『小鳥遊来翔はハナサナイ』   作:リクライ

9 / 12
第九話 バラバラ

 

 

「次。この問題、久世」

 

 お昼時を過ぎて、授業が始まる。科目は算数で、皆がノートに板書を書き写す。

 その前の恒例となる宿題の解答なのだが、気だるそうに、敬称もつけずに先生はしずかを当てる。

 

「……ぁ」

 

「「…………」」

 

 指名。

 指差しを喰らうしずかは戸惑うも、開かれたノートを手に席を立つ。

 あらゆる方向から伸びてくる視線の数々に、しずかはひどく体を波打つ心臓の音が近く感じた。

 

「これは、来翔くんとやった問題だっピ」

 

「ぅん……6.6です」

 

「正解」

 

「「おおー」」

 

 あってる。とはいえ、やはりこうも痛いくらい周囲の視線を感じてしまえば、声がうまく出づらいもの。けれども、平生と比べれば幾分かマシだ。

 しずかは自身の斜め後ろ、頬杖をしてただ黙って成り行きを傍観していた──まりなを伺った。

 恐る恐ると。一挙手一投足が彼女の逆鱗に触れるかもしれない。そんな恐れを抱きながら。

 

「なにあれ、急に声なんか出しちゃって。調子乗ってるよね」

 

「…………」

 

「……?」

 

 なにもない。無反応だ。むしろ興味がないようで、すでにまりなの目にはしずかではなく板書を映っていた。

 以降、何事もなく授業は進んで、そして終わった。

 

 

 

 

*ハッピー星より着陸6日

 

 

「僕もついていこうか?」

 

「……ぇと」

 

「大丈夫っピよ! 僕がついてるっピから!」

 

 

 

 

「まりなちゃん、なにもしてこなかったっピね!」

 

「うーん」

 

 夏特有のじめっぽい温さは夜まで続く。

 あれほどまでに騒がしかった蝉時雨は止み、今は虫たちのセレナーデが瞬く星へと吸い込まれた。

 今日という日は散歩日和で、チャッピーを連れてしずかは散歩をしている。浮き足立つままに先行するタコピーがいた。

 

「もしかしたら、仲直りの一歩かもしれないっピ!」

 

 少しずつだが、変わってきている。いや、もしかすればこの一歩は階段の一段ではなく、二段を飛ぶほどの一歩かもしれない。

 

「…………」

 

 タコピーの語る先の明るい展望。

 しずかはその言葉を聞いて、少し前に別れた来翔の言った言葉を思い返していた。

 変わらないものなんてない。少しだけ楽しい学校が、本当に楽しくなるかもしれないのだ。思えば思うほど、しずかは吐く息が火照るのを感じてくる。

 

「なんか……誰かと散歩するのって、いいね」

 

「そだっピか! ごっ……ピ……」

 

 快活に言ったタコピーが僅かにうめいた。上からの不意の攻撃──チャッピーの牙が柔肌ピンク色ボディを歪めたからだ。

 血が出るほど、というわけでもなく、ただ戯れているだけのチャッピー。

 それをわかっているためで、しずかは特に注意することもなく、積まれた土管に腰掛けた。

 ここ町立南公園は、しずかが長く愛用してきた散歩ルートの折り返し地点だ。

 

「昔はよく、お父さんと一緒に行ってて……」

 

「しずかちゃんにもパパいるっピか!?」

 

「いるよ? 小さい頃に、出ていっちゃったけど」

 

 そういうのってよくあるっピか、人間。

 

 タコピーがそう思うのも無理はない。一昨日、来翔の母親の言葉で父親はいたことがわかっても、しずかにもいるなんてこと、純粋脳には話されるまでにわからなかった。

 

「お父さんがいなくなった夜もね、こんなふうに星が出てて……私お星さまに一生懸命お願いしたの」

 

 夜空に点々と瞬く星を、しずかは見上げる。

 

「お父さんとお母さんが離婚しませんようにって。……でも」

 

 写し絵のように星涼しを反射させるしずかの黒い瞳。それが、曇りガラスのように光を失って、声も落ちる。

 

「結局叶わなくて。そんなとき、来翔くんに出会ったんだ」

 

「ピ?」

 

 蝋燭に火が灯ったように、しずかの声に明るさが宿り始める。

 横顔が振り向いて正面になって、タコピーに微笑みが振りかけた。

 

「最初、名前しか知らなかったけど、あの頃から来翔くんはやさしくてさ──」

 

 しずかちゃんが、こんなお話ししてくれたのは初めてだっピ。

 なんだか仲良くなれた気がして、嬉しいっピね。

 

 チャッピーを撫でて唇に弧を描くしずかを見て、タコピーは思い馳せる。

 

 前にこうやって、星を見たときよりずっと──あれ?

