『小鳥遊来翔はハナサナイ』   作:リクライ

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第四話 初めての学校

 

 

 ガヤガヤとした『教室』は、まるで小さな街のように賑やかだった。

 あちこちから笑い声が飛び交い、えんびつを転がす音や椅子を引きずる音、机を軽く叩くリズムのような音が混ざり合って、独特のざわめきを作り出していた。

 

 二人で声を出し、リズムに合わせて手を組む遊び。

 窓際では内緒話をしていて、廊下の方を気にしながら声をひそめる。

 一方で、教卓の前では男子数人がじゃれあい、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。笑って逃げる。

 カバンの中に手を入れ、おそらくは大事な物を忘れたのであろう男子が片眉をあげてたり、別の子は外を眺めていたり。

 

 そんな教室。

 

 その教室の真ん中。隣り合う二つの机は何やら書きなぐられたような痕があった。

 しずかと来翔の机だ。

 しずかは学校についてきたタコピー──頭に花を生やしたタコピーを肩に置いて、腿に手を置いたまま黙って俯いていた。

 来翔は頬杖をついて少し黒板を見つめると追いついてくる睡魔を大口を開けて威嚇した。

 

 そこへ──、

 

「おーい」

 

 針が来た。

 金髪の少女。黒いシャツの胸には可愛らしいプリントがされていて、暑い季節には合わない長袖。涼しげな白のスカートを身につけた少女。

 黒いカチューシャで前髪が上げられて顔がよく見えるようになるさまは、蛍光灯の光をきらりと反射させる少女の自信を表すようだった。

 

「おはよう寄生虫♡」

 

 寄生虫と、しずかを見下ろすこの少女の名は──、

 

 まりなちゃん。

 前に公園で見た子だっピ。……寄生虫ってなんだっピ?

 

 少女。まりなの口にした単語に頭を傾けるタコピーは、その傲岸不遜のようなノリに若干の冷や汗をかく。

 だが、こんなマスコットのようなものを学校に持ち込んでいても、まりなは意に介さずにずいっと顔を近づけた。

 

「あはー。今日もくっさいなーあのドブ犬と同じ匂いだね♡」

 

「ピィ……!?」

 

 スペースを計りかねるタコピー。誰の耳にも届きそうな怖気付いた声を弾けさせるタコピーはしずかの前肩に回り込んだ。

 

「しし、し、しずかちゃん……だだだ、大丈夫だっピ?」

 

 

 この情景を風景に、ここでなぜタコピーが皆にバレないのか解説しよう。

 ことは昨日。タコピーが学校についていこうとした夕暮れのその日に遡る──。

 

 

 

 

 

 

「──学校? 来てもいいけど、見つかったら保健所じゃないの?」

 

「ピ! それなら」

 

 

 テッテレー!

 

 

「お花ピン!」

 

「でた、また新しいハッピー道具。……花?」

 

 しずかの懸念にタコピーが心配なしと跳ね除けて出したものは、お花。どこをどう見たって、ただのピンク色の花。

 ピンクの花びらをつけた花ではあるものの、どことなく絵本から飛び出してきたようなものだ。

 首を傾げる来翔ではあったものの、タコピーが「ふっふん」と笑う。

 

「ただの花じゃないっピよ。これを頭に刺すと……」

 

 言って、手にもったお花をタコピーは頭にやると、針山に刺さるように刺さった。

 

「周りの人からハッピー花に見えるようになるんだっピ!」

 

「……ハッピー花」

 

*以降は、来翔目線でお送りする。

 

 しずかが聴き馴染みのなさすぎる花名に瞬く中、来翔は一度タコピーの存在を視界から忘れ、目をこする。

 開けてみれば、夕日が目に刺さってきて眉間に力がこもってしまうものの、なんとか気合いでタコピーのいた場所に目を向けてみる。

 

「どうだっピ? あ、聞こえてないんだっピね……」

 

