「ほぅりゃあ!!」
気合の入れた掛け声とともに槍が振るわれる。その一閃だけでピクシーの群れは塵に還っていく。だが、先ほどまでとは違い阿歩炉の表情に余裕の色は浮かんでいない、と言うのも奥に行けば行くほど敵が固くなっているのだ。
そのせいか何度も打ち付けた警棒も少し曲がり始めている。その上、手の握力も段々と入らなくなってきた。
トリッシュの回復もそう何回も出来るわけじゃない。この調子でいけばミイラ取りがミイラになるのすら見えてきた。
そんな時だった――霧のかかった廊下の中で壁に背を預けている少女がいた。
「この子は――!?」
「知り合いか?」
「いや、知り合いと言うわけじゃないんだけど少し印象に残った子だから――そうだ、彼女を混乱させたくないからトリッシュは隠れてくれないか?」
「えー仕方ないでぇす」
すると、トリッシュは特徴的な羽を隠し光の粒のような姿になり阿歩炉の制服の襟辺りに隠れる。
次に、阿歩炉は壁にもたれかかっていた少女に目を向ける。そう、昨日に丸先輩に悪魔を信じているかどうか聞いていた少女なのだ。あの時の近づきにくい存在は消え、瑠璃色の長髪の髪は赤い霧の中でも輝き少し幻想的な雰囲気を纏っていた。
「大丈夫ですか?どこか痛むところはありますか?」
「――う、んぅ――」
「起きるぞ、阿歩炉。警戒しとくんでぇすよ!」
『そうだね、この空間に入れているということは少なくとも素養はあるわけだから警戒はしとくんだよ~』
丸先輩の言う通り、この空間は認識できるものしか入れない。つまり、彼女は半端者か――ペルソナ使いの可能性がある。一番いいのは実は曲真君の知り合いでうっかり入ってきちゃった――と言うシナリオだが、そこそこ奥まで来ているということはただものじゃない可能性もある。
そうこう考えている内に少女の白金の瞳が露わとなり、あの時は写さなかった俺の姿をその中に写した。
その時、彼女はまるで幽霊でも見たように顔面が一瞬蒼白になりじっと俺を見ていた。
「え、っと?大丈夫?どこか怪我はしてない?」
「―――」
何も答えずじっと阿歩炉を見つめていた。だが、不思議と不快感はなかった――何と言うか、無性に懐かしさと言うか、暖かさと言うか心に取っ掛かりを感じたのだ。
「――ありがとう、ございます。あの、お名前を聞いていいですか?」
「名前?もちろんだよ、影山阿歩炉って言うんだけど――名前ともしよかったらどうしてここにいるか教えてくれないかい?」
「影山阿歩炉、影山阿歩炉、影山阿歩炉――ありがとうございます。それで、名前とどうして私がここにいるかですよね?」
彼女は自分自身に言い聞かせるように、焼き付けるように、じっと阿歩炉の表情を伺いながら名前を呼んだ。だが、初対面――ではないけど、限りなく初対面のはずなのに彼女の言葉には深い悲しみが宿っていた。
「うん、聞かせてもらえるかな?」
「はい――まず、私の名前は
ほっと安堵した。彼女が仮面神教の手先などではなく、運悪く入ってきてしまったこの空間が見える人だと考えたからだ。
だが、ここで一つ問題がある。それは、引き返すべきか否かと言うことである。もし、引き返して彼女を脱出させれば曲真君の救出は絶望的になる。もし、彼女を連れていけば曲真君には助かる可能性が生まれるが彼女を危険に晒す可能性がある。
「―――」
「阿歩炉さん?」
「――光さん。今から、話すことをしっかり聞いていてください」
ここで阿歩炉が下した決断は、後者だった。どちらも救う、救って見せる――これが阿歩炉の選択だった。別に、ペルソナを覚醒したことによる自惚れではない、意地でも命を比喩なくかけて人々を助けるために警察官になった彼にそれ以外の選択肢はなかった。
「丸先輩もいいですよね?」
『――許可するよ、それが君の選択なら尊重しよう。ただ、命を懸けて彼女を守るんだ――いいね?』
「はい!!」
特に説明をしたわけでもないのに先輩はすぐ俺のやりたいことを察知してくれた。もちろん、それがどれだけ困難なことかもよくわかっている。
こうして、阿歩炉は光に曲真君を助けに行く旨を伝えた――その危険性も当然伝えたが、彼女はわざとらしく驚くだけで拒否することはなかった。
「頼んだ側が言うのもなんだけど、いいのかい?」
「はい、私と曲真君は友達ですので、友達を助けたいと思うのは当然ではありませんか!」
「そっか――それじゃあ、しっかりこの世界のこととかも説明しないとね」
曲真君に彼女のような友達がいたことに少し安堵しながらも、同時に違和感を感じながら、流石に何も知らずこの世界を歩くわけにはいかないということで必要最低限の情報を開示した。
「――ていう事なんだよ」
「赤い世界、シャドウ、仮面神教、そしてペルソナ――ですか。あの、阿歩炉さんも使えるんですよね?」
「うん、俺のペルソナはロンギヌス。槍で戦うペルソナだよ」
「そうですか――」
一通りの説明を終えると彼女は落ち着いたのか一つ一つ情報を整理していった。だが、ペルソナの部分だけは何か思うことがあったのか少し表情が暗くなった。
トリッシュのことについては俺自身もよくわからないので姿を見せず、そのままにしておいた。
「それじゃあ、行こうか」
「はい――私を守ってくださいね」
こうして、俺は光と共に異界の奥へ進みだした。もちろん、先頭に俺後ろに光と言う陣形で進みシャドウが現れればすぐ応戦できる形とした。
