ある探索者の受難   作:古川Oreo

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チョコバナナの代償

羽柴透は探索者である。

この世界に数多いる神話的事象を幸運にも…あるいは、不運にも生き延びてしまった人間の一人。

 

さりとて、普段の日常全てが豹変するわけでもない。

 

ヒッチハイカーである透に定住地はないため、普段はネカフェ、余裕がある時はホテルで朝を迎える。

 

身支度を整えれば、姿見に映るのは茶髪に黒い瞳、黄色いポンチョに身を包んだ小柄な青年の姿。

 

朝の準備も終えたことだし、優雅に朝のビッフェでも───

 

「くぉれは俺のエビだぁぁあああっ!!!」

「うるせぇ独り占めすんじゃねぇタコ!!」

「バカ共め、隙だらけだ!」

「「あっテメェっ!?」」

 

ビッフェを───

 

「ここでこれをこうすると…ほら」

「こ、こいつ…!なんてやつだ!」

「フライドポテトで東京タワーを建てた、ですって…!?」

「……いや、普通に食わん?」

 

優雅、に───

 

「いいいいいえぇぇぇいいいい!!ここからは、ボクのライブだぁああぁあああ!!」

「おいこいつまだ昨日の酒残ってるぞ!早く取り押さえろ!」

「1+1はぁ…みそすーぷぅ!!」

「お前もかよぉぉおおお!!?」

 

……いや、おかしくない?羽柴は思った。

うるさいのはまだいい。マナーが悪いのもまぁ許そう。

 

だが、なんで二メートル近くある巨漢と狐耳ついた小柄な少女の殴り合いが成立しているのか。物理法則以前にその狐耳is何。隠す気あんのかお前。

 

フライドポテトで東京タワー?ふざけてんのか食べ物で遊ぶなボケ。てかそれどうやったらどうなるんだ意味不明すぎるだろあぁ褐色美男子の時点で察するべきですねわかります。

 

そこのライブしようとしてるやつは黙れ。あと連れのやつ、味噌スープ云々言ってるのに関してはマジで病院連れてけ。目がヤバい、なんか玉虫色だぞ。

 

「この世界、こんなカオスだったっすかねぇ…?」

 

羽柴は困ったように苦笑した。

 

神話的事象に触れてから、体感ではあるものの不可思議な現象や色々ぶっ飛んだ人物に遭うことが増えた。

 

ある機会によって断片的に思い出すことのできた前世の記憶と今世を足せば、おそらく両手両足分の指でも数え切れないほどに。

 

「ま、退屈なままよりかはいいっすか…ごちそうさんっと」

 

空になった食器を片付け、破壊音のする食堂を背にして歩き出す。

 

なに、気にすることはない。

この世には人に化ける神はもちろん、自立駆動するロボットやアンドロイド、見上げるほどの像を焼き尽くす女装男子や何十万人もの人間を信仰対象に捧げるジジイもいるのだ。

 

それに比べれば、食堂で暴れる程度なんと微笑ましいものだろうか。

羽柴は自分にそう言い聞かせ、次の目的地に想いを馳せた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

この町で祭りがあると聞いたのは偶然だ。

しかし夜には花火も催すらしく、どうせなら行ってみるか、と羽柴は屋台が左右を占める大通りを歩いていた。

 

「あれ、羽柴くん?」

「んん?…あ、このはくんじゃないっすか。最近よく会いますね」

 

後ろから声をかけてきたのは、小柄ながら羽柴より身長の高い少女…のように見える少年。

 

名前は水波このは。

 

学生の頃、様々な怪異に遭遇した人たちが集まる会合がありそれ以来からの付き合いだ。

 

「いつも思うんすけど、いつまでその女装続けるんすか?ただでさえ女顔なのに服装まで寄せられるとマジで混乱するんすけど」

「あはは、もう習慣みたいなものだからね〜。でも、正直ここで羽柴くんと会えると思ってなかったよ。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、いい加減定住したら〜?」

「いやっす。俺は死ぬまで世界を見て回るんすから」

「普通に死ねたらいいけどね〜」

「不吉なこと言うのマジでやめろください。自分の場合それが冗談じゃすまなくなくなる可能性あるってこと、このはくんならよぉーく知ってますよね?」

「なんのことやら〜」

 

白々しいこの顔、殴りたい。

羽柴は青筋が浮かび上がるかという怒りを抑え、無理矢理笑顔を浮かべる。

 

なに、元はと言えば自分の不注意のせいでもあるのだ。このはとあのクソジジイを許すつもりはないが、一方的に責めるのは筋違いだろう。

 

少しでも怒りの矛先を有耶無耶にしようと、羽柴はふと気になったことを聞いた。

 

