「英雄伝説」の残る世界にTS転生した 作:TF最新作待ってます
目の前の男が、最後の悲鳴をあげる。
ヘルメットの奥で、私は静かに息を吐いた。
「ん……これで終わり」
彼──プロD・ホイーラーのバイクがスピンし、制御を失ったまま路肩へと突っ込んでいく。
私は一切の動揺を見せることなく、D・ホイールを滑らせながら減速し、倒れ込んだ敗者へと視線を向けた。
「くっ……そんな、馬鹿な……!」
男はその身を震わせながらD・ホイールのモニターを見つめていた。
盤面はがら空き、ライフはゼロ。そして、彼が誇るシンクロモンスターは──、
既に、私の手の中にあった。
私が手を伸ばすと、彼の墓地に葬られた白枠のカードが淡く光り、ふわりと浮かび上がる。
> C:\DEL_SYS\agents\android\modules\nullphage.exe --scan active --absorb
システムが即座に応答する。
[SYSTEM]:アクティブなエネルギー反応を検出……
[SYSTEM]:INDEX#CRMS-044 をロックオン
[SYSTEM]:プロトコル [NULLPHAGE] を実行中……
空間が震える。次元が音もなく捻じれ、虚空に小さな歪みが走る。
次の瞬間──空間が裂け、見えざる粒子の奔流が、カードに向かって一気に噴き出した。
シンクロモンスターのカードが激しく明滅し、断末魔のように光を放つ。しかし、それもほんの刹那。
光は呑み込まれ、情報は剥がれ、記録は蒸発する。
[SYSTEM]:INDEX# CRMS-044 の完全消去を確認
[SYSTEM]:デュエルエナジー回収率…… 99.8%
静寂が訪れる頃、そこにカードの痕跡はなかった。
まるで最初から、そんなモノはこの世界に存在していなかったかのように。
「な、な……俺の……俺の、シンクロが……!」
男の絶望に満ちた声が、闇夜のハイウェイに響く──。
──……いや、なんだこのシュールな状況は。
ああいや、わかっている。これが「組織」のエージェントとしての私の任務なのだ。
シンクロの使い手をデュエルで叩き潰し、勝利した暁にシンクロモンスターのカードを不思議パワーで奪い取り、
──D・ホイールがシンクロ召喚時、起こす波長がモーメントとリンクしている。
すべては、原作にてホセも語っていた「正史の未来における真実」のせいだ。
あるとき誰かが言い始めたという、シンクロ召喚とモーメントの関係性──それは、この世界では重大な問題として広く知られている。
モーメントの動力源たる遊星粒子は、人の心を映す。そして人間の欲望はシンクロ召喚を通じてモーメントに流れ込み、無闇に回転を加速させてしまっている。このままでは、いずれ破滅が訪れる──と。
だから、「組織」はシンクロの存在を危険視した。
そうして世界を守るという名目で、私のような戦闘用アンドロイドを生み出した。
シンクロを根絶すること。それが、「組織」の目的であり、私の使命なのだ。
……なのだが、なんなんだろうね。
どうしてわざわざデュエルで勝敗をつけてから、カードだけ消すなんてまどろっこしいことさせるんだろうか? 盤外でデュエリストごと潰した方がいいんじゃないか?
第一、こんなアプローチで破滅を回避できると本気で思っているのか?
仮にシンクロをすべて消そうと、モーメントがなくなろうと、肝心の人間が欲望に囚われたままでは、どのみち結末は同じだ。
この世界に真に必要なのはシンクロの根絶などではない、寧ろその逆──シンクロを極めた先の境地であり、その力で人々の心を正しい方へと導くことだ。
原作にて、そう信じてこの世界で実践した男が1人、いた。
イリアステルの首魁、ゾーンだ。
彼はクリア・マインド──「アクセルシンクロ」の力を民衆に広め、機皇帝との共存を実現していった。世界を救うには時間が足りなかっただけで、ゾーンは確かな成果を出していた。
この世界で、私だけはそれを知っている……知っているのに。
いや、もういい。考えるだけ無駄だ。
「組織」が決めたことに、私の意見など必要とされていない。
原作には影も形もなかったモブのクセに……とは思うけど、ヤツらの力は本物だ。
ヤツらが
私とて余計なことをすれば、きっと──
「……っ、ちくしょう……!」
プロD・ホイーラーの呻き声が聞こえた。
ああそうだった。こいつのシンクロを狩った時点で今日の任務はもう済んでいる。
「組織」は、シンクロの処理を秘密裏に進めることを望んでいる。そのため、私はデュエル開始前に強力なジャミングを仕掛け、外部からの干渉を遮断していた。