 

 空白。それに近い思考がタコピーの暖かくなっていた思い出が温度ののらない冷たいキャンパスに飲まれていった。

 そして思い出した。今日という日が一体なんだったかということを。

 

 あの時は確か、しずかちゃんと来翔くんと出会って六日目。

 ちょうど今日だっピ。

 

 追いついてくる思考。真っ白だった記憶の景色にありし日の情景が塗り広げられていく。

 今、公園に建てられている時計は六を超えて七。

 まだ、今ほど二人と関わる前のときは──六時だった。

 

 それで、しずかちゃんと来翔くんが死んじゃったのは、その次の日。つまり──明日。

 しずかちゃんはチャッピーの首輪だけを持って、公園に来て。来翔くんは来なくて。

 

 ──首輪。左手に、それだけは離すまいと、今チャッピーがつけている真っ赤な首輪を、ありしの日しずか。全身に模様を浮かばせていたしずかは持っていた。

 

 なんであのとき、チャッピーは……

 

「あはー」

 

「ピッ……」「──っ」

 

 遮られる思考回路。

 しずかとタコピーの視線が闇の中へと飛び込んでいった先から、声がした。いやほど聞いた声だった。

 

「こんな時間に外出とか、卑しいね。やっぱ尻軽も遺伝するんだ」

 

 悠々と喋りながら、見下ろす街灯の元に足を踏み入れる少女。金髪が煌びやかに照明を反射して、存在を強めた。

 

「まりなちゃん……っ」

 

 街灯に照らされたその顔が、ふわりと笑った。いや、それは笑顔の形を成しているだけの、ぴたりと張り付いた仮面のようだった。

 星の光が遠くなって、差し代わって照明の光が近くなる。

 

「あ、汚物犬だー。……前から思ってたんだけどさ……」

 

「チャッピー……!」

 

「寄生虫とかアバズレにも、男を飼っても犬飼う資格ってあるのかな」

 

「チャッピー戻って、ほら」

 

 バチン──ッ

 

「質問に答えてよー」

 

 乾いた音が弾け飛ぶ。

 虫の音が引っ込んだように、しずかの頬を叩く音だけが響いた。

 

「いっ……」

 

「一人じゃ生きてけない寄生虫が、犬クソ飼える身分かって聞いてんの」

 

 頬を打たれ、膝が笑って折れるしずかが地面に伏しても、まりなは見下ろす。チャッピーのリードを握るしずかを目に障る虫でも見るように、足で踏みつけながら。

 

「うっ」

 

「あいつ誰にだって優しいから、お前みたいなゴミ女にも優しいんだよ。ほんとッ!」

 

「い゛っ」

 

「かわいそーだよねぇ。ま、こんなのに惹かれるあいつもクソ男か」

 

 黒い髪に手を伸ばし、鷲掴みにするまりなの言葉は止まらない。

 

 ま、まりなちゃんやさしくなったんじゃないっピか……?

 怖すぎて、動けない──。

 

 土管の影に縮こまり、ブルブルとタコピーはただ見ていることしかできない。

 そんなとき、まりなのつま先がチャッピーのリードを握るしずかの左手を弾いた。

 

「あっ、ぃった──」

 

「ワン──ッ!」

 

 赤い線が手放したことで、火蓋が切られてしまった。

 主人を守るため、先ほどまでに吠え続けていたチャッピーが果敢にまりなへと駆け出す。

 地を蹴る四足が距離を埋め、大口を開けるチャッピーが牙をまりなへ差し向けた。

 

「チャッピー!!」

 

 背後のからかかる、しずかの呼び声。

 だが、

 

「──ふっ」

 

 わずかに漏れる、跳ねるようなまりなの吐息。

 誰にも届くはずもなく、そしてしずかの叫びもまた──

 

「ダメ──ッ!!」

 

 ──届くはずもなかった。

 

「キャアアアアアアアアア──っ!!!!」

 

 鈍く白光る牙が肉を浅く断絶する音と共に、夜気を裂くような甲高いまりなの悲鳴が響き渡った。

 一瞬、時が止まったかのように、あたりの空気が凍りつく。

 恐怖が滲むような叫びは、程なくして家で談笑する者たちを呼び寄せて、各々の鼓膜を突き刺した。

 

「痛い……! 誰か助けて!」

 

 続々と、悲鳴のする真夜中の公園へと他人事のように見物しに湧いてくる大人の人。

 傍観する人々が見たのは、泣き叫ぶ幼女の手に噛みつく犬。その光景だ。

 

「犬が……怖い犬が! 襲われてるんですっ」

 

「おい誰か通報しろっ」

 

 動揺が伝播して、一人が携帯の通話に手を伸ばす。

 

 なんだっピ?

 

「警察か保健所……早く捕まえてください!!」

 

 なんなんだっピ……これ?

