『小鳥遊来翔はハナサナイ』   作:リクライ

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第二話 ──なのに

 

 

 あの帰り際、来翔くんの顔は怖かったピが、

 

『きっと自由だっピよ! 飛んだらとっても楽しいんだっピから!』

 

『だよ、ね。……そうだよね!』

 

 そのあとすぐいつもの明るい来翔くんに戻ったピから、きっと大丈夫っピよね。

 

 

 それにしても、来翔くんのあのジャンプはなんだかすごかったピ!

 来翔くんは飛ぶ経験がなさそうっピけど、しずかちゃんはもしかしたら、空を飛んだことがあるのかもしれないっピ。

 この星には確かに飛ぶ生き物が多いっピし、『にんげん』も鳥たちに交じって夜な夜な飛行訓練を!

 

 

 

*翌日

 

 

 

「しずかちゃん! これも訓練の一つだっピか!?」

 

「違うけど……ちょっと静かに」

 

 ぎゅむっと、目を瞑って喋る柔らかいタコピーを抱えこむしずか。少女がその小さな体をさらに縮こまらせて収まる場所は、昨日タコピーとあった土管の中。真上から落ちてくる暑さを避ける場所としては木陰に次ぐうってつけの場所だろう。

 

「学校の人いるから。見つかったら保健所」

 

「ピ!」

 

 『学校』とは、しずかちゃんと来翔くんが毎日行ってるところらしいっピ!

 

「それでさー」

 

 軽やかな声が交差して、くすくすとした笑いが続く。その声は公園に近づくたびにどんどん大きくなっていき、一人の笑いが伝染して響いた。

 そして一人。公園の入り口を通り過ぎる金髪の少女を取り巻く少女が笑う。

 

「まりなちゃんに言われた通り、下敷きバリバリに折っといたよー」

 

「あはー、明日の朝が楽しみ」

 

「今週もう三枚目だもんね!」

 

 ミシ……ッ

 

 転がるような笑い声が通学路を明るくし、弾ける。アスファルトに伸びた影も、笑い声に合わせてゆらゆらと揺れた。

 

「あいつまた買い直さなきゃじゃん」

 

「お小遣いなくなったかな」

 

「いやいや──」

 

 

 パキパキ

 

 

 

「生活保護の金で買えるでしょ♡」

 

 

 ミシッ……

 

 

 

 

「あーそれか、いつもそばにいる役立たずの王子様とかに色目使うとか♡」

 

 

 

 ──バキッ

 

 

 

「……なに? 今、なんか音した?」

 

 

 

 一際、空気を裂くように、乾いた音が響いた。

 金髪の少女、まりなは音の生まれた場所へ振り返る。だが、目に映るのは2段積みに土管と、それに影をかける大きな木。

 少女の問いかけは風に掻き消え、帰ってくる返答は熱の乗った送り風と無音。

 

「まりなちゃん、どうかした?」

 

 

 

「……ううん、気のせいだったみたい」

 

 

 

 

 興味をなくし、顔を正面に向き直らせたまりなは目を細め、笑う。

 軽いやりとりと一緒に、笑い声がまた通りに弾けた。

 くすくすとした笑い声が再び重なりあい、奥へ奥へと進んでいく。奥へ。奥へ。声は連れていかれて、足音が遠のいて。やがて消えて静寂が風を連れていった。

 

 

 何事もなかったように。ただ静寂だけが、戻る。

 

 

 ガサガサ……ッ

 

 ──土管のすぐそば、太い幹の上。

 そこから無音を破る、草の擦れる音が這い出てくると共に影が揺れ動く。

 折れかけの木の枝にぶら下がって体を預けたまま、なにも言わない来翔が、

 

「──しっ」

 

 降り立った。

 降り立ったそばで、来翔は足の調子を確かめるようにつま先を地面に叩く。瞳は靴ではなく、違う方へ向かせながら。

 目を細め、息を殺すように。視線はまりなたちの通る道をなにも宿らない紫の瞳で捉えていた。

 

