであるという事実は己の存在証明そのものだった。

 

 平民にしてはあり得ないほどの才能を持ち。

 並の貴族では敵わないほどに強く。

 それでいて、真の強者である貴種(エレメンタル)には一歩及ばない。

 

 ソロナ王国史上でも前例のないアクアは、魔法学校の中でも酷く浮いた存在だった。

 

 平民出身の生徒には妬まれ。

 上昇志向の高い平民からは祭り上げられそうになり。

 

 実力の劣る貴族には邪魔者扱いされ。

 一般的な貴族からは勧誘され、あるいは血を濃くしすぎないための交配相手として値踏みされ。

 

 貴種(エレメンタル)から目をつけられ、そのせいで良識のある面々からは距離を置かれるようになり。

 

 まともに友達一人作れないような環境で、ひたすらに己を研鑽すること五年。

 

 その甲斐あってか、平民初の成績優秀者として選ばれた。

 

 確かにアクアは生まれた時から才能に恵まれていた。

 だけど、それだけで強くなったわけじゃない。

 

 普通以上の努力を、他人の何倍もこなしてきた。

 

 その自負があるからこそ、アクアは胸を張って自分を魔法使いだと認められる。決して望んでいたわけじゃない、アクアに何一つ大切なものを与えてくれなかった魔法の才能を、嫌わずにいられたのだ。

 

 そう、アクアは割とプライドが高い女だった。

 

 

「よくも、よくも私をコケにしてくれましたね!!」

 

 人生を魔法の研鑽に捧げてきたアクアにとって、敗北はすなわち人生の否定にも等しい。実際、魔法使いの主な役割は魔法という暴力を背景にした統治と侵略行為のため、敗北=戦死というのも珍しくはない。

 

「許しません、許しませんよ……!!」

 

 後ろで上映されている己の半生も、もはやアクアは気にしていなかった。どうせ魔法学校に入ってからの人生なんて、しつこく反体制組織への勧誘をしてきた平民とギスるか、やたら突っかかってくる低位の貴族とギスるか、学生の本分であるところの魔法の訓練をしていたか、勉強をしていたかのどれかだ。

 

 今更振り返るほどの事でもないし、正直どうでもいい。

 

 そんな事よりも、敗北という不名誉を払拭する必要がある。傲慢な魔法使いの例に漏れず、あるいはむしろ模範的というべきか。高い自尊心を取り戻すために、アクアは復讐心を燃やしていた。

 

 

「絶対に許しませんよ……リティーさん!!」

 

 

 

「むにゃ……りてぃーさん……ゆるしませんよぉ〜……」

「これ僕が悪いんスかね」

 

 アクアと謎の魚人を回収したリティーは、アクアの寝言を聴きながら首を傾げていた。

 

 アクアの緩んだ口元からは一筋の唾液が溢れているが、眉間には皺が寄っている。気持ちよさそうに眠りながらも、リティーを非難する言葉を寝言で繰り返していた。

 

 マリアの“天罰(フューリー)”によって受けていたダメージはエリクサーによって回復し、こんがりと焼けていた肌も、チリチリになっていた髪の毛も元通りになっている。

 

 香ばしい匂いを放っていた魚人の方も、エリクサーの効果で綺麗な紅白模様が復活していた。

 

 二人とも、見た目上は傷ひとつ残っていない。

 

 リティーの感性からすると、何一つ責められる謂れは無い。そもそも事故だし、攻撃したのもマリアだし……と。内心の不服を表情には出さず、だけど面白くなさそうに。眠るアクアの頬を、指先でツンツンと突いていた。

 

 それを見て、聖国からきた二人は対照的な表情を浮かべている。

 

 マリアはどこか申し訳なさそうに。

 そしてモルセは、あからさまに呆れていた。

 

 

「普段から自重しないから、いざという時に疑われるんですよ。これに懲りたら、己の行いを省みる事ですね」

「なんですか、まるで僕の普段の行いに問題があるみたいな言い方じゃないですか」

「自覚がないんですか?」

「はい、文句があるなら喧嘩上等ですが」

 

 リティーはこれまで、人生の要所要所で積極的に暴力を取り入れる事で数々の問題を自分に都合の良いように解決してきた。それは人を人とも思わぬ心の無さが問題なのか、単に効率を重視した結果なのか。

 

 錬金術師ギルドを作る時だってそうだったし、今もそう。都合の悪い言論は暴力で封殺するのが一番早いと、心の底からそう思っている。

 

 その澄み切った曇りなき眼を見て、モルセは心底嫌そうな顔で首を振る。モルセには分かる、リティーはやると言ったら本当にやるつもりだった。

 

 マリアは二人のやりとりを見て「なんだかんだ仲良いんだよなぁ」とかなんとか考えていたが。モルセはその感知能力によって、戦闘が始まる未来と、そうじゃない未来が混在しているのを理解していた。

