『小鳥遊来翔はハナサナイ』   作:リクライ

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全てはここから始まったのさ。


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第──話  ほんとうのはなし 〜上〜


 

 

 

 *西暦 2022年 ──月──日*

 

 

 

 高校生にとって、授業というのは堅苦しくてつまらないと考えてしまうのは多くないだろう。木製の硬い座席に尻を落ち着かせ、黒板に書かれた板書をノートに写す。色チョークを使えば、みんなはならって色ペンを使い書き写す。

 昼ごはんになれば、親の用意してくれたものや自分で用意したりする弁当、購買で買った弁当を食べる。

 そんなありふれた学生生活。

 

 そうして、あまり変わり映えのない授業時間が終われば、下校という名の解放や部活に勤しむ時間が始まる。

 いち早く誰が帰宅できるか、一挙手一投足に魂を込めたり。校舎の空いた窓から試行錯誤する歌声が聞こえたり。時折あたりに広がる金属バットの雄叫びだったり。

 

 その学校生活の始まりの中、ふと公園に一人の少女が立ち寄る。

 何かに呼ばれるように、風に靡くブロンドの髪を抑える少女は二段積みの土管の前に近寄って、屈んだ。

 

「あれ…………ねぇ、そこに誰かいるの?」

 

 何か、虫とは違う妙な影の動きを見たからだ。

 

「なに……?」

 

「──ピぃ!」

 

 怪訝な態度を声音に乗せる少女に呼応するように、土管の壁に潜む気配が強まる。

 侵入禁止のために貼られたわりには雑に隙間だらけのテープにピンクの糸──触手が乗り、正体が日の下に這い出た。

 

「────」

 

 ──ピンク色のボールのような生き物が目の前に現れた。

 小さくペンで綺麗に描いたような真っ黒のつぶらな瞳と目が合う。世紀の瞬間、とも言えるだろう。

 

「僕はハッピー星人! みんなをハッピーにしちゃうっピ! まずは教えてほしいっピ! えーっと……」

 

 まさか目の前の知的生物が大きいとは思っていなかったのだろう。元の惑星の癖が抜けていなかったのか、ハッピー星人と名乗る視線は下寄りだ。

 ゆっくりと、無い首を痛めそうな具合に見上げる異星人の瞳に映る少女。

 

「きみの名前は……」

 

 傾げる首もないピンク玉は体ごと斜めにしてみる。

 ふいに、季節の移り変わりを伝えるように冷たさに湿りを宿ったような風が一人と一匹の間を通り過ぎた。

 

「──まりな」

 

 風を浴びて乾きかける右目を中途半端に開かせて、少女──まりなは自身の名前をぽつりとこぼした。

 

「──雲母坂まりな」

 

 

 

 

 雲母坂まりな。まりなは、昼ごはんに食べるはずであろうおにぎりを与え、それを頬張る外星人を横目に爪をいじった。

 ごくん、となんとも腹を満たしたような喉越しを鳴らすと、ハッピー星人は目を和やかに細めた。

 

「ぼくはハッピー星人! よかったら地球語で、ハッピーお名前をつけてほしいっピ!」

 

「ふーん」

 

 普通であれば宇宙からの来訪者──エイリアンとの会話なんて人生でまたとないだろう。にも関わらず、まりなの目は軽々しくタコ星人から目を逸らして興味なさげだ。

 つまらないといったように片手間に関心のこもらない息を鼻で吐くまりな。

 

 彼女の考えた名前は、

 

「じゃあ、ごみくそって呼ぶわ」

 

 ハッピー星人初の名前は、ごみくそとなった。

 

 

 

 

 ごみくそとしてみれば、にんげんの生活というのは全くもって見たことのない新しいものに包まれていた。

 にんげん、とは言っても、長い四肢を持っているがよく見てみれば全員違うし、まりなのように金色の髪を持つものはまた少ない。

 それに、まりなの言う『学校』というのは、どうやら歩いていけるほど近いというわけではないらしく、長い箱の乗り物に乗って行くらしい。

 まりなの肩に乗る、頭に花を生やしたごみくそは、窓の外で目まぐるしく移り変わる景色に目を輝かせていた。

 

 目まぐるしく移り変わる景色同様、まりなのように髪の長い人しかいない学校の授業も、またごみくそからすれば文字通り目の回る内容だった。

 本当にあたらしいことが多すぎる一日すぎて、ごみくそは忘れていた。

 