「楽しそうだったピね。遊びの相談してるっピか?」

 

 沈黙を保ち続けるしずかと来翔。しずかに抱きしめられる形で間に挟まるタコピーは、明るめる声でそう尋ねた。

 だが、

 

「……そうなんじゃない?」

 

「さぁ、──楽しいんじゃない? きっと」

 

 声を底に落として、つぶやくしずかと来翔。方や影を落とし、方や口に笑みを貼り付けながら。

 二人は無言で、各々のランドセルを拾い上げる。ランドセルの底には、潰れて汁を滲ませる草が張り付いたままで。

 

「あ、そうだったっピ!」

 

 公園の入り口に差し掛かりかけた二人を見つめていたタコピーが体を跳ねさせて駆け寄る。

 血相を変えて4本の触手で忙しなく地面を蹴るタコピーの要件は、

 

「今日こそ、お礼をさせて欲しいっピ!」

 

 昨日、できなかったお礼の続きなのである。

 懐をまさぐり、タコピーが取り出したものは、

 

 

 テッテレー

 

 

「ハッピーカメラ!」

 

 勢いよく天へ掲げられるのはピンク色をした箱型の物。レンズのようなものが中央に嵌め込まれているのは、まさしくカメラと言っていいもの。

 

「ピンク色のカメラ?」

 

「そうなんだっピ。でも、一見カメラだっぴが……」

 

 言いながら、土管の上に座るタコピー。

 

「なにしてるっピかー! しずかちゃんも、来翔くんも! こっちにくるっピよー!」

 

 いつまでも肩にかかるランドセルの肩紐に手をかけたままで動かない二人に痺れを切らすタコピー。

 カメラを持たない触手で大きく空を切って仰ぐタコピーに来翔は目を見開いて、それからしずかの方を見た。

 

「いこう?」

 

「……ぁ。うん」

 

 手を差し伸べて微笑む来翔。

 しずかはその勢いに唖然とするものの、おずおずと小さくて細い手が来翔の手のひらにかかった。

 

「今行くよタコピー」

 

 そうして来翔としずかはタコピーの乗る土管へと登って、腰掛ける。座って伝わる、朝から今まで照らされてきた土管の熱に若干の居心地の悪さを感じるものの、三人とも特に気にも留めなかった。

 

「じゃあ、撮るっピよ! ……もう少し寄ってくれないっピか?」

 

 遠くに手を伸ばし画角にみんなを入れようとするタコピーが見上げる。

 

「でも、それだとタコピーが潰れちゃうよ?」

 

「心配しなくても大丈夫だっピ! 来翔くんとしずかちゃんの肩に、僕が乗るっピから」

 

「そう? じゃあ、わかった」

 

 色よい返事をするタコピーに来翔が眉を上げるも、細い首を縦に振ってしずかの隣に座る。

 

「それじゃあ乗れないっピよー! もっと肩を寄せてっピ!」

 

「わかったよ」

 

 そう言って、来翔はしずかの細い肩がくっつく。そこにタコピーが収まるように飛び乗ると、くっついた。

 カメラレンズを見て微笑んでる来翔とは対照的に、しずかは疲れが滲んだような表情。

 

「……」

 

 一瞬、表情を崩す来翔はなにも言わず、少しだけ体をしずかに寄せる。肩が触れるよりも、もうほんのわずかに近く。そっと添えるような動きで。

 しずかは気配に気づいたのか、わずかに視線を横に向けた。

 優しくも、まっすぐで。どこか抜けてて、どこか近い来翔の紫の目を。

 

「……しずかちゃん。僕、しずかちゃんのことを──」

 

「これで写真を撮るっピと……」

 

 何か言いかける来翔だったが、タコピーの合図とも取れる声に瞳がレンズへと向かう。

 つられ、しずかもレンズに目を向けたとき、

 

