SKYRIM 闇夜を越える   作:Uwe

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2-3.ツンドラを行く

第4紀196年 蒔種の月15日(3月15日) ペイル地方

 

 

 ルークとテオドールは朝早くドーンスターを発った。

 立ち込める雪煙が朝焼けの光に照らされて、ときおり思い出したかのように光る。

 二人は街道を南に向かった。

 

 雪が解けるまで一面雪に覆われたままのウィンターホールドとは違って、ドーンスターではまばらに木が立ち並んでいる。旅の初めは、遠くに影を見つけてはのんびりと白い雪をかぶった黒い枝が太陽の光に暖められて、溶けだした雪が落ちる様子を楽しんでいたが、それが何時間も続くとさすがに飽きてくる。

 ルークは退屈を紛らわせるために黙々と前を歩いているテオドールに話しかけた。

 

「ウェイノン・ストーンズってどこにあるんだ?」

 前を歩く神官の姿のインペリアル、テオドールは振り返らずに答えた。

「南だ。ダングスタッド砦から2日。ホワイトランとの境の近くにある。オイアヴァールから聞いていないか?」

 ルークがステンダールの番人たちの同朋になって拠点であるペイルの館へ移り住んだのは、年の暮が迫るころだった。

 

 山脈を越え、針葉樹の林と雪の降り積もる野を越え、山の中腹の辺りに番人たちの館は立っている。館はどっしりとしたオークの木で立てられた村では見たことないほど大きな建物で、一階は大きな広間のようになっていた。ノルドの建物の例に漏れず、大きくて立派な暖炉があった。地下にも部屋があり、訓練室や寝室になっていた。

 

 ルークは頻繁にグスルに呼ばれては地下に行き、剣に斧、槍など様々な武器の扱いを覚えた。戦士としてどんな武器も扱えるのは当然のことだったから、せめて最低限使えるようになろうとルークは努力したのだ。ほかの番人と手合わせをしながら、短い間に武器の扱いをみるみるうちに拾得していった。

 

 オイアヴァールからはオブリビオンのことや、ニルンのことを教わった。彼は神話やおとぎ話の出来事、幾度もの王朝の起こりと滅びを、まるで見てきたかのように鮮やかに、独特な唄と共に語った。他にも簡単な魔法、錬金術、占星など、いままでまるで考えてこなかったようなことの基本的な事柄について学んだのだ。

 

 短いような長いような3ヶ月のことを不思議な気分で思い出していると、テオドールの声がルークを晴れた空の下に引き戻した。

「分からないか? ウェイノンだ」

 ルークはウェイノン、ウェイノン……と口の中で繰り返した。オイアヴァールの話の中のどこかに出てきた。長のカルセッテからも聞いたことがあるはずだ。

 

「ああ!」

 はっとひらめいて声を上げた。

「帝国の学者の名前だ」

 少年の様子に、テオドールは面白げに先を促す。

「それで?」

「ええと、確かクヴァッチの英雄が初めに現れたところの名前だよ。ウェイノン修道会だ」

「他には?」

 確かにまだオイアヴァールの話は続いていた気がする。頭の隅に引っかかっているが思い出せない。

「ウェイノン修道会はマーティン・セプティムを擁したブレイズの拠点の一つだった。ブレイズ、皇帝マーティン、クヴァッチの英雄。かつてオブリビオンの動乱に立ち向かった彼らの志を受け継いでいだのが、ステンダールの番人だ」

 ばらばらだったものが整然と目の前に現れてルークは頷いた。

「他にも、ウェイノンの弟子たちの末裔が聖蚕の僧侶だとも言われている」

「たしか、星霜の書を読み解く人たちだよね」

「そうだ」

 

