「英雄伝説」の残る世界にTS転生した 作:TF最新作待ってます
「いらっしゃいませ……カードパックのご購入、ですね?」
咄嗟に出た言葉。
声の震えは抑えたつもりだったが、喉奥がかすかに焼けるような気がした。
「……あ、うん。新弾、もう入ってるかなって……」
言葉の上では、彼はごく自然な調子に見える。
けれど、戸惑っている。明らかに。
視線は泳いでいるし、首筋に当てた右手だって「何か」を誤魔化したいと言わんばかり。
……腹芸では私の方が有利そうだ。
「新弾でしたら……今朝、入荷したモノがこちらに。おひとり様2パックまでとなっております。ご了承ください」
カウンターのこちら側、背後の棚からボックスを取り出す。
1箱あたり30パックが同梱されているそれは既に開封済みで、数パックほど捌いた後だ。
「……じ、じゃあ2パック……で」
返事はたどたどしい。
言葉のリズム、声のトーン、視線の動き──あの夜のデュエルのときとまるで違う。
──間違いない。
彼は、まだ確信には至っていないのだ。
私の顔と、彼の記憶の中の「シンクロ狩り」はぼんやり一致している。
けど、“他人の空似かもしれない”……そんな半信半疑の状態。
「2パックで、税込み990円です」
私はいつも通りの口調で会計を進める。
対する彼は、一向に動こうとしない。
カウンター越しに、黙って立ち尽くしている。
その様子は、明らかに不自然だった。
ジョニーは左手で、不意に前髪を軽く持ち上げた。
ああ……なるほど。
彼は、今の自身の姿じゃ“気づいてもらえない”と考えたようだ。
今のジョニーはお忍びの姿──「ブルーノ」スタイルだ。
だから彼は、「目の前にいるのがプロD・ホイーラー『ジョニー』であると私が認識できていない」可能性に思い至ったのだろう。
それで、やむなく無言のアピールを敢行するに至った。
無論、ここで乗るわけにはいかない。
「……お客様、決済方法はいかがなさいますか?」
少しだけ怪訝そうな表情を作って、声をかける。
会計を促すだけの、店員としてはごく自然な対応だ。
でも、ジョニーにとっては「気づいてもらうにはまだ足りない」という追い打ちに聞こえたらしい。
──右手をジャケットの内ポケットへ。
そうして取り出したのは、赤いバイザー。
彼は、躊躇いなくそれを目元に装着した。
鮮やかな赤が、その表情に影を落とす。
左手で支えられて逆立った青髪と、赤いバイザー。
これで首から上は、あの夜の彼と同じになった。
それでも私は、気づかないフリをするしかない。
首を傾げ、困ったような笑みを浮かべ……。
ただ、仕事の滞りが解消されるのを待つ。
──お願いだから、これ以上は踏み込まないで。
悪いとは感じつつ、そう思わずにはいられなかった。
「誰かに怪しまれている」と組織に思われること自体が、私にとってはリスクなのだ。
その瞬間だった。
「ねぇ、シスターのお姉さん!」
鋭く響いた女の子の声。
「その人、プロD・ホイーラーのジョニーでしょ!? チーム・Δの!」
その発言と共に、店内の空気が固まった。
有名人の出現に、息を呑む声がチラホラ。
客たちの好奇の視線が、ジョニーへ集まる。
あと少しで完璧にやり過ごせそうだったのだが、仕方ない。作戦変更だ。
私は眉尻を下げ、女の子と目を合わせた。
「私も気づいていましたが、『お忍びで来てるんだ』と思って黙ってたんですけど……」
「ほえっ!? そ、そうだったの、ジョニー?! ごめんね!」
「あっ、いや、ちがっ……違わない、けど……」
第三者の女の子が話しかけてくるのは想定外だったのか、ジョニーはタジタジだ。
しかし、これで私は彼を「ジョニー」と認識したことを明言した。
ジョニーの目の色が変わったのがわかる。
仕切り直しと言わんばかりに、灰の瞳が私を見据えた。
「キミが少し前に会った女の子とそっくりでさ。ボクだって気づいてくれたらと思って」
「えっ……現役プロD・ホイーラーがバイト中の店員をナンパですか?」