 ──パシャッ

 

 シャッターの音とともに、三人の姿がピンクのカメラに収まった。

 すると、程なくジーという音を伴って一枚の紙──写真がカメラの上から吐き出される。ひらひらと空気に煽られる一枚の写真。

 飛ばされる前にそれを素早くキャッチするタコピーは触手を縮めて見せてみる。

 

「このハッピー紙にすぐ印刷されるんだっピ!」

 

 三人が見つめる先。写真の中には、夕暮れ色に染まる背景と、三つの影が並んでいた。

 左側の来翔は控えめな笑顔だったが、瞳はまっすぐに向いていてどこか柔らかさが滲んでいる。

 右側のしずかは少しだけ力が抜けて、ぎこちないながらにも、どこか拒んでいない表情をして写っていた。

 真ん中には、丸くてピンク色のタコピーがいて、元気がいっぱい。

 三人はちゃんと並んでいた。アンバランスでありながら、確かにそこにいると証明するように。

 

「へー……でもこれならスマホの方が良くない? 意外と……重いし」

 

「でもさ、その写真たぶん、スマホじゃ取れないよ」

 

「……どうして?」

 

 黒髪を揺らして来翔の方に首を傾げるしずか。

 来翔は少し考えるようにオレンジ色に染まりつつある大空を見上げると、答えが出たようなのか土管についた手に力を入れる。

 座り直す来翔が肩に乗るタコピーが慌てるのを諌めながら、二つ眼を瞬いた。

 

「だって、ハッピーカメラだから」

 

 少し恥ずかしそうに、でもまっすぐにそう答える来翔の声に、しずかは息を吐いて両手で持つずっしりとしたカメラを太ももの上に置く。

 やりとりを見ていたタコピー。「ピッ!!」と体を跳ねさせると、

 

「ただのカメラじゃないっピよ! 。これにはとっておきの機能が──」

 

「そろそろ下じき買いに行かなきゃ。文房具屋終わっちゃう」

 

「ピっ!?」

 

 言い切り寸前。唐突に土管から降りてカバンを前に抱えるしずかにタコピーが驚く。

 しずかは気にも留めないで鞄のつまみを回して開け、中に入った教科書やノートを指先で確かめる。

 

「今日も買うんだっピか?」

 

「うん。……また、なくなっちゃったみたいだから」

 

「そう。じゃあ僕もついてくよ」

 

 顔を俯かせて土管から飛び降りる来翔。ズボンを手で払い終えると、来翔は体をわずかにはねてカバンを背負い直す。

 ついてこようとする来翔にしずかは怪訝そうに眉を顰めるも、瞳を落としてランドセルを背中へ回す。

 

「また明日」「またね!」

 

 両腕を下げるしずかと手をあげて弧を描く唇をタコピーに見せる来翔。

 そのまま二人は歩き出す。

 

 しずかちゃんたちはとっても忙しいっピね。それでも──

 

 

*三日目

 

「また明日」「じゃあね!」

 

 明日こそ

 

 

*四日目

 

「……また明日」「じゃあね」

 

 明日こそ

 

*五日目

 

「また、明日」「またね!」

 

 きっと、喜ばせて見せるっピ──!

 

 

 

 

 

*六日目

 

 

 テッテレー!

