夏休みに東京からやってきたハトコがワガママ可愛い   作:古野ジョン

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第3話 ひとり

「一応、ここが居間みたいなものかな」

「へえーっ」

「向こうが台所だけど、俺はほとんど使わない。基本的にはおばちゃんが家事してる」

「じゃあじゃあっ、おにいさんはふだん何をしてるの?」

「……自宅警備?」

「警備? カッコいーっ!」

「いや、まともに取り合わなくていいから……」

 

 俺の後ろをついて歩きながら、ぴょんぴょんと楽しそうに跳ねている葵。電話の後、ひとまず歩き回って家の中をいろいろ案内している。こんなに広い家だと、最低限のことを教えるだけでも骨が折れるんだよな。

 

「この部屋、何も置いてないんだね」

「まあ、な」

 

 葵の言う通り、居間には小さなちゃぶ台とテレビがあるだけ。最近はここで食事をすることも少なくなったしな。たまにおばちゃんが裁縫なんかをしているくらいで、誰も使わない空間だ。

 

「これでだいたい母屋は案内したかな。まあ、何か分からなかったら聞いてくれ」

「ありがと、おにいさん!」

 

 葵とともに、母屋の廊下を歩いていく。お手伝いさんたちが熱心に掃除をしてくれるおかげで、この家は昔の姿のままだ。だけど――住人のいない家というものには、どこか哀愁が漂う。

 

「おにいさんの家、本当に広いな~っ!」

「本家の方が広いだろ」

「そうだけどー! あっちは人がいっぱいいるから」

「……そうか」

 

 誰もいない分、一段と広く感じるということかな。廊下の窓からは蝉の鳴き声が聞こえてきて、俺たちが歩を進めるごとにギシギシと床がきしむ。廊下にはエアコンがついていないので、流石に蒸し暑い。

 

「おにいさん、ここの部屋はっ?」

「ん? ああ」

 

 葵が興味深そうに指さしていたのは、我が家で一番大きい部屋に繋がる襖だった。

 

「入ってみるか?」

「うん!」

 

 襖に手をかけて、スーッと開いた。目の前に広がったのは、数十畳はあろうかという広い和室。縁側に面した障子から、優しく日光が差し込む。

 

「わーっ、広い!」

「ちょっ、おい!」

 

 止める間もなく、葵は勢いよく部屋に入っていった。さっきから思うけど、言動が十八歳とは思えないくらいに無邪気だな。別に悪いことじゃないけどさ。

 

「いいなーっ、もっと早く来ればよかったー!」

 

 畳に大の字で寝っ転がって、清々しい笑顔を見せる葵。もっと遅く来てくれた方が……なんなら来ない方がありがたかったのだが、仕方ない。

 

「ふー……」

 

 叩き起こされて眠いし、さっきから騒いでばかりで疲れてしまった。俺は葵の寝っ転がっている隣に座って、足を崩した。

 

 ふと、周りを見回してみる。整然と敷き詰められた畳、歴史を感じる厳かな柱と梁、奥に置かれた仏壇。たしかにここも由緒ある春木場家、というわけか。……やっぱり、この部屋にいると落ち着かない。

 

「すーっ、すーっ……」

「あれ」

 

 ちらりと横を見ると、葵が眠りこけていた。まだあどけなさすら感じる寝顔に、思わず苦笑いしてしまう。本当に子どもみたいな奴だな。

 

「おい、起きろ」

「んあ?」

「人ん家に来て寝てばっかの奴がいるか」

「おにいさんなんか、客人(わたし)が来たのに寝てたくせにーっ!」

「よだれ垂れてる」

「! ……見ないでよー」

 

 葵はバッと起き上がり、恥ずかしそうにパジャマの袖で口元を拭った。いくら親戚の家だからって、来たばかりの家でぐっすり寝るとはすごい度胸だな。

 

「お前さ、旅行とか行ってもすぐに寝るタイプ?」

「んーん? 私、むしろ寝つきは悪いんだ」

「その割によく寝てたじゃん」

「んー……。なんでだろ、分かんないっ!」

「おい」

「でもねっ」

 

 近っ!? ぐいっとこちらに顔を寄せる葵。ニコッと笑って、口を開いた。

 

「やっぱり、おにいさんと一緒だと安心するんだっ!」

「安心?」

「うん! なんでかは……やっぱり分かんないけど!」

 

 安心、なんて言われてもな。たしかに安寧で怠惰な生活を心がけているけど――俺自身が安寧なわけじゃない。俺なんか頼ったって仕方ないだろう。ふうと息をついて、立ち上がった。

 

「おにいさん?」

「離れに戻る。ゆっくりしていてくれ」

「えっ、待って――」

「おばちゃーん、麦茶とお菓子でも出してあげてー!」

 

 台所の方にいるであろうおばちゃんに声をかけて、一人で歩き出す。前からそうだけど、母屋にいると疲れてくるな。

 

「……」

 

 再び床をきしませながら、廊下を歩いていった。

 

***

 

「ふあーあ……」

 

 自室に戻った俺は眠い目をこすりながら、さっきの騒ぎで滅茶苦茶になった布団を畳んでいた。時計を見ると、既に十二時をまわっている。そろそろ昼飯の時間だな。

 

「……」

 

 隣室と俺の部屋を仕切る襖、その前に置いてあるテレビの電源をつけた。興味があるわけでもないお昼の番組を垂れ流す。今日はバイトもないし、またゲームでもして過ごすか。

 

 そういえば、葵はどこの部屋で暮らすんだ? 母屋には空き部屋がいくらでもあるし、どこを使っても大丈夫だろうけど――

 

「お菓子食べよーっ!!」

「うわっ!?」

 

 テレビが割れた!? ……と思ったら、葵がテレビの背後にある襖を開いて現れただけだった。

 

