「えらっさいまっせー!拉麵屋台『麻』、開店でーす!」
狂陣営と騎陣営、二組の主従が揃って受けたラーメン屋のバイト面接。それにサラッと受かったと思ったら、あれよあれよと結果を出して、あっという間に暖簾分け。一体これはどういうことだよ、本当に。
クー・フーリンがイケメンフェイスで客引きをして、バゼットがガラの悪い客を叩きだして、リリスが厨房で完璧に店の味をマスターして、俺が金策をして経費を浮かせた……これだけで一週間したら屋台で店を任されることになるのかよ。どーなってんだよおい。
「らっしゃいらっしゃい!今日は醤油ラーメンが美味いよぉ、お嬢さん!」
「屋台の呼び込みをするケルトの大英雄……」
そんなわけで、今日も今日とて橋桁の下にて屋台を開く。最近は口コミで評判が広まっているらしく、昼間から十メートルほどの行列が出来ている。
「っしゃおらー!お待たせしましたぁ!豚骨ラーメンニンニク大盛と、醬油ラーメン刻み海苔とナルトダブルトッピングでぇっす!」
「アイリーン、追加の材料買ってきたぞ。ここに置いておく」
「はいありがとね!じゃあ次!あ、ちょっとバゼット!お会計してお会計!」
「合計で1970円です。ざいましたー!」
頭の角を隠す為にバンダナ巻いて、ちゃっちゃか湯切りをするバビロニアの悪霊……。ダサい黒Tシャツに前掛けっつーラーメン屋ファッションも何故か似合うなコイツら。バゼットもねじり鉢巻きが様になってるし。
「……呆れた。何をしているの、あなたたち。聖杯戦争に参加した時計塔の魔術師でしょう?」
お。これは予想外のお客様だな。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……」
ドイツから来日した雪のお貴族様に、ラーメンはもの珍しかったかな。足りない身長で、んしょ、とカウンター席の椅子に腰かける
「そういうあなたは何をしているのですか。昼間から英霊を供回りとして行脚とは。宣戦布告というわけでもないでしょうが……」
霊体化してイリヤの背後に控えるヘラクレスを見て、バゼットや騎ニキは戦闘民族の血を騒がせていた。先程まで弛緩していた空気がピリッとしている。いや、俺も実物を見ると気圧される。これは大英雄だわ。そこに居るだけで戦意が呑まれるというか、戦うという人が持ちうる原初の記憶が否応なしに呼び起こされるというか……。
「まさか。そんなことする必要なんて無いわ。私のアーチャーに勝てるわけないもの……ああ、注文をするのよね。ならこの屋台で一番美味しい料理を頂戴?」
「……。じゃあ醬油ラーメン準備するね」
イリヤさん(21歳)はうちのバーサーカーが作った醬油ラーメンをちゅるちゅるリスのように啜り、満足そうにして帰っていきました。カード払い対応しといて良かったぁ……。
「……何しに来たのでしょう、アインツベルンの魔術師が敵情視察?いえ、ですがあれは……」
「友達の家に遊びに行く前の食事がてら、気になった話題のグルメを食べに来た———的な感じ?」
……バーサーカー、お前凄いな。多分その推察アタリだわ。洞察力が狂戦士のそれじゃねぇ。
「……あ、イリヤ。今日も会ったね」
「来たのね、ミユ。学校は楽しかった?」
「うん。それにしても、イリヤは学校行かなくて本当に良いの?ニート?」
「違うわよ!私は大人なの!学校に行かなくて良い歳なのよ!」
「……そう、でもイリヤ。辛くなったら言って良いよ?」
「やだ、まだ勘違いされてるー⁉」
橋桁から見上げた土手の道。ランドセルを背負った赤眼黒髪の女子児童と会話するイリヤお姉さんが見えた。
あのーイリヤさん?どういう経緯でその子と友達になったんだよ。可能性としては危惧してたけど。並行世界の因果でも巡ったんか、朔月美遊。
(……願望機二つが仲良くしてる、どうなるこれ……?)