 

「今日の道具はすごいっピ! 土星ウサギの声が出るボールペン……」

 

「あ、タコピー」

 

 六日間。これと言って成果の出ないタコピー。だが、不屈の心で小さな体で大きな声を張り上げるタコピーが取り出したのは「にゅーん」という音の鳴る代物。

 珍しいものであるものの、しずかは意に介さずタコピーから離れた。

 

「今日はすぐ帰らなきゃ。また明日」

 

「ごめんねタコピー。しずかちゃん、チャッピーにご飯あげないといけないからさ」

 

「……チャッピー?」

 

 聞き覚えのない来翔の単語にタコピーが頭であろう部分を傾ける。

 タコピーの反応ももっともだと「あー……」とどこか納得するしずかは考えるように目を仰いだ。

 

「来る? 家」

 

 久世家。屋根は瓦で組まれていて、柱や柵、壁などは木製。日本でも古からある日本家屋に、しずかは住んでいるのだ。

 歩き、垣根を越える一同。すると奥から忙しない足音が迫ってくる。

 

「わ……!?」「ピ!」

 

「わうーん!」

 

 四足歩行をした毛むくじゃらの何かがしずかに飛び込んできて、ランドセルに収まっていたタコピーが外へ放り出されてしまう。

 

 これがチャッピー……!! でかいっピ!!

 

 それは尻尾を持っていて、しずかに優しく撫でられるたびに比例するようにぶんぶんと振り回す。ビタンビタンと尻尾が地面に叩きつけられるたび、その生物の興奮度が増しているのがわかった。

 

「あーわかったわかったっ、ただいまっ! ただいま、チャッピー!」

 

「ピ」

 

「しずかちゃん、笑ってるでしょ」

 

 その後ろ、背中のカバンを縁側に置き終えた来翔が口元を緩ませて呟いた。何かいいたげな表情でもあったが、来翔は言葉にはしなかった。

 驚いて来翔の方へ振り向いたタコピーが、彼の言葉を聞き入れて再び前へ顧みた。

 チャッピーに頬を舐められるしずかは困ってはいても、花が咲いたように笑みをこぼしている。今までタコピーが見た中でとても嬉しそうだった。

 

 しずかちゃんが笑ってるっピ……!

 

「ピ?」

 

 彼女の笑みに気を取られていたタコピーが疑問を口にこぼす。

 いつの間にかチャッピーとしずかに目を向けられていたのだ。半目となるしずかの腕の中のチャッピーの目には、呆然となるタコピーが映り込んでいて、

 

「・・・。へッ」

 

「ピィ!?」

 

 キランと目が光った途端、しずかの腕からチャッピーがすり抜けてタコピーの方へと飛び出す。まるで矢のような素早さを誇るチャッピーはそのままタコピーを掻っ攫った。

 

「ピぃ〜〜〜〜」

 

「食べちゃだめだよ」

 

 獲物の気を刈り取らんとばかりに首を猛烈に振りかぶるチャッピーの口元にはタコピーが囚われていた。

 視界が上下し、情けない悲鳴しか出せないタコピーを横目にしながら、しずかは縁側を登って家に入る。

 

「タコピーを離せぃ! チャッピーこのこのぉー」

 

「わんわん!」

 

 よほど気に入ったのか甘噛みのままタコピーを離さないチャッピーに、来翔が躍り出る。

 首をわしゃわしゃと撫で、豊満なチャッピーの毛並みを堪能する来翔。その顔は広がる空のように晴れやかで、抱きつく来翔の反応は年相応のものだった。

 タコピーから抱きつく来翔へと狙いが変わったのか、チャッピーはタコピーを離すと尻尾をぶんぶんと振り回す。狙う先は手を後ろに回してニヒルな笑みを浮かべる来翔。

 

「わん! わん!」

 

「ははっ、慌てない慌てない! さっ、どーれだ!」

 

「わんッ!」

 

「わっ」

 

 両手を勢いよく突き出す来翔に活気に満ちた吠えをするチャッピー。

 前足をたわめ、堰が切れたように突っ込むチャッピーが狙いを定めたのは来翔の左手。

 ぶつかり、背中を地面にぶつける来翔へ馬乗りの形になるチャッピー。鼻先を左手に押し付けて、開けろとばかりにフスフスと唸るチャッピーに、来翔は成功せりといったような息を漏らした。

 

「じゃーん」

 

「……わん?」

 

「ないよ。右手も」

 

