夏休みに東京からやってきたハトコがワガママ可愛い   作:古野ジョン

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第2話 よろしくね、おにいさん!

 はとこを名乗る美少女に抱きしめられながら――半ば放心状態の俺。せっかくのびのびと夏休みを過ごすつもりが……こんな邪魔が入るとは思わなかった。

 

「んー? おにいさん、どうしたの?」

「……なあ、頼みがあるんだが」

「うん、なんでも聞くよっ!」

 

 らんらんと目を輝かせて笑顔を見せる葵。なんでコイツはこんな顔が出来るんだろう。ま、とにかく――

 

「今すぐ帰ってくれ」

「えーっ!?」

 

 葵は衝撃のあまり、俺のことを突き放して目を見開いた。いや、驚きたいのはこっちなんだが!?

 

「なんでなんで!? なんで帰らないといけないの!?」

「いや、だって何も聞いてないし……一人で過ごしたいし……」

「やだやだやだ! おにいさんと遊ぶのーっ!」

「ちょっ、駄々こねんな!!」

 

 子どもかコイツは!? 床に横になって駄々こねる奴なんて久しぶりに見たわ!

 

「やだやだやだ! せっかく青春18きっぷで乗り継いできたのにーっ!」

「なんで!?」

「一回やってみたかったのっ! 十八歳だから!」

「別に何歳でも使えるんだぞ」

「えっ、そうなんだ」

「ってか十八歳!?」

「驚くの今なの!?」

 

 十八って……まさか高校生じゃないよな!? さっきのは事故とはいえ、大学生の俺が高校生のおっぱいを触ったってのは流石に洒落にならん。宮城県警に捕まってしまう!

 

「えっと……お、お前って高校生なの?」

「ううん、高校は卒業したよーっ!」

「あ、あぶなかった……」

「何が危ないの?」

「いや、こっちの話だ」

 

 ってことは、学年的には三つ下か。しかし、どのみちこんな奴に家にいられたらたまらん。その……なんていうかな、たしかに美少女が家にいるってのは悪くないけどさっ! それはそれとして、俺の安寧な夏休みには必要ない存在だ。

 

「遠いところから来たんだろうが、帰ってくれ」

「えーっ、そんなあ……」

 

 葵はふてくされたように頬を膨らませていた。それにしても、随分とスタイルが良いなあ。俺の親戚にこんな美少女がいたとは知らなかった。……って、あれ? いつの間に立ち上がって――

 

「ねえねえ、だめえ……?」

「えっ……とぉ……」

 

 近っ! 上目遣いが強烈! 胸……デカい! やっぱり良い匂いする! 乙女の匂い!

 

 ……ま、まあ。そうだよな、本当に遠いところから来たみたいだしな。理由は分からないけど俺のことを慕っているようだし、今日一日くらい相手してあげてもいいかもな。

 

「分かったよ、今日くらい遊んでやるよ。満足したら帰ってくれ」

「んー? おにいさん、何言ってるのー?」

「何って、何が?」

「私、ずーっとこのお家にいるつもりだけど?」

「へ?」

「え?」

 

 ……? !!!?!!!?!?!!? なに!? なにを言っているんだこのはとこ様は!?

 

「どどどどどどゆこと!?」

「えー? 見れば分かるじゃん! 日帰りだったらパジャマなんて持って来ないもんー!」

「あっ、たしかに」

 

 そういやパジャマ着てたわ。

 

「やっと着いてさー、おにいさんの部屋を案内してもらったら寝てたんだもん! 起きるまで私も寝てようかなって!」

「だからそんな恰好だったのか」

「そういうことー! なになに? 脱いでほしいのっ?」

「そんなこと頼んでねえ! ってかなんだよ、ずっと家にいるって!?」

「言った通りだよ? 私、おにーさんと一緒に住むの!」

「そんなこと言ったって無理なもんは無理だって!」

「お願い! 脱いであげるから!」

「バカっ、本当に脱ごうとする奴が――」

 

 パジャマに手をかけて今にも脱ぎだしそうな葵の手を、慌てて掴んだ。だけど、本当にビックリしたもんだから――俺たち二人はバランスを崩してしまった。

 