「いやなぜか聞こえはするけどさ……しずかちゃんから見たらタコピー今どんな?」

 

「……花の生えたタコピー?」

 

 来翔の問いにぶっきらぼうに答えるしずか。

 そうくるだろうと予想はしていた来翔だったが、目の前の光景はなんとも言えない状況が繰り広げられていた。

 なぜなら、

 

「……なんで、どくだみ」

 

 それ相応の場所で使えば擬態できるのだろう。それこそ人に貼り付けば髪飾りのように。

 ただ──土管の上にどくだみが。しかも一定の速度で動くのは見ててなんだか──

 

 スススっ、スイー、スイー……

 

「くっくく、なんか面白い」

 

 

 

 

 視点を戻し、こんな話があったということだけ記録しておこう。

 そんなこんな。当然タコピーの存在を認識している者なら花の生えたタコピーが見えるのだが、それを知らない他人が見たら──、

 

「なんで、頭にどくだみつけてんの?」

 

「ふっははっへんなのー」

 

「だっさー」

 

 こうなってしまうのだ。

 訝しげな目をしてまりなに吐かれた言葉。それにただ茫然と右から左へスルスル抜けていくしずか。

 そこへ、

 

「おはよう、まりなちゃん」

 

 無のしずかの隣の席に座る、頬杖をついたままため息まじりに挨拶する来翔が入った。

 

「気安く呼ばないでくれない? ヒモ男♡」

 

 あんまりな言いように、来翔もこれには片方の眉を曲げて固まった。

 固まりかけてしまう来翔であったが、軽いため息をつくと両腕を上へ伸ばして体を伸ばす。

 

「んーっ……あーあ、今日も今日でまりなちゃんは元気だなー」

 

「あ?」

 

「ちょ、ちょっと来翔くん……」

 

 椅子の背にも足りかかりながら両腕を大きく伸ばす来翔に、まりなの喉から低い音が鳴った。

 ついさっきまで当てられていた氷柱の視線がしずかから逸れ、来翔の方へ突き刺さる。

 まりなを取り巻く女子たちがガヤガヤと騒ぎ立てる中、まりなはグイグイ来翔の方へ近寄った。

 

「あはー……。──なにそれ、喧嘩売ってんの? 黙ってろよ。寄生虫の味方気取ってんのもやめたら? クソ男」

 

「味方じゃない。しずかちゃんは友達だよ。まりなちゃんとも……俺は友達だと思ってるし」

 

「あばずれ庇う男に友達とかこっちが願い下げだわ。ていうかそんなふうに思ってたんだ。キモ」

 

 教室のざわめきが一瞬、薄くなる。

 まりなの吐き捨てた言葉に、教卓の前で騒いでいた男子たちも顔をしかめ、ひそひそ声が周囲に生まれる。

 二人の間に生まれる軋轢。方や歩み寄って、方やその手を払いのける。

 その傍。だんだんと息苦しくなってくるまりなの背後でしずかは体をこわばらせていた。

 

 なんだか、空気が重いっピ……。

 でも、あんなにたくさんおはなしするんだっピから、来翔くんとまりなちゃんは仲がいいんだっピね。

 

 しずかの細い肩、肩にかかるくらい伸びた黒髪に潜って覗き込むタコピー。

 だが、流石に周囲の目に気に掛かったのかまりなが来翔から目を背け、剣呑な雰囲気と取り巻きを残して自分の席へと戻っていった。

 途端、霧散する空気。穴が空いたように生まれた空気が、再び賑やかさを取り込んだ。

 

「……。はぁ……ちょっと……水、飲んでくる」

 

 瞑目し、喉を震わせて吐息する来翔が椅子を引きずりながらゆっくりと立ち上がる。

 

 来翔くん、行っちゃったっピ……。

 あんなにまりなちゃんとお話ししてたのに、なんかしょんぼりしてたっピし、楽しそうじゃなかったっピ。

 

 二人の『話し合い』を聞いてて、タコピーは視線を落とした。すると、不意に体が浮かぶ。

 しずかが席を外し、タコピーを手にしていたのだ。考えに耽るタコピーは知らず、しずかに持ち運ばれていると赤と紫の花のなるプランターに押し込まれた。

 

 と、とにかく! まずは学校での二人を知ることだっピ!