 舌を出して首を傾けるチャッピーに両手をひらりと開けた来翔。

 両掌に何もないことに困惑しながら尻尾の振りは健在なチャッピーから脱出した来翔は手を払う。

 一瞬、時が止まったように無言で見合う両者。

 目に影を落とし、読めなくした来翔が動き出す。

 

「……。ふっ、ばかいぬ」

 

「──ワンッッ!!」

 

「あぁ!?」

 

 息を吐き太い声で呟いた一言に、一際大きく吠えたチャッピーが来翔へ突撃した。

 「なんだと!」と言いたげに吠えたチャッピーは来翔を4本の足で押さえつけて、空に飛ぶくらい尻尾を振り回す。そのままお返しだと、チャッピーは来翔の顔面を舌で舐めまわした。

 

「ちょっチャッピー! ふ、ははっくすぐったい!」

 

「ワン!」

 

「来翔くん。チャッピー、もうご飯なんだから遊ぶのはほどほどにしてよ」

 

「ははっ、わかったよしずかちゃん!」「ワン!」

 

 わかったのかわかってないのか。来翔とチャッピーの生返事にしずかは肩をすくめて家の奥に入る。

 

 来翔くんもあんなに笑ってるっピ!

 

「あ、家の中上がっていいよ」

 

「ピ……」

 

 来翔とチャッピーの空気に飲まれかけていたタコピーは困惑気味にしずかの斜め後ろでついていく。

 

「お母さんもうお仕事行ったから……同伴なんだって」

 

「同伴ってなんだっピ!?」

 

 庭で戯れる来翔とチャッピーを音楽にしながら、タコピーがランドセルを床に置くしずかへ問うた。

 気にも留めないしずかは床に置いたランドセルのそばに座って、教科書を片付けながら紡ぐ。

 

「お客さんと一緒にお店行くやつ」

 

「ピー」

 

 なんだか忙しそうっピね。

 

 想像。八百屋へ店員が客を連れてくるというのがタコピーの想像である。

 と、想像に雲を浮かばせていたタコピーは畳の上でぐるりと一望してふと思った。

 

「あれ? パパはどこだっピ?」

 

 瞬間、時が止まった。

 いや、止まったとはいっても時間という概念そのものが止まったというのではない。しずかの動きが止まったのだ。片付けを進めていた手が止まっていて、唯一部屋に入り込む風が少女の髪を撫でた。

 

「パパはいないの」

 

「…………」

 

 人間はママ一人で子どもを作れるっピ!? すごいっピ!

 じゃあ……

 

「来翔くんもそうなんだっピか?」

 

「……」

 

「来翔くん、どうしたんだっピか?」

 

 返事がなく、あるのは尻尾を揺らして「ヘッヘッ」と舌を出すチャッピーの息遣いと、夏の暑さを感じさせる蝉の鳴き声。

 チャッピーの傍でタコピーとしずかから背く形で縁側に座る来翔の肩は強張っていて、何かに堪えているようだった。

 

「来翔くん……?」

 

「……父さんは。父さんは……いないよ」

 

 ばっと俯いていた様相を上げた来翔は後ろへを振り返る。

 一拍おいて、喉を鳴らすように来翔は続きを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いなかったよ。あんな人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑っていた。

 首にかかる白金のネックレスを取り出した左手で握りしめながら、瞳には僅かに揺れるものを宿して。決してその目は、まっすぐではなかった。

 誰も、すぐには何も言えなかった。

 

 

 

 

 夜の初め。太陽の顔は地平線の向こうへと潜り込む。そこから漏れ出る光は、まるでまた会おうと手を振っているようだった。

 そんな時間。縁側でチャッピーを足に乗せて撫でるしずかと、寝そべってネックレスを触る来翔。それを見るタコピーがいた。

 

「チャッピーとはね、すごい小さい頃からずーっといっしょなの。パパが置いてってくれたんだよ」

 

