風にさらされ色あせたローブを血に染めて、その男は立っていた。
周囲には頭を潰された骸。間違いなく右腕のメイスによるもの。
噴き出した血糊が日暮れの空よりも赤く雪上を染め上げて、点々と黒い花を咲かせている。
ショーはゆっくりと、互いの顔が認められる距離にまで近づいた。それでも男は動かない。見覚えのある黄色の布地に辛うじて気が付き、だが剣の柄から手を離さないままに立ち尽くす男に向けて声をかける。
「ステンダールの番人か?」
男の灰色の瞳が、ショーの上で焦点を結んだ。
「おお、 そうだとも」
疲れのにじむ声だった。
「おぬしは?」
「賞金稼ぎだ。 賊どもの件で首長に遣わされた」
ようやく相手が敵でないという確信に、両者ともやっと武器から手を離した。
この男が例の連中を始末してしまっていることを、ショーは期待した。そうであるなら、さっさとウィンターホールドからおさらばできる。だが彼にとって期待とは裏切られるものだった。ノクターナルに嫌われてでもいるのか、運というものはいつも彼に味方しない。
「・・・・・・ふむ。 そのことについてそちらの衛兵のお方とも話がしたい」
後ろの岩影から、ダークエルフの女衛兵が弓をおさめながら現われ、ローブの男の前に立つ。
「ステンダールの番人の方。 いまいましい山賊どもと戦われたようですね」
「そうだ。 一人の仲間を失い、 二人の仲間とはぐれた。だがいまだ連中は山中に根を張っている。 協力を頼みたい、 アズラの使徒よ」
「こちらこそ協力をお願いします、 ステンダールの灯を掲げる方。 悪しきデイドラどもをも狩るともいう番人が苦戦する輩。 少しでも力を合わせねば勝てる相手ではないでしょう」
衛兵はあたりの様子を確かめると、男二人に提案した。
「この場を離れましょう。 獣が血のにおいに引かれてやってくる前に」
この女について行けば数の多い賊を相手にせねばならなくなる。それでもショーは黙って衛兵に続いた。
ただの山賊相手にステンダールの番人が出張ってくる、などという話はショーは過分にして聞いたことがなかった。間違いなくデイドラに関するなにがしかの事情が絡んでいる。彼が追うのはデイドラの信者か、召喚された生き物か。
あるいは、それが魔術師であれば――
泥沼の中で探し続けているものが見つかりそうな予感。希望とも絶望ともいえぬ、得体の知れない感情が、ショーの胸に燈った。
第4紀196年 暁星の月19日(1月19日) ウィンターホールド地方
夜に女が担ぎこまれてから、少女は懸命に考えていた。
枷で女まで手は届かず、血止めができそうにないのだ。流れ出ているのは命にかかわる量ではなさそうだが、スカイリムの冬夜は厳しい。凍てつく空気が女と少女の体を凍えさせていた。
外から聞こえてくるのは、轟々と唸る風の音と酔った人間の笑い声。
ふと、ナダは村の夜が恋しくなった。
冬の寒さに負けずに杯を傾ける老人たち。海の荒々しさと戦場の風を感じさせる先祖の古い唄。ところどころ話を拾いながらヘンリクの頼みでテーブルに酒と料理を運び、いつもカウンターからこちらを見ているルークに微笑む。
ナダの両親が死んでから、それが彼女の日常だった。
スノーコーストは傭兵の村だ。頑健な大人はみな戦場へ行く。彼らは雪の降り初める秋の終わりに村を旅立って、下草の青い夏の終わりに帰ってくる。
少女の両親は旅立ったまま帰ってこなかった。それからは夏が来るたびに、暇さえあれば村の境に立って、道行く旅人の顔を確認した。
ある年、ついに配達人がやってきて、両親の死を知らせる手紙渡されたのだ。
紙一枚。消息の知れない人間が、死んだと分かっただけでも幸運なことだ、と酒場の主はナダをなぐさめてくれた。こんな時代だ。身内を失うことは珍しくはない。