「それで、ウェイノン・ストーンズって何があるんだ?」

「何もない」

「え?」

 ルークは驚いた。聞き間違えたのだろうか。

 テオドールは不満を隠さず不機嫌に告げた。

「だから、ウェイノン・ストーンズには何もない。どこの神とも分からない古い神像とタロスの像があるだけだ。そのタロスの像も、もうなくなっているかもしれないが」

 ウェイノン。古く偉大な血脈に連なる名のついた場所に何もないという。それなのにわざわざ行かなければならないのはなぜだろう。少年は困惑した。

「何もないのに、なんで行くんだ」

「お前が旅の作法を覚えるのには、ちょうどいいだろう?」

 ルークは不満が腹の底でとぐろをまくのを感じた。

 

 旅の中では火を起こして食事をすることひとつに一工夫が必要だったし、天幕を張る場所を選ぶことやどれだけ食料を持てば人のいる場所まで食いつなぐことができるのかということ、危険な獣を避ける方法も知らないではすまない。過ちに気がついたときに支払うのは自らの命だからだ。覚えるべきことは多く、彼の言い分が当然のことであるとは分かっていても、直接まだまだ役立たずだと言われるのは腹が立つ。

 

「それに、何もないということを確かめにいかなければいけないしな」

 テオドールは自らに言い聞かせるよう口に出した。男は傭兵から受け取った、魔方陣のようないくつもの線と円の広がる地図を思い浮かべていた。

 

 ソリチュードとホワイトランを結ぶ街道のような地方の中心地をつないでいる主要な道には、たいてい徒歩で一日程度の距離ごとにに宿がある。宿がなければ雨風を避けるための無人の小屋が、それも無いときには野営のための広場が存在した。その場を訪れた旅人たちが少しずつ木の枝を払い、土を均して、長い時間をかけて自然と作り上げられた広場だ。二人は日があるうちに、道の脇が大きく開けた場所にたどり着いた。

 

 ルークは広場の端の大きな木の下に荷を下ろして天幕を張った。それが終われば雪をどけて、土に穴を掘って周りを囲み、小さなかまどを作る。

 これは旅が始まってから覚えたことだ。ルークの仕事だった。一人で火を付け終えると、火の番をテオドールに代わる。

 

 そして、弓と矢筒を背負ったルークは木立ちに踏み入った。日が暮れるまでの短い間に狩りをするのだ。獲物が取れれば夕食が豪華になり、旅に余裕ができる。

 長い影を落とす木々の間を音をたてないようにして歩き、ちょうどルークの体ほどの大きさの岩の影に身を隠した。

 ルークは昔から弓には自信があった。昔から獲物に恵まれていた。昨夏の狩りでは、とうとう一矢たりとも外すことがなかったほどだ。

 

 これには理由がある。ルークは自分自身ですら知らない間に恩恵を授かっていたのだった。

 定命の者は神々の力の欠片を恩恵として得ることができる。

 遙か天空に広がる神々の住まい、エセリウス。

 星や太陽は世界の天蓋に開けられたエセリウスへの通路だという。その星を利用して古代の人が描いた絵図、星々の象徴が人に力を与えているそうだ。

 しかし、どのような恩恵を持つことができるのかは冬の天候のように運任せであり、小さな人の身で選べることではない。いつ、どのように与えられるのか、ほとんど理解されていない。

 ただひとつ確かなのは、訓練を積むものが恩恵を得ることが多いということだった。世にいう達人とは、努力を積み重ね一つの道を究めることで数多くの恩恵を集めたものたちのことなのだ。

 

 ルークは13歳にして、その恩恵の一つを持ち合わせていた。

 遠くを見渡すことのできる目。番人のグスルやオイアヴァールは弓の星の恩恵であると言っていたが、ルークは嬉しいと感じるのと同時に、少しの落胆を覚えていた。どうせなら剣の恩恵だったらよかった。斧の扱いでもいい。弓ではノルドとして恰好がつかない。

 ルークの些細な不満とは関係なく、せっかくなのだから持っているものを生かせ、と言われてステンダールの館の一員になってから、この旅の最中でも、余裕があれば弓を引き獲物を狩っていた。

 恩恵というものを自覚してから、ルークの腕はますます冴えわたった。

 