まだ少し時間の余裕はあるが、油断は禁物。効力が切れる前に撤収しよう。
呆然とする男に背を向け、D・ホイールを
「待て!!」
鋭い声が、闇を切り裂いた。
ハイウェイの中央。
本来なら、私と敗北した男しかいないはずの場所。
そこに、一台のD・ホイールが現れた。
青紫のボディが鈍く輝く、背部の後輪のみで支えられている一軸一輪。
先端が鋭く伸びた流線型のフォルムを持つそれが、荒々しく地面を削りながら、私の進行方向へと滑り込んでくる。
機体のシルエットを視界にハッキリと捉え、息が詰まった。
きっと任務中でなかったら、思わず咳き込んでいたに違いない。
だって、
どう見ても相手のマシンの造形は
けれど努めて平静を装い、私はそれを乗りこなすD・ホイーラーへと視線を移す。
襟付きの銀のプロテクターを胸と肩に装着し、青いライダースーツを纏った男。
赤いサングラスで目元は隠れているが、その瞳に強い意志が秘められているのを肌で感じた。
ああ、やはり。
私は、彼を知っている。
今の私──アナスタシアとしてではなくて、「遊戯王」というコンテンツに触れて育ったひとりの人間として、知っている。
間髪を容れず男のD・ホイールは急制動をかけ、横滑りしながら停車した。
それに合わせて私も動きを止める。
道路に焼けたゴムの匂いが立ち込めた。
夜のハイウェイに響くのは、エンジンのアイドリング音と、男の荒い息遣いだけ。
やがて、そのサングラス越しの鋭い視線が、真っ直ぐにこちらを射抜いた。
「キミが噂の『シンクロ
「シンクロ狩り」──私を指す単語として都市伝説的に広まってしまった名。
彼がそれを口にしたということは、明確な目的を持って私に近づいた……ということ。
静かながらも、怒気をはらんだ声。
低く、しかし確かな熱を持った言葉だった。
ああ、やっぱり彼だ。
私は、ヘルメットの内側で小さく息を呑む。
目の前にいるのは、アニメ「遊戯王5D’s」に登場した原作キャラ。
彼には複数の名前があるが、その中で真っ先に挙げるべき名前があるとしたら──、
──ブルーノ。
恰好としては、ブルーノではなく
赤いサングラスをかけたまま、彼はD・ホイールのハンドルを握る手に力を込めた。
「デュエルモンスターズのカードは、デュエリストの魂そのもの。それを踏みにじるキミを……ボクは許せない!」
──ああ、そうだ。
彼は、そういう男だった。
シンクロが引き金となって世界が戦争寸前になっても、彼はシンクロを捨てなかった。
人類が自らを含め、たった4人になった後でさえ、シンクロを諦めなかった。
シンクロを、本来の使い方で扱えれば──きっと人々に希望を与えられる。
そう信じ続け、最後の瞬間まで戦い抜いた男。
今、私の眼前に立つ「彼」は、まだ何も知らない。
この時代の彼は、ただの1人のプロD・ホイーラーに過ぎない。
でも──その瞳の奥に宿るデュエルへの熱。
その言葉の端々に滲むデュエルの力を信じる意思。
それらすべてが、私に後の「ブルーノ」の姿を幻視させる。
──なのに。
……なのに、私は。
そんな彼に 「敵」 として見られている。
「……っ」
ぐっと拳を握る。
これは、当然のことだ。
私は今、「シンクロ狩り」として彼の前に立っているのだから。
けれど、それでも。
ブルーノの正義が、彼のまっすぐな信念が、私を「悪」として断じるのが、ほんの少しだけ、胸の奥を締めつけた。
……違うのに。
私は、こんなこと、やりたくてやってるわけじゃないのに。
「……」
でも、そんな感傷に浸っている暇はなかった。
彼は、すでに決意を固めている。
「デュエルしろ、『シンクロ狩り』!! ボクが勝ったらキミがこれまでに消したシンクロモンスターのカードを元に戻してもらうぞ!!」
ブルーノはハンドルを握り直し、こちらへと前進した。
その瞬間、ヘルメットの下の私の口元が、無意識に弧を描いた。
……これが「運命」というものなら、乗るしかない。
いや、違う。
デュエリストとして挑まれたデュエルを拒むなんて、それこそ、私の流儀に反する。
「……いいよ」
私はD・ホイールのアクセルを軽く煽り、彼に向かって告げた。
「デュエルしよう、
風が吹き抜ける。
その一瞬だけ、彼の動きが止まった。
「……ブルーノ?」
「……あ」
しまった。
彼はまだ「ブルーノ」ではない。
今の彼にとって、それはまだ「知らない名前」だ。
ブルーノは、訝しげに眉をひそめる。
「キミ……今、なんて?」
私は、慌てて取り繕った。
「……いや、なんでもない」
彼は一瞬、不審そうにしたが、すぐにそれを振り払うようにハンドルを握り直す。
