夏休みに東京からやってきたハトコがワガママ可愛い   作:古野ジョン

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第1話 俺の夏休み、終わる

 夏、エアコンをガンガンに効かせた和室で――俺は真剣勝負を繰り広げているッ!

 

「あぶねっ!」

 

 素早くスティックを倒して、攻撃をかわす! 画面上で虚空を突く相手キャラのパンチ。それを尻目に、ボタンを押して飛び上がり――今ッ!

 

「っしゃあっ!」

 

 思いっきり蹴りを入れて、豪快に相手キャラを吹き飛ばす! 俺はな、無意識に入力できるほど指先にコマンドを刷り込んでいるのだ。ネットの海の誰かさんよ、戦う相手が悪かったな……!

 

『YOU WIN!!』

 

 画面に大きく表示された文字を見て、脳内に快楽物質がドバドバ分泌されるのを感じた。やっぱりオンライン対戦の強みはこれだよ、この瞬間に生きがいを感じるんだよな。

 

「ゲームって最高だな……!!」

 

 コントローラーをぽんと放り投げて、畳敷きの床に大の字になった。夏休みというのはどうしてこうも素晴らしいのだろう。いくら怠惰でいたとて、誰にも咎められることがない時間。

 

 俺は怠けるのが好きだ。大学の講義やらバイトやらが嫌いだからそう言っているわけじゃない。怠けられるってことは――「安寧」があるってことだ。

 

 目の前に銃を突き付けられた人間が「怠ける」ことは出来ないだろ? 安心して飯を食うことが出来て、安心して眠れる布団があって、初めて人間は怠けることが出来る。要するに、怠けるってのは最高の贅沢なんだ。

 

「ふあ~あ……」

 

 時計を見れば既に()()四時、流石に眠くなってきたな。明日……いや今日は予定もないし、このままぐっすり寝ることにしよう。本当に夏休み(サマー・バケーション)ってのは素晴らしい。人類が滅ぶまで続いてほしいくらいだな。

 

 ゲーム機とテレビの電源を落として、のそのそと布団に向かって這っていった。夏用の薄い布団をしっかり掛けて、床に就く。やっぱり強冷房の下でこうやって寝るのが一番だよなあ。

 

 既に障子の向こうはうっすら明るくなっていて、セミの鳴き声も微かに聞こえてくる。俺の一日が終わって、別の一日が始まるんだ。ああ、本当に眠い。

 

「おやすみ、世界……」

 

 朝を告げる鳥たちの鳴き声に耳を傾けながら、そっと目を閉じた……。

 

***

 

 ……? お香の匂い? そして木魚の音。ここは……東京の本家か。一度しか行ったことがないのに、俺はどうしてこんなところにいるんだろう。

 

 ふと顔を見上げると、一番大きい和室に喪服を着た人たちがたくさん詰めかけているのが分かる。頭に隠れて前の方が見えないってことは……俺は今、子ども時代に戻っているのか?

 

 よく分からないけど、坊さんがお経を唱えているのも聞こえる。ってことは、いま俺は葬式に出ているってわけか。何度体験しても嫌なイベントだよな。人が死んで悲しみの底にいる真っ最中の出来事。俺の求める「安寧」とは真逆だ。

 

「……ん」

 

 その時、集団から離れて縁側に座る女の子がいるのを見つけた。親と一緒に来たはいいけど、退屈になって抜け出してしまったのか。……いや、違うな。

 

「ぐすっ、ぐすっ……」

 

 ――泣いていたんだ。特に声をあげるわけでもなく、号泣というよりすすり泣きという感じ。周囲に大人はいるけど、女の子があまりに悲しげだから、なかなか声をかけにくいみたいだ。

 

「なんでぇ、おかあさーん……」

 

 ああ、そうか。今日はこの子の母親を送る日だったんだ。この歳で親を亡くすのがどれだけ辛いことか……俺には分かる。

 

 人間にとって安寧は何より大事なことだ。そう、怠けられるくらいの安寧が。そして、俺のすぐ近くに――それが失われている女の子がいるんだ。

 

「……ねえ」

「えっ?」

 

 気付いた時には立ち上がっており、女の子に声を掛けていた。三つくらいは年下だろうか。目も真っ赤に腫れて痛々しいくらいだ。

 

「な、なに?」

 

 困惑する女の子の手を、そっと取った。この子のために何を為すべきか。俺に難しいことは分からないけど、この子がいつか安寧を取り戻すためにも!

