深く、深く落ちていく。取り返しのつかないことをしてしまった実感と、自分に現れた悪魔と共に戦った感覚が確かに阿歩炉の手には残っていた。まあ、結局アドレナリンが切れて意識を失ってしまったわけだが――その時、扉は開かれる。
「――再び、お目にかかりましたな。貴方は『力』を呼び出し、そして使い果たしたゆえに意識を失われたのです」
気づけば電車の中にある椅子に俺は座っていた。そこには、勤務初日の夢にも出てきた鼻の長い――確かイゴールと名乗った老人と電車の椅子に腰かけている全身青づくめで銀の長髪に、金色の目、人間身を感じさせぬ女性、確か名前はイザベラと呼ばれていた気がする。
「ほう、覚醒した力は――『ロンギヌス』――ですか、ほうほう、なるほど――うーむ、興味深い。それは『ペルソナ』と言う力――もう一つの貴方自身なのです」
「――それはなんとなくわかる。あれを扱った時、本当に俺が分身しているように感じられた」
「そうですか、その通り。ペルソナとは様々な困難に立ち向かっていく為の仮面の鎧と言ってもいいでしょう」
「仮面の鎧――?」
「ペルソナ能力とは心を御する力――心とは、絆によって満ちるものです。他者と関わり、絆を育み、貴方だけのコミュニティを築かれるが宜しい。それこそがペルソナの力を伸ばすのです」
イゴールがペルソナの力について説明してくれた、今回は不思議と前回のように誘拐とか詐欺とか余計な思考は混ざらず、スッと頭に入って来た。だが、説明を聞いても阿歩炉には不可解な点が多くあった。
「イゴールさん、俺以外にもペルソナの力を扱っている人がいたけどあの人たちは“召喚機”って言うのを使って呼び出していたんだ。でも、俺はそれを扱えずそれ無しに召喚した――これはどういうことなの?」
「ほう、確かにそれは私も興味深いと考えていました――確証はありませんが、貴方たちが使っている召喚機は拳銃を頭に突きつけることによる死への恐怖を媒介として呼び出す方法を取っています」
「死への――恐怖――?」
イゴールが手で拳銃の形を作りこめかみを打ち抜く、そんな仕草を見ながら阿歩炉はあるとっかかりを覚えていた。そういえば、俺は仮面神教の団員に囲まれて散々ボコボコにやられている時、死への恐怖を感じていたのだろうか。
「おそらく貴方は極端に死への恐怖が薄く、死がペルソナを呼び出すほどのトリガーにならず他者が傷つけられることによる恐怖と怒りがペルソナを呼び出すに至らせた――そう、私は考えていますが――はてさて、真相はあなたのみぞ知ることです」
「――まあ、出せたのならいいか、それで曲真君を助けられたんだから」
「少し楽観的な気がしますが――いやはや、貴方は少し勘違いされているようだ」
「勘違い?」
思わず聞き返す、出せたのが勘違いなら別にいいが、目の前のイゴールの表情を見るにそうはいかないらしい。
「ええ、残念ながらまだ貴方は彼を守ることは出てきていません――そろそろ、目覚めた方がよろしいかと、取り返しのつかないことになる前に――さて、今度はあなたか来ることになるでしょう――それでは――」
「ちょっと待って、それってどういう「失礼」――!?」
椅子から立ち上がり、イゴールの前に行こうとしたが急に脇に控えていたイザベラが前に出て阿歩炉にデコピンを加えるとそのまま意識は浮上していった。
僕の名前は海波曲真――いや、今は千石曲真になってしまった。
原因は母親が亡くなったからだ、母はいわゆるママ友いじめと言うやつの餌食になった。その上、父があまり家に帰ってこなかったので発覚も遅れた。
その頃の僕はまだ幼くて――何で、母親が死んだかなんてわからなかった、あんなに優しくて強い母が――なんて思ったのもすべてが終わった後だった。
『あっ、あっ――』
ボロボロの体操着を抱きながら涙を抑えようと目を手で覆うが全く途切れることなく落ち続ける。
この時の僕は知らなかったが、ママ友いじめの影響はその子供にも及んでいて少し前まで友達だった奴までいじめ側になっていた。
でも、耐えれば――耐え続けていれば――きっと、いつか終わる。
こんなことを、僕は信じ続けいた。だから、諦めてはいけないって言葉が強く心に突き刺さったんだと思う。
このころの僕は明確に抵抗と言うのを諦めていた。
『ただいま』
今日もいつも通りいじめられ、ズボンのお尻にボンドがついてきた。
『――』
無言で階段を上がり自分の部屋に入りボンドのついたズボンを脱ぐ。
この時、少し違和感があった。今の時刻は大体16時程母親も今日は特に何かあるなんて聞いてないなら少しくらい物音の一つや二つは聞こえてきてもおかしくない。
『おかーさん』
母を呼ぶが返答はない。
『おかーさん』
母を呼ぶが返答はない。一階のリビングにいたと思ったが、おらず――
翌日になっても母は帰ってこなかった、そしていじめの勢いがこの日からさらに強くなった
その次の日も帰ってこなかった。
その次も、その次も、その次も――
一か月後、母が死んだと、父から聞かされた。
母の最後はママ友の一人が売春させようとしたところを抵抗した末につい衝動的に殺してしまったらしい。
殺人の発覚を恐れた、ママ友共は母を冷たい川の中に投げ入れ知らぬ存ぜぬという顔でいたが、他のママ友の告発と母の死体の発見で御用となった。
いじめの勢いが強くなったのは母に一番近かった僕も自殺なりなんなりさせて口を閉じさせようとしたことが分かった。
更に悲劇が起こった。