 すぐにルークは弓で兎を一羽捕らえてテオドールのいる広場まで引き帰した。矢を失うこともなく獲物を狩ることができたので成果としては上々だ。

 満ち足りた気持ちで夕暮れの迫る雪野を見渡し、街道の上に見慣れないものを見つけた。

 遠くに煙が立っている。傾いた日の光で赤く照らし出された風景の中に浮かび上がる小さな黒い点。ルークは弓を構えて心を落ち着けると小さな点に集中した。

 ふっと何かが切り替わってすべてが遠くなったあと、遠くの木々が触れられるのではないかと錯覚するほど大きく(・・・)なる。ルークの目に映ったのは馬だ。轡を食んだ馬が鬣をりみだして走ってくる。御者台に男の姿。

 荷台を幌で覆った馬車が疾走していた。

 

 ルークは広場に駆け戻るとかまどで雪を溶かしているテオドールに向かって叫んだ。

「テオドール、向こうから馬車がくる! すごい速さだ」

「まずいな。早く荷を持て。時間がないぞ」

 そう呟くと、テオドールは気配を引き締めて立ち上がる。

「あれは?」

「逃げているんだ。このままだと巻き込まれる」

 彼は手早くテントを畳んで荷をまとめ、素早く背負いなおした。少し遅れてルークも荷を持って男の後に続いた。

 

 テオドールは雪煙の向こうに何があるのか見透かそうとした。

 この平坦な道で雪煙が見えるほどの速度だ。馬車というのには間違いない。それが逃げている。それも、地平の雪煙が見えるほどの速さで。

 なぜ、あの馬車は急いでいるのか。それが問題だった。

 実のところ、軍の伝令や配達人を除いて、街道を走るものはいない。旅人たちには走るほど急ぐ理由がないし、商人ならば馬車を走らせて荷車を痛めるのは損だと考えるものだ。衛兵の巡回もここスカイリムでは徒歩である。

 間違いなく厄介ごとだった。少年の背を押して、雪野に進んだ。

「行くぞ。武器は抜いておけ」

 

 木陰に身をひそめてからしばらくして、猛烈な勢いで走ってくる馬車の後ろから四足の巨大な獣が見えた。スカイリムでマンモスと呼ばれている、茶色の体毛と長い牙を持つ獣が馬車を追いかけている。

「うわ……」

「静かに。間違っても出て行こうなんて考えるな」

 そわそわとした様子の少年をテオドールは制した。そうでもしなければいまにも飛び出していきそうだった。

 マンモスは力が強い。その力によって振り回された長い牙をくらってしまえば人間などひとたまりもない。たった二人でマンモスの相手ができるわけがない。

 見捨てるのかと無言で訴えてくる少年の視線を無視して、テオドールは雪の中に身を伏せ、突っ立ったままの少年を引き倒す。

 獣は馬車に夢中になっている。二人には気づきそうもない。テオドールはやり過ごせると自分自身に言い聞かせた。

 

 馬が石畳の上を疾駆する音が人気のない荒野に虚しく響き、二人が野営をしようとしていたあたりに差し掛かったとき、とうとう馬が力尽きた。どうと煙を上げながら倒れこみ、綱を長柄を巻き込んで、馬車もろとも横倒しになった。

 

 御者の男は幸運なことに馬車の下敷きになることなく道の上に放り出されたが、このまま地面の上に倒れこんでいたのでは獣の疾走に踏みつぶされてしまうだろう。男はあわてた様子で立ち上がると、必死に馬を立ち上がらせようとした。

 男が焦れば焦るほど手元は狂い、獣が近づいてくることを感じた横倒しの馬が怯えて暴れ、ますます手が付けられなくなっていく。

 

