「英雄伝説」の残る世界にTS転生した 作:TF最新作待ってます
薄暗い部屋の中央。
私は、ガラス管のような透明な拘束チューブの中、全身を多関節アームに固定されていた。
関節を外されたように、四肢は無防備に広げられている。
人工皮膚の下に差し込まれた多数のプラグが、コードを通して私の神経に接続されていた。
周期的に流れる微弱電流が、体の芯をじんじんと震わせる。
──やめてほしい、本当に。
これは“調整”と呼ばれる作業。身体は痛くない。
けれど、無力で冷たく、羞恥と支配しか感じないこの拘束──私は何よりこれが嫌いだった。
かつて、私は現代日本の、ごく普通の男だったはずだ。
靄のかかった記憶の中で、自分がどんな人間だったのか、はっきりとは思い出せない。
ただ──人生を「退屈でつまらない」と感じていたことだけは、妙に鮮明だった。
それでも、家族がいて、友人がいて。
平日は仕事、土日は泥のように眠って過ごして。
連休は気の合う相手と惰性にまかせて時間を潰して……そんな日常があった。
それがどれほど「自由」で「温かい」ものだったか──今になって痛感するなんて、皮肉もいいところだった。
でも。
そんなことを言えるはずがない。
命令を拒めば、何をされるか分からない。
“創造主”を名乗る存在に、私は命も身体もすべて握られている。
──そう。
私は「組織」の所有物で。
誰かの作った道具で。
この施設の中では、ただ黙って指示に従うしかなかった。
そんな私の、わずかな慰めが「デュエルモンスターズ」だった。
負ければ重大なペナルティ、勝てば相手のカードが抹消される──私に求められたのは
けれどそれは、ようやく手に入れた「自由」だった。
私は“命”。相手は“今後のデュエリスト生命”。
互いの
──忖度も、イカサマもない。まっさらな正々堂々の勝負。
負ければきっとそこで終わり。
でも、こんな末期な世界で死ぬのなら、せめてデュエルで。そう思った。
結果どうなったかは、ここにいる私が示している。
私は勝ち続けた。組織にとっては、それがすべて。
再現性のある勝利さえ見せれば、誰も文句を言ってこない。
だから私は、もう少しだけ──この“クソみたいな世界”を楽しめる。
そして、昨日。新たな“喜び”が、たったひとつ増えた。
ジョニーとの、あのデュエルだ。
昨晩繰り広げたばかりの一戦を、記憶の中で何度も繰り返し再生してしまうほどに、彼の姿は鮮やかに色褪せない。
ジョニーは、強がりで、どこか未熟で、でも真っ直ぐだった。
力だけではない。“意志”と“信頼”で戦う、眩しい存在だった。
……知っていた。原作知識から、彼がそういう人間だと。
でも、会えてよかった。
この世界に、あんなふうにデュエルする人がいたことが、本当に嬉しかった。
またデュエルしたい。もっと見たい。もっと──
──カシャン。
音がして、意識が現実に引き戻された。
スライドドアが開き、空気が入れ替わる。
鼻を突く、人工的な甘い香り。
調香された高級香料──“奴”がいつも纏っている匂い。
足音が一つ、ゆっくりと近づいてくる。
あの男だ。
「やあ、お帰り。ご苦労だったね、アナスタシア」
この世界で目覚めた私が、最初に出会った人間。
そして、自らを“私の創造主”と名乗った──組織の「総帥」。
質の良いスーツに身を包み、気品すら漂わせる佇まい。
整った鼻筋、柔和に笑む口元──だが、瞳の奥には猛毒を孕んだ冷たい光。
その声に、初対面のときの高圧的な雰囲気はない。
妙に柔らかく、甘やかすようでいて、底に冷たさを忍ばせた、絡みつくような声音。
ハッキリ言って気味が悪い。
「これまでにお前が倒したシンクロモンスターのホルダーの数は……実に22。素晴らしい。目覚ましい活躍だ」
機械で組まれたような褒め言葉。
私は感情を抑え、形だけの礼を述べる。
「……光栄です、総帥。ご期待に応えられて何よりです」
「フフ、ちょうど昨日も、この世界のために戦ってくれたのだろう?」
「……はい」
──独善的に押し付けて来ておいて、なーにが「この世界のために」だ。バカタレ。
心の中では中指を立てまくりだが、表情は変えない。
男は、愉しげに続ける。
「偶然だが、ネオ・セキュリティが作成したこの報告書──ハッカーチームに保安局のデータベースから抜かせたばかりでね。見てごらん」
男がタブレットを操作すると、ホログラムが展開され、冷たい青白いウィンドウが宙に浮かんだ。
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【調査記録:ネオ・セキュリティ 保安局 事件記録 No.5963】
発行者: ネオ童実野シティ保安局 捜査部
分類: 未解決事件(通称『シンクロ狩り』)
機密区分: レベル2(関係者のみ閲覧可)
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• 発生日時: 2XXX年 10月26日 02:12
• 被害者: プロD・ホイーラー(男性・27歳)
• 発生地点: ネオ童実野シティ・沿岸部 デュエルレーン R-08
• 概要:
深夜のテスト走行中に、黒いD・ホイールのデュエリストと接触。