 そのうちケンカの原因がわかるっピし──

 

 ガラガラと音がなって、教室にいる人よりも大きい人が入ってくる。その後ろには水を飲み終えた来翔がいて、そそくさと自分の席に戻っていく。

 

「始めるから席についてー」

 

 賑やかに騒然としていた教室が気だるげに言う女教員によって鎮まり、一同が自分の席についた。

 足音がなりやみ、床を擦る椅子の足が余韻を響かせる。

 

「起立」

 

 前の席。規律正しそうな印象を人に抱かせるボタン付きシャツとキッパリとした半ズボンを身に包む、黒フレームのメガネをつけた少年が教室に声を上げた。

 

「気をつけ」

 

 聞き流したり、聞いて半分。聞いて胸を張り姿勢を正す者もいる。

 揃ったようになる子どもたち。そして──、

 

「おはようございます」

 

「「「おはようございます」」」

 

「おはよー」

 

「着席」

 

 始まる──学校の授業。

 全員が緑色の板。黒板に書かれたページを開く中、二人の動きがぎこちなくなる。

 指定されたページを開き、机の上に足りないものを棚に手を入れて探す来翔としずかだ。

 

「……?」

 

「ぁれ……」

 

 眉をひそめる来翔はそっと口から空気を置いていくと、鉛筆を持って教科書と睨めっこしたのち、黒板に書かれるものを眺める。

 が、置いていかれるしずかの目は動揺で震えて俯いていた。

 

 ここでみんなに思い出してもらいたいことがある。

 絶対に当たりたくない問題。誰しもその思いを示すかのように俯く現象があるだろう。

 大抵こういうとき、

 

「この問題を──」

 

 なぜなのかわからないが……、

 

「じゃあ久世」

 

「──ぇ」

 

 当てられるのだ。

 

 琴線が乱れている最中で先生の声に遮られるしずかが、半ば反射のように返事をしてしまう。

 立ち上がらざるを得ないしずかは焦燥に頭が強く波打つも、机に手をかけて立ち上がった。

 

「──か、かっこいちは……」

 

「せんせーいっ。久世さん宿題忘れちゃったんだってー」

 

「なんだ、そうなのか?」

 

 細々と答えようとしたしずかの言葉が手を上げて声で払拭するまりな。

 先生は特に気に求めていない様子で、周りから「またかよー」「久世さーん」「えー」とブーイングがしずかに投げられる最中でも顔色ひとつ変えない。

 

「ぃや……ノートが……」

 

「じゃあ小鳥遊」

 

「あい」

 

 だるそうに呼ぶ女教員に生返事で返す来翔が悠々と立ちあがる。

 もっとも──

 

「せんせーいっ、来翔くんも宿題忘れちゃったんだってー」

 

「え? 珍しいな」

 

「いや、大丈夫です」

 

 特に意に介さず、黒板へと歩く来翔がチョークをとって書かれている式の穴を埋める。

 それを側から見たタコピーはというと、

 

 わかったっピ。

 しずかちゃんは宿題をやるのを忘れちゃったっピから、死んじゃったんだっピね──。

 

「それならぼくが──!」

 

 朝顔のプランターに刺さる添木から飛び出す形で脱出するタコピーが宙を舞う。

 朝顔に混じるどくだみが、突如として暴れ出したようにしか見えないこの状況下、タコピーは懐からピンク色の箱を──ハッピーカメラを取り出した。

 記憶を印刷された紙を差し込まれ、ボタンが押され──

 

 

 

 

