出来得る準備は全て終わった。まず、放置しておけば害虫の温床となる場所を滅却しよう。目の前には、幽霊屋敷とも言うべき外観の家……間桐邸がある。
「さて、敵地であっても礼儀は大事だ。まずはノック三回でこの結界を崩すか……っと」
心にもないことを言いながら、人除けの結界を張りつつドローンを空に飛ばし、間桐家の蟲たちを用いた魔術工房を一時的に解体することにする。けど、一部を解くだけで精一杯かね。
「————『エリドゥの宇宙樹ないし燭光の乙女、創造の光隠すブジャンのナラ。燃える柴』『現れよ。あるものはあるものである』」
大樹の形状の結界が、間桐邸宅の中央に浮かび上がる。途端におどろおどろしい庭園が蟲の鳴き声と蠢動で騒がしくなった。よし、間桐の蟲の支配が軋んだようだな。
「……これはまた、懐かしい客よな。老いることないその顔を再び見ることになるとは思わなんだ」
暗がりから、懐かしい顔がぬるりと現れた。
「————久方ぶりになる。また随分と腐ったな。マキリ・ゾォルケン殿」
「腐っても土から再び芽生える貴様らには分からぬことよ。ルリアの末裔」
着物姿の禿げ上がった老人、……『間桐臓硯』。かつてのキエフの蟲使い、マキリ・ゾォルケンの成れの果て。余裕たっぷりに嫌らしい笑みを浮かべているが、周囲から聞こえて来る蟲の騒めきはひと際大きくなり、放たれる気配は剣吞そのもの。既に臨戦態勢と言って良い。
顔を突き合わせるのは第三次聖杯戦争以来になるか。しかし、これが御三家の一人の末路とはな。
「何を馬鹿な。他人を羨むのか、他ならぬあなたが。約束を忘れ、ただの生への渇望のみに腐心していればそうもなろう。腐心、成る程、心が腐るとはよく言ったものだ。あなたの今の姿そのものじゃないか」
「ぬかしおる。七十年前、おぬしが儂の胎盤の一つを奪い去ったことを忘れてはおるまい」
「あー、悪かったな。だが、あれは天災に巻き込まれたとでも割り切って下され。どうせ、胎盤候補の内の一人でしかなかっただろう」
「はっ、全くどの口で言っておるのだ」
「無論、この口だが」
軽口をかき消すほどに虫の羽音が煩い。陰茎亀頭に似た頭部を持つ芋虫たちが地を這う水音が気持ち悪い。だが俺は、鉄の門に手をかけて、間桐の家へ足を踏み入れた。
「……」
「……」
ざわり————首筋に怖気が走る。目の前に、淫虫の群れが飛び上がり迫って来る。尿道口のように縦に裂けた口吻が開かれ、びっしりと生えそろった細かな牙が剝き出しになった。
成る程この蟲の物量……、俺であろうとまともに戦えば鮮血が散ろう。強化を施した骨肉であろうと、数に蹂躙され引き裂かれるだろう。
そう、このままでは————。
「————『四つの福音をもって汝を聖別す、怒号をもって神意を示せ』」
それは、天の崩雷。
闇を裂いたのは電光、そして轟音。人除けの結界内にしか響かないはずの魔術が、外界の大気を揺るがしていた。
さる死徒のカバリストが用いた雷霆魔術が、間桐の蟲の悉くを焼却する。
「雷霆魔術……、カバラによる高速詠唱か。ようやるわ。タランテラを思い出すのぅ」
「はぁーあ……。嫌になるほどいるもんだ。ここで蠢く蟲は無尽蔵なのか?いや————それだけではないような?」
「さて、何のことかの」
数百もの蟲が骸と化したというのに、間桐の御大は余裕たっぷりに呵々大笑し、頬の皺を深めるだけ。全く、底知れない魔術師だこと。
「しかし……ああ、嫌に匂うの。貴様」
「そうか?目上の先達に出会うのだ、身嗜みには気を使ってきたのだが。鼻に付いたのなら失礼。ほら、この通り————」
掌に固有結界の出口を開き、一輪の花を咲かせてやる。ふわり、と馥郁たる香りが辺りに立ち込めた。
「貴様、それは……!」
一歩踏み出し、足元にもその花々を根付かせてやる。数歩進む度に、芽吹いていく光る花。色鮮やかな花々は間桐の地の魔力を急速に吸い取り、成長を始めた。
俺が歩く度、間桐の庭木や草が枯れ、代わりに固有結界内にあった果樹が夜空へ伸びていく。
異変はすぐに起きた。その花々や果実の芳香へ一目散に集り出す蟲共。
「ぐ、……儂の蟲共を狂わせるか!」