 もうすぐそこまで激怒したマンモスが迫っていた。

 ちらちらとテオドールの方をうかがっていた少年がとうとう耐え切れなくなり、その場に立ち上がった。

「おい! こっちだ!」

 マンモスが少年の声に耳を一振りした。獣が少年の方に顔を向けたのを見て、気づかれたとテオドールは顔を青くする。

「だが……馬が!」

 馬は一財産だ。置いていくわけにはいかないと考えるのにも納得はいく。

「命と、どちらが大事だ!?」

 いまだ馬を馬車から解放しようと悪戦苦闘している男に向かって、さっさとこい、とテオドールは叫んだ。

 響いた怒声に、男はわずかに逡巡したあと、転がるように走り出した。

 

 二人から三人になり、彼らはさらに街道から離れて木立ちに入り込んだ。

 石畳の道に比べて雪が深く、足取りは重くなった。それでも、障害物の一つもない雪原にいるわけにはいかない。

 大きな岩を見つけると、テオドールは少年と男に毛皮を手渡した。

「これを羽織って岩陰に隠れる。絶対に声を出すな。身じろぎもするんじゃない」

 頬を紅潮させて不思議そうにしている少年に念を押す。

「いいか、絶対に動くな」

 マンモスは目がよくない。耳と鼻のよさは獣のそれだが、こうして毛皮の下に隠れて人間の姿と匂いをごまかしてしまえば、まだ間に合う。

「しっしかし、そんなことで本当に助かるのかっ」

 馬車から転がり出てきた男が怯え、少年が鋭い視線でこちらを見ている。

「信じろ」

 強い語調で言うと二人は黙って頷いた。

 三人はそれぞれ毛皮を被って岩のくぼみにうずくまった。

 

 やがて、大地を揺るがす地響きがゆっくりとこちらに近づいてきた。

 テオドールの思惑通り、マンモスは人間たちを見失っているようだ。大きな体をした獣が若木をなぎ倒しながら、三人が隠れている岩の周りをうろうろと歩き回っている。

 

 喘ぐように息を吸うと、震えながら吐き出した。じっとりと毛皮をつかむ掌にいやな汗をかいている。毛皮をかぶって隠れたところで、マンモスがそばによって来たらきっと見つかる。こうやってじっとしている時間の分だけ危険は増す。

 

 何もせずに死んでいくなんて認められない。いますぐにでも立ち上がり、全力でこの場から逃げ出してしまいたい。それともメイスを振りかぶって戦うほうが生き残れるだろうか。

 何もしないよりはましだ、と叫びだした本能を意志の力でねじ伏せてテオドールはその場にとどまり続けた。獣の荒い息を感じるたびに、早くどこかに行ってくれとは祈った。

 

 じわじわと体に寒さが駆け上り始めるころになって、遠くからまるで呼び声のような大きな雄叫びが聞こえた。三人は何事かと寒さで凍えきっている身をさらに固くする。

 ところが、マンモスはゆっくり振り返って長い鼻を一振りすると、夕闇の垂れ込める雪原へと消えて行った。

 影が遠くに見えなくなるまで、つまり危険が完全に去ったと信じられるまで、彼らはその場にじっとうずくまったまま、身を震わせていた。

 

 大きな獣の影が夕闇の中に消えると彼らは立ち上がって、互いに無事を喜び合った。

 魔法を使って木の枝に火をつけ、薄暗い中をなんとか街道まで戻る。

 夜は獣たちの世界だ。身の安全のために火は絶対に必要だった。

 男と共に元の広場に戻ったとき、無残に踏みつぶされた馬車の残骸と積み荷が残っていたが、馬はどこかへ逃げてしまっていた。

 

 火を囲みながら、小太りの男が軽く頭を下げる。なんでも街から街へと渡り歩く行商人なのだという。

「いやあ、助かった。わたしはクインタスと申します」

 そういって男はテオドールに手を差し出した。しかし、テオドールは険しい顔をして腕を組んだまま答えなかった。

 男はテオドールの頑なな態度に肩をすくめると右手を引っ込めた。

「ドーンスターへ向かう途中でね。神官さんたちは巡礼かい?」

 