「あ、そうだっピ! まりなちゃん」

 

「あ?」

 

 相も変わらずの無愛想に相槌を打つまりな。しかしながら、相槌をしてくれるだけはまだマシと言えばマシだろう。

 重たげな瞼を歪めて肩に居座るごみくそを睨むまりな。

 そこに、

 

「見て、あの顔のキズ」

 

 睨まれた、とでも思ったのか。視線をすぐに逸らしてはチラチラと目を行ったり来たりさせる女の子が口元を手で隠した。

 

「まるでヤクザですわ……」

「怖〜」

「すぐ手が出るって」

「でもちょっとかっこいいかも……」

 

 ヒソヒソとまりなの外面を話す外野連中の目は色々だ。不安げに見る目もあれば懐疑的な目で見たり、あるいはいっときの憧憬に振り回されたような目をする者もいる。

 まりなは煩わしさをため息で表しながらも、堂々と往来を闊歩していく。

 

 新しいものに移るのもいいが、それよりも、という風にフルフルと体を揺するごみくそはまりなの顔を覗き込んだ。

 

「ご飯のお礼をさせてほしいっピ! これ! ぼくのハッピー道──」

 

 道具、と言って懐からリングに翼の生えたものを取り出すごみくそ。

 きっと嬉しそうにしてくれるだろうと輝かしい未来景色を妄想するところを──

 

 ボコッ

 

「うるさっ」

 

 手ではたき落とされた。

 

「ピぃ〜」

 

 しかし、めげないぞごみくそ。

 ここで諦めてしまっては、ハッピーを広めるという道が絶たれてしまうのだ。

 

 強く触られてヒリヒリする額をさするごみくそは、地面と睨めっこの姿勢から飛び上がる。

 

「じゃあこれ! お花ピン! これでお花さんごっこを──」

 

 ドカッ──

 

「やるわけないじゃん」

 

 歩きざまに引かれた足が無慈悲にも振り抜かれた。

 

「ピぃ〜」

 

 高く打ち上がるごみくそ。いや、よその目から見てみれば打ち上がるドクダミと言ってもいいだろう。

 しかし、それで諦めるごみくそではない。

 

 

 

 

 ならばこそ。

 この星には、三度目の正直という言葉があるのだ。一度や二度に重なった失敗が、実は成功までの近道なんてこともある。

 

 ツヤツヤだったピンク玉は今ではみすぼらしいものだが、内に秘めた意気込みは満点の星空の如く。

 立ち並ぶ建物の一つにまりなが入り込んだタイミングをはかって、ごみくそはピョンと飛び上がった。

 

「まりなちゃん! これがなんと、土星ウサギの声が出るボールペ──」

 

 ベチッ──

 

「ンッ……」

 

 ──二度あることは、三度もあった。

 哀れ、ごみくそ。まりなの手の甲ではたき落とされ床にぺちょっと潰れるタコピーはしんしんと涙をちょちょぎらせていた。

 

「ちょっと……家では大人しくしててよね」

 

 が、これには少し訳があったようだ。くしくしと目を擦るタコピーは言われた通りに口をキュッと閉めた。とはいっても口は『・ε・』でたいして変わっていないが。

 

 あれだけやっても変わらないタコピーの調子にほとほと疲れたのか、まりなはため息をこぼしながらノブに手をかけた。

 ロックがはずれ、扉が開く。

 

 

 ──そこは、

 

 

 <先日から開始された、新型ウイルスの十次ワクチン接種ですが、度重なる追加接種に関して、いくつかの懸念が浮上してきています。追加接種は──>

 

「…………。……おかえりまりちゃん」

 

 

 ──静かだった。

 

 見えにくいし、あんなに明るいものを見ていたら、きっと目が悪くなる。そんな様子だった。

 

 まりなはさっきまでのごみくそとの会話。どこかうざったいものの、ちょっとした変化にどこか緩んでいた印象が、まるで一つの言葉。言葉というより声色に、存在に──。

 

「…………。──。ママ……」

 

 

 まりなの面持ちが強張った。

 

 

「まりちゃん」

 

「──お、起きてたんだ!」

 

 

 ────。

 

 

「まりちゃん」

 

「寝てるかと思った。今ご飯の支度するから」

 

 

 ──────。

 

 

「あのねまりちゃん。コンブチャを……」

 