「蟲は花の蜜という魅惑に抗えない。例えその花に毒があろうとも、喰らうことを躊躇えない。単純なものだ」
俺の変質した昇華魔術は、改編とも言うべき特性も併せ持つ。昇華された花木の成分は蟲の身体や頭脳へ浸透し、冬虫夏草のようにその在り方を別物にする。これで花や果実を食べた蟲を俺も操れるはずだが……、意外と難しいなこれ。それをよくこんな量操れるもんだ。
「あー……こうやって、こうか」
さぁ、間桐の蟲を喰らい合え。逆に俺のものになった蟲が喰われても、そこから感染して倍々ゲームで増えていくぞ。喰っても喰われても俺の勝ちだ。
「くっ……!」
ぼろり、と身体が崩れ、間桐臓硯の姿の擬態が解ける。蛆や回虫に似た小さなものから、淫虫や翅刃虫といったものまで、様々なバリエーションの怪虫が方々へと蠢動して去っていく。
「……マキリ・ゾォルケンは逃げたか。いや、もとより遠隔操作で操ってたんだろうな」
昇華魔術に浸食された刻印虫たちが羽化し、蝶のような姿になったのを見届けると、それらを俺の固有結界内に取り込んだ。いやー、欲しかったんだよな。気色悪いこと以外を除けばソロモン王の末裔が使う、現存する中でも上級な魔術の結晶だし。それに、花園や農園の土壌に益虫がいないのは環境としてもよろしくないし。
(さて、どうします?アテシだけ魔術師の陣地に入って駆除してきてもいいけど?)
「いや、お前にやって貰いたいことは、別にある。あのマキリ・ゾォルケンが用意する手駒が、蟲だけの訳が無いからな」
パスを伝ってバーサーカーの声が聞こえて来る。さて、それじゃあ行くか。蟲蔵へ。
■
「お邪魔しまーす、っとぉ!……危ない危ない」
蟲蔵に踏み入れた時、俺の頭蓋を砕かんとナニカが伸び縋って来た。避けると、生臭い匂いが鼻腔を刺激する。
それは、形容しがたい疎ましさを持つ、蛸のような怪物だった。それを、俺は此処ではない知識で知っている。
「『
呻きが聞こえた。地下室に立つ間桐臓硯の隣に控える人影に、眉をひそめてしまう。やはりそうか。いや予想はしていたが、これを放置しておかなくて本当に良かった……。
「サーヴァント……。いや違うな、英霊の死骸に蟲を入れて操っているのか」
「おう、そうとも。かつてのユグドミレニアのしでかしで、各地で紛い物の聖杯戦争が起こるに至ったのは知っての通り。それ故、サーヴァントを仕入れるのに手間がかからなくなった」
蘭陵王『高長恭』。青髭『ジル・ド・レェ』。狂わされし雷電『ニコラ・テスラ』。三騎の英霊の残骸がそこにあった。
「さて、この場で聖杯戦争前に脱落となるも良し。おぬしのサーヴァントの姿を見れるだけでも十分よ」
「そうだな。この場で戦力を出し惜しむのは愚の骨頂だが……来い。悍ましき愛し子よ」
俺もまた、武器となる最上級の神秘の塊を呼び出すことにする。
「はいはーい、お呼びとあらば!じゃあマスター、このサーヴァントのゾンビ共……ぶち殺すね」
俺の固有結界内から飛び出した、『小悪魔な彼女』。こうすれば霊体化を解いた風には見えるだろう。
「ああ、頼む。英霊とは言え屍骸には違いない」
「ははっ、りょーかい!」
ニコラ・テスラの雷撃を軽々躱すと、彼女は機甲腕を巨大な鋏で斬り落とす。そして、返す刀で胸を袈裟懸けにずばりと裂いた。まず、一体。
それを見て言葉にならない叫びで口角泡を飛ばした青髭は、魔導書を破れかぶれに振り回して海魔と蠢魔を数匹ずつ呼び出した。だが、魔の軍勢と呼ぶには心許ない数だった。どうやら脳幹に入り込んだ虫でも相性の良し悪しがあるのか、地下室の広さを鑑みてセーブしているのか、どちらにしろ好都合である。
「『חטא עץ הדעת』」
足元のタイルを割り、巨大な樹木が伸び始めた。周囲の魔力を吸い取って、自身の魔力に変換し、花を咲かせると花粉が飛び散る。
「貴様、それは————」
「……。ああ。そう言えば、あなたは時計塔の植物科の所属でもあったな。だから分かるか、この魔術が異質だという事に」
空気を清める花の香りと、ダイヤモンドダストのように崩れていく虹色の花粉。それを受けて、地下室の蟲たちは苦しみだす。無論、サーヴァントの肉の中にいた刻印虫たちも同様だった。