とりあえず、イリヤが接触している時以外はリリンの監視を付けとくか……。
■
昼のピークが過ぎて行列も無くなり、客の入りもぼちぼちになって来た。バーサーカーは手際よく下ごしらえや皿洗いを行い、騎ニキとバゼットに指示を出している。
ん、俺か?俺は、ちょっと面倒な客三人の注文を承っていた。
「ここで伝説の香辛料料理が出ると聞いて」
「わぁ、泰山でよく見る顔だ」
「……角隈白野と霧島クノンか。歓迎しよう。共に辛さの深淵を目指すもの同士、食卓を共にしようではないか」
午前中の講義が終わったのか、茶髪の二人組の学生が暖簾を潜って来た。穗群原学園の男子学生、角隈白野。そして同じく彼の同級生である女学生、霧島クノン。そう、フランシスコ・ザビエル(偽)の二人である。
そして屋台ラーメン麻のカウンターに座り、自宅のような気安さで彼らを招き入れるのは、外道神父の言峰綺礼。
ははっ……と渇いた笑いが出る。そっかー。こいつら、あの悪名(?)高い泰山に入り浸ってて面識があるのかー……。舌がバカなんじゃねーの?いや、そうじゃなきゃ
「麻婆拉麺、トムヤムクン風味。三人前、ご用意いたしました……」
俺が差し出した器の中には、食い物とは言い難い……名状しがたい赤いヘドロが山盛りになっていた。
「こッ、これは……!」
驚きの声を上げたのは誰だったのか。もしかしたら、後ろで
暖簾分けされる前、バイトをしていたラーメン店で一度、メニューに無い激辛拉麺を作って欲しい、などという傍迷惑な客から要望があった。その時、俺が植物知識と化学知識をフル動員して作り上げたのがコレだ。四人の美形外国人のバイトに良い顔をしていたラーメン屋亭主も、これにはさすがにと渋面を作った逸品である。
バーサーカーの前で良い所見せようと調子に乗って食った客が一口で気絶し失禁、息を吹き返してからギブアップし、憑き物と感情が抜け落ちたような声で『これを食った死人が苦痛で生き返るレベル』とかいうわけわからん評価を下した下剤薬膳料理……それが『激辛麻婆拉麺~トムヤムクン風味~』である。
「ほぉ。麺を飾りとする、この赤さはどうだ……!」
「……赤い、だけじゃない。立ち昇る煙が、強烈な酸性を帯びている……!」
「これは、期待ができるかもしれない……!」
そう。立ち昇る邪気、違った瘴気……でもなく、煙で頭上の高架橋コンクリートが溶けるレベルなのである。……作った俺が言うのもアレだが、ホントこんなもん食うなよ。健常者なら絶対食うなよ。
後ろでバーサーカー(女神の神核にも近しい神性持ち)とライダー(対魔力B)が、ぐがぁぁぁぁぁぁ目がぁぁぁぁぁぁ、だの、うぼぁぁぁぁぁぁ鼻がぁぁぁぁぁぁ、だの言っているのは伊達ではない。素手で触れれば焼け爛れること必定な料理なのである。……料理ってなんだっけ。
だが、食材から拘ったため栄養は豊富であり、ちゃんと料理として(辛うじて)成立する美味を辛酸と両立させた、料理にカテゴライズされる物品ではある。食いたいというならば、止めはしない。
「食べる際に注意だ。目に飛ばすなよ、失明する。では、自らの生に感謝して召し上がれ」
「「「……いただきます(いただこう)」」」
三人の匙が、聖杯に満ちる汚泥が如き魔力を帯びた、外道麻婆拉麵・トムヤムクン風に伸び、そして口へと運ばれる。
「「「‼」」」
赤。辛。酸。そして————旨。それが全てであった。原初は混ざり、無は開闢を寿いだ。それは、スコヴィル値上限超えの唐辛子の形をしたナニカと、王水と言って良いほどの狂酸ミックス果汁を地獄の窯で紀元前くらいから煮つめてできたケミカルテロ物質、オレ外道マーボートムヤムクンご愁傷様メイフクヲオイノリシマスみたいな料理。これだけで種別:対軍宝具になりそうな代物である。
「フッ……ハッ……フゥ……ハ————!」
「んんんっ……く、おぉ……!はふっ……あむ……!」
「なめ、ないで————!」
(舌を突き刺すような酸味がこの辛さを引き締める……!)