「違うよっ!! 自分でもちょっと“決まり文句”みたいって思ったけど!」
自分の肩を抱きしめて警戒する素振りを見せてやると、彼はわかりやすく狼狽した。頬を赤くして必死に否定されるのは、ちょっと面白かった。
ゴホンと、わざとらしく咳ばらいを挟み、彼は胸元のポケットに手を入れる。
バイザーを仕舞うついでにジャケットから引き抜かれたその手の内には、1枚のICカード。
特殊な意匠の施された黒色のクレジットカードだ。プロデュエル界に所属する人間にのみ発行されるそれが、カードリーダーに翳された。
ピッ──。
読み取り音と同時、決済が完了する。
「お買い上げ、ありがとうございました。袋はご利用ですか?」
「ううん、そのままで大丈夫……それより、ちょっとだけ……キミと話せないかな。できれば、2人きりで」
──やっぱりナンパか? いや、冗談だけど。
彼は、表情をひとつひとつ確かめるように私の顔を見つめていた。
真剣な視線だ。冗談に逃げず、ただ真っすぐに「本気だ」と訴えかける瞳。
一拍、私は黙った。
そして、やや冷たい調子で答える。
「申し訳ありませんが、今は仕事中ですので……」
つまるところ、“お断り”というわけだが。
でも──ジョニーは諦めようとしなかった。
彼が何か言いかけた、まさにそのとき──
「アナちゃん、いいよ! 今ちょうど人手足りてるし、少しだけ休憩入って!」
背後から、元気な声が割って入った。
店長だ。
……間が悪い。
「プロのデュエリストからご指名でお話だなんて、めったにない経験じゃないか。ここはもう任せちゃって!」
彼の言葉に、店内の空気がまたわずかに動いた。
カウンター越しに向けられる、ざわつく視線。
“プロが少女とプライベートで何かあったのか?”
そんな、無遠慮な興味が目に見える。
──こうなってしまっては、断り切れない。
受け入れ過ぎれば、私の正体が露見するリスクは、ある。
でもそれ以上に、ここでの拒絶は、逆説的に彼との「何かしらかの関係」を肯定してしまうように映るだろう。そういう形で目立つのは避けたい。
「……じゃあ、少しだけ」
渋々といった様子で口にする。
同時に、私は頭の中で数通りの「逃げ道」を組み立て始めた。
「ありがとう。ホントに、少しだけでいいから」
ずっと緊張していたジョニーの肩から、ふっと力が抜ける。
安堵の色を浮かべたその顔は、彼に追及されているはずなのに、無防備に見えた。
やめてほしい。そんな顔をされたら、うっかり期待してしまいそうになる。
──彼なら、すべてを知ってしまったとしても……
……ずっと引っ掛かっていた。
どうして、“私とジョニーとのデュエル”が、保安局のデータベースにないのだろうか、と。
ジョニーのシンクロを、私は消さなかった。
でも、それとは無関係に彼は私を通報できたはずだ。
なのに、公的機関のデータベースにそういった記録は一切ない。
となると……ジョニーは私とのデュエルを「隠す」ことを選んだ、ということになる。
「シンクロ狩り」の犠牲者は、私の持つシンクロ抹消能力──「NULLPHAGE」プロトコルの副次的な効果によって、程度に差はあれ、記憶障害に陥る。おかげで「シンクロ狩り」に関する詳細な情報は社会的には依然として不明のままだ。
だからこそ、デッキタイプやプレイングの癖……「シンクロ狩り」を打倒するために、保安局はそういった情報の提供を呼び掛けている。
あのジョニーが、それを知らないはずがないのに。
なぜ、私に関する情報を伏せているのだろうか。
自身のプロデュエリストとしてのブランドを汚さないため、負けを隠蔽している、とか?
……いや、彼はその場しのぎのためにそんな不誠実なことをする男じゃない。
ならば──どうして彼は敵でしかないはずの「シンクロ狩り」に利するような真似を?
……まさか。私に「敵」である以上の
そこまで来て、ふと“いい考え”が頭をよぎった。
ひょっとして、ジョニーは──私を守ってくれるんじゃないか?