だが、阿歩炉は気が付かなかった背にいる彼女の瞳が薄暗く濁り、何とも言えない目で見つめて来ていたことに――
「そういえば、昨日さ丸先輩――いや、警察官さんに『あなたは悪魔を信じますか?』って聞いてたよね。どうして、かな?」
こんなところに長時間いたら少し精神的にもきついかなと考えた阿歩炉は会話を絶やさず奥に進む、その多くは軽い軽口で高校生なの?とか、学校生活で大変なことある?程度の物だった。しかし、話していくうちに昨日の思い出が蘇り聞いてみることにした。
「―――」
だが、帰って来たのは沈黙だけだった。会話の隙間が生まれると自然の頭の中にも余白が生まれてくる、悪魔――それは、俺がシャドウやペルソナを始めてみた時も同じ感想を抱いていた。
そして、彼女が悪魔を信じるかどうか聞いたのは仮面神教に対抗するための組織『ポリスエージェント』の一員であった丸先輩だ。
何だか、偶然にしてはできすぎていると妙に引っかかった。
「――あはは、実は流行ってるんですよ。最近、物騒な話が多いから悪魔の仕業だーって友達が言ってて警察官さんも悪魔の仕業って思ってるのか聞いてほしいと言われまして」
「そっか、なるほどね。丸先輩の言ってたことは本当なんだ」
そういえば、丸先輩も最近の流行りじゃないかと言っていた。俺も高校を卒業してそれほど月日が経ったわけではないが最近の事件から派生したのなら俺が知らないのもうなずける。
「あなたは、本当に――」
「何か言った?」
「いいえ、何も言ってませんよ。あ、何か来ますよ」
勝手に納得した俺に何か思うことがあるのか、だが言葉は途中から全く聞こえず聞き出そうとしたが、はぐらかされタイミング悪く目の前にはシャドウが集まってきていた。
「これまでに見ない数――もうすぐ、最深部なのかもしれない。穿て『ロンギヌス!』」
「かひゅっ」
「え?」
戦闘態勢に変わり現れたスライム、ピクシー、カボチャの魔術師のジャックランタンを相手にペルソナを出した瞬間、光さんから空気が漏れた音が聞こえた。何かあったのではないかと振り返ると、そこには顔面蒼白となった光さんが唇を震わせながらそこにいた。
「光さん、大丈夫?――ッ」
「だ、大丈夫です。少し、驚いただけですから」
視線を彼女に移した時に飛んできた敵の攻撃を間一髪で防ぐ。そして、再び視線を向けた後、光さんの表情は少し落ち着きを取り戻していた。
それを見て、少し安心した阿歩炉は気を取り直して槍を振るい三体のシャドウを影に返していく。
「よし――光さん、行ける?」
「はい、行けます。本当にただ驚いただけなんです」
「そう、わかった。もし、体調が悪くなったりするんだったらすぐ言うんだよ」
驚いただけと言うよりトラウマを刺激されたという表現の方が正しい気がするが、彼女の言う通り実際にペルソナとシャドウを見たのはこれが初めてだから、普通の高校生ならこういう反応をするのも当然なのかもしれない。
もしくは、この赤い霧が何かしら有毒な影響を与えているとか――
(俺は特に息苦しさとかは感じないけど――いや、俺はペルソナがいるからかもしれない。それに、奥に行けば行くほどほんの少しずつだけど霧は濃くなっている、曲真君を助けるまで持つかどうか)
風の魔法を使えば精神的な体力がすり減る。これはトリッシュの回復でも直すことができずなるべく近接主体で戦っているもののスライムにはそれは通じない。
今は、何とかなっているが俺が限界になれば彼女にも危険が及ぶ――
「だけど、かなり奥に行っているはずなのに霧で奥が見えないのはつらいな――」
「――そうですね」
来る道中に扉はあったが鍵はなく、少し開けて中を確認して見たけど無人で人の気配は感じられない。一本道とはいえ先が見えないのは中々につらいしシャドウが奇襲してくるから探索のスピードも上げられない――もし、この霧を吹き飛ばすことができたなら――
(吹き飛ばす?)
「そうか――なら、光さん。下がって」
「え?は、はい」
俺の『ロンギヌス』は槍と風を操るペルソナ。こいつなら、この邪魔な霧を吹き飛ばしてくれるかもしれない。だが、これは一種の賭けだ――なぜなら、これをすれば中にいる仮面神教の団員に100%気づかれてしまうからだ。
でも、それを抜きにしてもいつ曲真君に危害が及ぶかわかったもんじゃない。しかも、霧が無くなればシャドウの奇襲におびえることなく進行速度を速めることが可能だ。
だが、代償として俺の精神は削られ、限界を迎えるかもしれない。
(それを、気にするのか?お前は、何のために今まで生きてきた!)
「吹き飛ばせ!『ロンギヌスッ!!』」
「だ、だめっ」
光さんが何か言っていたような気がするが阿歩炉の耳には入らなかった。阿歩炉は自身のペルソナにありったけの力を込め扇風機の羽のように槍を回転させ風を発生させる。
吹き荒れた風は狙い通り廊下を突っ切っていき赤い霧を晴らしていった。
「ぜぇ、はあ――ッぅ、はぁ」
「大丈夫ですか!!阿歩炉さん、なんて無茶を――」
「無茶でも、なんでもやるしかない――それに――」
全身から抜けていく力、襲う虚脱感、震える膝に――とにかく力を使いまくった。だが、それに見合う成果は得られた。
阿歩炉の視線の先には“唯一”開いている扉があった。
阿歩炉!!絶対、ヤバいって!後ろ、うしろぉぉ!!