「タコピー?」「タコピー?」

 

「しずかちゃん!」

 

 時は夕暮れ。カメラによって舞い戻ったタコピーが声を張り上げてしずかの手を触手で包み込んだ。

 

「明日の宿題の答えは⑴が35!」

 

 

 

 

「⑵が162……」

 

「せいかーい」

 

「「「おおー──っ」」」

 

 教室。

 算数の宿題で出された問題をしずかは当てられたものの、まりなの口が走る前に答えた。

 瞬間、周りの空気が響めき、皆信じられないような顔を表に出して驚愕していた。

 隣の来翔はあまり関心がないようだった。なぜなら昨日──、

 

『いや、今日もしずかちゃんの家で勉強会するから』

 

『ピ!?』

 

 あの夕暮れ、タコピーの言葉を片眉をあげて怪訝そうにする来翔がすっぱねたのだ。宿題なんてとうにやっていた。

 だから、ノートがなくたって一応は答えられる。もっとも、登校する間でも答えを暗唱していたタコピーによる背中の後押しも起因しているだろう。

 

「じゃあ次の問題……。雲母坂」

 

「あっ、ぇっ、えっ!?」

 

「なんだ? 忘れ物か? じゃあ小鳥遊」

 

「はーい」

 

 苗字を呼ばれ、当てられたまりなは鳩が豆鉄砲を食ったように慌てるも、そのまま教師に着席させられる。

 頬を頭を燃やす羞恥心で真っ赤にして小刻みに震えるまりな。釣り上がる目つきのまま来翔の背中を突き刺すと片手を感情のままに掲げた。

 

「せ、先生! 来翔くんが宿題忘れたって──」

 

「はーい、⑶125.786」

 

「正解」

 

 先んじて潰そうとするまりなの挙手よりも、チョークを持つ来翔の手の方が早い。

 答案の合否をもらう来翔はパッパと指先についたチョークの粉を落としながら席についた。

 飛ばした言葉は行き場を失い、口を開けたまま固まるまりなは眉間に血管を浮かび上がらせて見る。机へ視線を落とすしずかと、教科書をパラパラと適当にめくる来翔。その二人の背中を。

 

「ふっふっふ〜」

 

 来翔としずかの目を除き、誰の目からも透明となるタコピーは不幸を回避できたことへ目を細めた。

 

 

 

 

 昼の鐘がなってしばらく。

 机の上に広げられていた食器の乗るお盆は、すでに多くの机から片づけれられていた。

 

 窓の外を見やれば、溌剌としてグラウンドに駆けていく男子たちの姿が小さく見える。

 ドッジボールをしていたり、サッカーをやっていたりと小さな楽園がそこにある。

 

 けれど──

 

「ねぇねぇ」

 

 教室にはまだ音が残っている。

 

「もう昼休みですけどー」

 

 お盆の上にはスープと粒が少し欠けたとうもろこし、半分ほど食べられたパンが置かれている。角に置かれた牛乳も、上に置かれている食べ物は、一応は手がつけられている。

 が、それっきりだ。しずかは俯いてじっとしていた。

 そこにまたきたのだ。まりなと、その取り巻きが。

 

「いっつも残して申し訳なくないの?」 

 

 机に肘をかけてしずかの顔をイタズラに覗き込む女子。

 だんだんと囲まれるたびにしずかの俯き加減がひどくなっていって、黒髪がしずかの心を閉ざしていく。

 

「罪悪感ないなんてさすがだなー、給食費未納だもんね♡」

 

 後ろで腰に手をやるまりなが、俯くしずかの後頭部に言葉をなでつける。

 でもしずかは俯いて口を固く閉ざすだけで何も答えない。答えられなかった。

 

「そういうこと、言うかよ」

 