いや、
希望的観測は、命取りだ。
今のは、ただの私の願望。そんな願いは忘れてしまった方が良い。
彼が何を考えていたのか、そして、何を望んでいるのか。
私はそれを知らなければならない。
でも、それはこの人間社会の「監視員」としてだ。
デュエルの中でどれだけ「自由」を謳おうと、私は組織の一員で、「シンクロ狩り」だ。
それ以外の……何者でも、ない。
不要な感傷だったな。
無理やり押し込めて、息を整える。
私はジョニーへ向き直った。
「……それじゃあ、どこで話しましょうか」
「落ち着いて話せるなら、別にどこでも──」
彼がそう言うならばと、店のテーブル席を考えた。
でも、それはちょっと良くなさそうだ。
「……じーっ」
さっき私たちに話しかけてきた女の子が、見ている。
きっと込み入った話になるだろう。関係者以外には聞かれたくない。
私は困った表情で店長を見た。
視線に気づくや否や、彼はサムズアップした。
「本当は良くないけど、
気を遣ってくれているのか、ノリが軽いだけなのかイマイチわからないけど、助かった。
小さく息をつき、店長に頭を下げる。
ジョニーへ目配せして、私はカウンター裏のドアの内へと案内することにした。
店舗の奥、スタッフオンリーと書かれた扉の先。
そこには、カードボックスと販促グッズが積まれた無機質な空間が広がっていた。
適当に引っ張り出した椅子に座るようジョニーに促す。
彼に合わせ、私も対面に腰を下ろした。
「……で、現役プロデュエリストが、しがないカードショップ店員に何の話ですか?」
「キミ、姉妹はいたりする?」
「……藪から棒ですね。いませんよ」
組織に用意してもらった経歴の上で、「私」は“ひとりっ子”らしい。
その通りに答えると、彼の肩がピクリと揺れた。
それを見て、ああやっぱり、と思った。
彼は私を試している。
これは、私が「シンクロ狩り」である証拠を押さえるための尋問というわけだ。
「じゃあ、次の質問──キミは、『シンクロ狩り』って知ってるかい?」
「……夜な夜なシンクロモンスターの使い手にデュエルを挑んでは、敗者のシンクロモンスターのカードを消し去るという……都市伝説上の怪人ですよね? 最近、噂になってる。それが何か?」
「ボクは、その『シンクロ狩り』と2週間くらい前にデュエルしてね……そのときに素顔を見たんだ。──キミと、そっくりだった」
灰の瞳が、真っすぐに私を射抜く。
嘘は許さない……というよりも、本当のことを話してほしい。
そんな感じの、少し温かいモノが、そこに宿っているように感じた。
「ボクは、キミが『シンクロ狩り』の正体なんじゃないかって思ってる。違う?」
「……いや、そんなわけないじゃないですか。私なんて、ただのバイト店員ですよ」
当然、彼の言葉に私は否で返す。
でも、彼は止まらなかった。
「キミがやっていることは、絶対に間違っている……と思う。でも、キミのデュエルからは、カードへの信頼を感じたんだ。『デュエルが好きだ』って気持ちがすごく伝わってきたよ」
私が「シンクロ狩り」であるという体で、ジョニーは勝手に話を始めてしまった。
私は「ただの少女」でなければならないのに。
早く、彼の口を止めなきゃ──
「あの、だから──、」
「
──私は「シンクロ狩り」なんかじゃない。
そう言いかけたのに……遮られた。
被せるような、彼の言葉で。
「……あの夜のデュエル、楽しかったんだよ。キミも“楽しい”って言ってくれてたよね」
──固まってしまった。
ジョニーの言葉が、私の胸の奥のどこかを直接叩いた。
同時に、あの日のデュエルの前、彼が放った言葉が脳裏に蘇る。
『デュエルモンスターズのカードは、デュエリストの魂そのもの。それを踏みにじるキミを……ボクは許せない!』
彼は明確な“敵意”を抱いて、私に挑んできた。
私が「シンクロ狩り」事件の実行犯なのは事実。彼の怒りは正当なモノだった。
それでも、彼の正義が、信念が──私を「悪」だと断じたのが、苦しかった。
だから、あのデュエルだって。
私にとっては熱くぶつかり合う楽しいモノだったけど──。
彼にしてみれば「怨敵が予想以上に手強く、鬱陶しくてしょうがなかった」程度のモノだっただろうと……そう思っていた。
なのに、ジョニーは「あのデュエルが楽しかった」と、肯定してくれた。
お互いの戦術を通すために重ねたカード効果の応酬。
伏せカードを巡る緊迫した駆け引き。
どう攻める? どう守る?