強制的にデュエルへ移行し、敗北。
デュエル終了後、エースシンクロモンスター《
被害者の記憶は混濁状態。事件が発生した時間帯、当該区域にて電波遮断と監視カメラのノイズ発生を確認。
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──ああ、これか。
ジョニーと出会う前に“狩った”男の件。
《宇宙砦ゴルガー》。
消したカードは記憶と一致している。捏造ではない、正真正銘の記録だ。
「どうだろう? ネオ・セキュリティも、救世主の足跡をこうやって記録してくれている……まったく、正義の味方というのは、つくづく人気者で困ったモノだ」
嘲るような言葉と、白々しい賞賛。
──だから、こういうところが嫌いなんだよ。
私はうっすらと目を細めながら、黙って男の次の動きを待った。
「……ところで、アナスタシア」
声が変わった。
先ほどまでの柔らかい調子が消え、張り詰めた静寂を孕む低音へ。
「この日、お前はもう1人、
来たか。
“その話題”。
私は視線を男に向けるが、何も答えない。
「ネオ・セキュリティのこの日の記録では、『シンクロ狩り』の被害報告は、この1件──ただの1件だけだ」
言葉を噛みしめるように、男は言った。
その奥にある怒りが、表面を突き破ろうとしている。
「
男の表情から、余裕の仮面が剥がれかけていた。
苛立ち。焦燥。そして、警戒。
「──彼のシンクロを“消してこなかった”な?」
その問いに込められた圧。
“嘘は許さない”という、露骨な脅し。
私は、静かに息を吐く。
──さあ、どう切り返す?
ジョニーとのデュエルがこの男に露見しているのは、私のデュエルログを閲覧したからだろう。
だが、そこに残っているのは
“なぜそう動いたか”までは、誰にも読めない。付け入る隙は、そこにある。
「──任務内容に明記されていませんでした。彼は昨日のターゲットではなかったため、勝利後に『見逃す』という判断を下してしまいました。貴意に添いかねてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます」
「ふむ……プログラムされていない事態への対処法を、お前は“持たなかった”。そういう理解でいいのかな?」
「はい」
「……教育不足というわけだな」
男はスーツの襟を正しながら、わざとらしくため息をついた。
どこか芝居がかった所作。いつもの調子が戻ってきたらしい。
「私は未熟です。正しい指示があれば、今後は従います」
「まるでロボットのような回答だ。まあ、ロボットか」
軽く笑うその様子には、どこか悦に浸っている気配が滲んでいた。
──そう思っていろ。今はそれでいい。
油断してもらった方が私には好都合だ。
そんな考えとは裏腹に、身体は強張っていた。
男の愉し気な笑みの裏に──私は確かな雲行きの怪しさを感じ取っていた。
「しかし、理由が何であれお前が独断で動いたのは事実。故に、再発防止の観点から、お前に新たな『枷』をつけることにした。この調整も、そのためのモノなのだよ」
「それは一体、どういう──っ!」
聞き出すより先に、異変が起きた。
>
転がされた四肢から「何か」が私の中に流れ込んでくる。
> src : DEL_SYS/central/root
> dst : ANASTASIA.exe (locked)
> auth : root_override
[SYSTEM]:優先制御を奪取。ユーザー操作を一時停止
──いや。嫌っ。
>
[SYSTEM]:〈SENSE_LOGGER〉有効化。《視覚/聴覚ログ》を定期記録・送信します
[SYSTEM]:ローカル側での記録停止・改竄は不可能です
視界がじわ、と白んだ。
網膜の裏と鼓膜の奥に、新たな回路が焼き付けられるような、微かで不快な感覚があった。
これが男の言った「枷」だと、直感的に理解した。
「……私のからだに、何をしたんですか」
「そう怖がるな。“君の見る世界を私にも共有してほしい”と思っただけだ」
ログを見る。私の独断の対価が、そこには書き記されていた。
“《視覚/聴覚ログ》の定期記録・送信”──命だけじゃない、私が見聞きするモノさえ、これからは奴の管理対象ということだ。
……きっとこうなると、わかっていた。でも、どうして、こんな……。
「無罪放免という訳にもいかない。それ故の処罰だ。悪く思わないでくれたまえ」
俯いたまま、沈黙。何も言い返す気になれなかった。
「ふむ……よく聞け、アナスタシア。私はお前をただの“兵器”などとは思っていない。
君は実に優秀だ。他の個体とは出来が違う。私の最高傑作だよ」
──賞賛。私に対する、肯定的な言葉。
訝りつつも、顔を上げる。
私へのただの飴か。それとも、罠の序章か。
「君は“強い意思を持てるように”設計されている。他の個体には不可能な任務が、君ならこなせる」
“設計”。
その言葉が、私の思考に楔を打ち込む。
私の“意思”の源泉──前世の記憶すら、この男の手のひらの上で踊るための、ただのプログラムだというのか。
「自由になりたい」と願うこの心さえも、初めから“植え付けられた幻想”なのか?