途端に動きが悪くなる間桐の支配下にあるサーヴァントたち。パーカーが翻り、黒い夜たる彼女の手によって蹂躙が巻き起こる。ライダー、若しくはセイバーであろう蘭陵王も技のキレが一切無くなった。これならば、
「……そうか、ルリアの命題たる悲願は、貴様か」
「我が太祖が何を考えたかは知らんな。興味が無い」
ご先祖様のイツハク・ルリアとこのマキリ・ゾォルケンがどれ程の仲だったは知らんが、
「よかろう。その永遠の命に至る庭、神秘の果樹園を間桐臓硯が貰い受ける」
「譲れとはまた無茶なことを言う。あなたではこれを使えないだろう、ご老体————!」
————殺気。肌を突き刺すような蟲たちのものとは違う。毒牙を剝き出しにした蛇が首筋に絡みついたような、鮮やかな錯覚。
「————ッ、『גן העדן האבוד』!」
咄嗟に創り出した光の壁が、物陰から飛び出してきた何かを拒絶する。攻撃は、防いだ。
「ッ!」
縦横無尽に蟲蔵の壁を跳ねまわり、立体的機動で距離を取るフードの人物。懐からトンプソン・コンテンダーを取り出すが、明らかに不利だ。リリンを加工した武装があるとは言え、この速度で当てることなど常人には難しいだろう。
それに、脚の動きが悪い。反射的に足元を見れば、じわじわと灰色が膝下まで駆け上がって来る。
……成る程、『
ひらりと俺の前に降り立ったフードの女に目を向けた。すらりとした長身に黒いマントが靡き、薄紫の長い髪が目元を覆っている。
「……お覚悟を」
色素の薄い唇が静かに動いた。
「……
真名を告げられたランサーの表情が険しくなった。ハルペーと思しきデスサイズが油断なく構えられる。
「『אזוב』」
俺は石化した足に魔力を通す。灰色の絵具が剥がれるように、石の表層は罅割れて元の靴や衣服へ戻っていく。
「……石化を自力で解いたか。やりおるわ」
だが、こちらが不利なことは変わらない。というか、この
「……流石は聖杯戦争の令呪を創り出したマキリの魔術。それによる代理の者へのマスター権の譲渡。いや、これは……マスター二人による同じ英霊の霊基を重ねた
「カカカッ!いや見事、見事よ。その観察眼の冴えは変わらずか、ルリアの
物陰に視線を向ければ、癖っ毛が目立つ髪型の間桐慎二が控えているのが分かった。顔は緊張で強張っているが、糞度胸なのか、偽臣の書を強く握りしめて侵入者である俺たちをしっかりと見つめている。
「そこまで見抜いておいて、その程度の手札でのこのこと蟲の臓腑の中に分け入ったとは……増長甚だしいぞ、若造が」
「ほう。ではご指導ご鞭撻のほどお願いしたいのですがね、契約の大公————、よっと!」
軽口を叩きつつ、俺は天井に向けて神代の魔術師謹製の礼装を投げ上げた。小さな角だった。目で追いかける間桐臓硯を他所に、俺は言霊を唱え、封じ込められた大魔術を起動させる。
「『Αμαλθείας κέρας』」
俺がメディアさんから貰った礼装の一つ、
————豊穣とは、成熟に向かう穀類や果樹、そして発酵し美味となりつつある食肉に向けて送られる言葉であるとも解釈できる。そして『熟す』ということは、腐り墜ちる一歩手前の段階であるとも言える。
……メディアさんの角笛は、その熟成から腐乱、消滅までの効果範囲を、肉体や魔術だけでなく魂単位で促進する。彼女は俺の魔術特性を組み合わせることで、更に効果を増幅するオマケも付けてくれた。此処にいる魔術師の残骸にその概念が襲いかかるとなれば、結果はどうなるか。
「ぐ、おぉぉぉぉ————⁉と、溶ける……⁉儂の身体が、魂が溶けておる————⁉」
火を見るよりも明らかだった。蟲という形で露出した魂はもはや魂と言える状態ではなくなる。……いや、本当に恐ろしいな神代の魔術…
「ぐ、だが……忘れたかの。切札は最後まで取っておくべきよ……!」
「!?」
魔力の熾りが、間近で起こる。蘭陵王と戦っていたパーカー姿の彼女が振り返るが、もう遅い。
「はっ……⁉やばっ、マス————」
「
虚空から黒い手が伸び、俺を攫った。その直後、蟲蔵は魔力の奔流に満たされる————。
「……」
眩い光の暴走。五大元素が無作為に混ぜられた、練り上げられた訳ではない魔術。エーテルの暴力が地下室の中を駆け巡った後には、ボロボロになり退去が始まった蘭陵王の屍だけが辛うじて残っている。