どう守ってくる? どう攻めてくる?
何が起こるかわからない──そんなワクワクが、確かにそこにあった。
私の独り善がりでしかないと思っていた気持ちが、本当は彼と繋がっていた。
──
いや…………違う、ダメだ。
そんなこと、彼が本気で言うわけがないのに。
これは自白を誘うための罠だ。きっと、そう。
ふっと息を吐く。
平静を装い、私は口を開いた。
「無関係な私にそんな話をされても困ります……それに、『犯罪者相手のデュエルが楽しかった』だなんて、SNSに晒されたら炎上案件な発言ですよ」
冗談めかして窘めるも、ジョニーは動じてくれなかった。
彼は真っ直ぐに私を見て、言った。
「キミに負けてから、ずっと考えてたんだ。それで、思ったよ」
言葉を切ることなく、続ける。
「デュエルを純粋に楽しむキミが、『シンクロ狩り』を心から望んでやっているなんて、カードを通じてキミと言葉を交わしたボクには……どうしても、そうは思えなかった」
その声は穏やかで、まるで心をなぞるように優しかった。
「もしも、キミがシンクロモンスターを消して回る理由が……
そこでほんの一瞬だけ、言葉が詰まる。
彼は自分の意志を確かめるように、小さく拳を握った。
「──ボクは、その
告げられた言葉に、瞬きすら、忘れかけた。
ジョニーは私から少し視線を逸らし、遠くを見るように目を細めた。
大切な思い出を振り返っているみたいな、懐かしそうな表情。
「カードとカードが、力を合わせて困難を超える──
ボクにとって、シンクロモンスターって、そういう“絆”の象徴なんだ」
真っ直ぐな瞳には、嘘がひとつもなかった。
傷に沁み込むような、真摯な言葉だった。
それに対して、沸々とした何かを私は胸の内に感じた。
私の表面を、何かが突き破りかけている。心が、無性に叫びかけていた。
もう、お願いだから──
「キミはシンクロの使い手じゃないけど、デッキの仲間たちと確かな絆を結んでいる、立派なデュエリストだった」
──それ以上は、
「だから……“絆”で戦うキミを、ボクは放っておけないんだ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「──違うって言ってるでしょ!」
私は思わず、立ち上がっていた。
こんなに心を揺さぶられるなんて、思っていなかった。
言いたいことは、たくさんある。本当は彼に聞いてほしい。
でも、ダメなんだ。
それを「音」にして伝えてはいけない。「文字」に書き起こすことすら許されない。
だって、今この瞬間の出来事さえ、翌日には一人称視点のビデオ映像の形式で提出しなければならないから。
組織の意に背く行為は、遠くないうちに必ず露見してしまう。
辛い、つらい、ツラい。くるしい。嫌。イヤ。
──外にも自由なんてなかった。
肩がどうしようもなく、震える。
怒りはない。
戸惑いも、恐れもない。
──ただ、悔しかった。
自分の気持ちを、ちゃんと言葉にできないことが。
ひたすらにもどかしい想いが、私の指先をじんじんと痺れさせていた。
ジョニーは驚いたように目を瞬いたあと、すぐに視線を落とした。
少しの間、何も言わず、そしてぽつりと口にする。
「……ごめん。初対面でいきなり犯罪者扱いなんて、ひどいこと言った」
ばつが悪そうに、けれど真摯な声音だった。
──その言葉が、心のどこかをふっと緩ませた。
「………………ん、本当ですよ。失礼しちゃいますね」
目を伏せたままの彼の肩を、軽く小突いた。
小さく「痛っ」とぼやくジョニー。
驚き顔を上げる彼に、私はじっと視線を合わせる。
──ゆっくりと、確かめるように、瞬きする。
私は自身が「シンクロ狩り」と明言してはいない。
だが、ジョニーはこの件に踏み込み過ぎた。
──
彼は「私の正体を怪しむスタンス」を徹底している。
そうである以上、彼の存在を放置するのは組織にとってリスクでしかない。
このままではきっと、彼は組織に消されてしまう。