 二人は巡礼の神官とその見習いの姿をしている。

 巡礼の最中の神官というのは都合のいい芝居だ。旅をしている理由には困らないし、修行中だといえば無理に秘跡を求められることがない。修道院は人一人来ないような山中にあると言ってしまえば、所属する修道院の名前も大したことではなくなる。

 

「そうだ。南へ行く」

 修行中だというのも、神に仕えているというのも事実だ。嘘ではない。テオドールはそっけなく答える。厄介ごとに巻き込まれたという気持ちが消えない。

 未熟な少年は言わずもがな、テオドールは荒事は苦手だ。二人の腕ではデイドラの信徒に襲われて無事では済まない。それをを避けるための扮装だが、厄介ごとは放っておいてくれないらしい。神に気に入られるというのは、本当に難儀だと少年憐れみを覚えた。

 

 そう考えると案外巻き込まれたのはこの行商人の方かもしれないと思われて、悄然としているクインタスにテオドールは慰めの言葉をかけた。

「あなたも災難だったな」

「本当に。ああ……あなたたちに会うことができて本当に良かった! 命の恩人だ!」

 彼は命の危機から脱して感極まったように礼を述べた。

 彼はかろうじて残っていた荷の中から、葡萄酒や蜂蜜酒を二人に振る舞った。他にも、保存のきく香辛料がたっぷり刷り込まれた肉や干した木の実が三人の腹に収まる。

 

「これ、よかったのか?」

 少年が干した果実をかじりながら聞いた。クインタスは笑って首を振った。

「わたし一人ではとてもドーンスターまで運べない。こういうのは地面に転がってしまうと売り物にならないからね。それよりは、恩人に食べてもらった方がいい。あとは、そう。神官のお二人にお布施といったところだね」

「売り物が売れなくなってしまったら、あんたは困るんじゃないか」

 心配げな少年に向かって商人は言った。

「なあに、心配することはないさ。無事だったものもあるから、街に行けばなんとかなる」

 

「それにしても、いったい何をやったんだ? マンモスはおとなしい獣だったと思うんだが」

 テオドールが言葉を発した。

 マンモスは巨人に飼われているおとなしい家畜だ。近づきさえしなければ、長く恐ろしい牙の餌食になることはない。

「ははは、興味本位で近づいてみたら、あんなことになってしまってね」

 目が泳がせながら頭をかいた男に、ルークが疑わしげな視線を投げかけている。

「本当に?」

 うっとつまると、男は吐き出した。

「つい、魔が差しまして……」

 今度こそ男は嵐から自分を守るかのように身を縮こませて、後ろめたい事実を口にした。

「巨人の野営地に盗みに入ろうとしたんです」

「うわあ」

「なんて命知らずなんだ……」

 

 男に巻き込まれた二人は、あまりの無謀さに呆然と口を開けた。

 マンモスの骨、命を落とした山賊の装備。巨人の野営地は宝の山だ。

 ただし、巨体を持ったマンモスの群れをかいくぐり、そそり立つ巌のような巨人を出し抜かなければならない。

 真正面から倒すなら一流の戦士が何人も集まり、統率をとって挑む相手。手を焼く場合は衛兵や軍人すら動員される討伐になる。

 それをわざわざ怒らせるなんて。シェオゴラス信者か何なのだろうか。

 ルークが信じられないものを見てしまった顔をしている。

 

「ともかく、命が無事で、本当に良かった」

 自然と言葉が優しくなった。二人は一気に一日の疲労が押し寄せてきたような脱力感を覚え、その夜の談話はそこで解散となった。

 二人は日が出る前に起き出して、天幕として使っていた幌を荷に仕舞い込み、早々に出立の準備を終えた。行商人の男も宝飾品と金をかかえていた。

 