それでも身内を失い、ヘンリクにひきとられたナダの肩身は狭くなった。まるきりとはいえないが、変わってしまった村での立場に慣れるのは少しだけ時間がかかった。
剣を手にして老人と打ち合うのに慣れ、試合でとうとうルークに勝利し、酒場では給仕だけでなく、料理や部屋の手入れを任せてもらえるようになったころ、村で長老と呼ばれていた老人から魔法を教えてもらった。それまで分別の付かない子供には教えられないから、と断られて続けていたことだった。
小さな魔法であるならよほど才能が無いものでもない限り、誰でも使うことができるのだから、仕方ないことかもしれない。魔法は危険なものだという自覚と危険なものを扱う責任、そしていったい何のために使うのかということ。それは剣をふるうときも考えなければならないことだ。
この傷ついた女のためにも、いまここで魔法を使うのは間違っていない。そのはずだ。
右手に拾い上げた松明を、左手にマジカを少し集めて、少女は呪文を紡ぐ。
――HO APRA YRJ
火よ、顕れよ
ナダにできたのは、女の体を冷やさないようにすることだった。天幕の中の温度を下げないように、火炎の魔法でたくさんの松明に火をつけて、小さな焚き火を作り出し、手に届く限りの場所にある毛皮を女の上に放り投げた。治癒魔法は自分自身にしか使うことができない。使うだけマジカの無駄になるからだ。
そこまでやり遂げると、慣れない虚脱感が襲ってきてナダは膝に顔を埋めた。少ないマジカを使いきった反動だった。
少女の前では火が燃えていた。積み上げた松明が崩れて、小さな破裂音のあとに、光が跳ね上がる。
いつか――もう一度村に。
かすむ思考にそんな想いがよぎる。そして、積もりに積もった疲労に、少女は眠りに落ちていった。
目が覚めたナダの正面に転がっている女の胸は、まだ上下していた。そのことに安堵していると、憎らしいことに、きちんと三人分の食事を持ったハイエルフの少年が朝の天幕に現れた。昨晩この天幕の住人がひとり増えたということを、如才なく把握していたらしい。
少年はナダにスープの入った椀を手渡す。そのあと毛皮を捲って女の様子を観察していたが、すぐに興味をなくしたように木箱の上に跳ね上がって、いつものようにしゃべりながら食事を始めた。
そして、無言でじっと女の目覚めを待っているナダに向かって言い放った。
「ねぇ、そんな奴、 放っておいて僕と話をしようよ。 そっちのほうが面白いよ」
こいつには、ナダにはできなかったことができるはずなのに。女の怪我を治すことが。
なぜ怪我を治さないのかは理解できる。けれど、ほがらかににしゃべりかけてくる少年にたいして苛立ちが募る。
「何を」
視線は動かさず、ナダは掠れた声で叩きつけた。対してハイエルフの少年はくすくすと笑う。少女の感情をさとったようだ。
「その人、 どうしてここにいるか知っている? 知りたくなぁい?」
悪戯じみた声音だった。
「本人に聞くわ」
即座に切り返したナダに、少年はおかしそうに肩を震わせると、
「そ。 その人、 ちゃんと目が覚めればいいね」
と言って、空いた皿二つ、食べられた形跡のない皿を一つを持って、天幕を出て行った。
真昼を少しすぎたころ、師匠に用事を言いつけられたという少年はまたも天幕を訪れた。
囚われの身になっている人間が二人に増えてから、このハイエルフの少年の舌は更にせわしなく動くようになった、とナダは思う。無視すると木箱の上に陣取った彼は、膝に頬杖をついて足をぶらつかせて口をとがらせる。天幕の中ではフードをかぶらなくなった。
あまりにもくだらない理由で間も空けずにやってきて、本当は監視役なんじゃなかろうか、と疑いながらもだんだんと相手をするのも面倒になっていた。
朝からもうこの顔を見たのは何度目だろうかと、ナダがうんざりとしているところに、唐突に質問を浴びせられた。
