物音がしてショーは寝台から体を起こした。そのままの姿勢で、彼は剣を抱えて周囲の様子をじっとうかがった。しかし、壁の向こう側から聞こえてくるのは争いの音ではなく、麻の紐を解く音や水を汲む音だ。昨夜の狂乱はすでに過ぎ去っていた。
彼はきしむ床に足をつけ、西の方角に体を向けて跪き、剣を立てるといつものように祈りの姿勢をとる。
浜辺での葬儀のあと、人々は無言のうちに各々の住処に帰っていった。彼も案内されるまま酒場の一室に身を休めることになった。
ふと小部屋の片隅に放置されている人形を見て、あの場でならず者達に果敢に怒鳴り込んだ少年を思う。少年は苦難に挑んだが、大人たちは何もできなかった、いや、何もしなかったというほうが正しいだろうか。苦い思いが彼の胸をよぎる。
もはや過ぎたこと。すでに手の届かぬところにある少女の運命に心を寄せるな。しょせん神ならぬこの身、できることには限りがある。そう、すべきことは他にあるのだ。ショーは剣の柄にあった手を組みなおし、雑念をはらった。
酒場の主人に朝餉に呼ばれるまで、彼は祈った。その真摯さは定命のものがデイドラに命を捧げる様にも似ていたが、彼の信ずる神々からの賜言は、やはり、なかった。
第4紀196年 暁星の月17日(1月17日) スノーコースト
差し出されたのは黒パンに酒、そして干し魚。これは北の海村ならではの品だ。
「よう、調子はどうだ?」
目の下に隈を作った酒場の主人が明るく言った。
「静かに眠れたよ。寂れたって言うわりにはずいぶんしっかりしてるじゃないか。隙間風もない」
「そりゃあよかった」
何もない風を装って、ヘンリクはショーが広間に現れてからずっとそわそわと落ち着かない。おそらく彼から依頼があるはずだった。
「それで? 言いたいことがあるんだろう?」
「くそ、ばれてるのか。まぁ、あたりまえだよなぁ」
ヘンリクは悪態をついて片手で短い髪をかき混ぜる。そしてわずかにショーから視線をそらした。
「あんた、予定ではウィンターホールドに行くんだったろう。そこでだ。首長に知らせを届けてほしい。あれだけの数のならず者がこんな辺境にやってきたとなると、どこかこのあたりに拠点を構えたのかもしれん。どうにかせにゃならん」
そういっているうちに主人はうなだれて、カウンターに手をついた。
通常山賊や悪漢といえば数人の集まりで、道を行く旅人を襲うものだ。これに行き会うのは単に運が悪いだけと言える。噂が広がれば、近くの村の人々が腕に覚えのあるものを募って対処する。
ところがたまに、鉱山や洞窟に拠点を設けたり、あるいは開拓村がそっくりそのまま野盗の一団になって手に負えなくなることがある。こうなるともう、そのへんにいるような農村の人間ではどうしようもない。首長の私兵や衛兵に助けを求めるのだ。
「おれはここを離れられない。爺さん婆さんじゃあ、この雪原を越えられない。たのむっ! あんたしかいないんだ」
ヘンリクはそのままカウンターに額をぶつける勢いで頭を下げた。
ショーは自分の前で頭を下げている男を見つめる。
「報酬は」
実に流れものらしい返答だった。
ウィンターホールド地方の都市ウィンターホールドはかつてスカイリムの首都だったという。大きな港をかまえ、市場は各地からの品で賑わい、魔術師の大学を目指して素養のある若者が集まった。首都がウィンドヘルムに移ってもそれは変わらなかった。
状況が一変したのは、大崩壊と呼ばれる災難のあとだ。大崩壊でウィンターホールド大学だけをのこして周辺の建物は瓦礫となって海面に降り注いだ。タムリエルの各地から訪れる船でぎっしりと埋め尽くされていた港は破壊されて再建の目処は立たず、わずかにへばりつくようにして残った町並みの断崖からは、いまだに遺骸が転がっているのが見える。
雪の降りこめる海辺から、ショーは一種独特の、それこそ魔法でも使われて保たれているに違いないと感じるほどの奇妙な建築物を下から見上げていた。砂時計のような形の岩の上に立つ魔術師のためのウィンターホールド大学と街をつなぐ一本の橋。まるで人々の心のありさまをあらわしているかのようだ。
坂を上りきったところで賞金稼ぎに衛兵が声をかけた。
「旅人か。この街になにか用か? それとも大学にか?」
「スノーコーストから来た。首長に火急の用がある」
「そうか、通るといい。首長はこの時間はあちらの酒場にいらっしゃる。面倒は起こすなよ」
衛兵はそういってある建物を示した。
「礼をいう」