 

 シンの未来が不安定でハッキリしないのは、幾つもの可能性が同時に存在しているからだ。それも一つや二つではなく、数えきれないほどの未来が木の枝のように分岐している。

 

 そして、その姿でさえ一定ではない。

 男としてのシン、女としてのリティー。

 そしてそれぞれが修練して手に入れた技能と、使用している武器。あらゆる要素が少しずつ異なる別の存在が、同時に重なって一個の存在として実在している。

 

 それはモルセにのみ与えられた超常の視点だけが捉えることの出来る、魔人シンギュラリティーの真実の姿であり……。

 

 何度目にしても慣れない、圧倒的情報量の怪物だった。

 

 幾重にも重なった黒と碧の異なる瞳から発せられる視線が、聖布の力によって解釈された視界を通して、モルセの視線とぶつかる。

 

 魔人というのはモルセから見れば、誰も彼もが人間離れした有り様であり。これで秩序側の存在だというのだから、この世界はどうかしていた。

 

 

「んぁ……ぐぐ……ぇるな……」

「なんか魘されていますね」

「そろそろ起こしてあげた方が良いんじゃないかな?」

 

 呻き声をあげるアクアを見て、マリアがリティーに促す。シュッシュとモルセに向けてシャドーボクシングを繰り広げていたリティーがそれに頷くと、アクアへ顔を寄せて囁く。

 

「アクアさん、日課の時間ですよ。起きてください」

「うぇぇ……やだぁ…………」

「おはようございます、ダンジョンの時間ですよ」

「やめてぇ……いきなくない……たすけてぇ……」

 

「ふむ、おかしいですね。いつもなら飛び起きるのに」

「シンくん、実は彼女に結構無理をさせてるのかい?」

 

 あれ〜おっかしいな〜という雰囲気を出して首を傾げるリティーと、それを半目で見つめるマリア。その懐疑の視線に気づいたリティーは、心外とでもいうように首を振る。

 

「別に無理なんてさせていませんよ。ちゃんと週に三日は休みを与えてますし」

「うーん、本当かい?」

「何故そんなに疑われているのか分かりませんが、ちゃんと健康状態には気を遣っています。疲労ゲージを見れば一発ですからね、疲れてそうならポーションを飲ませて回復してますし。食事にも混ぜていますから、効果が途切れる心配もありません。翌日に疲労は残しませんよ」

 

 完全にポーション頼みとなってはいるが、リティーはちゃんと仲間の健康を管理している。

 

 朝五時に起床、日課と朝食を済ませて六時にはダンジョンへ入り、昼食夜食をダンジョン内で摂りつつ日によって十五時間ほど戦闘を続け、すっかり暗くなった時間帯に帰宅。それが今の二人の日常であり、一般的な冒険者から見ても正気を疑う過密スケジュールになっている。

 

 しかし、アクアは魔法使い(エレメンタル・ウィザード)の例に漏れず非常にタフである上にポーションによって健康状態を保たれているため、無理強いされているという認識はない。

 

 そしてリティーはリスク無視で想像上でエリクサーを飲んで心身共に回復することが出来るため、その気になれば不眠不休で戦い続けることができる。そんな自分を基準にしている以上、アクアには全く無理をさせていないというのがリティーの認識だった。

 

 このパーティは二人ともワーカーホリックの傾向があった。

 

 

「とりあえず、無理にでも起こしましょう」

 

 リティーがマリアから視線を戻せば、アクアが苦しそうに表情を歪めて体を強張らせている。どうにも、良くない悪夢に魘されているようだった。

 

 助けを求めるように片手を伸ばしていて、偶然か否か、ちょうどリティーのいる方へと向けられていた。

 

 リティーは自分へと伸ばされた手を取り、そのまま魔術を使用する。

 

「ウィザード・マジック――“サンダー”」

「うぎゃっ――――えっ、なに!? 敵襲!?」

「えぇ……」

 

 繋いだ手から直に電流を流されて、アクアは意識を取り戻す。そのあまりにも手心のない方法に、マリアは引き気味に声を漏らす。

 

 雷を攻撃手段として用い、電気のもたらす被害を理解しているからこその反応だった。

 

「おはようございます、アクアさん。体調に違和感はありませんか?」

「え? リティーさん? ……はい、特に変なところはないですけど……?」

 

 実際、エリクサーを使用したアクアにダメージは残っていない。リティーが確認したのは様式美というか、念のためでしかなかった。

 

 アクアは不思議そうに、リティーと繋いでいる自分の手を眺めている。眠りから目覚めたばかりという事もあり、いまいち状況を掴めていなかった。

 

 キョロキョロと周囲を見渡して、ここが宿の部屋だという事に気がつく。アクアとリティーの他に、モルセとマリアの二人が椅子に座っていた。マリアがやけに申し訳なさそうにしているのが印象的だった。