「ねぇ、 君っていつが誕生日なのかな」
少年は木箱の一つを覗き込んでいた。乾燥した葉や蟲の一部など、何に使うのかよく分からないものを手にとって、いちいち検分してから肩から斜めにかけた鞄に詰め込む。
「僕は黄昏の月の生まれ。 精霊座のもとに生まれたんだ。 アルトマーで精霊座って、 すごいでしょ? もう、 家中の皆が魔術師にするようにって僕を育てたんだ」
それで、あんな魔術師のところに修行に出されちゃったんだけど、と少年は肩をすくめ、無邪気に問いを繰り返した。
「ね、 それでいつなの?」
「収穫の月よ」
「そっかぁ。 ノルドの戦士にはぴったりだ」
「どうして?」
少年は、収穫の月の生まれの人は、大概の者が戦士座の加護を受けているのだ、と嬉しそうに解説した。
戦士座の加護のことはナダも知っている。だが、聞いたことのある話とは随分と違う。
戦士座の加護を得るには、戦士の石碑という場所に行って武運を祈る必要がある。ノルドの戦士として生まれたならば、一度は行っておくべきだという。なぜなら、あらゆる近接武器の使い手として大成できるからだ。
それは生まれながらにして与えられるようなものではない。
「そういえば、 今は儀式座が優勢なときだよね」
「星座には詳しくないの」
ナダの星座の知識は村の老人たちが話していたものばかりだ。みんな、戦士座はよい。まあ精霊座でもかまわんかもしれんが、と言うばかりで、他は聞いたことがなかった。
「そうなの? 教えてあげようか?」
ここで知らないといえば滔々と口から解説が流れ出すということを、これまでの失敗からナダは学んでいた。かといって、無視するのも問題だった。僅かばかりとはいえ、陣容をこぼしていく少年を無碍にすることはできない。
それでも、話をするたびにこの調子で、少年の前では自然と口数が少なくなってしまう。ならば、とにかくしゃべらせておくことだ。
「じゃあ、 お願い」
ナダは興味のない部分は聞き流すことにした。
ここに連れてこられてから、いくつか分かったことがある。
一つ、全員が何かの目的を共有して動いているらしいこと。何度となく耳にした、儀式と言う言葉。高価な品もナダも、みんなそのための道具らしい。
一つ、このならずものたちの集団はスカイリムのあちこちから集めた連中で、頭と呼ばれている男が統率をとっている。それでもやはりもめ事が絶えず、外では怒声が聞こえていないことのほうが少ない。
一つ、魔術師は師と弟子がどうもかみ合っていないようであること。この少年が普通の村の子供のような態度をとるのに対して、あの魔術師は正気であるのかないのか確認したくなるような有り様だった。だからこの少年がナダのところへとやってくるのだろうと思う。
何か大きな問題が生まれたら、きっとこの共同体は恐ろしい勢いで崩壊する。そんな危うい天秤の上にこの集団は保たれている。そしてきっと、あの夜より無法に、周囲の村や町を荒らして回るのだ。ナダには、その様子が簡単に想像できた。
そんな調子の彼らが、協力して成し遂げようとしていることはいったいなんなのだろうか。スカイリムの荒くれ男や怪力女が恐れ、手を出そうとしないアルトマーの魔術師師弟は、いったい何をしようとしているのだろうか。そこが分からない。
魔術師がやりたい放題に人を使ってもやつらは文句をこぼすだけだ。少年も、あいつらと同じだ。師匠についてナダに文句を言っていくだけ。
肝心なことは誰も話さない。
「ねぇ、 聞いてる?」
ナダがうわの空でいたことが少年にばれてしまったらしい。彼は不機嫌になって眉根をよせていた。
「もう全くこれだから他の種族って、 やになっちゃう」
彼はいかにもハイエルフらしい、傲慢な文句をついた。
「もう充分話したでしょ。 あんた、 師匠に言われてた仕事はいいの? なんか持ってかなきゃならないんじゃなかった?」