彼さえいなくなれば、「シンクロ狩り」の正体に近づこうとする民間人はひとまずゼロに戻る。それで私の“生活の任務”は、晴れて継続というわけだ……ジョニーのいない世界で。
──
かといって、私が組織から足抜けして、ジョニーの庇護下に入るのも下策だ。
規模を完全には把握していないが、組織はかなりの数の構成員を擁する秘密結社。
下準備もなしにプロデュエリスト個人でどうこうできる相手ではない。
──
……そもそも、私には「安全装置」がある。露骨に逆らえば即シャットダウンだ。
組織の信用を得て、それを外してもらう以外に、自由など望めない。
自由のために組織に従順でなければならないというのは、なんとも皮肉なことだった。
──
最後のメッセージを送り終え、私は瞬きのリズムを止めた。
ジョニーが小さく息を呑んだ……ような気がする。
これも「そうであってほしい」という私の願望なのかもしれない。
……たとえ伝わっていなくても、いい。
そう思うしかない。
ここから私だけでなくジョニーも生き残るには、彼が自分の口で「私への疑いが晴れた」とハッキリ言う以外にない。
そのか細い可能性に、私は賭けることにした。
私は「音」でも「文字」でもないメッセージを送った。あれは
──これから私がする「自白」が、単なる暴露で終わらないように。
その意図を“絶対に”汲みとってほしいという、
彼が私の考えに思い至らなかったなら、文字通りただの「自白」に終わる。
そうなれば、彼は私と仲良く共倒れすることになるだろう。
でも、そうならない未来があれば──
「イタタ、どういう──」
戸惑う声は、肩パンのせいじゃないと信じた。
腹を括る。
視線を落とした。
きっとこの後、彼は目を見開き、固まってしまう。
組織に後で検閲される以上、私はその瞬間を、見てはいけない。
「
──たったの1単語。
それを口にした瞬間、時間が止まった。
錯覚だけど、本当にそう感じた。
この単語は、以前にも一度だけ言ったことがある。
ジョニーとデュエルする直前、彼を呼び間違えたときの──たったのその1回だけ。
あの時あの場にいて、それを聞いて覚えているのは、彼しかいない。
ジョニーがどんな表情をしているか、わからない。
驚いているかもしれない。虚を突かれた顔をしているかもしれない。
何もわからない。
でも、もう言ってしまった。もう、後戻りはできない。
「──
あくまでも一般的な会話の中に“その文字列”が含まれていただけという体で、私は言葉を重ねた。
ゆっくりと顔を上げる。
真剣な表情でこちらを見つめる彼の顔があった。
表面上は事務的に。
けれど、胸の内では祈るように。
私は、努めて冷静に続ける。
「最近は、夕方に家に着いて、翌朝になるまで部屋を出ない生活をしてますから。
『シンクロ狩り』の犯行は夜に行われてるんですよね?
──私には、アリバイがあるんですよ」
そこまで言ってから、軽く肩をすくめてみせる。
ジョニーは、すぐには返事をしなかった。
──一瞬、彼の目が、周囲を確認するように泳いだ。
見えない
やがて、言葉ではなくその瞳の奥に、確かな答えが灯った。
彼は一拍おいてから──ほんの少し芝居がかった調子で言う。
「……そっか。
そりゃ、完全にボクの勘違いだったな。
よくよく考えなくても、偶然立ち寄ったモールのショップ店員が『シンクロ狩り』なんて……あるわけないよね。ごめん。ちょっと最近、ピリピリしちゃってたみたいだ」
静かな声に、しっかりとした“肯定”が込められていた。
その言葉の裏に、「了解した、合わせるよ」という意図がはっきり聞こえて──
私は、ほんのわずかに笑った。
それは──やっと呼吸ができた、そんな感覚だった。
確認のために、改めて口を開く。
「……これで、疑いは晴れましたか?」
ジョニーを見た。
シュンとした表情は、本当に反省しています、と言いたげだった。
「……うん。本当にごめんね、
──ブッ!?