「そういえば、このはくんもこの祭りが目的で?」

「そうそう、友達から面白かったって話を聞いてね〜。なんでも浴衣も貸してくれるみたいだよ?」

「はー、浴衣。何気に着たことないっすねぇ」

「あ、なら一緒に行こうよ。丁度近くにあるみたいだし」

 

このはのスマホの地図にはポイントマークが記されており、どうやらそこで浴衣をレンタルできるらしい。

羽柴も興味を惹かれ、このはと行動を共にすることにした。

 

レンタル店自体はかなり近く、徒歩五分ほどで到着。

羽柴は赤紫、このはは藍色の浴衣を選ぶ。

 

髪を結い、くるりと回転して浴衣の出来に感嘆の声をあげるこのはに羽柴は呆れたような視線を送った。

 

「…その仕草、わざとっすよね?絶対わざとっすよね?自分はまだいいですけど、何も知らない健全な少年たちの性癖を歪めるのは本当に勘弁してくださいね?大抵後始末するの自分なんすから」

「なんのことだか分からないな〜」

 

空に消えるため息一つ。

太陽は、山向こうに沈みかけていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

がやがや、ざわざわ。

屋台の軒先に吊り下げられた提灯が淡い光を灯し、暗い森との対比が美しい祭りの最中、このはと羽柴は久方ぶりの休暇を思う存分満喫していた。

 

「あぁ…癒される…」

「最近は色々あったからねぇ…」

 

射的、金魚掬い、型抜き。

 

たこ焼き、焼きそば、唐揚げ。

 

まさに祭りの定番とも言えるゲームと品々を網羅していく二人の前に、チョコバナナの屋台が現れる。プラカードに書かれていることが本当なら、店員とのじゃんけんに勝てばデコレーションされたミニチョコバナナが無料で一本もらえるらしい。

 

「これは…」

「…やるしかないね…!」

 

結果。

 

「そんな…!そんなバカなことあるわけ…!?」

「ふふ〜ん♪」

 

羽柴の手にはなく、このはの手の中に三本のチョコバナナが鎮座していた。

 

要約してしまえば、ミニチョコバナナを入手できなかった羽柴がこのはの持つミニチョコバナナを条件に勝負を挑み───敗北し、自分が持っていたチョコバナナを失ってしまったのだ。

残念ながら、羽柴もあまりお金に余裕があるわけではない。

 

これまで散財しているのもあり、旅費のことも考えればチョコバナナを追加で一本買うの厳しいだろう。

 

いやしかし食べたい。でも旅費が……。

 

唸る羽柴をニヤニヤ笑うこのはが、それならばと言い出す。

 

「ボクがやってって言ったら女装して?そしたらミニチョコバナナ半分あげるよ〜?」

「ぐっっっ…ぬぅ……っ!!??」

 

半ばトラウマとかしている女装。

とある神たちに魅入られた原因故、忌避するのは羽柴として当然のことだった。

 

しかしこの一見少女にしか見えない悪友はそれをしろと言う。回数が明言されてないのもタチが悪い。

 

わかっている。たかだかチョコバナナ、それもミニに女装を賭けるなどバカのすることだ。

なに、来年も祭りはある。その時にまた改めて買えば…

 

「ちなみにあのチョコバナナ屋さん、来年から屋台畳むらしいよ」

「よし乗った!……はっ!?」

「あ、屋台畳むのは本当だけどなんかチョコバナナ専門店するみたいだから、普通に来年でも食べれるよ。まっ、もう遅いか〜♪」

「は、はっ、謀った、な……!?」

「なんのことやら〜?そういうことで、はい」

 

憎い笑顔で差し出されたミニチョコバナナ。

おのれ、せめて一矢報いてやると言わんばかりに羽柴は大口を開け、なんとか一口でミニチョコバナナの大半を食い尽くした。

 

「あ〜!?ボクのミニチョコバナナが!」

「ふぉひほうはま」

「ぐぬぬぬ…!食べ物の恨みは恐ろしいんだよ!」

 

頬を膨らませるこのはを勝ち誇った表情で見上げる羽柴は、満足そうにミニチョコバナナを嚥下して空を見上げた。

 

「そういや、もうそろそろじゃないっすか?花火」

「え?…あ、ほんとだ。場所移動しないと」

「いいスポットでも知ってるんすか?」

「祭りのことを教えてくれた友達が、ちょっとね〜」

「物知りな友達っすねー」

 

拙いながらも、このはは友人から教えてもらったと言う道順を思い出しながら進んでいく。

 

既に朽ちた傘が差されている地蔵の横を通り、石段を十三段登ったところから入れる獣道を進み、人の背丈ほどもある巨大な石の裏方に回る。

 

着いたのは半径五メートルほどの狭い空き地で、周りの木もまばらでよく空が見えていた。

 

「お、始まったっすね」

 