「あ、 そうだった。 忘れるところだった」
少年はやはり話し続けながら作業を再開し、そして嵐のように立ち去っていった。
まったく、会ってから一日でなんて様だろう。
その感想がナダ自身に対してのものなのか、ハイエルフの少年に対するものなのかは、彼女の胸中でも判然としなかった。
もうすぐ日が暮れる。天幕の入り口の布がはためくたびに、わずかにのぞく外の雪面が西日で赤く色づいている。結局ナダの考えは何も片付かないまま、一日が過ぎようとしていた。気温がぐっと下がり、今晩はどうやって暖をとろうか、と少女が考えを巡らせ始めたころ、毛皮の下からうめき声が聞こえた。
「お姉さん?」
女は身をひねって、夢見るような表情でゆっくりとしばたく。見覚えのある少女の不安げな顔に、女は思わずといった風情で呟いた。
「ああ、 ここはソブンガルデかい」
傷からくる熱が体を苦しめているはずなのに、女の言葉は明瞭だ。
「残念だけれど、 ここは賊の根城よ」
ナダのこの言葉に、そう、と女は応えた。顔に落胆の色が浮かび、すぐに心の下に覆い隠された。
「名前はなんていうんだい。 あたしはヒルドだ」
「ナダ」
「変わった名前だね」
「ノルドの人にはよく言われるわ。 でも気に入っているの。 希望という意味なのよ。 私の両親が、 遠くの国の言葉からとったんだって。」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。呑気な話題が心をほぐしたようだ。双方それなりに落ち着いている。
話が出来ると分かると、ナダは昨夜から気にかかっていたことを問いかけた。
「ヒルドはルークを知っているの?」
「スノーコーストの少年かい。 ああ、途中まで一緒だったんだ。 あんたはスノーコーストのナダで間違いないね」
ヒルドにも疑問があったらしい。彼女の誰何にナダは正直に答える。
「そうよ。 わたしがスノーコーストのナダ」
そしてわずかに躊躇した。
「ヒルド、 途中までルークと一緒だったって、 どういうこと?」
「ルークが、 あんたを助けに来てる」
なんてことだろう。ナダがならず者の手に渡ったことで、みんな無事にすむはずだったのに。
ここには大勢の悪漢とハイエルフの魔術師がいる。とても手に負えるものではない。
少女の思案顔に気を利かせたのか、ヒルドは付け加えた。
「あたしは、 捕まってしまったけど、 ルークは大丈夫さ。 ステンダールの番人の中でも一番の魔術の使い手がついてるから」
「ステンダールの番人? ヒルドは番人の一員なの?」
「そうさ」
ヒルドがぎこちなく体を起こし、木箱のひとつに体を預けようとして、手を滑らせる。
「お姉さん、あまり雪に慣れてないのね。生まれはどこ?」
「これでもちょっとは雪の上には自信があったんだけど。……ホワイトランだよ」
「ドラゴンズリーチや大きな市があるところ? 一度行ってみたかった」
アンソール山と同じくオラフ王の詩歌に詠われるドラゴンズリーチ。スカイリム、陸の要衝ホワイトラン。ナダは凍りついた毛皮の上で、ありとあらゆる旅人が集まる賑やかな都市を想像した。
「諦めたらいけないよ。 いつでもいけるさ。 ここから逃げ出したらね」
「できないわ」
ステンダールの番人といえばデイドラを狩る者たちだという。その彼らが近くまで来ている。そして、ハイエルフの魔術師と彼らが口走る儀式という言葉。少女の中で一つの推測が成り立った。
「だめ。 逃げられない。 逃げたら父祖に背を向けることになる」
「いくらあんたがノルドでも、 まだいっぱしの女にも、 戦士にもなってない奴がそんなこと言う必要はない。 ここは戦場じゃない、 ただの山賊の根城だ。 誇りも信念もないような奴らに真面目に向き合って、 こんなところで命を無駄にするんじゃない」