 

 目まぐるしく事態が進んでいくのをタコピーはつぶらな瞳がとらえた。

 血相を変えて走っていく大人連中がビニールを噛ませ、まりなの手からチャッピーの牙が離れる。

 押さえ込まれてもなお興奮したままのチャッピーが大人の手の中でもがく。

 程なくしてワゴンの車が来て、チャッピーが作業着を着た人によって連れ去られていく。

 

 これ……

 

「チャッピー……まって」

 

 コマ送りに流れていく情景が、一人の少女の声によって動き出した。

 座り込んで、ただ見ていることしかできなかったしずかの頬に、雫が流れ落ちる。指先が震え、声が喉につかえても、檻の中に入れられるチャッピーを決して見逃しはしない。トランクが閉まってしまう、その瞬間まで。

 

「チャッピー……!」

 

 な……しずかちゃんが、泣いてるっピ!

 そんなの……そんなの絶対ダメだっピよ!

 

 焦燥に上気する息。呼吸をするたびにしずかの足は前へ前へと押し出され、まりなの背後を通り過ぎる。

 最中、タコピーは懐からカメラを取り出し、記憶をセットし、

 

 僕がなんとかするっピ──!!

 

 時計の針が巻き戻って──

 

 

 

 

 ──時計の針が巻き戻る。

 空も声も、全てが何事もなかったかのように突然引き戻される。

 ここは公園。あの日、夕暮れに染まりつつある空の下、写真を撮ったあの日に、タコピーは戻ってきたのだ。

 

「タコピー?」「タコピー?」

 

「……」

 

 オレンジ色に染まりつつある夏色の空。

 熱烈なまでのロマンスを響かせる蝉の音を背景に、来翔としずかが首を傾げる。

 

「散歩コースを変えるっピ!!」

 

「なんの話?」「急にどうした」

 

 

 

 

*六日目

 

「僕もついていこうか?」

 

「……ぇと」

 

「大丈夫っピよ! 僕がついてるっピから!」

 

 

**

 

 

「こっちの道、なんかあるの?」

 

「ないっピ!」

 

 来翔と別れた後、タコピーは我先にしずかの前へ出て、散歩道を先導する。そこは八百屋とか駄菓子屋といった、商店街だ。放課後は子供たちの遊び場のひとつでもあるが今では閑散としていている。

 無理もない。時間帯としては──前とさほど変わらない夜。当然用もない子供が出歩く時間帯ではない。

 変わっている点として、まずルートが違う。中継地点だった公園から外れて商店街に進路絵を変更したのは、

 

 今日公園を通らなければ、まりなちゃんに会わないから大丈──

 

「あ、いたいた」

 

 ピ!?

 

*曲がり角でまりなちゃんと遭遇した。

 

 トラブル発生。

 体をこわばらせてひゅっと息を引き込んでしまうしずかを前に、まりなの口元は不気味なほどまでに釣り上がる。

 

 

 この流れはまずいっピ──!!

 

 

 時計の針がクルクル。

 

 

 ──三回目

 

 

 

「朝散歩とかどうっピか?」

 

 

*早朝、まりなちゃんと遭遇した。

 

 

 

 

 ──十回目

 

 

「散歩は明日にするっピ!」

 

 

*翌日、まりなちゃんと遭遇した。

 

 

 

 ──二十五回目

 

 

「僕もついてこうか?」

 

「大丈夫っピよ!」

 

 

 何度も繰り返される一週間。

 しかし──、幾度となく。何度やってもどうやってもやはりと言ってか訪れてしまうのだ。

 

 おかしいっピ。

 いつどこで、何度やってもチャッピーが……

 

「よし」

 

 ピぃ……!?

 

 何をしても変わらない状況を前にするタコピーは呆然としていた。そうして、呆けていたタコピーの目の前に落とされる足。ジクジクと手から流れ出る血を拭うまりなが立つ。

 痛いはずなのに、連れ去られるチャッピーを見るまりなの瞳には涙のひとつもない。

 

「うまくいった。大丈夫。──探した甲斐が、あったよね」

 

 あ。

 まりなちゃんに会っちゃうのは、まりなちゃんが探して会いに来てるからだっピか……。

 

 熱くなる傷口を外気に晒して冷ますまりな。その周りにゾロゾロと大人連中が集まり、気遣われる中、タコピーは目を瞬いて理解する。

 だが、新たなる結論と、新たなる疑問が浮上してくるのは常で、知識というものは際限がない。

 

 それじゃあ会わないようにするのは難しいっピか?

 ……それになんで、噛まれちゃうのに会いにくるっピ?

 

 タコピーは血が出るほどチャッピーに強く噛まれたことはないにしろ、痛いものは痛い。それにぶんぶん振り回されるのも相まって、柔肌ピンク色ボディは毎度のこと伸びて悲鳴を上げた。

 それを超えて血が出るほどのまりなへのチャッピーの噛みつき。

 

「痛いっピのに……」

 

 タコピーにとって、わからないことだらけの連続だ。そこで聞いてみることにした。

 膝を屈し、チャッピーを乗せて去っていく車の後ろ姿に体を向けるしずかがいたから。

 

 そだっピよ!