(口とお腹の中が焼け爛れて、胃の内側が溶け墜ちるような感覚……!)
(匙を持つ手と、汗と震え、痺れに眩暈に咳が止まらない……!)
三人は咳込みながらも、顔の穴という穴から水を垂れ流し、一心不乱にレンゲを動かす。料理から立ち昇る煙が肺を焼き犯し、呼吸困難になっているにもかかわらず、である。ショック性の死に接触することで快楽し、この
(辛味こそ美味……!正しくこれは、至高の愉悦の一つ……!)
(例えるとしたら、体内に投下された核爆弾……っ!)
(けれど、この辛さは生命の律動そのもの……!炎が過ぎ去った平原から芽生える花が目の前に……!)
彼らの脳内の快楽中枢には稲妻が走っているのだろう。もはや、何も言うまい。
「……ねぇアダム。大丈夫なのこの人たち。特に頭。というか精神」
外道とは言え聖職者が聖書の女悪魔に心配される始末である。ハハッ、このザマァ。
「あー……ろくでもねぇ神父ってことだけは分かったぜ。知り合いとは聞いてたが、あの男との付き合いは色々とやめとけバゼット」
「……、そうですね。それにしても彼に耐毒能力があるとは知りませんでした」
時計塔陣営の面々、クソ毒舌である。だが、この惨状を見ればそうもなるか。ドン引きものだし。びっしゃりと汗が滝のように流れる男二人だけでなく、美少女も涙と鼻汁と涎をダラダラ垂らしてスプーン握ってるのだから、さもありなん。サバトもかくやな有様だ。正しく衝撃の麻婆。
「「「……ごちそうさま‼」」」
うわー食い切ったよ。どうなってんだよマジで。薬膳料理の様相にしているとは言え、味覚と痛覚だけでもエロ尼か覚者レベルの感性無いと頭おかしくなるはずなんだが。しかも、許容一定値以上になったら感覚を遮断する脳機能を無効にする漢方使わんとこの味出ないし。俺も味見の為にサンプル幾つか食ったけど、完食までは至らんかったし。辛味は別腹?甘いものと同じカテゴライズで良いものなのかと。
————とりあえず、ザビ子ちゃんにはこれ言っとくか。
「……喜べ少女。君はそれで一日分のカロリーを摂取できた」
「 …… ソ レ 、 先 ニ 、 言 エ 」
「霧島さん落ち着いてくれ。同級生が殺人者になるのは流石に看過できない……ゴッホゴホ、エッヴォ!」
「……このメニューは玄人向けの非売品でな。値段は決まってないんだ。食べたお客様の好きな額を決めてくれれば良い」
というか、普通の感性してるお客様にこんなの出して金貰えるもんか。
「へー」
「ふぅん。自信ありってこと?」
(誰も好き好んで頼まないしね。こんな劇毒物……)
(おう……さすがにこれは、なぁ……?)
ライダーとバーサーカーはヒソヒソお気持ち表明してなさる。つーか、ザビーズ金払うつもりなのかよ。俺だったらこんなもん出された瞬間に、料理人の顔面へこれ叩きつけてるぞ。
「じゃあ俺は3200円で」
「私も」
「……ふむ。では私は喜捨として、今回は持ち合わせの8万円全てにさせてもらおう」
うっそだろお前ら。こんな汚物にそれだけの価値あるの?あるわけねーだろ。頭沸いてんのか。
「……ところで、これはお持ち帰りは出来るのかね?」
「……お幾つですか?」
「二食分貰おう。同居人にも食べさせてやりたくてな」
ええ、これをギルガメッシュにも渡すのか……ドン引き(二回目)。辛味減らしておくか?キレられて襲撃とかシャレにならん……。
「ああ、辛さはこれよりも強くて良い。ふむ、三倍は欲しい所だが」
「……。かしこまりましたー」
念押しされた。もうだめだ。おい、綺礼テメェ。俺がギルガメッシュに毒盛った判定受けるとか、たまったもんじゃねーぞ。
……まぁ、良いか。うん。なるようになるさ。アンリマユ飲み下して三倍持ってこい言ったAUOなんだ、この
「ところで、アダム・ルリア・アシュケナジーよ。一つ問いたい」
「……何か。言峰神父」
ほんとなんなんだよ。こっちは二人前の劇毒食物作ってる最中なんだけど?