「クインタス。ここ、スカイリムにおいて勇敢さは美徳だが、昨日のようなことは勇敢とは言わない。あと、あまり力に頼りすぎるとゼニタールの寵愛を失うぞ」

 ゼニタールは交易による繁栄を教えとする商人たちの神だ。神官の忠告にクインタスは恥じ入った。

「ええ、その通りです。ゼニタールは力による繁栄をお喜びならない。心に留めておきます」

「あなたの行き先に神々の加護があるように」

「望外の出会いを神々感謝いたします。あなた方にも御加護がありますように」

 旅人たちは別れの挨拶を告げると、商人と番人の二人は北と南に分かれて歩き出した。

 

 

第4紀196年 蒔種の月17日(3月17日) ペイル地方

 

 

 ドーンスターを出発してから3日、無謀な行商人と別れてから2日後の夕方にルークとテオドールはタングスタットにたどり着いた。

 まばらな緑が白い雪の上に顔を出し、突き出した岩の影には凍りついた雪がうずくまっている。谷間の底に一本の道。その道上に木組みの壁に囲われたいくつもの建物が現れる。

 

「おーい」

 砦の門から、道上の二つの人影に向けたのか、門兵が叫んだ。山から投げかけられている黒々とした影が地に落ちていて、門兵の様子は判然としない。

「おーい、そこの旅の人!」

 彼はテオドールとルークに声をかけているようだった。

 ルークは首を傾げた。

「なんか叫んでるぞ」

 ただの旅人になぜ門兵が声をかけるのか、ルークは分からなかった。

「急ぐぞ」

 つぶやいたルークにテオドールは答えると足を早めた。さらにもう一度。

「おーい!そろそろ門を閉めるぞ、お前たちは中に入るのか!」

「二人だ!入れてくれ!」

 テオドールが言い返した。

「急げ!」

 

 空が暗い紫に染まるころに二人は門兵に歓迎されながら砦の門をくぐった。二人の背後でずどんという音を立てて、男の腕ほどもある太さの綱で吊り下げられていた巨大な木でできた門が雪の上に突き立った。

 

 タングスタット砦はホワイトランとペイルの境から一日ほどの距離にある。ドーンスターから南へと抜ける道はタングスタッドを通るこの道も含めて2つしかない。もう一方の道の傍には大きな村や町はないものだから、ドーンスターに陸路で向かうならば、必ずこの砦を訪れることになるのである。

 

 徐々に陰影の濃くなる夕刻の砦を、テオドールの後に続いてルークは歩いた。

 街の中はもう夜になるというのに、篝火で煌々と照らし出さており、門の傍に設けられた櫓の上には矢筒を背負った人影が見える。ドーンスターやスノーコーストのような港とは違ったつくりだ。

 

「何を見張っているんだろう?」

「山賊や盗賊だ。もしかしたら他の地方の兵士を警戒しているかもしれない」

「戦に備えてるんだ。でも、なんだか、へんな感じだな」

 ルークの視線の先、櫓の上で物見たちが物をやり取りしている。かと思えば、ぐっと飲み物を煽るような仕草。砦全体が酔ったノルドのようにに浮ついている。ドーンスターで聞いた話を思い出しながらテオドールは頷いた。

「ここのところ盗賊の被害がないからな。気が緩んでいるんだろう」

 ルークはふうんと相槌を打った。

 

 砦というのだから、行き交う人々はみな帝国か、ドーンスターの衛兵かのどちらかであるとばかり思っていた。でもどうやらそうでないらしい。

 ルークやテオドールと同じように大きな荷物を背負って歩いている旅人、2日前に別れたような荷馬車の世話をしている行商人。非番の兵士が酒と女を抱えて陽気に通りを行く姿もあった。

 酒場からは人の談笑が絶えず、生活のための白い煙が家屋から立ち上っている。

 

 大通りを歩いて左手にある看板によろめきのサーベルキャット亭という文字が書かれている宿屋の扉をくぐった。店の中は人であふれかえり、客の相手をする女、女目当ての兵士がカウンターに陣取っている。夜長の楽しみにと吟遊詩人の周りにあつまって、しきりにああでもない、こうでもないと唸るものもいる。狭い空間にたくさんの人が集まって、暖かな空気がじっとり湿を帯びているように感じられた。