「……ふん、まあいい。キミを止めることに変わりはない!」
私も深く息を吐き、気持ちを切り替える。
今はただ、デュエリストとして、この戦いを全うするだけだ。
「ライディング・デュエル、アクセラレーション!!」
D・ホイールのエンジンが、咆哮をあげた。
フィールドに魔法を掛けるときが来た。
「──《スピード・ワールド2》セット!」
発動の瞬間、周囲の色彩が塗り替えられる。
スピードの世界に私たちが支配された証だ。
これで「
「Sp」とは、ライディング・デュエル最大の特徴──、
「スピード・ワールド」フィールド魔法カードの影響下でのみ、発動できる魔法カードだ。
発動条件は、通常の魔法と異なり
つまり、デュエリストのスピードこそが、魔法となる。
爆ぜるエンジン音、振動する機体。
疾風を纏いながら、私はD・ホイールを加速させた。
視界の端に、青紫の機体が映る。ブルーノだ。
彼はD・ホイールをピッタリと私の真横につけて並走していた。
「……ッ!」
彼が息を吞んだ気がした。随分と必死になっているようだ。
でも、勝負はもう始まっている。精々付き合ってもらおう。
加速、加速……加速。まだだ、まだ。もっと──。
先陣を切るべく、お互い譲ることなく疾駆する。
本来、ライディング・デュエルのD・ホイールはオートパイロットで操作され、先攻・後攻はランダムで決定される。だからこんな風に競り合う必要はない。
けれど、今回はそうじゃない。
ちら、と並走するブルーノを見る。
D・ホイール発進の直後、彼はオートではなくマニュアル操縦での勝負を選択した。
マニュアル操作で行われるライディング・デュエルでは、コーナーを先に制した者が先攻の権利を得る。
D・ホイーラーとしての誇りか、それとも私を試そうとしたのか──理由はどうあれ、彼は敢えてこの選択をした。
相手がそう望むのなら、受けて立つ。それが私のやり方だ。
ただし、ブルーノが私にレースで勝てる可能性は、限りなく低い。
故に、D・ホイーラーの腕がモノを言うマニュアル操縦だったら、私は確実に先攻を取れる……否、取れてしまう。
……だからこそ、今までそうしてこなかったのに。
デュエルにおいて、先攻・後攻の差は決定的だ。
そして、私の先攻が確定したデュエルを相手に押し付けるのはフェアじゃない。
私は、デュエルは──
たとえ、勝敗に何が賭かっていたとしても。
だから、敢えてオートパイロットモードで戦い続けてきた。
先攻・後攻は運否天賦に任せてきた。
その上で、私は勝ち続けてきた。
それで結果が出ているのなら、組織が私に何か言う理由もない。
だけど、今回は違う。
私はマニュアルで操縦している。
ブルーノが望んだから。
そして、それを受けた以上は──全力で先攻を取りにいく。
「…………」
激流を思わせる豪風の中、重たい沈黙が漂う。
第1コーナーが迫る。
ブルーノにはアウトコースを取らせた。
インサイドは私のマシンで塞がっている。一応の隙間がある程度だ。
彼が私に先行できる要素は完全に潰した。
後は曲がるだけ──なのに、どうしてだろう。
何か、違和感がある。
上手くいき
……頭を振る。もう思考する時間はない。
私は車体を傾け、速度を保ったままカーブを曲がろうとした──、
「~~ッ!!」
──何かが視界を横切る。
「……っ!?」
──
僅かな隙間。私のD・ホイールとガードレールのその狭間に。
青紫の流線型。ブルーノだ。
火花を散らしながら路面スレスレで突っ込んで来ている……!
即座に私は理解した。
最初、競り合っていたのは囮だったのだ。
頃合いを見て空気抵抗の最も少ない私の背後に陣取り、
だが、それだけではない。
私がインサイドを塞いでいたのは確かだ。
それでも彼は、コーナーに差し掛かる瞬間を狙った。
遠心力で私のマシンの軌道がわずかに外へ膨らむ──その、ほんの一瞬の隙を。
迷いなく飛び込み、最小限のカウンター操作でマシンをねじ込んできたのだ。
けれど、それは、一歩間違えればクラッシュと隣り合わせの自殺行為だ。
だから普通は選ばない。選べない。常人では思いつかない盲点中の盲点。
いや、彼を常識の枠組みで捉えるべきではなかった……そういうことなのだろう。
コーナーを抜けた先、私の前に躍り出た彼の背を見つめる。
ハンドルの向こう側、ブルーノが顔を上げる。
サングラス越しでも、その瞳が得意げに揺れているのがわかった。
「──先攻はボクがもらった! いくぞ『シンクロ狩り』ッ!!」
彼が吠える。
ヘルメットの下の口元が、知らず、弧を描いた。