 声が横からかかる。

 まりながしずかから目を逸らし奥の方へと見やると、背もたれに手をかけて今にも立ち上がりそうな来翔が顔を強張らせていた。

 わずかに椅子が引かれ、床の音が空気を破って虚無という名の不穏を滲み出す。

 一瞬にして教室という箱の中に生まれる無音。

 まりなの黄色い双眸に当てられながら、濃色の目で見上げる来翔。

 

「しずかちゃんが……食べられないの、わかって……やってるでしょ」

 

 まりなの口元が動く。いや口角は下がるのも上るもしなかった。ただゼロに戻り、片側の眉に力が入るまりながいた。

 

「……なにそれ。なんであんたが出てくるの。しょーじきそういうのもううざいんだよ、勘違い男」

 

「……ぼくが見たから……見ちゃった。見てしまったんだから。だから……」

 

 ぽつりぽつり、頭の追いつかない羅列が瞬きを繰り返す来翔の口からぎゅうぎゅうと締め出される。

 焦りのようなものが声に震えとなって乗るたびに、椅子を掴む来翔の手が居心地を悪そうにした。

 

「もう、やめてよ。そういうの……気持ちいいもんかよ」

 

 ピシリと、どこからか音が鳴った気がした。

 ふと、来翔の目に戸惑いが宿った。それはまりなの纏う空気が鋭くなったからか。それもあるだろう。

 ただ少しだけ、泣いているような、そんな気が来翔には感じたのだ。

 

「……。はぁ……いこう? なんかしらけたわ」

 

 軽いため息をついて、目と目の間の影を濃くするまりながくるりと身を翻して教室を出ていく。

 それに追従していく取り巻きだが、後を濁すように何かをしずかと来翔に言ってくる。「お姫様と騎士様ごっこー?」とかなんとか。耳に入れたってどうせ気分が悪くなるだけだから、来翔は髪をかきあげて、青ざめる顔を手で覆った。

 

「……どうすれば、いいんだよ」

 

 湿り気をもつ、呼吸をするだけで体全身が重たくなる空気の中、しずかと来翔は喋れない。──話せない。

 

 その傍、一連をつぶらな瞳を瞬きせず見つめていた頭に花の生やすタコピーがプランターから這い出てきた。

 

 またまりなちゃんだったっピ。

 そうなんだっピ! しずかちゃんは、給食を残しちゃうのが悲しくて、死んじゃうんだっピ!

 食べ物は大事だっピし。

 だったら──!

 

「しずかちゃーん!」

 

「タコピー……!?」

 

「ぼくに任せるっピ!」

 

 机に飛び乗り、しずかへと胸を張るタコピーはお盆に乗る給食に出っ張った口を向ける。

 と、その前に、

 

「待ってタコピー!」

 

「ピ!?」

 

「しずかちゃん、俺にこのスパゲティちょうだい!」

 

 タコピーにまたがるように机に勢いよく両手をつける来翔がしずかへ顔を見合わせた。

 唖然として口をぽかんと開けるしずかが、鬱積したものを我慢する来翔が鼻息を荒げるのを動揺する目で見る。

 

「ぇ、ぁ、うん。……いいよ」

 

「ありがとういただきまーす!」

 

「じゃあぼくもいただきますっピ!」

 

 ノータイムで、句読点もなしに両掌を打ち合わせた来翔がお盆に置かれた箸とミートソーススパゲティを掻っ攫うように手にとり──食事。

 タコピーもダイ◯ンもびっくりな吸引力で大気を吸い込むと、皿を残して、牛乳パックを残して中身だけが綺麗に吸い取られていった。とうもろこしの芯ごと丸飲みにして。

 来翔も一瞬にしてスパゲティを口に入れて噛み、飲み込み。繰り返す。神経をそれだけに集中させて、ぐるぐると頭の中を走り回る考えをそのままにしながら、一瞬にして胃のなかに入れた。

 

「ごちそうさまでしたっ!」

 

「おいしかったっピ!」

 

 食器を言葉の勢いとは裏腹に丁寧に置く来翔の顔色は青くはなく、いつも通りの肌の色に息を吹き返した。

 

「ありがとう、しずかちゃん。ほんとに助かった」

 

 ほっと胸を撫で下ろす来翔。真顔とはどこか違う、頬を緩ませる表情をする来翔に、しずかは丸くした目を背ける。

 

「……そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで大丈夫だっピね!