 

「おてて、つないであげるからね」

 

 小さな手を、ぎゅうと握りしめる。こんな悲しみを背負うには、あまりにも小さな身体。だったら……せめて、少しでも肩代わりしてあげたい。

 

「ありがとう、おにいさん……」

 

 女の子は涙を拭って、微かな笑みを浮かべた。握り返してくれた感触が、俺の手にしっかりと刻まれている。そうか、俺は昔の夢を見ているんだなあ。

 

 ……って、ん? 夢にしてはやけに強く握られている。それも幼児の手じゃなくて、しっかりとした大人の手。肌がすべすべで柔らかいから、たぶん女の人の手だよな。

 

「えへへ、おにいさーん……」

 

 女の子の声じゃない、これも大人の声だ。しかも明らかに頭の()から聞こえている声。おかしい、俺が寝ているのは母屋から離れた一人部屋。布団に潜り込んでくる人間などいないはず――

 

「んんっ!?」

「そんなとこ、だめだってばぁ……」

 

 手…手になんか当たった! 誰かにがっちり両手でホールドされた俺の手が、柔らかい膨らみに触れた! なんだこれ、なんなんだこの状況!?

 

 俺は無理やり脳を目覚めさせて、自らのまぶたをかっぴらく。目の前にいるのは、ピンク色のパジャマに身を包んだ――おっぱいのデカい美少女!?

 

「なんだお前!?」

「ん? あ~、やっと起きた!」

「はあっ!?」

 

 高校生? いや流石に大学生か……? 少女は俺の手をさらに強く握りしめて、にこっと笑った。けど、俺は――状況に頭が追い付かず、右と左を交互に見るばかり。マジで誰!? 不法侵入!?

 

「ちょっ、本当に誰だお前!?」

「え~、忘れちゃったの?」

「忘れちゃったんじゃねえ、分かんねえんだよ! なんで俺の()()()()()()着て寝てるんだ!?」

「おにーさん、なんか逆だよ? でもそっか、忘れちゃったかあ……まあ、思い出してもらえればいいもんねっ!」

「はあっ!?」

「ほら、起きてよーっ!」

「!?」

 

 少女に腕を引っ張られて、無理やり身体を起こされた。柱に掛けられた時計がちらっと見えたけど……まだ午前十一時。起きるには早すぎる! こんな生活リズム終了大学生にとっては早朝だっての!

 

「おまっ、無理やり起こすなって!」

「お昼まで寝てるおにーさんが悪いんじゃん! 起きてってばー!」

「いやだ、寝る!」

「あーん、また寝っ転がってー!」

 

 無理やり少女の手を振り払い、布団に突っ伏した。どんな美少女だろうが俺の安寧を乱す奴は許さん! この素晴らしき夏休みを阻害するなど絶対に――

 

「ほら、起きてっ!」

「いでででででで!?」

「すっきりした? 起きた?」

「耳たぶ引っ張るなっての!」

 

 なんつーことするんだこの女は!? あまりの痛さに跳ね上がり、布団の上に立ち上がる俺。それを見て、正体不明の美少女もゆっくり立ち上がった。

 

 ……背、高くね!? 女子の平均よりは随分高いな。百七十弱はありそうな気がする。ってか、本当に耳たぶが痛い。

 

「あー、いてえ……」

「でも起きてくれてよかった! せっかく来たのにずーっと寝てるんだもん!」

 

 少女は俺の痛がるのも無視して、にこにことほほ笑むばかりだった。せっかく「来た」ってことは、どこか遠くの人間なんだろうか? こんな美少女、どこかで会った記憶もないし。

 

「すまん、一つ教えてくれ」

「なに? スリーサイズ? えっちーっ!」

「何も言ってねえよ! ……そうじゃなくて、お前が誰かってこと」

「んー、私のこと?」

 

 指を口元に当てて、あざとく考える素振りを見せる少女。しばらくした後――再び俺の手を掴み、ゆっくりと口を開いた。

 

「お、おい」

「私はね、春木場(はるきば)(あおい)! 葵って読んでほしいなっ!」

「春木場? ……春木場か。それで、お前は俺の何なんだ?」

「んーとね、おにいさんからすると『はとこ』かな! まあ親戚ってこと!」

「なるほどな」

 

 はとこ? なるほどな。そういえば何人かいるらしいけど、たぶん会ったことはなかった気がする。春木場家の親戚ってたくさんいるから、あんまり記憶に残ってないんだよな。

 

「それで、そのはとこが何をしに来たんだ?」

「えーっ? そんなの決まってるじゃん!」

 

 葵は握っていた手を放し――たかと思えば、ふわりと体重移動した。そのまま傾いてくるように、俺の胸元に飛びこんできて――

 

「!?」

「えへへっ、おにいさんの匂いだ」

「だ、だから何をしに来たんだよ?」

 

 お……おっぱいが当たってる! それにシャンプーか何かの良い匂いもする。俺は平静を装いつつも、内心は心臓バクバクで受け答えをしていた。そして、葵はゆっくりと顔を上げて――上目遣いで、一言。

 

「大好きなおにいさんにね、会いに来たのっ!」

「……へっ?」

「夏休みだから、いーっぱい遊んでほしいなっ!」

 

 無邪気に笑う葵。それに対して……たぶん、俺の顔は引きつっていたと思う。

 

 目の前に銃……じゃなくて、おっぱいを突き付けられた人間は怠けることは出来ない。ああ、俺の怠惰な夏休みが。俺の安寧な夏休みが――霧散してしまった!

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