ソリチュードやホワイトランなどの大都市ならいざ知らず、辺境の地の支配者に会うのは容易だった。噂によれば浮浪者を客として迎え入れるところもあるという話を聞いたことがあるが、とりあえず、ショーは松明をもった衛兵の隣を通り抜け、宿へ向けて人の気配のない道を歩いた。
あたりはますます暗くなり、わずかな明かりに照らされて空から落ちる雪が白く光っていた。
彼は目的の建物の扉を開けると、酒気を帯びた人々の集まる広間を見渡した。
「ウィンターホールドの首長はどなたか。スノーコーストより火急のしらせを届けに来た」
するとすぐそばの老人が大笑して答えた。
「ああ、首長ならあっちの部屋で潰れちまってるよ。」
「話はできるか」
「何とかなるだろ」
老人のふしのある手で行け、と指示されて小部屋に入ると、ノルドの若い男性が寝台にうつ伏せで倒れている。ショーは男を強く揺さぶった。
「んん? タエナ、まだいいだろ?」
「残念ですが、俺はタエナではありません」
ショーがそういうと、男は跳ね起きて距離をとり、誰何した。
「誰だ」
「スノーコーストより火急の知らせを届けに参ったものです」
ひとつ地方を治める長にしては若すぎるノルドは、目の前に立っている鎧の男をじろりと見た。
「おまえのような男は、この時期のあの村にはいないと思っていたがな」
「俺は旅のものです。しらせを頼まれました」
「そうか。それで、しらせとは何か」
続きを促す姿は一地方の首長というだけある。さすがに堂に入っている。
「先日、スノーコーストがならず者の集団に襲われました。その数あまりに多く、首長のお力におすがりしたいとの旨」
「そうか、そうか」
そういって、首長は考え込むような仕草を見せ、一瞬鋭い視線でショーを射抜いたあと、満足げにうなずいた。
「わかった。よく知らせを届けてくれた。賊には早急に対処するとしよう」
「ありがとうございます。首長」
「ところで、お前、宿は決まっているのか? もし決まっていないのならば、今宵は我が長屋に泊まるといい」
さきほどの真剣な顔とは打って変わって、朗らかな明るい若者の顔である。
その彼の様子にひとつ肩の荷が降りたショーは、いい気分で申し出を受けた。
「ご温情、ありがたく受けさせていただきます」
「よい、よい。急なことゆえもてなしは何もできないが、ゆるりと旅の疲れを癒すといい」
そのまま首長に連れられ長屋に案内され、一つの部屋を貸し与えられた。
雪の中を歩きつかれていたショーは、久々の柔らかな寝台に身を横たえるとすぐに眠りに落ちてしまった。
そして夜半過ぎに、突然衛兵に押さえつけられ目を覚ました。
「さっさと起きろ! この盗人め!」
「いったい、なんのことだ」
まったく見に覚えのない糾弾だった。長屋の部屋に案内されたあと、一歩も部屋から出ていないというのに、どうしてそんなことができるというのか。
「そうやってとぼけるつもりか? しっかり目撃者がいるんだ!」
衛兵の言葉にショーは真冬に冷水を頭からぶちまけられたような気分だった。あまりに突然のことにまったく呆然としてしまう。
いったい何が起こっているのだ?
はっとして負けじと怒鳴り返した。
「だから、いったいなんだっていうんだ! 俺は何も知らん!」
彼を取り押さえようとしている衛兵達はまったく耳を貸さなかった。
「弁明は首長の前でしろ!」
彼は必死に抵抗したが、手と足とを縄で縛られ、二人の衛兵に両側から引きずられて大広間に連れ出される。
上座に座っている首長。わずか数時間前の彼の苛烈な視線がショーの脳裏を過ぎる。
「罪人を連れてまいりました」
「うむ、逃げられる前によくぞ捕らえた。最も腕の立つもの一人を残し、通常の仕事に戻れ」
衛兵達は首長に礼をとると、一人を残して長屋から去っていった。
首長と彼の執政、衛兵、そしてショーの四人になった真夜中の大広間に重い空気が落ちる。人気のない広間を照らす炎が、首長の顔を照らしだし濃い陰影を作り出す。
しばらくの沈黙のあと彼は重々しく口を開いた。
「盗人よ。なぜ私の財宝を盗んだのか。理由如何によっては減刑も考えよう」
「そのようなことはしておりません」
「証拠はそろっておる。そなたは今宵私から盗み出した財宝を身につけているではないか」
首長はそういってショーの首から下がる宝玉の首飾りを指差した。
旅の身の上には一見不相応にも思える品であるが、金銭を宝玉に代えて持ち歩くのは旅するものたちの知恵の一つだ。そしてこれは、スノーコーストのヘンリクから報酬として受け取ったものだった。けして盗んだものではない。
「これはもとより俺の持ちものです」
その言葉に、突如首長は激昂し、耳障りな怒鳴り声を上げた。デイドロスもかくやというほどの形相であった。