 

「あいつ……とうもろこしの芯まで食べてない……!?」

 

 来翔と別れ、給食を片付けにいくしずかの面持ちは思うほど重くはない。まりなと『話して』いたときのように強張らせていた苦しい表情も、軽そうに見える。

 ついさっきまで『話』をしていたまりな達は、空となった食器を乗せるお盆を持って廊下を歩くしずかに顎を落としかけた。

 

「こ、こわー……」

 

「なっ……」

 

 

 このあとのこと。

 自分のとしずかのノートを探して来翔がゴミ箱から発見したり。

 

「ほい」

 

「……ぁ、うん」

 

 どこかにいったランドセルをタコピーといっしょになって探して見つけ出したりと、そんなこんなあり、

 

 どうにか一日が終わったっピが……

 

 ここに……

 

 ピシャーン!

 

「ピ!?」

 

 タコピーに電流走る。

 

 これはもしや……もしかしたら……

 

 

 

 

「しずかちゃんと来翔くんは、まりなちゃんと喧嘩してるんだっピか!?」

 

「…………」「…………ぇ?」

 

 じとりとした目をするしずかと首を落として眉を曲げる来翔が、唐突に話を切り出したタコピーに目を向けた。

 だが全身に感じるむず痒い目線の針に構わず、タコピーは思考に耽った。

 

 ハッピー星人はケンカをすると、相手のハッピー紙を隠すっピ。

 これはズバリ──仲直りのため。相手の気を引きたいから!

 

 今までの数々の行為では、いつも付きまとう背後からの熱い視線。ずっと後ろからつきまとっては離れない気配。それを辿ってみれがこれが不思議。どこでもまりなが見ているのだ。

 

 まりなちゃんがノートを隠してたのも同じだっピ。

 しずかちゃんと来翔くんをじっと見ていたのもつまり──

 

 強く目を閉じていたタコピーの目が開かれ、そのつぶらな瞳にブロンドの髪を彷彿とさせる光が差し込んだ。

 

 仲直りしたいから!

 

「ケンカ……ケンカね」

 

 押し黙ってタコピーの放った言葉を咀嚼する代わりに、重たい息を吐く来翔が呟く。

 しかし、だ。タコピーの見た──経験した一回目の世界。来翔としずかの死は、おそらくだが喧嘩によるもの。タコピーはそう睨んでいた。

 だとすると……

 

 もしかして、にんげんのケンカとハッピー星人のケンカは……違うんだっピか?

 

 たくさんお喋りするのは、タコピーの認識では仲のいい証拠。今日見てきた中でも、来翔とまりなはたくさん話し合っていた。だから、そう思っていたのに、二人の喧嘩の果ての死がタコピーの脳裏にちらつく。

 

「……タコピーは、そう思うんだよね。でも……違う、違うんだよ……あれは」

 

「違うんだっピか?」

 

「……タコピーの星で、ケンカが一体どうなのかわかんない。でもわかったのは……タコピーがやさしいってこと。──ありがとうなタコピー。しずかちゃんのために、考えてくれて」

 

「……!」

 

 来翔くんが……褒めてくれたっピ!