羽柴の声を皮切りに、ヒュ〜と一筋の光が空を上り、ドパンと火花を咲かせる。

 

周りに人が少ないのに加え、周囲の暗さとの差異、そして色とりどりの輝きに、このはと羽柴は思わず目を奪われていた。

 

ふと、このはが羽柴の顔を見下ろし…悟られないよう、あくどい笑みを浮かべた。

 

「羽柴くん、こんな機会滅多にないしツーショットでも撮らない?ほら、バックに花火でも添えてさ」

「お、良いっすよ。どんな感じで撮ります?」

「羽柴くんはこのポーズで、ボクはこうしてああして……」

 

急遽始まった撮影会は花火が終わるまで続き、二人はホクホク顔で帰路についていた。

 

「いやぁ〜撮った撮った!今日は特にヤバい事件もなかったし、久々に羽を伸ばせたっすよ!」

「そうだね〜…っと」

「ん?このはくん、何してるんすか?」

「撮った写真をSNSにあげてるだけだよ〜」

「ほう、どれどれ……って、この画角とポーズだとワンチャン勘違いされるんじゃないすか?このはくん、いい加減自分の見た目が男に見えないってことを……ほら、勘違いしてる人でてきた、じゃ……」

 

羽柴は目を疑った。次に自分が正気かを確かめ、最後にこの世界を呪った。

 

メールには、こう書かれていた。

 

ヒメ『どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

ミコト『ユ ル サ ナ イ』

つむぎ『帰ってきたらお話ししようね〜♪』

 

あまりにも見覚えのありすぎる名前から送られてきた、呪いのようなメール。

 

ギギギ、と錆びたブリキ人形のような動きで羽柴はこのはを振り返る。

このはは笑顔で、言った。

 

「食べ物の恨みは恐ろしいって、言ったよね?」

 

ぬるり、と虚空から三対の腕が羽柴に絡みつく。最後の力を振り絞り、羽柴を口を開いた。

 

「は、謀ったなぁぁああぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ………」

 

とぷん、水面を揺らすように羽柴の姿が掻き消えて。

がんばれーと、このはは自分がそう仕向けたことも知らぬとばかりに応援した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「だばっ!?」

 

乱暴に放り出されたそこは、深い夜に包まれた神社の境内。敷地内に巨大な御神木があるそこは、羽柴にとって良くも悪くも見慣れた場所だった。

 

「「「…………」」」

「ひぇっ」

 

舐めるように睨め付ける三対の視線。

 

桜色の髪に菫色の瞳の少女、鳴花ヒメ。

菫色の髪に桜色の瞳の少女、鳴花ミコト。

明るい髪色の現代ギャル風の装いの少女、春日部つむぎ。

 

三者とも一見可愛らしい少女の姿だが、その実そこらの怪物が裸足で逃げ出すほどの神性をもつ神格であり、羽柴に加護を与えるほど偏執的な愛情、もしくは好奇心を抱いている存在だった。

 

最初に重々しく口を開いたのは、ヒメだった。

 

「どうして?」

「…え」

「どうしてあの子とあんなに楽しそうにしてたの?わたしたちと言うものがありながら……わたしたちだってお祭りデートなんかしたことないのに……!」

「い、いやいやいや!このはは男友達っすよ!それはヒメさまもミコトさまもよく知っている筈っす!?」

「じゃあこれ、なに?」

 

差し出されたスマホ。

そこに映し出されたのは『低身長カップルかかな?』『リア充爆発しろ』『花火をバックにツーショットとかちょーラブラブじゃん!』等のツイートの数々。

 

羽柴は悟った。

この三神はこのはと祭りを回ったことに怒っている、というよりかは。

 

このはと羽柴が不特定多数の人間にカップルと誤解されたことに怒り狂っているのだと。

 

無論、火消しは容易だ。このはのアカウントを前から見ていた者が既にこのはの性別をカミングアウトしているし、遠からずこのカップル疑惑は晴れるだろう。

 

だが、現在進行形で怒り狂っている三神にとってそれはなんの慰めにもなりはしない。

おそらくこのははそこまで見通してあそこまで細かくポーズを要求してきたのだと気づいた時には、もう遅かった。

 

ずい、と詰められる距離。

左右前方にヒメとミコトが羽柴を見下ろすように立ち、背後からつむぎが首に腕を絡ませる。

感じられる体温とは裏腹に、その瞳はひどく冷たかった。

 

「しっかり」

「説明して」

「くれるよね?」

 

「こ、このはぁ!絶対許さないからなぁッ!?……あっ」

 

───よりによって渦中の人物の名前を出した羽柴の叫びは、直後に悲鳴に変わり。

少なくとも一ヶ月間、現実世界で羽柴を見かけたものは誰もいなかったと言う。

 

 

 

 

「くしゅんっ!……うーん、風邪でも引いたかなぁ?」

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