「いいや、私のものだ! そうだな?」
首長は立ち上がって執政を振り返った。
「仰る通りでございます、コリール様。財宝の目録を確認いたしましたところ、このように」
老いた執政がそばの首長の様子に動揺することなく書面を広げて追従する。財宝の目録のなかに確かに彼の首から下がるものと同様の特徴を記してあった。
「ほうら、どうだ。お前は盗人であろう」
明かりの炎の移りこむ瞳で悪巧みを開帳する子供のように首長は告げた。
なんということだ。
いまになって、スノーコーストの宿の主に報酬を要求したことをショーは猛烈に後悔していた。
この街はもともとただの通り道だったのだから、あの村で無償で言伝を受け取り、地方の長に伝え、余計な欲を出さずにさっさと旅の身空に戻ってしまえばよかったのだ。少しばかり欲を出したばかりに、少しばかりうかれていたばかりに、このような目にさらされている。しかし何よりたまらないのは、ここで捕らえられることで、もはや目的を達することができないかも知れないということだ。
「しかしな、私とてたかだか首飾り一つであの極寒の監獄に放り込むほど無慈悲ではない。」
続く首長の言葉がやけにゆっくりと聞こえる。
首長に会ってから、いままでの短い時間を一気に回想した。そしてやっと気がついた。
「スノーコーストを襲ったという賊の討伐を、お前に任せよう。みごと頭を討ち取れば、この罪科は不問に処す」
俺はこの男に嵌められたのだ。
夜が明けると、鎧を着た男が一人の衛兵の監視つきでウィンターホールドの西の雪原に放り出された。
前方の雪原は太陽に照らされて目が痛いほどに輝いている。右の方に臨む亡霊海の波はこころなしか穏やかなように見えるが、二人に吹き付ける風は強く、遠方に見える山々の頂上には雲がかかっていた。
「お前も災難だな」
ショーは隣を歩く衛兵に声をかけた。
「いいえ。あなたこそ」
スカイリムでよく見かけるような衛兵たちのように兜をつけていない彼女の顔は、もはや夜が明けているにもかかわらず、星のない夜の闇以上に黒々としている。彼女はダークエルフであった。このほとんど勝算のない任務に狩りだされたたった一人の衛兵だ。
「……このまま逃げてしまおうか」
「困ります」
「お前だって、こんな任務は不当だと思わないか。ダークエルフだからってこの討伐に命じられたんだろう? 命を捨てるよりは逃げるほうが賢い選択だと思うのだがな」
「困ります」
わざわざ首長にまでしらせの届く山賊の討伐が、たった2人で行えるはずがないことは、鶏にだって分かることだ。勝算のない戦いにから逃げることがなんの恥だろうか。
彼女はショーの前に回りこんで、彼を見上げて続けた。
「ウィンターホールドは人手不足なのです。使えるものならば親の手だろうとカジートの手だろうと、犯罪者の手だろうと使うのがこの地の流儀です。……まぁ、嵌められたあなたのことは災難に思いますが」
最後の言葉は皮肉げだった。
「分かってるなら解放してくれ」
「駄目です。仕事はきっちりしていただきます。そのあとならば、どこへなりとも」
職務に忠実な衛兵に、付け入る隙もない。が、ちょうどいい。賞金稼ぎは、衛兵を篭絡するための提案にも不毛さを感じ始めていたので、切り込み口を変えることにした。
「お前もダークエルフなら、ソルスセイムには行かないのか」
今度の返答にはややためらいがあった。
「……たしかに、ソルスセイムは私たちダンマーの第二の故郷となる土地なのでしょう。」
「だったら、さっさと行けばいいじゃないか。灰色鼠と呼ばれながらスカイリムにいるよりはずっと快適だろう」
ダークエルフ――彼ら自身の言葉でダンマーという種族は本来モロウィンドというタムリエル大陸東端の土地を支配域としていた。200年ほどの前に度重なる災厄によって彼らの棲家は人の住める土地ではなくなってしまった。そのとき行き場のなくなった彼らの多くを受け入れたのがスカイリムだった。
昔は、スカイリムのノルドと難民となったダークエルフは、それなりうまくやっていたのだという。譲渡されたソルスセイムやウィンドヘルムの城砦の中に灰色地区があることでも分かる。
すべて変わったのがあの大戦だった。
帝国とハイエルフ・ウッドエルフ・カジートの連合軍が戦ったあの大戦。
戦後、本来なら寛容な気質を持っていたはずのスカイリムのノルドたちは、あっという間に他種族への態度を硬化させていった、らしい。らしいというのも、ショーは大戦の頃はまだ子供で、ノルドとはいえスカイリムの住人ですらなかったから詳しいことは知らない。大戦に参加したという年かさの人間たちに話を聞くばかりだった。