 同じ人間のしずかちゃんに聞いてみるっピ! まりなちゃんのこと何かわかるかも。

 

「しずかちゃーん! ちょっと聞きたいんだっピが……」

 

「チャッピー……まって」

 

 か細い声。夜に飲まれてしまうような、掠れた願い。

 

「おいてかないで……」

 

 乾いた泥と、傷に覆われた頬を、涙が静かに伝う。

 小さなしずかの手が、空を掴むように伸びる。その先には、誰もいない。もう誰もいない。

 誰も、

 

『ばいばい』

 

 いなくなる。

 

 このままじゃ、しずかちゃんが……!

 

「しずかちゃん──っ!!」

 

 暗い方へいってしまう前に、タコピーが離れていくしずかの背へ声を投げた。

 タコピーの声を聞き、しずかは何を思ったのかわからない。だが、無気力に絞首台を登る足を止めるには大きい声だ。

 口に溜まった空気を飲み込んで、タコピーは紡ぐ。

 

「ぼくが……ぼくがぜったい……きみを助けるっピ」

 

「…………」

 

 返事はない。しずかが後ろに顧みることもまたとない。

 それでも、タコピーは夜風に攫われて消えてしまいそうな白い背中に声を当て続ける。

 

「きみがずっと……チャッピーと一緒に笑っていられるように……」

 

「……」

 

「こ、今回はダメでも、何度も繰り返せば……きっと、方法があるはずだっピ。とても悲しいことを……しなくていいように」

 

 何度でも。そう何度でもだ。

 二十五回も、この終わりの見えない一週間をタコピーは繰り返してきて、今ここにいる。

 訪れる在りし日の惨劇ではない明日を探すために。

 だから、

 

「だからどうか……」

 

 だからタコピーはカメラに託すのだ。

 

「ぼくを信じて……!」

 

「タコ、ピー……?」

 

 刺さるような高いタコピーの声が、しずかを思い起こさせた。呼吸を浅くさせ、息を吹き返すとともに、ゆっくりと振り返る。

 

 

 

「ぼくが今度こそ」

 

 

 

 視線だけで振り返ることのできないしずかが、全身で、ゆっくりと振り向いた。

 

 

 

 

「きみを」

 

 

 

 タコピーを、黒く沈む瞳に眩く輝くモノをしずかは見た。

 

 

 

「ものすごーい笑顔にして見せるっピ──ッ!!」

 

 

 

 

「僕もついていこうか?」

 

 

「僕もついていこうか?」

 

 

「僕もついて──

 

 

「僕も──

 

 

「──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──百一回目

 

 

 蛍光灯は、夜になると少しだけ寒々しい光を放つ。

 その片隅、誰にも気づかれぬように置かれた長椅子に、少女は──しずかはぽつりと腰を下ろしていた。

 背もたれにもたれるでもなく、ただ重力に惹かれるように背を折って、腕は座面へと落ちる。

 白いTシャツは見る影もなく土に塗れ、髪は乱れ、瞳は黒く澱んでいた。

 もう何も考えられない。考えれば考えるだけ、どうすればいいのかわからなくなってしまう。

 

「だからしずか。チャッピーは……お父さんとこ行くことなったから」

 

 無関心そうに呟いてしずかを見下ろす蛍光灯に影を作るのは、進まないような顔でスマホを眺める女性。

 肩に触れるほどのウェーブが買ったセミショートの髪は、深い栗色。ゆるく外に跳ねた毛先が瑞々しい雰囲気と柔らかさを両立させている。

 落ち着いた赤のワンピースは彼女の長くスラリとした体のラインを際立たせ、軽く羽織る白いカーディガンは冷たい印象を和らげた。

 それが彼女、久世しずかの母親だ。

 

「人を噛んだ犬はこの街には住めないんだって。……だからいつか取りに行けるわよ」

 

 いい澱み、視線をスマホから外すしずかの母は淡々とそう言う。

 ため息をついて、スマホの電源を切った彼女は腕に下げた鞄へと入れ、しずかには目もくれず歩いていく。

 

「…………」

 

「……はぁ、早く」

 

 張り付いたように一向に座席から離れないしずかへ、やっと見やったしずかの母。

 煩わしげな彼女の言葉を耳に受けたしずかは、ただ黙って従って、立ち上がる。

 

「元はと言えばあいつが勝手に置いていった犬なんだし……あーあと、まりなちゃん? は大した怪我じゃないらしいけど、母親は相当キレてるって雲母坂さんが。ほんっとだるいよね……」

 

「…………」

 

「あの人の手前、一応謝りに行くからね」

 

 吐き捨てるように口を走らせるしずかの母がガラス扉の出入り口を押して出る。

 一方的に続けてくる言葉に反応しないしずかは、瞬きもしない失墜しきった瞳を床へ沈み込ませたまま母の背中を追った。

 玄関を照らす照明に、偽りの太陽を見た蛾の一匹が飛び込む。

 