「例え話をしよう。ごく普通の人々が感じる絶望を幸福と感じる、ある人間の話だ————」
————ああ。そのことは、俺も『此処ではない何処かで』知っている。彼……言峰綺礼が朗々と語る呟きは、己が半生の告解そのものだった。
成る程。こうして間近で聞いてみれば良く分かる。人の道から外れていたとしても、数多くの人間を不幸に陥れたその原因だったとしても、俺はこの神父の人格に悪感情を抱くことは決して無いのだと、改めて分かった。
「外道?普通に生きる者への羨み?人の絶望を悦楽とする?成る程……それで?それがどうした?」
「……ほう。と、言うと?」
本当に、そんなことはどうでも良いと思う。罪を憎んで人を憎まず、という言葉があるけれども……俺は罪さえ憎まないのだろうな。憎んだところでしょうがない。
「俺もバッドエンドを好む事は理解できる。むしろ、ハッピーエンドはつまらんと思う。誰かの犠牲が金になる資本主義の現代……いや、そもそも人間社会にハッピーエンドは無いしな。実際、十年前にこの冬木で起きた大火災のニュースを見た時は、まず出た感想が『わーすげぇ、近代でもこんなこと起きるんだ』、だったもの」
第一次世界大戦、第二次世界大戦……それらを経験した身の上で言うならば、この程度は辛いが簡単に耐えられる程度のものだし。これは俺が他人にあまり感情というリソースを分けないことが原因だろうが……まぁ非人間的な所業だと思う。
「ほらな。俺も一般論も他者の心も理解しているが、他者と共感する心ってやつが欠けている。けれど、俺は悩む理由は特に無いんじゃないかと思っている。神に問うべきことはない……。世界ってヤツは、目で見て耳で聞いた頭の中……つまり自分の中にしかないわけだし」
「成る程……つまり貴様は————
————
おっと。地雷踏んだか?言い方が悪かったか。
「いや、そこまで傲慢ではないが。ああ、でも……」
————■■■■■■、■■■■■■■。
「……」
言峰綺礼は俺の所感に何を思ったのか、それは分からない。ただ、お持ち帰り用のおかもちを持って、ハーレーに跨り帰っていった。
■
その夜のAUO。
『おのれおのれおのれおのっ……、おほぉぉぉぉ……っ⁉この玉体の異常を抑えるための宝が、我の財に無い……だとっ……お、のおぅ……⁉泥が、聖杯の泥が体外に掻き出され……ぐぅほおおおおお……っ‼』
後日、言峰綺礼が不思議そうに語った話によれば、同居人である彼は一切収まることが無い腹部の激痛と灼熱を訴える肛門括約筋によって、トイレの便座から離れられなかったらしい。今も腹が痛いらしく、辛うじて効果があった宝物を使い教会内で療養中だという。ふむ、ゲリガメッシュということか。
……なーんで素直に食っちゃったの慢心王。千里眼曇ってたの?アレなの、AUOじゃなくてAHOなの?ギャグ時空かよ!いや言峰のことだからただ美食として勧めて、王として無碍にできなかった可能性もあるぞこれ。
(まぁ、一杯の激辛薬膳料理でギルガメッシュが花札時空みたく行動不能になるなら、暫く差し入れし続けておくか……それまでにAUO対策を万全以上にする。不敬罪で死刑?このままだと人類滅亡一歩手前だし、些事だ些事)
後が怖いけど、そん時は頼むパーフェクトクー・フーリン。
騎ニキ「はっ⁉」
しれっとギルガメッシュに劇物食わせる(上にさらに追加させようとする)ダイナミック不敬罪やってるが、大して焦ってないところ見るとクソ度胸なのかアダム……?
アダム「世界一辛い美食ですって言えばAUOも何とかなるんじゃね?」
AUO「食したことが無い美味であることは認めるが殺す気かオノレェ!」(味は王基準でもちゃんと美食だったので、王プライドで殺すに殺せないヤツ。下痢が続いて数週間行動制限。毒でも害でもないので宝具の原典で状態異常解除不可、自然治癒のみでしか回復せず)