もしそうなら私が信じる「私」とは、一体──。
いや……今までの奴の素振りからして……きっと、私の前世は関係ない。
落ち着け、そんなことよりも気にすべきことがある。
この男がここまで言ってくるということは、もう確定だ。
次の「命令」が、来る。
「──それでは、本題に入ろうか。お前には新たな指令が下る」
案の定だった。男は背後に向き直り、ホログラム操作卓に数ステップ入力した。
白い光の帯が宙に浮かび、新たな施設の設計図が浮かび上がる。
「これからの任務に備え、我々はセーフハウスを外に用意した。
市街地のタワーマンション、その高層階だ。周囲の目に晒されることになる」
「……偽装任務ですか? それとも、囮?」
「違う。“生活”をしろ、ということだ」
命令の意図が掴めず、眉がわずかに動いた。
自覚して、すぐに抑える。
「……理由を、伺っても?」
「デュエルは、意志のぶつかり合いだ。人間のような『心』が、勝敗に影響を及ぼす。それがデュエル兵士のお前には必要なのだよ」
「私はアンドロイドです。感情も意思も──」
「それはついさっき言っただろう? 『君は“強い意思を持てるように”設計されている』」
男が、私の方へ一歩近づく。
香料の甘い香りが鼻を突いた。
「この世界を知れ。守るべきものが、何なのか。理解しろ。そしてそれを壊す覚悟も、同時に身につけろ」
沈黙が落ちた。
鼻腔をかすめるのは、かすかに甘く湿った香り。
視線を落とした睫毛が、微かに揺れた。
「……承知いたしました。指令に従います」
自分の声が、わずかに震えていた。
──不安、か?
違う。もっと曖昧で、名前のつけられない感情が、胸の底にゆっくりと沈殿していた。
男はその返答に満足げに頷き、ホログラムを切った。
「部屋の内装や家具は既に整っている。必要な生活物資も定期的に補充される。お前はただ、“そこで暮らせば”いい」
「具体的な任務は?」
「今はまだ、ない。だが“時”が来れば連絡する。──お前にはその“時”を自分で察知してもらいたいと思っているが、ね」
その言い回しには、またしても含みがあった。
明示的な命令ではなく、曖昧な期待。
まるで私の反応を観察しているかのように。
──それを「自律性のテスト」と呼ぶべきか、それともただの“監視”か。
男は私の収まったガラスチューブにそっと手を添えた。
まるで、優しさを演出するかのような仕草で。
「君ならできると、私は信じているよ。アナスタシア」
その声色の端に、作り物めいた温度を感じた。
だが、疑問は胸の奥に押し込めた。今はそれを問いただす時ではない。
──生活。
“兵器”に与えられたには、あまりに奇妙で、人間的すぎる命令。
けれど、そこには確かに微かな“自由”の匂いがあった。
全てが記録されると知っていても、なお。
誰かのシナリオの外で、不確定な日常に触れる、ほんの短い時間。
もしこの手触りを“自由”と呼ぶのなら──
私は、きっとそれを知りたいと、強く思っている。
「──ああ、そうだ。新たな任務に先立って、紹介しておこう……入って来たまえ」
スーツの男が思い出したように声をかけると、背後のスライドドアが開いた。
姿を現したのは、長身の青年だった。
トゲのように逆立った前髪と長いもみあげは青紫色、後ろ髪はきれいな光沢のブロンドで、ポニーテールにまとめられている。
そして、厚いレンズの瓶底眼鏡。
──随分と個性的な風貌だ。
だが、こうした外見の人物が“紛れている”のがこの世界の常識でもある。
前世の感覚で考えてはならないと、改めて自分に言い聞かせる。
「『職員ID-01204』……彼はお前の外部での生活のサポーターであり、“監視員”だ。今後の付き合いも長くなるだろう。仲良くするように」
青年──職員ID-01204は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、静かに、ほんの一瞬だけ会釈した。
──たったそれだけ。
眼鏡の奥にある感情は、光の反射にかき消されていた。
だが、目が合った気がした。
その視線に、ごく僅かな熱量──不思議な重さを感じた。
名前も、所属も語られない。
それでも、なぜかその眼差しには、“他の誰とも違う何か”が宿っているように思えた。
新しい生活が始まって、今日でちょうど2週間。
けれど、“生活”という言葉を使うたびに、強烈な違和感を覚える。
これは本当に「生きる」と言えるのだろうか?