「ほんと余計な面倒起こさないでよ……」

 

 誰の目から見ても大丈夫でないしずかを、母であろう彼女は突き放すだけ。

 彼女自身の口から出た、面倒、から逃げるように。

 時計はもう長針と短針が重なるか重ならないかの時間帯。二人の出た『保健所』と向いでオレンジのランプを点滅させる車両しか、目立った明かりはなかった。

 チカチカと存在感を中途に露わにするのは向かいの道路に停められたタクシー。あれは、これから仕事に行くためにしずかの母がスマホで呼んだものだろう。

 

「じゃあ私仕事行くね。夕飯適当に食べといて。朝までには帰るから。……ていうかしずか」

 

 高いハイヒールを真夜中に反響させる音が途絶える。タクシーへと向かうしずかの母の足が止まったからだ。

 彼女が振り返ったのはほんの少しだけ、気になったからだ。これは献身などではない。

 亡霊のような姿したしずかの頭に刺さる一輪の、

 

「頭にどくだみってどーなのよ……」

 

 それが、目に入っただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何度試しても、

 

──僕もついていこうか?

 

 どうしてもチャッピーは、

 

──僕もついていこうか?

 

 連れてかれてしまったっピ……

 

──僕もついて──

 

 でも、ぼくは絶対諦めないっピ。

 だって、しずかちゃんはまだ生きてくれてるから!

 

 生きている。そうなのだ。彼女はまだ生きている。

 家に帰って早々、膝から崩れ落ちて横へ流れる畳の生地を茫然と眺めるしずかはボロボロであっても、そこに命という温かさは今もなお脈打っている。

 今も頑張って生きている。ならば、

 

 だからぼくも頑張って、チャッピーを『パパのところ』から連れ戻して見せるっピ!

 

 縁側で月光を浴びるタコピーは意気込んだ。

 そうと決まればだ。

 

「しずかちゃん、大丈夫。ぼくが必ず、チャッピーを連れ戻すっピ! だから元気出して欲しいっピ!」

 

 虫も眠る時間でも元気なタコピー。場違いだろう声量で息巻くタコピーは小さなちゃぶ台へといそいそと駆け寄った。

 ちゃぶ台の上には上下雑に刺さったスプーンの入る入れ物や重なった茶碗。薄い布で蓋された食器の類のようなもの。そこに夕食なんてものはない。

 なにもご飯を作ろうとしたのではなく、折り畳まれた世界地図がタコピーの目に入ったからだ。元々教科書に挟まっていたもので、しまい忘れてしまったもの。

 それに手を伸ばしたタコピーは広げてみるものの、やはりというべきか、ちんぷんかんぷんだった。

 

「『パパのところ』はどこにあるっピか? ぼくが今から見てくるっピよ」

 

「…………」

 

 手早く折りたたんだ地図を目の前で見せびらかしてみるものの、しずかは置物のように動かない。元気がなかった。

 瞳をパチリと伏せたタコピーは何かに思い当たったように顔を上げて、それから汚れた赤い鞄へと向かった。

 透明な袋を破って、パンクズが畳に降る。

 

「しずかちゃんお腹空いてないっピか? ほら給食のパンだっピ。食べるっピ!」

 

 手に持った、茶色の耳を持つ真っ白な食パンを、しずかの頬へと押しつける。一回突くだけではダメならば、二回、三回と。

 

「…………」

 

 煩わしさを感じてのことか、しずかが上体を前へブレると手を床に押し付け四つん這い。そのまま体を引きずる先にあるのは、薄くなった敷布団。

 床となんら変わらない硬い敷布団へ横になるしずかは青い薄手の掛け布団に手を伸ばす。伸ばして、雑に引き寄せて、そしてかぶった。頭も覆い隠すようにして、世界から切り離すように。 

 

 

 どうしたら、元気になってくれるっピか……?

 

 

 

 

 そうだっピ!

 

 

 考えて考えて、そうして朝になるまで考えたタコピーの出た結論は──

 

 

 

 

 学校にいってみんなと──来翔くんに会えば。

 

 布団をひっぺがしたタコピーが無理言ってしずかを学校へ行かせた。無論タコピーはいつも通り肩にとまって頭にはお花ピンである。

 完全に閉まった扉越しでも、教室の中で騒ぎ立てる子供の声というのはよく聞こえてくるものだ。

 しずかはその扉へ手をかけて、横へと払う。

 騒然としていた空気が一変して廊下へと逃げ出し、時が止まったように静まり返った。あれほどまでににぎやかに話していた者たちがいたのに、扉を開けたしずかへと全員の視線が集中し絡まったのだ。

 

「うっわ、まさかの来るっていう」

 

 最初に誰が言ったのかわからないが、今までろくに関わりもしなかった男子の声が始まりだった。

 