「違うの、 そういうわけじゃない、 ただの山賊じゃないの。 耳長が、 ハイエルフの魔術師があいつ等を使ってる」
一刻も早くナダは知っていることを口に出そうとして焦った。
「ここは魔法使いの儀式場なのよ。 わたしはあいつがスカイリムで何かしようとしてるなんて許せない。 だから……」
その先は続かなかった。どうしたら中身も分からない企てを止められるのかなど、少女の頭の中にはなかったのだ。
一方、ヒルドはナダの言葉を聞いて唖然とした。
「なんてこった」
当たりを引いてしまった。
「ナダ、 あんたは逃げなきゃならない。 あたしのためにも逃げてもらわなきゃ」
「どうして」
「あんた、 その儀式の生贄なんだよ」
ナダが儀式の生贄になるとオブリビオンへの門が開かれるのだと、ヒルドは簡単にあらましを少女に説明した。それを聞いてナダは悄然としてうなだれた。
オブリビオンの門が開かれる――それは恐ろしい災害をふりまくということだ。村から一日ほどの距離にあるこの場所でそんなことが起こったら。
村人のためにナダがここへ来たことは、やってはいけないことだったのだろうか。儀式の生贄にされてしまえば、むしろ村へ被害をもたらすことになってしまう。でも、もしあの場で誰も名乗り出なければ、村は炎で焼かれていた。
「いいかい。 いまから枷を壊すよ。 そうしたらとにかく山を降りるんだ」
「うん」
「山を降りたら、 どこでもいいから村や街に駆け込むんだ。 衛兵を頼るのもいい」
「うん」
「道を外れるんじゃないよ」
「うん。 ヒルドは」
「一緒には行けない。 この怪我じゃあんたの足を引っ張っちまう」
無傷のナダと、失血と熱で動けないヒルド。体格の差こそあれ、二人でこの場から逃げ出そうというのは無理なことだ。少女よりも経験が豊富な女戦士は、的確に二人の可能性を見て取っていた。
「諦めるの」
それでも言葉がナダの口をついて出た。
「まさか」
くしゃりと顔をゆがめて笑ったヒルドの炎の魔法は、正確にナダの鉄枷を破壊した。
「あたしはあたしでどうにかするさ。 だけど、 あんたは一人で行くんだ。 いいね」
ナダは毅然とした顔でステンダールの番人へ頷いてみせて、天幕を忍び出た。
どんな酷い目にあうことになろうとも、せめて最後まで強気で、誇り高くいようと思っていたのに、ヒルドは逃げろいって、少女だけを逃がした。それが魔術師を妨害する最高の手段だった。だが、ここで敵に背を向けて逃げ出すのか。
しなければならないことと、ノルドとしての誇りが少女の中でせめぎあう。
自分か、村の人々か。
大勢の命か、連綿と受け継がれてきた誇りか。
何を選ぶべきで、もしくは選ぶべきでなかったのか。
分からない。
いったいどうするのが良いことで、正しいことなのか、ナダにはもう分からない。
それでも、同胞の女から与えられた機会を無駄にしないために、そっと星空の下を歩みはじめた。
簡素な台座が置かれているだけの高台の上に細いローブ姿の魔術師が立っている。前方は崖。そして雪原を覆う暗闇が視界を埋め尽くす。
「様子はどうだ」
彼の後ろから少年が現れた。
「落ち着いてるよ。 でも物分りが悪いね。 あんなのでほんとに大丈夫かな」
「あれしかないのだ。 幸い供物も手に入っている。 それともまた機会を待つか」
「判断は任せるよ。 あなたのほうが長く生きてる」
それにしても、と魔術師が赤い月が沈もうとしている夜空を指し示した。
「まことに、 この土地の星は面白い。 儀式の座を見よ。 我らには好都合なことだが、南ではまったく逆の意味を持つのだぞ?」
この時期の儀式座は太陽と共に空に上ってくる。この時間に見えることはありえない。
しかしまるで見えないものが見えているかのように、魔術師は暗夜を示して笑っている。