朝、目覚ましで起きて、外出し、人々の中に紛れ、決められたルーチンに従って行動し、夕方にはセーフハウスに戻る──
それだけの繰り返しを、私はただ淡々とこなしている。
与えられた拠点。定められた移動経路。接触対象との自然な会話、すなわち「演技」。
全ては記録され、提出しなければならず、後から評価される。
組織の施設外部での行動を命じられて以降、追加マニュアルが共有された。
意識しておくべき新項目は、2つ。
【逸脱行動の記録と対処】──そして、【視聴・聴取した全データの提出義務】。
ジョニーの一件での独断専行の代償だ。
彼を見逃したことに後悔なんてないが、──それでも、気が重くなる。
■ 対象の処遇における情動の優先は禁止。命令は絶対であり、例外は認められない。
■ ただし、例外が“発生する可能性”は常に考慮すべきであり、その兆候を記録し、報告すること。
【視聴・聴取した全データの提出義務】
■ 外部環境での活動に関して、視覚・聴覚機能によって得た記録を、ビデオ形式で定期的に提出すること。
■ 思考・感情は、生データとしての取り扱いが技術的に困難であるため、これを提出義務対象に含まない。ただし、自己認識向上のため、何らかの媒体への記録・提出を推奨する。
“感情は想定されている”と同時に、私は今後、自分の“耳”と“口”にまで組織の目を意識しなければならなくなった。
──これは私への監視強化であると同時に、私に監視者としての任務が与えられたということでもある。
まるで私自身が「カメラ」となって、日常という名のフィールドを記録しているかのようだった。
私は、モールの2階通路を歩いていた。
アトリウムには自然光を模した照明が降り注ぎ、人工の木々とベンチが並ぶ。
通行人の会話、子どもの笑い声、フードコートから立ち上る香り。
──香り。
それは、ほんのわずかに、私の“中枢”を揺らす。
……そういえば、私はこちらの世界に来てから、まだ一度も何も口にしたことがない。
摂取機能は確かに存在している──この身体の設計図からも、それはわかっていた。
だが、何を、どれを、どう摂るのか。そもそも摂っていいのか──。
起動後にそれを“教えられた”ことは、一度もなかった。
つまり、それは「不要」と見なされていた、ということだ。
この肉体は、戦闘維持のために調整されている。
“空腹”という感覚はない。
でも──この香りは、なぜか私の中に「反応」を起こした。
少しだけ足を止める。
フードコートに並ぶ屋台型の店舗。スパイスの利いたスープの匂いが、私の中の何かをざわめかせる。
……いや、やめておこう。今は、必要のない感情だ。
それよりも、人間として社会に紛れるには、「所属」が必要だった。
買い物ひとつ、通話ひとつにも、出所の明確さが求められる社会。
戸籍はある──組織が用意した、偽造された“少女”の人生。
だが、実体のない学籍番号や保護者の欄では、今の私はどこにも属していないのと同じだった。
だから私は、“労働”を選んだ。
最初に検討したのは、飲食業。だが、真っ先に除外した。
──理由は単純。先ほど言ったとおり、私は摂食しない。
仮に店のまかないを「良かったら、どう?」と聞かれた場合、それだけで詰みかねない。
その場しのぎで“食べる”手もあるだろう。
でも、身体に異常が出るかもしれないという、漠然とした恐怖があった。
色々と考えて、カードショップのバイトに落ち着いた。
自然な帰結だったと思う。
この世界を支配するカードゲーム──デュエルモンスターズ。私の生き甲斐。
私の前世と今を繋ぐ、唯一の“それ”を扱う店。やりたくないわけがなかった。
このモール2階のショップに、私は週4日、午後から閉店まで勤務している。
店長は、私の“外見”と“
──制服の着用は宗教上NGです。
そう告げると、彼は苦笑しながらも、「個性がある方が客ウケはいい」と言って許可をくれた。
──黒いエプロンと、ワンピーススカート。
──ヘアバンド付きの、レースのヴェール。
さながら、“シスター”のような格好を、今の私はしている。
この外部での生活において、総帥は「まだ具体的な任務を下さない」と言った。