「聞いた? まりなちゃんに……」「聞いた聞いた! 大怪我だって」「犬に噛ませたんでしょー?」「よく学校来れるわ」

 

 便乗。一人、一人。また一人と相乗りしてくる陰口。もはや陰口の枠を超えた汚し言葉だ。

 泥を投げられるしずかはなにも言わず、沈黙を保ったまま中心地へとランドセルを置いて。

 

「あはー」

 

 ふいに、陰鬱と沈むしずかを軽やかに笑う声が突く。ヒソヒソと消え入る声で話す同級生たちがいる中、状況の緊迫感とはまるで無縁な明るさを持って。

 

「クソ犬管理不行届傷害女じゃーん!!」

 

 笑って、背後から声の主が現れる。

 噛まれたであろう左手には手首までにとどまらず、肘から下を覆うように包帯がぐるぐると入念に巻かれている。巻きすぎて、包帯だけでギブスのように見えた。

 その左腕を白の三角巾で首から吊るまりなはおっとりと首を傾げ、ブロンドの髪が揺れる。

 

「おはよー♡ ──よく来れたね」

 

 笑顔が一変。細く覗き込んでいた瞳が開かれ、まりなが俯くしずかを冷たく見下ろす。

 瞬間、教室の空気が死んだ。遠巻きに見ていた連中に口出しできないような冷たさが当たりを席巻して、誰かの固唾を飲む音が響く。

 そこに、

 

 ダダダダッ……

 

 バンッ!

 

 騒々しい足音が廊下を走り、扉が勢いよく開いて、教室を破裂寸前にまで追い込む緊張が外へと弾け飛んだ。

 静寂をぶち抜く騒音に全員の意識が飛び跳ね、集中する先には扉に置いたままの手にもたれる少年。

 

「はぁっ……はぁっ……滑り込みセーェっフ」

 

 来翔が飛び入りしてきた。額から汗が滲み出て滴り落ち、顔の輪郭を描くそれをあいた手で拭う来翔は押し寄せてくる安堵に肩を下ろす。

 嫌らしく眉を歪める外野の視線を目に入れない来翔は「よし……っ」と息を整えながら、机に傷ついた青のランドセルを労ることなく大胆に置いた。

 

「おはよー……はぁ、今日寝過ごしてさ。一緒に行けなくてごめんね、しずかちゃん。って……」

 

 場違いのような明るさを持ち運んできた来翔はしずかへ笑いかける。が、笑いかける先にいた俯くしずかの顔色はすぐれず、肩に止まるタコピーに至っては滝のような汗を浮かべていた。

 明らかに尋常じゃない二人の様子と、以上に静かな教室に来翔は見渡す。

 その途中、振り向きざまに嫌悪感に色を滲ませるまりなへ視線が止まった。

 首にかかる三角頭巾。そのさきに釣られる左手を視界に映す来翔は顔色を変えて詰め寄った。

 

「だ、大丈夫かよそれ。でも、……? あんまし見かけほど痛そうじゃなさそうだけど、お大事にな、まりなちゃん」

 

「──っ」

 

 小さく肩をすくめながら、眉間のしわを和らげるようににへらと笑う来翔。屈託のない、いつものような分け隔てのなさすぎる態度で笑いかけてくる目の前の少年に、まりなはひどく顔を歪めた。

 

「気持ちわる。なんでお前に心配されないといけないわけ?」

 

「誰だって心配なるでしょそれ」

 

 即答である。

 朗らかな表情が抜け落ち、口が一の字となる来翔。だが、気分を緩和させる空気感を漂わせながら表情を凍り付かせる彼を真正面で見たまりなは口元を引くつかせる。

 

「……意味わかんない。気色わるいんだよ、偽善者」

 

 声を落としながら言うまりな。見ている先はあやふやで、迷った挙句見つめた先はまりな自身の机。

 黒い背中。黒い背中を隠すくらい長い金髪を歩いてサラサラと左右に揺らすまりなへ、来翔は人知れず息を吐いた。

 

「いいさ……なんでも言えよ」

 

 肩をすくめる来翔。ただ目を伏せ、唇の端がわずかに上がる。それは喜びでも、悲しみでもなく、ただただそうなるだけだったのだと、どこか遠い目をしていた。

 消えてしまいそうな、そんな顔つきで。

 

 

 

 

「じゃあここまで。次移動だから、遅れないでね」

 

 チャイムが鳴り、気を削がれるような声で知らせる先生が教室を出ていく。

 ガラガラと扉が鳴るのと同時に、弾かれるようにふわりと空気が緩んだ。

 次の授業は教室ではなく、音楽室で執り行われる移動教室。まばらに教科書を机の中に押し入れて、別の教科書を引っ張り出す。

 そうして、教室の席に穴が開き始めた頃。

 

「まりな、手からすっごい血が出てー」

 

 まりなが、席の背もたれに手をかけながら包帯でぐるぐると巻かれた左手をぶらつかせると取り囲む女の子は口元に手を添えて瞠目する。

 