生まれや祈り、あるいは修練によって星座の加護を授かるとさまざまな特異な力を扱えるようになる。戦士座ならば単純に力を、精霊座ならば魔術に対する耐性を。
儀式座ならば不死者から身を守る術を与えられる。加護を得ることができれば、不死者をひるませる言葉を扱えるようになるため、儀式座とは不浄の怪物を相手取るものたちに味方する星である、というのがとくに星の力を信望する者たちの見解であった。
ところがこのスカイリムで儀式座の加護を授かると、周囲の死体を不死の化け物に変え、使役するという力を得ることになる。
魔術師にとっては僥倖だった。
死の理をくつがえす加護。
エイドラの信者であれば加護ではなく呪いだと言ったことだろう。しかし彼はサマーセットのハイエルフ。その中でも暗い深遠を覗き見た者である。かつ、死の理を司るアーケイに敵対するといわれているデイドラの信者でもあった。
まさに北の大地の儀式座の大立石は、魔術師にとって祝福といえた。
「これほどまでに、 違いがあからさまであると、 猿どもの言うエイドラなるものが本当に存在しているのか、 怪しいものだ。 なぁ」
エルフを見棄てて人間(men)に味方したエイドラたち。いまもハイエルフたちの脳裏に焼け焦げて残っている忌々しきタロス。その神の実在をおくびにも出さず、魔術師は大人しい弟子に投げかける。
「それでもデイドラはいる。 間違いなくね」
エイドラはけしてニルンに現れない。しかしデイドラは違う。
「そのとおりだ。 よく出来た子よ」
「そういえば、 面白いことが分かったよ。 あの贄は収穫の月の生まれだ」
収穫の月。戦士の星。それは、太陽の力。
すなわち、秩序を司るエイドラの元に生まれたことを意味している。
「しかも、もうひとりの女の方。 そっちはホワイトランの出身だってさ」
ホワイトラン。その西に広がる草原に、儀式座の石碑はある。その土地に生まれたものが何の影響も受けていない、などということはありえないのだ。
エイドラの影響を強く受ける生贄の少女と、儀式座の土地の生まれの女。
「それは、 それは。 よいことを聞いた」
魔術師の脳裏に、儀式の概要が広がり、瞬く間にさらに効率よい方法に変更することを決断する。
「さて、 最後の手筈を整えるよう指示を。 ああ、 捕らえた女の方も使う。 運んでおけ」
「はい。 マスター」
魔術師の命令に歩き出していた少年は、唐突に振り返った。
「成功を祈っているよ。 我らが同志」
アリノールから突然よこされた弟子だ。サルモールの一員だとてなんら不自然はない。アルトマーに貴重な幼子をこのように扱うとは、本国の状況も相当に緊迫しているようだ、と自らの所業も省みずに、魔術師ははひとり納得する。
「さっさと行くといい」
ハイエルフの男は、視線を故郷の島とはまるで違う大地から空へと移した。
儀式座の加護の変異。星に詳しいはずの魔術師や僧侶にとっては致命的でおかしな事態であるというのに、この地では誰も彼らの言葉に耳を貸そうしていない。だれもそのことを気にかけない。いつからこうなってしまったのかさえ誰も知らない。
戦士であることが最も誉れ高きことというだけで魔術を疎んじる。
現にあの賊の連中がそうなのだから。何をさせられようとしているのかもまったく理解をしないで、口約束で付き従う愚か者たち。
ひたすらに、死を冒涜する行為を積み上げてきた魔術師は、満足げに哂った。
ノクターナル
萌え。チラリズムの塊。デイドラ大公。
盗賊クエストでお会いできます。麗しい……。
ナダの魔法について
スカイリムではどの種族を選んでも初期魔法に火炎(Flames)と治癒(Healing)がある。
暦の補足
収穫の月(8月)
黄昏の月(11月)
星座
地球の黄道十二星座と対応するとみなす。