 

 

「あ、あの……? なんで私は宿に……?」

「おお、アクアよ。死んでしまうとは情けない」

「死!? 私、死んでたんですか!?」

「いえ、普通に瀕死でしたよ」

「なんだ、瀕死ですか。驚かせないでくだ……瀕死!?」

 

 流石のアクアも自分が死にかけていたとなれば只事ではない。目を剥いて驚き、自分の体を見下ろして開いている方の手であちこちを弄る。

 

 もちろん、エリクサーによって外傷は完治しているためいつも通り傷一つ残ってはいない。

 

 アクアは自分の体を見下ろして首を傾げ、それから顔を上げてリティーを見つめて。

 

 

「あーーーーーーーー!!」

 

 気絶する直前の事を思い出して、絶叫した。

 

「ちょっと! リティーさん!!」

「はい」

「なんですかあの攻撃! 絶対にリティーさんの仕業ですよね!? 私の“水流鱗(ドラゴン・オーラ)”を貫通するなんてありえませんよ!!」

 

 それは結果だけみれば冤罪に近いが、アクアなりに根拠のある糺弾だった。

 

 アクアは魔法使いであり、そもそも肉体的に常人より優れている。お互いに素の状態であれば、武器のエンチャントがないリティーを軽々と倒せる程度にはそもそも基礎能力が高い。

 

 その魔法使いが魔力を活性化させて、そこから更に魔力を体の内外で循環させて全体的に能力を伸ばしたのが“(オーラ)”と呼ばれる技術だった。

 

 この状態の魔法使いは攻防に優れた鎧を着込んだようなものであり、ただの自然現象としての雷が当たった程度では痒みすら感じない。

 

 それを普通に貫いてダメージを与えてきたのだから……下手人はリティーしかいない! と。マリアの戦う姿を見ていないアクアがそう思うのも、仕方のない事だった。

 

 実際、マリアはリティーの武器による強化を受けていたわけだから完全に冤罪とも言い切れないのだが。しかも、アクアが巻き込まれたのはリティーがガバをしたのが原因な訳だし……。

 

 

「いえ、あれは――――」

「今日という今日は許しませんよ! そもそもリティーさんは仲間仲間という割に私への扱いが雑すぎます!! もっと優しく扱ってくださいよ!! しまいには泣きますよ!? 良いんですか!? 成人した魔法使いが人目を憚らず泣き叫んでも!!」

 

 完全に興奮したアクアはリティーの言葉に聞く耳を持たない。瞳に魔力の光が浮かび上がり、普段は見せない八重歯を剥き出しにして威嚇し、部屋の中に溢れた魔力が空気を冷やす。

 

 それは見当違いの怒りではあったが。

 元を辿れば、リティーの普段の行いに対する鬱憤が溜まっていたのが原因でもあるためお門違いとも言い難い。

 

 リティーの首をガックンガックンを揺さぶっているアクアに、気絶の直接の原因であるマリアも声を掛けるタイミングを見失っていた。

 

 どう落ち着かせたものかな、と。

 

 アクアを鎮める方法を探すリティーの元に、解決策の方から尋ねてきた。

 

 

「ギョギョギョーーー!!」

「わっ」

「ぐえっ」

 

 言葉というよりは、鳴き声。

 いかにも魚人です、といったそれはアクアが強敵(とも)と認めた相手であり。同時に、アクアと共に雷に巻き込まれた被害者でもあり。

 

 すっかり頭から抜け落ちていたその相手に制止され、アクアは驚きで体を強張らせる。ついでに、変なタイミングで首の動きを止められたリティーの首が絞まった。

 

 

「ギョギョ、ギョギョギョギョ!!」

 

 多分、“喧嘩はダメだよ!”的な事を言っている。

 アクアはそれを何となく理解していたが、同時に、視界に入ってきた相手の姿にそれどころでは無くなっていた。

 

 

 それは、魚の顔をしていなかった。

 黒い髪に、黒い瞳。

 

 異国情緒を感じさせる色を組み合わせた容姿と、身に纏う白と赤の民族衣装。広い袖と胴体を結ぶ帯が特徴的なそれは、丈の短さと、袖にフリルがあしらってある部分を除けば“ユカタ”と呼ばれるものに酷似していた。

 

 初めて見る相手。

 だけど、そこから感じる気配は間違いなく強敵(とも)のものであり。

 

 その差異に頭が混乱する中で、アクアは咄嗟に叫んだ。

 

 

「貴方――――女の子だったんですか!?」

 

「ギョギョ!?」

 

 そう、鯉の頭に手足の生えた謎の生物は……。

 どういう理屈か、人間の女の子の姿になっていた。

 





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寝落ちして遅刻、なんとか月が変わる前に更新できました。
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