「ひどーい」

「イシャリョーだよー」

 

「狂犬病感染ったかもしれなくてー……」

 

 ダンッと手のひらを机に叩きつけ、まりなは俯いて様相に影を下すしずかに覗き込む。

 口端が愛嬌で柔らかに頬を押し上げる、まりなのわざとらしい表情はまさしく笑顔だ。

 

「謝って♡」

 

 言葉の節々から耳に入り込んでくる愉悦の気配。

 どうにかしてしずかの反応をこじ開けたいのだろうか。しかし、効果は認められず、荒み枯れ切った顔のまましずかは黙り込んでいる。

 

「お前もなー? アバズレ管理失敗男♡」

 

 気に食わなかったのか、途端に顔を隣の席に座る来翔へと回すまりな。見え隠れする気分ではあるものの、取り巻き連中に仮面の奥の素顔が看破されることはない。

 伺ってはいたものの、状況が状況で訳の分からないまま進められていく話。来翔はそれに気後れする気だるさを感じながら、気味の悪い仮面に目を向けた。

 

「それ……ほんとうにしずかちゃんがやったのかよ」

 

「何言ってんのー? この手が見えないってお前の目は節穴なのかなあ?」

 

「……その傷が、本当にしずかちゃんのチャッピーが噛んだやつなのかって」

 

 来翔が思い出したのはしずかの家で遊んだ日の出来事だ。その日、チャッピーを煽って気を波立たせることはあっても噛むことなんてしない。強いて言えば押し倒されて顔を涎まみれにされたことくらいだ。

 だからこそ、来翔は甚だ疑問なのだ。休みの合間合間、こうしてしずかを取り囲んでは耳に入る話が。

 最初から話に入ることもできた。だが、来翔は最初から否定に入ることはできない。来翔にとって、チャッピーが人を噛む犬ではないし、まりなは友達だ。それは小学生に入ってからでもあり、今でもそう。

 何かしら、理由があるはずなのだから。

 

「チャッピーは、よく遊ぶからよく知ってる。あいつは誰彼構わず噛むやつじゃないし……しずかちゃんだって、誰かを噛ませるなんてしない。しないよ」

 

「うっわぁ、被害妄想キモー! じゃあこの傷はなにさ? まりなの嘘って言いたいわけ?」

 

「違う。まりなちゃんが嘘ついたとかどうとかじゃなくて……僕が言いたいのは……」

 

 甘いような猫撫で声が冷え込んで低くなる声。距離を詰めるごとに、だんだんと剥がれていくまりなの機嫌のメッキ。

 仮初だったためのチグハグな温もりが、本当の温度を取り戻してきて、来翔が肌寒さを感じてきていたそのとき。

 

「きっ雲母坂さん!」

 

 横合いから意を決して絞り出したような声が。

 声の主は次の授業である音楽の授業の支度を終えていた直樹だ。一粒の汗が彼の頬を撫ぜて、輪郭を描く。

 

「次、音楽室だから。そろそろ移動を……」

 

 そう言って指差すのは扉。その先を超えた音楽室。

 直樹の一言が失わせたのか、まりなは瞳を指差す方へと往復すると「……あー……」と音の混じったようなため息を吐く。

 

「行くかあ……」

 

 仕方がない。と言いたげに肩をすくめるまりな。

 しずかと来翔から離れていく間際、まりなと女子の数人が他愛のない話をする。切り替えの早いことだ。

 別段、本当に何気ない会話だった。次の授業に必要なものはなんだったかと、先ほどの臆面のないやましさからも変わらない声音。

 離れていく背中を煮え切らない目で見ていた直樹はしずかへと見下ろす。

 

「く、久世さん大丈夫? 体調悪いなら、保健室とか……」

 

 伸びようとする直樹の手。しかし、ようとするだけで実現はしなくて、直樹の手はいつだって自分のテリトリーにしまい込んだまま。

 そして決まって手が伸びるのは、

 

「…………」

 

「──ぁ」

 

 届くはずもないところまでしずかが離れたときだ。

 

「ぼ、僕にできることがあったらなんでも……」

 

 直樹の声を、まごつく手のひらを一瞥もせず、どくだみを紙に飾るしずかは遮るように椅子を引いて立ち上がる。

 何も持たず、両手を空にしたままのしずかは、机に置かれた白百合の花瓶と教室を後にした。

 

「…………」「…………」

 

 ガラガラと弱々しい音が響くここには、もう来翔と直樹の二人しかいない。

 沈黙。閑散とした空気が二人を中心に漂い始める中、総じて目線はしずかの姿隠した扉へと注がれていった。

 ため息はない。ただ、来翔は背中を押す形容しずらい重みから外れるために背もたれに置いたままの手に力を込め、立ち上がった。

 

「おい……待てよっ」

 