 

 特に目につくのが店主と宿の算段を付けている商人だ。値段の交渉をしている商人の後ろに傭兵が二人立っていて、戦斧を背負ったままの男が角の生えた兜の下から鋭い眼光で周りににらみを利かせ、一見気もそぞろにあちらこちらを見回している女は店の客たちの様子をさぐっている。

 商人と店主との間で話がついたのだろう。商人は店主と固い握手を交わすと女の方に話しかけた。女は商人の耳打ちに頷いて、店の外へと出ていくと仲間を連れて戻った。そして、そのまま彼らは酒宴へと突入していった。

 

 彼らの後にテオドールとルークはぴかぴかのゴールドで一晩屋根のあるところで寝られる権利を手に入れ、噂話に花を咲かせる旅人たちの輪に加わった。

 

 夜が深まっていくうちに、集まった人々は所属も性別も果ては種族さえも関係なく存分に食べて、飲んで、歌った。

 吟遊詩人がクヴァッチの英雄の活躍を謡い始め、そのうちに店主が店の客全員に料理を振る舞った。そして隊商の商人が店で一番上等な酒の大樽を開けたところで、人々の熱気は頂点に達した。

 

「ほれ、おまえも飲め、飲め! 小さな同朋におごりだ!」

「えっああ」

 宿の大広間でルークは蜂蜜酒がたっぷり入った酒杯を押しつけられた。この男も、隊商のうちの一人だ。

 彼は警戒心というものを忘れてような笑顔で、ルークに酒を押し付けると、追加の酒をとって戻ってくる。テオドールの方は、いつのまにか葡萄酒の深い色を湛えた杯を抱えていた。

 

「俺はジョード。やっこさんの護衛さ。あんた方は?」

 上機嫌に酒を煽る商人の方を指さした男が太い声で言う。

「俺は神官のテオドール。こっちは見習いのルークだ」

「ほんとうに、神官さまだったか! どちらまで?」

 ジョードは道化のように大仰にかしこまって見せた。

「ウェイノン・ストーンズだ」

「へぇ」

 面白げに歪んでいた唇が逆方向へと曲がり、熱を失った声で言う。

「ウェイノンっていやぁ何もないっていうけどな」

「こいつの修行の一環さ。こいつはいままで旅をしたことがないんでね」

 テオドールがルークの肩を叩いた。すると、一転男は表情を明るくして少年に話しかけた。

「おお、そうなのか。どうだった? 初めての旅は。なかなかいいもんだろう」

「いろんなところに行くのは面白いよ」

「そりゃあ良かった。最近は盗賊連中が少ないからな。俺たちも楽に稼がせてもらってる。護衛なんてどうだい? 安くしとくぜ」

「おい。こいつに変なことを吹き込むのは止めてくれ」

 神官の男の呆れ顔に、ジョードは肩をすくめる。

「しっかりした保護者がついてるな」

 ルークは彼の言い方に腹が立って脛を蹴とばしたが、赤ら顔のジョードは欠片も気にすることなく笑っていた。

 

 一杯目、二杯目と杯を開けるうちに、ふと酔っぱらって話し続ける商人の話に辛抱強く耳を傾けている傭兵の背中がテオドールの視界に入る。

「あそこのノルドの御人が、お前たちの部隊長か」

 それを見つめるテオドールは酒のものでは無い熱に浮かされている。羨望だった。

 

 ノルドは戦いに優れている。張り合おうとしても根本のところで違うのだ。あの戦鎧、戦斧を背負ってはたして雪の中で戦えるだろうか。少なくともテオドールはできない芸当だ。シロディールのインペリアルにも重装騎士たちがいるが、彼らは馬に乗り平原で戦うことが本分だ。極寒の雪の上だろうが、視界の悪い森の中だろうが、どこでだって勝利をもぎ取ってくるノルドとは違う。

 