「ななな、なんだよ急に!?」

「おにいさんがさーっ、急に出ていっちゃうからー!」

「え?」

「ほらっ、これ! おにいさんの分も貰ってきたのーっ!」

 

 葵は両手いっぱいに煎餅やクッキーを持っていた。子どものころから変わらないラインナップだな。おばちゃんもなあ、いつまで俺が子どもだと思ってんだ。

 

「いいよ別に、お前が食べな」

「えーっ、いいの?」

「だって昼飯の時間だし」

「え? あっ、本当だー!」

 

 どうやら時計の針がてっぺんに近いことに気がついたようだ。葵はテレビを避けるようにして、トコトコと俺のもとに近づいてくる。開いた襖を通じて向こうの部屋を見ると、葵のものらしきキャリーケースが開いた状態で置かれていた。

 

「もしかしてお前……離れに住むのか?」

「うん! おばさまがね、ぼっちゃんの隣が良いでしょうからって!」

「そ……それはそれは」

「えへへっ、よろしくね!」

 

 ちっともよろしくない! こんなうるさいのと隣同士で暮らすのかよ!?

 

「んー? どうかしたのー?」

「い、いや……なんでもない」

 

 苦い顔をしていたら不思議がられてしまった。とほほ、とことん平穏な夏休みが消えて――

 

「ぼっちゃん、お昼ご飯でございます」

「「うわあっ!?」」

 

 また勝手に来た!? 急に現れたおばちゃんにまたしても驚かされる俺たち。デジャヴュというやつである。

 

「あらあ、お嬢様もこちらにいらしたのですか。ぼっちゃんのことがお気に召したようで、春木場家に仕える身として冥利に尽きます」

「もともとおにいさんのことは好きだもんっ!」

「ひっつくな、暑いんだから!」

 

 ひしっと抱き着いてくる葵をどうにか引きはがそうとする。ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを横目に、おばちゃんはお盆を手にしてスタスタと部屋に入ってきた。今日の昼飯はお蕎麦みたいだな。

 

「ぼっちゃん、こちらに置いておきますので」

「ありがと、おばちゃん」

 

 いつも通り、障子に向かって置いてある文机に盆が置かれた。あれ、葵がいつの間にかおばちゃんのところに行ってる。

 

「ねえおばさま、私のお昼ご飯はっ?」

「ああ、母屋の方に準備してございます。居間にお越しください」

「えっ? おにいさんは……」

「いいから、食べておいで」

「お蕎麦が伸びますから、どうぞお早く」

 

 おばちゃんに急かされると、葵は戸惑ったようにきょろきょろと視線を左右させていた。多分、こう言いたいのだろう。どうして一緒に食べないのか――と。

 

「ほら、行っておいで」

「お……おにいさんは一緒じゃないの?」

「……」

 

 誤魔化すように、俺は笑顔を作った。だだっ広い母屋がありながら、敢えてこの離れに住んでいるのにはわけがある。だけどそれを葵に説明する理由はない。

 

「ねえ……おにいさん」

「なに?」

「もしかして、ずーっとここに一人なの……?」

「見て分かっただろ? この家に住んでいるのは俺だけ。あとはおばちゃんたちがいるだけだ」

「……やっぱり、そうだったんだ」

 

 やっぱり、ってことは薄々感づいていたみたいだな。何も考えていないように見えて、案外思慮深いのかもしれない。

 

「俺はずっとこの離れに暮らしているんだ。でもお前まで付き合う必要はないよ」

「……」

「どうした?」

 

 葵は下を向いて黙り込んでしまった。おいおい、蕎麦が伸びちゃうぞ。別に俺なんか気にせず、母屋に――

 

「おばさま、私のお昼ご飯も持ってきてくださいっ!」

「えっ?」

「お、お嬢様!?」

「いいから、早く持ってきてくださいってば!」

「か、かしこまりましたっ!」

 

 急にどうした!? さっきまでの笑顔とは打って変わって、やけに真面目な顔。追い立てられるように、おばちゃんは母屋の方に走り去っていった。

 

「ど、どうしたんだよ!?」

「やっぱり、早く来ればよかったーっ!」

「何が――」

 

 だよ、と言いかけたところだった。葵はこちらに向かって倒れこんでくるようにして、俺のことを抱きしめてきた。ふんわりとした柔らかな感触に包まれ、安心感を覚える。

 

「ごめんねおにいさん、寂しくなかった?」

「いや、寂しいも何も……これが普通だったし」

「いいのっ! 寂しかったでしょっ!」

「!?」

 

 勝手に感情を決めつけられた!?

 

「大丈夫! おにいさんはー、これからずーっと私と一緒だからっ!」

「いや、別にそんなこと――」

「よしよーし……」

「うんっ!?」

 

 無理やり胸元に抑え込まれるようにして、頭を撫でられた。まるで……母親に慰められているような、そんな感覚。久しく覚えていなかったな、こんなの。

 

「おにいさん、安心してねっ。もう一人になんかしないから」

「……」

 

 一度も会ったことのなかったはとこに、妙な慰められ方をしている。不思議な状況だけど……嫌な気持ちはしないな。

 

 一人で生きていくのは、当たり前だと思っていた。おばちゃんもいるし、別に孤独じゃないと信じていた。だけど……他人から見れば、随分と寂しい暮らしをしてきたのかもしれないな――

 

「あらあ、またおファックで……」

「「違うっ!!」」

 

 蕎麦を持って現れたおばちゃんの余計な一言に、声を揃えて反論した俺たちだった。結局、蕎麦は伸びていたけど――なんとなく、葵を煙たがっていた自分の感情が薄れた気がした。

 

 ……と、思っていたのに! この日から、俺は葵のワガママに振り回されることになるのだ!

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