父が母の復讐に走ったのだ、母の死から少し父の様子がおかしいのは知っていた。けれど、いじめによって憔悴していた僕は何をしようともしなかった。
結果的に父はママ友8人を殺し、最終的には自殺その後は父方の祖母に引き取られてこの町に来た。
転校してもいじめられていたこと、親が死んだことからあまり馴染めず結果的に無気力な毎日を過ごしていたころ、財布を無くしていたことに気づいた。
道を引き返しても見つからず、もしかしていじめではないかと過去の情景がフラッシュバックするが、とりあえず交番に行こうと向かった。
最初の印象は何だかお堅い雰囲気でいかにも新人と言う感じにがちがちで外に立っていた。
探していくうちに、僕たちは異世界に潜り込んでいた。だけど、僕とは違って19歳とは思えないくらいにアポロさんは冷静で慌てる僕を諫めてくれた。
この時に、明確に憧れられる大人と言うのを見た。
結果的に財布は見つかって、もう脱出すれば終わりとなるほど甘くはなかった。
ニュースで見たことがある、都内十二か所を当時に放火し犯行声明を出した宗教団体、仮面神教その団員の特徴が同じだった。
阿歩炉さんが仮面神教団員と戦っている間、僕は膝を抱えて震えていた。
でも、耐えれば――耐え続けていれば――きっと、いつか終わる。
母が死んだときと同じ考えで、座り込んでいた。
(だって――出たら、怪物が来るかもしれないし――あ、アポロさんが物陰に隠れていてって言ったんだ)
わかっていた、僕は見事に逃げ癖がついていたのだ、プラスして他責思考。母が死んだときも父のせいだとかなんとか言って責任から逃げていた。
その時、アポロさんの言葉が頭によぎる
『――俺を信じて、俺を信じるのを諦めないでほしい。あと、もしもチャンスがあれば君だけでも先に逃げるんだ、いいね?』
物陰から顔を出し、怪物がいないことを確認し出ようとしたが――目の前には、あの仮面神教の団員が僕を見下げていた。
「やっと見つけたぞ、我が同士よ」
「ど、同士?――アポロさんは――?」
「アポロ?あぁ、あの警察官ならもう今頃始末されている頃だろうよ――行くぞ」
アポロさんが死んだ、来るだろうと直感していたそれに思わず身震いする。心のうちから『お前が殺したんだ』と動かなかったことに罪悪感が募っていく。だが、今はそれどころではない目の前の奴は『行くぞ』と言った。つまり僕はこれから――
「嫌だ!僕は、お前らなんかと行きたくない!」
「ふっ、遠慮するな――だが、あの半端物と少し長くいすぎたか、気にすることはない。今はただ眠るといい」
連れ去られたくなんてなかったので、掴まれた腕を必死に振りほどこうと暴れるも普段から運動なんて縁がない自分の抵抗は無意味――そこで、僕の意識は闇に消えた。
次に目を覚ました時はトラックの中で手足が縛られ、口はガムテープに塞がれたお決まりの展開がやってくると思ったが目を覚ました僕にはそのような圧迫感はなかった。
「――起きたかい?さっき、君の親御さんと連絡を取ってね。今、送っている所さ」
「え、はい――あれ?」
目を覚ますとどうやらパトカーの中のようで外はすっかり暗くなっている。不思議に周りを見渡してみると、運転席に座っていたぼさぼさ髪のおじさん――その顔には見覚えがあった、アポロさんと交番に入った時にいた人だった。
「僕は、どうして――連れ去られたんじゃ?」
「そうなるかもしれなかったけど、うちの交番には優秀な警察官がいてね――今は寝てるけど」
運転席に座っている人が顎をくいっと動かすと助手席側に誰かが座っていることに気づく。そこに目をやると所々擦り傷が目立つアポロさんが眠っていた。何か悪い夢でも見ているのか所々で顔をしかめている。
「あ、アポロさん!!よかった!よかった!!――あれ、でも死んだって」
「死んでない、ただ眠っているだけよ~悪い人たちはみーんなやっつけちゃったんだ」
「アポロさんが――すごいですね、本当に――僕なんかとは――」
あの人たちは本当にただものじゃなかった。ニュースでもやっている大事件を起こした宗教団体の団員たちは銃を持っていたしはっきり言ってアポロさんは敵わないんじゃないか、それを知っていながら僕は逃げ、そのまま蹲っていた。
「何を気にしているか知らないけど、阿歩炉くんにとっては君が無事なことが一番なんだからさ気にしなーい、気にしなーい」
「でも、僕は逃げたんです――アポロさんじゃ敵わないって、思ってたのに――僕とアポロさんは年もそんなに違わないのに――蹲って――」
「いいんじゃない?怖いでしょ、普通はちびっちゃうよ。それに、阿歩炉くんが逃げろって言ったんだから、その時はそれが最適解だったってことだと思うよ」
「―――」
「気に病む必要ないよ。それに、君は十分自分のことを悔やんでる――それに、さ――」
すると、パトカーが止まる。顔を上げるとどうやら家に着いたようで自分の傍の扉が開いた。そして、僕を送迎してくれた警察官さんの方を見るとじっと笑顔でこちらを見つめて来ていた。
「彼だって謝られるよりは感謝された方がきっと嬉しいよ。初仕事、初成果だからね――だから、今度会った時は『ありがとう』――そう言ってあげて」
「――はい」
「うんうん、今度は財布を落とさないように気を付けるんだよ~それじゃあ“またね”」
丸巡査長は曲真君を車から降ろし、彼が家に入るのを確認してから寝坊助の表情に一瞬目をかけてから少し微笑んでからパトカーを交番まで発進させた。
「おめでとう、お疲れ様――そして、これからもよろしくね」
死への恐怖が薄い系主人公、影山阿歩炉
千石曲真(せんごく きょくま)