「部隊長か。……確かにあの人の腕はすごいが、俺たちは部隊ってほどの集まりじゃないんだ。みんな流れものでね。今回の仕事に参加した中では、あの人が一番の格上だから、雇い主の旦那の相手をしてくれてるのさ」

「ふーん。傭兵でもそういう仕事をするんだ」

 少年が無邪気に口を出す。

「そうさ。商人と話さなきゃ仕事が決まらないぜ!」

 その一言の何が面白かったのか、ジョーとはげらげら笑うと、彼は調子を良くして自らの(いさお)しを語り始めた。

 ひとつ話を聞いては顔を輝かせる少年に、テオドールは苦い気持ちでため息をついた。

 

 ルークのことは上機嫌に話を続けているジョードに任せて、テオドールは旅人たちの話の輪に加わった。

 しかし、ジョードの話した通り、近辺には人を襲う輩の影も形もないそうで、旅人たちの噂話はもっぱらあちこちの名物だった。スキングラード産のワインはうまいから一度行くべきだとか、ソルスセイムに行ったならネッチを見ておくべきだとか他愛もない話ばかりが交わされる。そうしているうちに夜が更け、ふらふらとし始めた少年をジョードから引きはがして寝床に押しこめた。

 

 もうしばらく噂話を集めようと大広間に戻ると、商人の傍で酒を飲んでいた傭兵と視線が合った。後姿と兜をかぶった姿しか見ていなかったから気づかなかった。知っている顔だ。テオドールは驚きに声を上げた。

「ヨルビョルン!」

「テオドールか」

 神官の姿をしていたので気が付かなかった、と振り返ったヨルビョルンは悪びれなく言った。

「夜も遅いが、ここで顔を合わせたのも神々のお導きだろう。一杯どうだ」

 以前とは打って変わって、ヨルビョルンはこの砦と同じく浮ついた気配を漂わせていた。

 

「彼はいいのかい?」

 彼の雇い主の商人はテーブルに突っ伏していびきを立てている。雇われているものとしては、彼を部屋まで運んで護衛をしなければならないだろう。

 気を利かせたつもりだったが、ヨルビョルンは稚拙な言い訳をする。

「友を追い払おうというのか?」

「友?」

 疑問の声にヨルビョルンは陽気な笑い声を上げた。

「杯を交わせば一夜の友、戦場で背中を合わせれば一生の友。ノルドとはそういうものだ」

「ずいぶん長い一夜だな」

 杯を交わしてから3ヶ月。テオドールはイーストマーチの緊張の一夜を思い出す。商人たちに値踏みされたあのときに比べれば今回はかわいいものだ。目的の噂の源、旅人たちは広間の中央で酔っ払いになって騒いでいるし、仕事は今日は終わりでいいだろうと考えた。

 

 周囲の空気にあてられ、すっかり気を抜いたテオドールは椅子に腰かける。そして、ヨルビョルンに差し出された蜂蜜酒の入ったフラゴンを素直に受け取った。

 

 両者は右手の杯を掲げた。

「友との再会に!」

「神々の御計らいに!」

 軽く杯を合わせ、一気に飲み干した。

 




 恩恵
訓練と意志とによって得られる技能のこと。それぞれの力をつかさどる星座の恩恵であると信じられている。厳密に体系化は成されていない。地方によっても差がある。という捏造設定。
スキルレベル、パークの概念を導入します。

 よろめきのサーベルキャット
猫好きにはたまらない内装の店。ゲーム本編ではタングスタッド砦は山賊に占領され、店の店主は惨殺されている状態なので、残念ながら実際にどのような営業がされているのかは見ることはできない。
内装は捏造しています。

 スキングラード
タムリエル大陸中央部シロディールの東にある都市。見事な石積みの建物が特徴的。トマトとワインの名産地。
密室殺人事件の舞台だったり、やけにオブリビオンゲートが開いたり、市民でなくても24時間使い放題のベッドがあったりする。


飯食って酒飲むだけの中休み回。

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