 黙ってタコピーと来翔は、言いながらにチャッピーを撫でるしずかを聞き入れる。

 しずかの声は、夜風に溶けるように小さく、けれど確かだった。

 

「私はチャッピーが大好きなの」

 

「ピー」

 

 言いながら、しずかは目を伏せる。

 チャッピーの頭の黒色の毛の一本一本まで指先で撫でて。まるで大切なものを包むように。

 

「チャッピーがいれば、私は大丈夫。他には何もいらないんだ。……何があったって、平気なの。……どんなに痛いことや……」

 

 声が震えても、涙が落ちるわけでもない。唇の端でそっと繋ぎ直す、そのどうしようもない重みが、小学四年がだしているという声にはあまりにも寂しい。

 

「──つらいことだって……」

 

 消え入りそうな声を落とすしずかはチャッピーを抱き寄せて、その顔を毛並みに沈ませた。

 深く肺に空気を入れるしずかは「へへ」と笑みをこぼす。

 

「ちょっとくさいね……ふふ」

 

 なっ……やきもきするっピ。なんだっピこの気持ちは……!

 

 飛び出そうになる心音を体を自分でねじり上げるタコピー。そわそわとして落ち着かないのをどうにかして諌めようとするタコピーであったもののパッと追いついた単語が、登った体を戻した。

 

 あれ? 結局パパいるっピ?

 

 

 

 

「僕もついていこうか?」

 

「……ぇと」

 

「大丈夫っピよ! ぼくが途中までついてあげるっピから!」

 

 空が夜の帷を下ろした頃。しずかのチャッピーの散歩についていこうとするライトであった。

 が、しずかが答える手前、タコピーが横入りで言を繋いだ。

 

「そっか。じゃあ、またね」

 

「また明日っピ。あ、そうそう」

 

 まだお礼がすんでないっピ。でもでも、ぼくはぜったい──

 

「明日こそ、ライトくんを笑顔にして見せるっピからね!」

 

「──っ。僕なんかのために?」

 

「ピっ!」

 

 不思議そうに口を曲げる来翔にタコピーが短く発声してみせ、地面にすりつけるくらい縦に頭を振る。

 必死そうなタコピーを見た来翔は一瞬、驚いたように目を見開くと崩れそうな微笑みを讃える。

 

「そう。じゃあ、楽しみにしてる」

 

「ピ! 楽しみにしててほしいっピ!」

 

 約束事のように言う二人。

 来翔は膝を曲げると、タコピーに小指を差し出す。

 通じるかわからなかったが、タコピーはスルスルと触手を伸ばし来翔の小指を包んだ。

 わずかに手を上下させると来翔はタコピーの触手から小指を離して、チャッピーに構うしずかと見上げてくるタコピーを見る。

 

「じゃあ僕はこれで。二人とも、またね!」

 

「うん……また明日」「またっピ!」

 

 別れ言葉。

 一同が言を交わすと、手を振る来翔は後ろへ向いて歩き出し、チャッピーとタコピーを連れるしずかもまた歩き出す。

 

「──それとしずかちゃん」

 

「……なに?」

 

 不意に後ろから声がかかり、しずかは先走ろうとするチャッピーを引き止めながら振り返る。

 しずかから離れたところで届くのは静かな夜だからこそ響く声。

 風もなく、音もない。空には丸い月。

 淡い銀の光が、一人、来翔の肩をそっと照らしている。蒼白い光に包まれた顔は、まるで空気に溶けてしまいそうなほど儚い。風が吹けば、夜に連れていかれそうなくらい。

 その中、来翔の首にかかる白金のネックレスが眩く月光を弾いて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きみは、一人じゃないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草の葉が揺れ、影が震える。

 その声は月より優しく、どこまでも広がる空よりも静かだった。

 

 

 その言葉は、確かにしずかに届いた。

 ……なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────次の日、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来翔が公園に来ることはなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

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