突然の馴れ馴れしい呼び名に吹き出してしまった。
「……えっ、いきなり何? えっ…………え??」
「店長さんがそう呼んでたから、てっきり本名なのかなって」
そんなわけあるか! ただの「ちゃん」付けに決まってるだろ!
呆れでため息が漏れてしまう。
こんなド天然が、よくもまあ、私の意図を汲めたものだ。
でも──、
「……アナスタシア。私の名前」
「……ボクはジョニー。よろしく、アナスタシア」
「うん、よろしく──ジョニー」
そういうのも含めて全部、彼の“計算通り”なのかもしれない。
本当はたくさん考えているのに──でも、相手の気持ちが安らぐように、自然と気の抜けたやり取りをできてしまうような、そういう優しさ。
それが何とも心地よくて。
満足げに微笑む彼の顔が、目に焼き付いて離れなかった。
「お詫びと言ってはなんだけどさ……良かったら、さっき買った2パックの内の1つ、貰ってくれないかな?」
「……いいの? ──じゃなかった、いいんですか?」
「楽に話してよ。ボクはそんな大した人間じゃない」
手渡されたパックにそっと目を落とし、それから──恐る恐る、ジョニーを見た。
なんだか少し、気恥ずかしい。
「なら、お言葉に甘えて──ありがと……ジョニー」
「どういたしまして。一緒に開封しない?」
「……うん」
手近なところにあったハサミを手に取る。
カードを傷つけないように、パック上部を切り落とした。
中身を検めようと指を滑らせかけ──ふと、横を見る。
視線の先の彼……ジョニーは、器用に素手で開封していた。
カードに “折れ”とか“傷”ができたら嫌だから、私はハサミにしたんだけど……。
そういえば……こっちの世界の「カード」は、「カード手裏剣」ができるくらい丈夫だったな。
ペリペリと小気味よく開くパックの音を聞きながら、そんな他愛もないことを思った。
「わっ」
「ん、アナスタシア? 何か当たったの?」
思わず漏れた私の声に、ジョニーは耳聡く反応した。
こちらへ身を乗り出す彼を自然と受け入れ、私は手の内の1枚を見せびらかす。
橙色のフレームに囲まれたイラストには、丸っこいマスコットみたいなモンスターが描かれている。
金属質の小さなからだ、くりくりした瞳、ちょこんと生えた足のようなスパイク……どれをとってもどこか愛くるしい。
《ジャンクリボー》
星1 地属性 機械族
攻 300 守 200
初代
中でも《ジャンクリボー》は、この世界とはまた異なる歴史を描いた物語──漫画版5D’sの「不動遊星」を支えたモンスターだ。
効果テキストを見る限り、よく見慣れたOCG版ではなく、漫画版効果らしい。
前世と使い勝手がちょっと違うだろうが、土壇場で頼りになる心強い味方には変わりない。
なんだか……カードが私の下に来てくれた、って感じがする。
ちょっと嬉しい。
「なるほど良いカードだね……。
あっ、ボクも良いカード当たったよ! 見てよ、アナスタシア──」
目を輝かせるジョニー。
私は、その手元のカードを覗き込もうとして──
──タァン。
乾いた銃声。
凍り付く空気。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
身体は、勝手に音の方向へ向いた。
場所は──ここじゃない。ドアの向こう。
ざわざわとした声が聞こえる。
店内で、何か起こったらしい。
ゴクリと、喉が鳴る音がした。
ジョニーを見る。
一切の緩みのない、真剣な眼差しが私を見ていた。
──カードの話は後回しだ。
瞳で訴える彼に、小さく頷く。
ドア近くに肩を寄せようとするジョニーを、手で制した。
多分、組織の人間の仕業ではない……と思う。
仮に私とジョニーが狙いなら、奴らは真っ先に私をシャットダウンして無力化するだろう。しかし現実にはそうなっていない。
私たちは、野良の事件に巻き込まれてしまったのだ。
……なんとも間が悪い。
せっかくいい気分だったのに。
──誰だか知らないけど、こんな真似された以上は、ただじゃ置かない。
意を決して、私はドアノブに手をかけた。
次回はデュエル回です