「余程腕の立つ魔術師の礼装のようじゃの。確かに儂ではこれに打ち克つ術を組むことは出来ぬ。だが、
白衣を着た魔術師の骸が、腐肉から体液が垂れる腕を擡げて剣を突き出していた。
「……、
「ふはは。友は多いに越したことは無いのでな。年はとってみるものよ」
身体から煙が昇り立つ臓硯がぐるりと首を回して振り返る。
————彼の老爺の背後に、俺たち二人は崩れ落ちるように膝をついていた。ああ、くそ。蟲蔵が神殿染みた構成になっていたのは、このキャスターが原因か。
小悪魔の彼女にもダメージが入ったのか、鋏を杖のように使って身を支えている。
「しかし、こやつまで使わされるとは思わなんだ。じゃが、まぁそれは些事であろう。こうして孫の障害足りえる魔術師を斃すことができるのは、いやはや重畳、重畳」
孫思いの爺様みたいなことをぬかしやがる。好々爺ぶるなよ、全く……。
「……それは良かったな。だが、こちらとしても在り難いことに変わりはない。見るに、そのサーヴァントで最後だろう?いやぁ良かった、貰い物の礼装にも限りがあったからな……」
フードが取れた双角の彼女に目で合図を送る。意図を汲んだ彼女は、傷ついた霊核を稼働させ、間桐臓硯とパラケルススの骸へと迫る。
時計塔のロード……カルマグリフ・メルアステア・ドリュークの変化の魔術を元にした、過剰駆動。今まで間桐のサーヴァントたちと戦っていた彼女、
「
「何ッ……⁉」
稼働させ続けた神秘は、元々の内包量を遥かに上回る力を発揮し周囲に破滅を撒き散らす。力が間桐の陣地に焼き付いていく。現代においては毒そのものと言って良い、神代の神秘が放出されていく。
「貴様、サーヴァントの霊核を破壊してまで儂を……!」
————
「ぐ————おぉぉぉぉ————⁉」
刹那の合間。世界から、色が……音が消えた。その場で動いたのは、たったの三人。
————咄嗟に仮のマスターを守ったランサー。
————自らの身を護るため樹々の守護壁を創り上げた俺。
————そして、リリンとは別に
それ以外の者は色彩の消えた世界に取り残され、命を奪い去られるしかなかった。
————………………。
————…………。
————……。
「嘘だろ……お爺様が、やられた……⁉」
あー……、しんど。これだけやらんと蟲を根絶やしできないとか、クソ怠いな。
「このようなことをして、あなたに何の益があるのです、魔術師……」
「さぁ、何だろうな?ところで、良いのかランサー?本来のマスターを放っておいて」
霊体化しているバーサーカーが臨戦態勢になっている。だが、まぁ今はこれで良いだろう。上に送り込んでおいた
「ではな。今度は聖杯戦争本戦でまた会おう」
「待ちなさッ……くぅっ。サクラッ!」
「あ、お、おいランサー!お前ッ、待てよ、オイッ、おい‼」
魔術礼装の効果に身を委ねると、身体が世界に溶けるように透けていき、意識が浮遊する。……うわ、すげーなこれ。どーなってんだよマジで。神代の魔術ってやっぱおかしいわ……。ともかく、これで間桐の家とはおさらばだ。
間桐桜の体内に溶けていた小聖杯の欠片……アイリスフィールの肉体の一部も手に入れられたしな。
■
コルヌコピアの魔術礼装が発動し、さらにリリンの
(く、ぉお……、奴の持っていた魔術礼装の効果が桜の体内まで及ぶとは。刻印虫が溶け、神経そのものと同化し桜自身に吸収され始めておる……これでは逃れることなど……)
アダムが事前に張ってあった樹型の結界がある限り、間桐臓硯の魂はこの家の中から逃れることはできない。臓硯が知る余地もないことだが、その上メディアが作成した魔道具の補助もあり、この場所は彼を囲う巨大な虫籠となっていた。
眠る桜の身体を引きずるように動かして、何とか外に出ようとした。だが、脚が重い。支配に長けた間桐の魔術が紐解かれ、弱々しいものになっていく。いいや、そもそも刻印虫の神経を伝う命令さえも、主導権が臓硯ではなく、本来の身体の持ち主のものへと戻ろうとしていた。
(い、いやじゃ……この儂が、こんな娘の中で消えるなどと……いやじゃ、いやじゃ……がっ!?)