 パシッと弾ける音と共に、来翔の手が引き止められる。

 跳ねるように来翔の首が、瞳が背後へと振り返った。そこには二つ並ぶ瞳が揃って開いていない、崩れた目をレンズの奥に宿す直樹が来翔の手首を掴んでいた。

 レンズから覗く黒い双眸。ガラス戸を差し込む夕日によって見えているのかもしれない。黒目の中心に宿る奇妙な光。その輪郭が来翔には──ハートに見えた。その光は自分に対しての表現ではなく、おそらくはしずかへのもの。来翔は内心、不思議と勘づいた。

 しかし、それが単純なものであったらどれだけよかったか。甘さはある。優しさはあるのだろう。でもそれは、狂おしいほどの執着と渇望が来翔には見えたような気がした。

 

「なに、直樹く──」

 

「来翔……お前、久世さんを助けるっていってたよな」

 

「……。……──は?」

 

 震える声で、けれど確かに話す直樹に来翔は声を漏らした。頬に浮かぶ赤みは羞恥や幸福の火照りではない。熱に浮かされたようなものだった。

 笑おうとしているのか、直樹の口元は歪んでいた。焦燥と自己嫌悪のひずみを含むような笑みだった。

 

「どうして一番近くにいたお前が、できないんだよ?」

 

「それは……」

 

 直樹の目と言葉に当てられて、来翔は言いかけて言い淀んでしまう。

 来翔だってできるのならそうしたい。というよりもやろうとしているのだが、できないでいたのだ。授業が終わり、そして始まるまでの休み時間の間、どうやってもまりなとその取り巻き連中に阻まれてしまうのだ。

 その間、どくだみとして扮しているタコピーがしずかのそばにいてくれているものの、話すことはできない。結局のところ、しずかはあのままでは一人だ。

 しかしそれ以前の問題、来翔はしずかと何も話せていなかった。だから昨夜、しずかとまりなの争いという名の一方的な蹂躙は知らない。あの場にいたタコピーしか、全貌が明らかになっていないのだ。

 

「それは、僕だって何があったのか聞きたいし知りたいよ。でも、しずかちゃんは……」

 

「だまれ!」

 

 ダンッと一歩足を踏み鳴らし、直樹が来翔との距離を踏み潰した。

 

「お前なら、久世さんを守ってくれるって、望まれてるって……そう思ってたよ。久世さんは……僕しか、できるやついない」

 

「────っ」

 

 スルリと当然のように流れてきた直樹の言葉に来翔は小さく息を呑んだ。

 だが、来翔はそれに反論できなかった。僕しか──それを否定してしまえば、これまでがドミノ倒しのように崩れてしまいそうで。

 瞬きをしないでただ固まって見つめていた来翔。何も言わない。

 この一瞬が来翔にはとても長く感じて、わずかな合間だけ呼吸を忘れた。

 

「そうだよ……久世さんはもう……僕しか頼れないんだ」

 

 手首を締め付ける感触がなくなる。直樹が来翔の元から離れていく。

 一方は引き止められず、また一方は後ろを顧みず、二人は分たれてしまった。それは──

 

 ガラガラガラ……

 

 ピシャリと、扉が閉まったときだったのかもしれない。

 

 

 

 

「…………」

 

 一人、通学路を歩く少年。来翔は重い息を吐いて、服の中で歩くたびに揺れるネックレスを左手で握りしめる。

 あの後結局、来翔は話せず終い。それどころかしずかにも置いていかれてしまった。

 隣に誰もいないのだから、当然地面に落ちる影は一つしかない。その影に来翔は見つめながら思考に逃げ込んでしまう。

 もしもあの夜、自分もついていけば何か変わっていたのではないか。自分がついていれば、少なくともわかっていたかもしれなかったのでは。

 そう考えれば考えるたび、来翔は呼吸が重く感じた。

 

「……どうすれば、いいんだ」

 

 わからない。

 しずかから話を聞く。しかし、聞こうとしたところでしずかは来翔に何も返してはくれなかった。ずっと殻の中に閉じこもっているみたいに。

 やっぱり、無理に聞くことではないのか。何事にも、まずは折り合いというものを見つけなければ落ち着きもしないもの。

 直樹とだって、まりなとだって、しずかとだって。そして、タコピーとだって。──話せばきっと、なんとかなるはずだ。

 だってまだ、話せていないのだから

 

「大丈夫……。うん…………──大丈夫」

 

 ──大丈夫なはずだ。

 

 一層ネックレスを握りしめる来翔の左手が強まる。そんなときだった。

 

「……あれは…………しずかちゃんと、まりなちゃん」

 

 顔を上げて見る来翔のはるか正面、見覚えのある二つの人影が森の中に入っていったのだ。遅れて、血相を変えたように一輪の花が風に煽られて鬱蒼と生い茂る森へと飛ばされていく。

 ならば、一輪の花こそハッピー花もといどくだみに変化したタコピーなのだ。

 

「……。……────。いかなきゃ」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。