「きゃあっ!?」

「うおっ!?」

 

 やべっ、怪我させちまう! 敢えて投げるようにして、葵のことを布団に押し倒す。そして両方の手を床につくようにして、俺は受け身をとった。いってえなあ、何がどうなって――

 

「お、おにいさん……」

「――あっ、ごめん!」

 

 み……見えそうになってる! 目の前にあったのは、パジャマを胸の下まではだけさせた葵の姿。さっきまでとは違って、妙に頬を赤くして口元に手を当てている。

 

「えっと……わ、わざとじゃなくてだな」

「や……」

「や?」

「優しく、してね……?」

「何言ってんだお前!?」

「私、おにいさんなら――」

 

 いつの間にか背中に手を回されていて、抱きしめられた。不意打ちだったから抵抗できず、されるがままに身体を密着させる。女の子らしい柔らかな感触が全身に伝わってきて、目の前に見えるは照れた顔。

 

「ちょっと、本当に――」

「ねえ、おにいさん……」

 

 健康的な赤色をして、ぷっくりと膨れた唇。徐々に近づいてくるそれを拒もうとしても、自分の本能が妨げてくる。ああ、どうなってんだもう。でも、こんな魅力的な少女からのキスを突っぱねるなんて――

 

陽向(ひなた)ぼっちゃん、入りますよ」

「「うわあっ!?」」

 

 お、おばちゃんの声っ!? 俺たちは抱きしめあったまま、開いた襖の方に目をやる。するとそこには、割烹着に身を包んだ芳恵(よしえ)おばちゃん――子ども時代からのお手伝いさん――の姿があった。

 

「なっ、なに!?」

「あらあ……さっそくおファックでしたか。葵お嬢様も、随分とまあ……」

「おファック!?」

「ち、違いますっ! 私そんなんじゃないですっ! 汚れを知らない清き乙女なんですっ!」

「無理があるだろ」

 

 自分からパジャマ脱ごうとしていた奴が何言ってんだ。それより、葵がさっき「案内してもらった」とか言っていたけど、多分おばちゃんが案内したんだよな。こほんと咳ばらいをしてから、そっと葵の手を振りほどいて立ち上がる。

 

「おばちゃん、この子は何なの? 何がどうなってうちにいるの?」

「何なのってひどーい! 私はおにいさんと一緒にいたいだけなのーっ!」

「ああ、まさにそれについてお伝えしたいことがございまして」

「ん、どういうこと?」

「本家の剛一(ごういち)様から、ぼっちゃんにお電話が来ております」

「その人って……」

 

 本家の剛一様って……そうかそうか、つまり――

 

「誰だっけ?」

「おにいさん!?」

「ぼっちゃん!?」

 

 えっ、知らないの俺だけ? おばちゃんと葵が盛大に腰から崩れ落ちたのが見えて、逆にビックリした。

 

「ご、剛一様は春木場家の当主でございますっ! 僭越ながら申し上げますが、あの方の力があれば分家のぼっちゃんなど吹き飛んでしまいます!」

「え、そんなすごいの?」

「おにいさん、流石にまずいと思うよ……」

「お前までそんなこと言うの!?」

「と、とにかく! 電話先で剛一様をお待たせしておりますから、早く母屋の方へ!」

「う、うん。分かった」

「私も行くーっ!」

 

 昔はこの離れにも内線電話があったらしいけど、滅多に使わないから撤去されたらしい。背の低いおばちゃんの後をついて歩きながら、渡り廊下を通って母屋の方に向かっていく。

 

 ギシギシと音を立てて、床がきしむ。手入れこそされているが、誰も住んでいないだだっ広い母屋。昔ながらの日本家屋、とでも言えばいいか。

 

「おにいさんのお家も広いんだねっ……!」

「まあ、な」

 

 家が広ければ良いってもんでもないけどな。俺たちが玄関先に着くと、おばちゃんはそこに設置してある固定電話の受話器をとって、保留を解除していた。

 