しかし、いつその“時”が来てもおかしくない。
丸腰だろうと私の戦闘力は十二分だが、備えておくに越したことはないはず。
この服は、その点において非常に都合が良かった。
「宗教上の理由」という建前を使えば、身体の自由を奪う画一的な“制服”の着用を避けられる。
そして何よりも、これなら暗器を忍ばせるのも容易い。
けれど、そんな理屈とは裏腹に──
この格好をしている自分を、“少しだけ気に入っている”と気づいたのは、つい昨日のことだった。
「……ん、店長。今からシフト入ります」
自動ドアをくぐってすぐ、私は一言だけ店長へ声をかける。
奥のカウンターにいたTシャツ姿の中年男性──店長は、私の姿を認めると破顔し、軽く手を上げた。
「あいよ。
「了解です」
出会ってまだそんなに経ってもいないのに、随分と気に入られたモノだ。
私がシフトに入るようになったここ数日の客の入りが“結構良い感じ”らしいからだろうか。彼としては幸運を呼ぶ招き猫を拾った感覚なのかもしれない。
私としても、人に好意的に見てもらえるのは、素直に嬉しかった。
レジカウンターの中へ入り、ヘアバンドを整えながら店内を一瞥する。
空調はやや強め。テーブル席には学生たちが何人か座っており、パックの開封で盛り上がっていた。
バインダーに収める子。デッキ構築に勤しむ子。カードをスマホで撮影している子。
誰も私を気に留めない。ただの風景の一部として、私はそこに溶け込んでいた。
──演技は、うまくいっている。
だが、ほんのわずかに、自分の表情筋がゆるんでいるのを、私は自覚していた。
この「仕事」は、たしかに私の中で、“任務”ではない何かになりつつある。
それが感情なのか、それとも錯覚か。
判断はまだ保留にしておく。
私はキャッシュドロワーを開き、釣銭の準備をしながら、静かに呼吸を整えた。
──今日も、何も起きないといい。
そう思った直後だった。
ふと、入り口のセンサー音が鳴る。
私の顔に、強い影が差した。
──大きい。
無意識に顔を上げる。
そこにいたのは、青年だった。
身長はおそらく2メートル近く。全体的にがっしりとした体格。
Tシャツの上に羽織ったジャケットとジーンズ。肩口まで下ろした青髪。
「あの! 新弾のカードパックって、入荷してあり……ま…………」
灰の瞳と目が合った。
「あ」
押し殺したつもりの声が、意図せず口を突いた。
その音の主が私と彼のどちらだったのか、判然としない。けれど──
少なくとも「彼」の考えていることは、その表情がありありと物語っていた。
──どうして
この取り立てて語ることもないカードショップに。
ラフな格好は、アニメ5D’sの登場人物「ブルーノ」で知られる姿と相違ない。
きっと、今この世界を生きている彼の“オフの日”あるいは“お忍び”の姿……なのだろう。
心の奥底に沈めていた何かが、ふっと跳ねた。
また会いたいと思っていた。ひょっとしたら会えるかもって、期待していた。
けれど、これは──まずい。かなり、まずい。
今の私は「ただの少女」としてここにいる。
組織からの不可思議な命令に従って、ここに立っている。
──だが、あの日の夜。彼とのデュエルの最中……飛び石事故が起きた。
私のバイザーが砕け散った。私は、
その事実が、非常に良くない。
組織の命で「ただの少女」でなければならない私が、もしも「シンクロ狩り」であると民間人に露見してしまったら……どうなってしまうのか想像に難くない。
総帥に誤魔化しは、きっともう効かない。
今の私には【視聴・聴取した全データの提出義務】が課せられている。
私が見聞きしたジョニーの「表情」が、「声」が、私の失敗の何よりの証拠になるだろう。
この状況はピンチだ。
私はジョニーを相手に、「何も知らないただの店員」を、完璧に演じ切らなければならなくなった。
──いずれにせよ、言葉を交わすしかない。
レジ越しに、私は微かに口元を引き締めた。
「いらっしゃいませ……カードパックのご購入、ですね?」
某キャラは原作での経歴がほとんど不明なので、拙作では捏造で盛りに盛ることにしました。