それにしても、他種族の排斥の気風が高まっているスカイリム北東部に、いまだダークエルフの衛兵が残っているのは意外なことだった。彼女に対する風当たりは強いに違いないし、新しい故郷の話で、彼女の忠誠心を別の角度からつつくのも悪い考えではないように思えた。
そんな賞金稼ぎの揺さぶりにも、彼女はひとりで納得した。
「……そうでした。人間の寿命は100年足らずしかないのでしたね」
「そうだが」
「赤い年で私たちがスカイリムへ逃げてきたのは、あなたたちにとってはもう昔の話なのかと、そう思いまして」
その様子にショーは怪訝に彼女を見つめた。
「ウィンターホールドの2代前の首長には、私たちは返しきれない恩があるのですよ。赤い年、あの災厄のあとに、行き場のない私たちをこの地の方は迎え入れてくれました」
そして遠く見える山の東の端を指して続ける。
「……それに、ここからでは見えませんが、アンソール山の東端の峰にアズラ様の祠があります。大恩ある彼の首長の血筋がこの地を治め、巡礼のためにこの地をおとなう同胞がある限り、わたしはウィンターホールドを守り続けるでしょう」
夜空の女王の娘の横顔は気高かった。
ショーはたまらず目をそらした。
この不毛の土地に根付いているかもしれないならず者どもについて、何の手がかりもない二人は、ウィンターホールドからスノーコーストに至る街道を調べることにした。
途中ウィンドヘルムやドーンスターの方向にも別れるその道は、山を越え、氷の渓谷を抜けてあの村に通じているらしい。
ひたすら海辺を通ってウィンターホールドに来たショーは、女衛兵からこの辺りの話を聞いた。ウィンターホールドスノーコーストの間に広がる広大な大地は、海辺には様々な遺跡が存在するとはいえ、今では誰も手を着けたがらない不毛の土地だとか。道が整備されていないうえに、雪と氷がいつ崩れるのかも分からない。
南側の山の道が唯一、人間がこの大地の覇者であると宣言する人工物であった。
「街道であれば、なにかしら痕跡が見つかると知れないと?」
「あの土地に人の手の入った場所といえば街道しかありません。他はまったくの手付かずですから、何かあれば逆に目立つはずです。スノーコーストまで往復して、何もなければそれでよし。何かあればあなたの出番です」
女衛兵の判断に彼は手を握る。鋼鉄の鎧の金属のこすれた音を立てた。いくら戦いに慣れているのものであっても、あの人数に一人で挑みかからなければならないなどたまったものではなかった。
もし何かあるのならば彼は女を切り殺して逃げるしかないだろう。スカイリムでは各地方の独自色が強い。たとえウィンターホールドで罪を犯しても、地方の境を越えた先では罪を問われない。二度とウィンターホールドに近づかなければ良いだけだ。
彼らは無味乾燥な雪景色の中を一昼夜歩き続けた。
はじめて変化が現れたのはアンソール山のふもとにさしかかったところだった。
「おい」
風に巻き上がった雪で煙る道の先に人影が見える。
彼はダークエルフの連れに声をかけた。
「わかっています」
彼女はその背に背負っていた弓をかまえ、矢筒から鈍く光る鋼鉄のやじりをつけた矢を取り出していた。
「どうぞ。お先に行ってください」
彼女は賞金稼ぎに向かって獰猛に笑った。
はじめは異種族の女を厄介払いしたいのかと思ってもいたが、なるほど、この女を監視によこしたのはこの性格によるものか。確かに適任だった。わざわざ弓をかまえて見せたのは、たとえ逃げ出そうとしても、賊と結託しようとしても、裏切れば後ろから射るという無言の牽制だろう。
そもそも、状況によってはこちらも彼女を殺して逃げてしまおうと考えていることだし。
自称賞金稼ぎの男はしかたないといった風情で肩をすくめ、いまだ遠い人影に向かって歩き出した。
執政の老人
タナエの前のウィンターホールドの執政。もちろん宿の老人とは別の人。本編で登場するコリール首長と執政タナエの子供であるアッシュール君の年齢から、196年時点ではまだタナエは執政として働いていないとした。年若いコリール首長にも年長者の助言者は必要であるだろうという考えからご老人に執政になってもらった。
「人間」について
この作品の地の文では、作者が人間種なのでどちらかといえば人間(Man)の視点で単語を使っているが(ハイエルフさんたちに失礼にならないようにしているとも言う)、とくに注釈を用いない限り「人間」や「人類」、「人」という言葉は、人間種、エルフ種、カジート、アルゴニアン……その他全ての種族を指す。