「はぁい、残念でしたー♪読み合いじゃアテシのマスターの方が一枚上手だったね、蟲の魔術師さん」
間桐桜の胸元に、巨大な鋏の刃先が突き刺さった。その下手人は、ころころと鈴の鳴るような声音で咎めるように間桐の翁を嘲った。先程まで地下室で骸のサーヴァントと戦っていた、黒いパーカーコートを着た銀髪の女だった。
鋏が勢いよく引き抜かれると、夥しい量の血液が廊下の壁や床を赤く染め上げた。鋏の先には苺のような奇妙な蟲が挟まっている。
『何故、ここにバーサーカーがいる……!蟲蔵で戦っているのは確かにサーヴァントだったはず!何故じゃ、なぜ、なぜぇ‼』
びくびくと、その小さな蟲は体をのたくらせて激情を叫んだ。憤怒、絶望、恐怖……それらが渾然一体となった足掻きに、バーサーカーと呼ばれた美しい女は花が咲いたように顔を綻ばせる。
「あは、ネタバラシするわけないじゃん。聖杯戦争はまだまだこれからなんだからさぁ?」
『おのれ、おのれェェェェッッッ‼』
怨嗟の声を上げる臓硯を無視したリリンは、魔術礼装を用いて間桐桜の体内から金色に輝くナニカを取り出した後、懐に忍ばせていた黄金の林檎を片手で絞り、果汁を胸の傷痕に降りかける。
『ふざけるな、儂はまだ死ねん、死ぬわけにはいかんのだ……死にたくない、死にとうない、死にたく……死にとうない……‼』
「あっそ。あー、マスターなら何て言うかな————そうそう」
間桐桜の心臓の孔が塞がり、再び拍動が始まる。それを確認したリリンは、惨めに足掻く腐りかけの蟲を静かに、だが真っ直ぐに見た。
「……『だから何』、かな。お前が死のうが、きっとマスターはどうでも良いんだ。消えてくれた方が丁度いい。だから死にたくないなんて言葉、アテシたちに伝えたところで結果は変わらない。というか、因果応報って奴じゃないかな」
人の悪性を量る夜の女は、世界を救おうとした偉大な魔術師の成れの果てに相対し、手向けのような嘲りを吐き捨て置いた。
「さようなら。奇跡を求めた人間らしくあったヒト。一つの奇蹟に腐心した蛆虫。水底に沈む泥のように溶けて解けて眠るが良い」
『あ————』
ここに、マキリ・ゾォルケンの生涯をかけた悲願は成されることは無く、しかしながら、かつての友————イツハク・ルリアの末裔の手によって、静かに幕を下ろされた。
「————おっと」
擦れる金属音を伴う鋭い鋲がリリンに向かって飛んでくる。危なげなくそれを躱すと、彼女はくるりと宙返りをしながら間桐の屋敷の窓をぶち破った。
横たわった間桐桜を守るように立ちふさがるランサーは、憤怒に顔を歪めていた。血が出るほどに握り締められた戦鎌ハルペーに、宝具の力であろう黄金の輝きが宿る。
「やあランサー。聖杯の欠片は貰ったよ?アフターケアとして摘出した際の怪我は治してあげたから、貸し借りは無しってことでさ!それじゃ、今度は聖杯戦争でね、あはははは」
バーサーカーのアルターエゴ、リリンは冬木の夜の闇に溶けて消えていった……。
アダム「要所要所は全部メディアさんの礼装だよりだ!」
リリス「……何か、自前でトンデモな魔術使ってない?」
転生の蛇「ハッ!大方15世紀あたりの学友の御子息かい?これは驚いた、ろくでもない最後を迎えそうだ!」