「ごめんね遅くなって。今日色々あって……あっコンブチャ?」

 

 

 ──────…………。

 

 

「わかった今つぐね。薬もう飲んだ?」

 

「まりちゃん」

 

 

 …………。

 

 

「悪夢は副作用なんだって」

 

「まりちゃん」

 

 

 ………………。

 

 

「えーとコンブチャコンブチャ」

 

 

 母親からの呼びかけの数々──透ける。

 

 

「コンブ……チャ」

 

 

 冷蔵庫の中──探し物、無く。

 

 

「あ、ごめんなかっ──」

 

 

 眼前、ガラスの切先──

 

 

「だから──っ!」

 

 

 その奥、母の顔があった。

 

 

「ど、どうしてなくなる前に楽天でまとめて注文しないの? ままにはこんな安酒がお似合いかな?」

 

 ガラスだ。割れた安酒のガラス瓶を、まりなは突きつけられていた。

 

 無理矢理にでも閉ざそうとして、蓋をして、フラストレーションはどこかへと溜まっている。それが、一つの間違いで割れたのだ。

 

「ねぇ ! ママには紅茶キノコのきれいなアルコールが必要なの!!」

 

 

 見て見ぬ振りをしようとして、向こう側からまりなの首は摘まれ、両頬をがっしりと母の言葉によって掴まれた。

 

 

「──まりちゃんもそう思うよねえ!?」

 

 

 スマホから流れる音声が、部屋に立ち込めていた止まった空気が、大声によって遮られて動き始めた。そして、

 

「ママ、ちが──」

 

「家のこともちゃんとできなくって。そんなんだから男が寄りつかないの!!」

 

「ごめ、ごめんなさ……」

 

 まりなの声も遮られる。

 

 髪の毛を掻きむしり、顔にかからないように留めていたのだろう前髪が降りて、まりなの母親の様相に影が掛かる。隙間から覗く瞳は、横合いから突き刺してくる冷蔵庫の冷ややかな目線をも受け付けない、沈んだ焦茶色。

 

「ねえ、私のせいだっていうの……? アナタも…………私の母乳が少なかったから! ダメだって言うの!? 子育て失敗だったって──!!」

 

 

 母は大口を開けて、無防備なまりなへ、言葉のボールを投げる。キャッチされることはなく、どれもグラウンドにコロコロと転がるしかなかった。

 

 床にへたり込み、上から当てられる言葉にただ顔を覆うことしかできないまりな。直視できず、瞳からボロボロと、体を小さくすることしかできないまりな。

 

 その背後を、二人の語らいを、タコピーは黙って見上げて聴いていた。

 

 

 

 

 

 

 ──にぎやか! ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

 夜の帷が降りた部屋。

 カーテンは閉じられぬまま、窓の外から銀色の月光が静かに流れ込んでいた。

 柔らかな光はベッドの上をなぞり、散らばるぬいぐるみたちの輪郭を淡く浮かび上がらせる。

 その真ん中──、

 

「が」

 

 小さく身を丸めた少女まりなと、地球外の来訪者ハッピー星人がベッドの上にいた。

 

「がら、す……がらすが、怖いの……」

 

 かりっ……

 

 しゃくりあげる呼吸の合間、少女は両の掌で顔を覆っていた。

 

「ち、小さいころに……ママを怒らせちゃって」

 

 指の隙間から漏れる息が震え、涙で湿った頬にヒヤリとした空気が触れる。

 そのまま、

 

「が、がらす……このきず、そのコップで……」

 

 ガリッ……

 

「ピぃ……」

 

 片方の手の指が、顔にできた線をなぞった。ガラスで描かれた線を、ゆっくりと、癖のように、無意識に。

 

 ──タコピーは、何もできなかった。

 

 

 

 月明かりがその仕草を照らし、白く滲んだ光の中で、彼女の影と丸い影だけが小さく揺れた。

 

 

 

 

 

 

「私……、幸せなお母さんになりたい」

 

 

 ──とある日の下校中。ふと、まりなが話し始めた。

 

 

「幸せな子供を産んで、幸せに育てて──」

 

「ピぃぁっ」

 

 まりなに足蹴にされ、行き先に続く枯れ草道にはずむタコピー。

 タコピーにとっては多く狭い足跡も、まりなにとってはほんの少しの距離に等しいのだ。

 