 

 そっと左手を下ろして労るように撫でる来翔にゆすられるタコピーは目を輝かせていた。

 反対側のしずかの曇りに気づくことなく、タコピーは原型がないほど渦巻く来翔の濃い紫色の目を見ていた。

 

 

 

 

 にんげんのケンカがぼくたちとは違っても……やっぱり、ケンカは良くないっピよ。

 だったら早く、二人がまりなちゃんと仲直りしないと……

 

 翌日の学校。その昼休み。

 相変わらずグラウンドで男子達がボールを追いかけたり、ときにボールを避けたりする催しをして学校のなかは静か。

 そのなか、廊下では容器の空となった給食を戻し終えたしずかと、頭から花を生やすタコピーが彼女の肩で揺れながら歩いていた。

 そんなときだった。

 

「あ、いたいた」

 

「久世さーん」

 

 しずかの歩く先に、例のまりな。その取り巻きがイタズラのような笑みを浮かべながら手を振っていた。

 するとその一人が、怪訝そうな顔をするとニタリと歪む笑みを手で隠す。

 

「今日は一緒じゃないんだー、役立たずの小鳥遊。だったらマジでちょうどいいや。──まりなちゃんが話あるって」

 

 刹那、雷に打たれたようにしずかの体が固まる。わずかに揺れる黒髪の余韻がしずかが動いていたという証左。

 そんなしずかの動揺を待たずして、通牒が突きつけられる。

 

「──昼休み、体育館倉庫」

 

 

 

 

 チャンスだっピ!

 

「しずかちゃんしずかちゃん」

 

 ここは女子トイレ。その個室。

 静寂さそのものだったそこにポジティブが顕現したような声が響かせる。

 

「まだ行かないんだっピか? まりなちゃんが待ってるっピ!」

 

「っ……、もう行く。……行くから」

 

 意気揚々とするタコピー。早速賽の目が振られたことにうきうきとするタコピーの呟きに、しずかの投げやりな生返事が床にこぼれ落ちる。

 それを置いていくように背を向けるタコピーは下に隙間のある扉まで歩く。

 

「仲直りの秘訣は──ちゃんとおはなしをすることだっピよ!」

 

 話すことで誰もがそのとき通じ合う。タコピーが前に伸ばす二つの触手が寄り添うように絡み合い、愛情を形作られた。

 

「おはなしがハッピーを生むんだっピ……」

 

「タコピーは……」

 

「ピ?」

 

 おもたげな頭を起こして話すしずかの震え声に、タコピーは短く声が出ていって振り返る。

 何かに締め付けられて絞り出すように息を吐くしずかの顔は前髪が帷として降りていて見えない。足元にいるタコピーだけが彼女の顔つきを見れた。

 

「タコピーはまりなちゃんと話したことがないから……そんなことが言えるんだね」

 

「そんなことは──」

 

 言葉は震え、時々跳ねる喉を震わせるしずかの面持ちは強張っていた。目の端からは今にも涙がこぼれ落ちそうになっていて、追い立てる感情を奥歯を噛み締めていた。

 そんなしずかを見て、言い返そうとするタコピーの口が噤む。

 

 もしかして……

 

 タコピーの脳にじっとりと張り付いて拭えない思い出。

 畳の上。ケンカをした果てにあったのは、手を重ねて動かない少年と少女。その影がよぎった。

 

 で、でも仲直りしないと──

 

「しずかちゃん」

 

 ──だったら。

 

 

 

 

 体育館倉庫。

 いつまでも待ち人のこないことを焦ったいのか、陰になっている場所でもわずかな光を弾く金色の髪をする少女は足元に転がる小石を蹴る。

 そんなとき、

 

 ザッ……

 

 土を踏む音が背後から鳴って、長袖の服を着る金髪の少女──まりなが振り返った。

 

「あ、おっそー」

 

「ご、ごめんっピ」

 

 そこにいたのは萎れたようにヨレヨレな白い半袖シャツと水色の半ズボンを着た少女、しずか。

 ごきちなく右手を振って、聞き馴染みのない語尾をつけるしずかの頬には一滴の汗が流れていて、急いできたのか緊張しているのかが見て取れる。

 

 その中身は……

 

 ぼくが行くっピ……!

 

 全くの別人。しずかの姿をしたタコピーだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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