「剛一様、お待たせいたしました。ただいま陽向ぼっちゃんに代わります」

 

 しかし、本家の当主が何の用事なんだろう? 不思議に思いながら、おばちゃんから受話器を受け取った。

 

「代わりました。陽向です」

『……お前が陽向か。久しぶりだな』

「は、はあ」

 

 さすが当主というか、威厳のある低い声だ。でも、会った記憶はないけどなあ。本家に行ったことなんて、一度くらいしかないはずなのに。

 

「あの、どうして僕に電話を……?」

『ちょうど今頃、お前のところにうちの可愛い可愛い葵がいるはずだ』

「えっ?」

『うちの娘が可愛くないと言うのか!?』

「ちっ、違います! 娘さんだと存じ上げなくて!」

『なんだ、それならいい』

 

 どこに沸点があるんだよ!? うちの当主ってこんな親バカだったの!?

 

「それで、娘さんがいったい……?」

『どういうわけか、葵が仙台の分家に住んでみたいと言い出したのだ。あまり気は進まなかったが、娘の願いとあっては止める理由も無かったものでな』

「は、はあ……」

 

 うちに住みたい――なんて、何があったらそんなことを思うんだ。我が家はとても寂しい家で、面白いことなんて一つもないだろうに。……自分で言いたくはないけど。

 

『それで、お前がちょうど夏休みだと聞いてな。娘の我儘に付き合ってほしいと思ったのだ』

「……なるほど」

 

 なんて迷惑な親子なんだ……。俺の夏休みをなんだと思ってる!? ちくしょう、本家だからって分家のことを下に見ていやがるな! 見てろよ、分家の俺にだって意地がある!

 

「お言葉ですけど! 僕の夏休みは誰のものでもないんですよ!」

「ぼ、ぼっちゃん!?」

「たしかに娘さんの気持ちも分かりますけど! 僕にだって僕の生活が――」

『聞くところによると、お前は随分と腑抜けた生活を送っているそうじゃないか』

「えっ?」

 

 思わず横を見ると、おばちゃんが妙に気まずそうな表情をしている。……ちょっと待ってくれ、全部筒抜けってことか?

 

『深夜までゲームに興じて、昼過ぎに起きるのが日課だと聞いたが。勉強するでもなく、課外活動に励むでもなく、随分と()()()な学生生活じゃないか』

「えっとぉ……それはそのぉ……」

 

 う、恨むぞおばちゃん……!

 

『お前が分家でぬくぬくと暮らしていけるのも、我々本家からの仕送りがあるからだろう? 娘ひとりの面倒も見られないような人間を養うほど、春木場家はお人よしではない』

「は、はい……」

 

 くそう、財布を握られているんじゃどうしようもねえ。俺がこうして大学に行けているのも本家のおかげだしな。……まさか当主の名前を忘れていたなんて、本人の前では言えないけど。

 

『とにかく、うちの娘はお前の家に預ける。よろしく頼む』

「分かりました……」

『ああ、くれぐれも勘違いするのではないぞ』

「な、何がですか?」

『娘に指一本でも触れたら――お前の家は終わりだと思っておけ』

「……」

『なんだ、その間は?』

「いえ、なんでもないですっ!」

 

 指一本どころかおっぱいまで触っちまった! ……っと、それはともかく。

 

『では、切るぞ』

「はい……」

 

 ガチャリと受話器を置いて、息を吐いた。いつの間にかおばちゃんはいなくなっていて、左隣にいる葵が興味深そうにこちらの顔を窺っている。

 

「お父さん、何か言ってたっ?」

「えーと、だな……」

 

 多分、俺の顔は相当引きつっていたと思う。こんな奇想天外なお嬢様と一緒に夏休みを過ごす。安寧どころか、嵐のような毎日になるに違いない。だけど――生活には代えられんよなあ……。

 

「とりあえず、家の中でも案内しようか……?」

「じゃあ……住んでいいの!? やったーっ!」

 

 十八歳とは思えぬほど、無邪気に喜ぶ葵。俺ははとこ様を引き連れ、長い長い我が家の廊下を歩きだしたのだった――

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