 まりなの表情は、いつかの日に比べれば楽しげだ。明るい展望を語り、夢を見るただ一人の少女。翼を折られ、治ってもなお飛べないと言い聞かされて檻の中に閉じ込められた少女──、

 

「そうしたらきっと……ママだって」

 

「ピ! なぁんだ、真似っこしてたんだっピか!」

 

「────」

 

 ひょこっと道から起き上がって、歩みを止めて体を固めるまりなへとタコピーが真っ黒なつぶらな瞳で見上げる。

 しかし、

 

「……は? 何が」

 

 まりなにとって、それは心外で──それ以上に、胸の奥を誰かに掴まれたようだった。まりなにとって、タコピーの3の字のふざけた口から飛び出したふざけた言葉は、ささくれ立った心を剥がす戯言に──、

 

「だから──まりなちゃんがいっつもぼくを強く触るのは、ママの真似っこしてたんだっピよね! “にんげん”はこうやって、子育ての練習するんだっピね!」

 

「──。──────────」

 

 ────。

 

 真夏日の真っ只中。じわりと肌から滲む湿気があるはずなのに、今はその湿り気がまりなのカラダを縛り上げ、冷たい水を頭からかけられたように強張った。いや、すでに縛り付けられて──

 

「まりなちゃんも、きっといいお母さんになれるっピ!」

 

「…………」

 

 曇りのない三者視点に見つめられる。まりなの眼下。他の誰でもない、ごみくそに。

 ごみくそは真っ黒のまんまるな瞳を細め、楽しげにピンクの体を明るい方へと左右に揺らしていた。喋るだけ喋って、喋り続ける、ピンクボール。

 

 その呑気さが癪に触って──いや、見たくない綻びを見せられたような気がして、まりなは短いスカートの裾を、

 

「……っ、っ」

 

 握りしめていた。

 

 

 

「じゃあぼくがママになるお手伝いをするっピ!」

 

「あ……。…………は?」

 

「まずはパパを決めなきゃだっピね!」

 

「は──」

 

 顔を顰め、明るいごみくそのゴミくそな策に物申そうとするまりなだった。が、懐から取り出した羽を手早く纏い、飛んだタコピーを捉えることができず、いつの間にか触手が腕に巻き付く。

 否応にもと言わんばかりの押し付けがましい提案に、まりなは引き摺られかける足を駆けた。

 

「一緒に今からいいパパを探しに行くっピいい──!」

 

「はあ!? オイ余計なお世話っ──ちょっ……」

 

「──雲母坂さん?」

 

「とお……ッ! ──ぇ」

 

 もつれる足と引かれる腕に四苦八苦。それで、不意にかけられた自分の苗字にまりなの反応が遅れる。

 

 目が瞬いて声のした方へと黄色の双眸が歩いていき、目と目が合う。ガラス越しの黒い瞳。小学生以来の──前より背が高くなった、東直樹に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の教室。男女共学のこの高等学校は夏休みが明けて、後期のスタートラインに足を一歩前に出す時期。この、夏休みが終わった教室には、どこかまだ夢の名残りのようなゆるい空気が漂っている。

 

 窓の外では、季節の切れ目を惜しむように、蝉が最後の力を振り絞って結ばれることを叫び願い、ガラス越しに揺れて届く。そのたび、夏ってこんなに長かったっけ、と思うこともあるし、実際まだ暑い。

 

 ──あの日々のように。

 

 

「おひさー」

「おぉ、っていうかそんな久しぶりじゃねえじゃん」

「カラオケであったし」

 

 クラスメイトたちの声も、どこかぎこちない。

 けど、

 

「ねぇ、ちょっと日に焼けた?」

「え、ちゃんとクリーム塗ったのにぃ」

 

 久々に会ったせいか、笑い声は少し浮ついていて、それでもお互いの顔を見て、少しだけ安心しているのがわかる。

 

 そんな教室の隅で、

 

「なあ、お前聞いたか? 後期からここに入ってくるやつ」

 

 机に手を置いてストローを咥える同級生のクラスメイトが、ふと話し始めた。

 声を当てる主が話しかけるのは、窓際の席で肘をかけ、外を眺める男子。目を瞬いてグラウンド──雲ひとつない青々とした大空から外した濃色の瞳を話題を投げてきた同級生に移すと、怪訝そうに片眉を上げた。

 

「え? いや、聞いてないけど……けど珍しいな、夏休みの終わりから入ってくる人なんて」

 

「まぁ後期の初めだし、キリがいいからじゃね? まぁそんなことは置いといて、その転校生、噂じゃめちゃくちゃ可愛いんだと」

 

「へぇー」

 

 いつもの現を抜かすような言葉だ、と言いたげにため息まじりの生返事を吹きかける少年。そのまま、再び夜空の瞳に朝空を留めようと──、

 

 バンっ

 

「そんな興味なさげな顔してえ、本当は興味ありありなんじゃねえですかあー? ──来翔」

 

「なんでさ。どう考えたらそうなるんだよ颯太」

 

 少年──来翔が、先程から噂になっているらしい転校生の話題で持ちきりの颯太に眉をひそめた。

 しかしながら、興味がないわけではない。事実、黒板の奥にある別クラスの空気は何かとそわそわした印象が登校時にあった。

 

「…………誰、なんだろうな」

 

「そりゃ──百聞は一見にしかず──ってえ言葉があるみたいに、実際に見てみないとわかんねえだろ。……てか、お前やっぱ興味あんじゃねえか」

 

「それは、そうだろ? だって転校生だし、一目見てみたいなって好奇心はあるよ。けど……」

 

 言葉を区切り、来翔は肘を背もたれに置くと教室全体に目を向け、視界に収めた。転校生がこの教室に来るとしても、これといった空き席があるわけでもないことが一目でもわかる。机に突っ伏していたり、本を読んでいたり。机に腰を下ろして友人と仲良さげに駄弁る。

 

 途中、こちらを見て目を逸らす女子らもいたが、別段何もない。普通だ。

 

「やっぱり……隣のクラスなのかな」

 

「そうじゃね? だってこの特ダネ中の特ダネ、隣のやつから聞いた噂だし。まぁ、噂噂って言うけど、ほぼ確定事項って感じだしよ。噂立たぬところに煙はないッ、って感じ?」

 

「それを言うなら火のない所に煙は立たぬ、だよ」

 

「んな細えこたあいいんだよ。…………。しっかしなぁー」

 

「…………?」

 

 間が開けて、腕を組んで首を回す颯太が項垂れる様子に、来翔は歯切れの悪さを覚える。それはそうで、つい先程までのマシンガントークが弾切れを起こしたような様子になれば、気にしないでと言われても気にしてしまう。

 

 そんな心境が体の外に出て、結果として首をほんの少し傾げる来翔の様子に、颯太が「あぁー……」と息を吐く。

 

「話しづらいことか?」

 

「いいや? ただなんていうか、その転校生……これまた巷の、小耳に挟んだやつなんだが……」

 

「じゃあいいや」

 

「聞けよっ。っま、聞かなくても喋るけど? 右から来たものを左へ受け流すやつの脳みそに印象付けるのが上手いのが俺。じゃ、話すわ」

 

「おぅ……」

 

 ようやく決心がついたらしい。いつもの軽快なリズムを太鼓にバチを当てるように自分へ話す颯太に、来翔は苦笑いをこぼした。

 溌剌な空気を戻しても、踏ん切りがついていないのか吹っ切れきれていないらしく、颯太の笑みが引きつっている。無理、はしてないだろう。

 

 何はともあれ、ようやく本題だ。胸襟を整えられるような颯太の言い切りに、来翔はどこか背筋が伸びるような気分になる。

 そして、神妙な面持ちになる颯太が紡いだ。

 

「──その転校生、どうやらここが地元らしい」

 

 ザ・転校生あるある、なことを。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ────────。

 

「…………」「…………」

 

 ガヤガヤとした教室の空気の中、来翔と颯太の周りだけが切り取られたように止まり、固まる。わずかの間、周囲から置いてけぼりになったように、沈黙が突如として湧いて出てきたのだ。

 

「……ぇ? それだけ?」

 

「おん」

 

「…………。おい」

 

「おん?」

 

「俺の緊張感返せ」

 

「おー」

 

 気抜けする学友の返事が通り過ぎ、開始早々の空振りっぷりに来翔は今しがた強張っていた顔を崩した。いつも通りの日常が始まった、そんな空気に、どこか微笑んでいた。

 

 

 

 いつも通り。あったはずの、欠けたピースが戻ってきたのも、今日だった。

 そのピースは、小さい頃──小学生から片時も忘れたことがない、ものだった。

 

 

 

 ──後頭部が痛む。

 

 

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