――気高きノルドは老いた父の言葉を忘れない
最高の鋼であっても曲がり、折れることもある
だが、真の男の肉体は消して屈しない――
アンソール山 言葉の壁の碑文 より
第4紀196年 暁星の月25日(1月25日) イーストマーチ地方 ウィンドヘルム
「よお、生きてたか」
フラゴンの中身を空けながら吟遊詩人の歌声に耳を傾けていた金髪のノルドの男は、左手に立てかけた剣の柄を押さえ、眉間にしわを作り、遠慮なく背後からかけられた声の正体に振り返った。彼の背後に立っていたのは怪しい風体のダンマーの男だ。銀の髪を後ろに撫で付けた青黒い肌の男が、陶器の杯を持って片手を上げていた。
「お前か」
「で、どうだったんだい? お目当ての獲物は見つかったかい?」
痩身の異種族の男が遠慮なくショーの隣に座り込み、テーブルの上にあるチーズを勝手に食べ出す。それを不機嫌な顔で見ながらノルドは告げる。
「逃げられた。それも最悪なところに」
「そうかい。ってぇーことは、あっちに行かれちまったってことか。本当にそんなことあるんだなあ? まいった、まいった。こりゃ神様に毎日きちんとお祈りしとかなきゃなんなくなっちまったな」
にやついた笑い顔でダンマーはノルドに向かって問いかけた。
「いちおう確認しておくが、あんたがアレをやってて変なもん見たとか、そんなんじゃないよな」
アレといったところでショーの隣の男は親指と小指をのこして左手の指をおりたたみ、小瓶をふるような動作をした。アレ、つまりはスクゥーマ、帝国禁制の麻薬のことである。
「そんなわけあるか」
ウィンドヘルム。あくる日は栄光の都であり、かつてはスカイリム一とまで呼ばれた要塞都市も、首長の息子が投獄されて久しい。いまだ首長は健在であるにもかかわらず、次代の首長を誰にするかということで、水面下で争いが繰り広げられているという。
その余波を受けているかどうかは定かではないが、衛兵などに話を聞く限り城砦内の治安は確実に悪化しているらしい。ただでさえ、モロウィンドからの難民を抱え込み、大戦、白金協定とめぐるましく打撃を加えられ、そしてとうとう跡継ぎがいなくなってしまったのだから、さぞや統治は荒れたことだろう。まつりごとの目の届かないところで、盗品、禁制品の売買に果ては借金の形の身代のやり取りまで行われているという噂まである。
これでは、かのリフテンとどちらが酷いことになっているのやら、とノルドの太古の都にこのような惨状が広がっていることにため息をついた。いかにもといった風情の空気を漂わせているこの異種の男が、昼間から堂々とまっとうな店に顔を出せるのもそのような状況があってこそだった。店の暗がりで背を丸めてテーブルを囲んだ人が、そのテーブルの下で皮袋を受けわたし、金貨をやり取りするような光景がすぐ傍に広がっているのだ。
「あんたは、そんなもんに手を出してないって知ってたぜ、へへっ」
ショーは胡乱気な男をじっとりとしたまなざして見咎めるに留めた。自身がやってるかどうかの話をするより、こいつがやっているかやっていないかの心配をしたいところだった。仕事をするのに、正気でないものを信用できない。そもそも正気でない人間と仕事をすることは、こんな稼業では自殺行為だ。
目の前の怪しい風体をした男は椅子を前後ひっくりかえして背もたれにひじを乗せる。
「アレについては置いといて、あんたさ、本当に、あのヤバい魔術師とどんな関係なんだ?」
「それはお前の商売道具じゃなかったか?」
ショーが肩眉を上げると、青黒い肌の長い耳が上下に動いた。
「噂はあるさ。とあるデイドラの信者を追い回す凄腕のノルド。女をとられたとか、デイドラの信者を心底憎んでるんだとか、大戦での因縁のライバルなんだとか」
そっちじゃあんた、有名人だぜ、とつらつら並べ立てる男を無視してショーは酒を煽った。妙齢の黒髪の女が赤々と燃える暖炉の前でリュートを爪弾いている。豊満な歌声が酒場に響く。
「最高だったのは、あんたがアルトマーの魔術師を殺したくて殺したくてたまらない、とんでもないヤツだ。お前殺されるから付き合うのをやめろっていわれたやつだ」
確かに、すべて根も葉もない噂話だったが、事実をこいつに教えてやる必要もない。ショーは赤い瞳から目をそらし口をつぐんだまま黙り込んだ。
「全部うわさにすぎない。おれは、あんたの口から直接聞きたいのさ」
その一角に沈黙が下りる。
「ま、今すぐってわけじゃあない。困ったときにゴールドの代わりにしてくれもいいんだぜ。おれがいい値段で買ってやるよ」
陽気に男が続けた。
「それにしても、ずいぶんと追いかけまわしてるよな。マン(人間)にとって十年、ってーのは長い時間だと思ってたが、飽きないのか?」
十年と言われ、もうそんなに経っていたのかと思う。いつの間にそれほど時間が過ぎていったのか。しかし、ショーの仇は十年かかってようやく手が届くと思ったら、更に遠いところへ言ってしまった。
ダンマーの赤い目が見透かすように自身をながめていることに気づき、ショーは無理やり話をそらす。しらばっくれたことを呆れたように言う。
「お前、飽きるとか飽きないとかで仕事の相手を決めるのか?」
「決める」
いままでのふざけた態度とは一転、真顔で言い切った情報屋にたいして、ショーは本当に呆れて椅子にどっと体をあずけた。
「はぁ、お前がどうしてこういうことをやっているのかは、俺にとってどうでもいいが、情報の方は続けて集めてくれ」
「おいおい、まさか、オブリビオンにまで忍び込んで来いってんじゃないだろーな」
「やれるのか」
椅子の背にもたれたまま横目で問う。彼は本気だった。できるというならば、何を代償にしてもいいとすら思う。
「まさか、無理に決まってるだろう。冗談だよ、冗談」
「分かってる。今までどおり、定期的に情報を伝えてくれればいい」
「そーかい。まいどあり」
金払いが良くて助かるよ、とばかりにダンマーは目を細めた。
「で、俺に直接声をかけてきたってことは、依頼だな?」
「そのとおり! あんさんをご指名さ。どうする?」
「聞こう。受けるかどうかは報酬と内容次第だ」
ひとまず魔術師のことは忘れて仕事に専念するとしよう、とショーは考えた。
しかし、街道で交わした三人の果たされていない誓いのことが頭の片隅にひっかかっていた。あの誓いは信じる神と己の武器にかけた、けして破るわけにはいかないものだ。だからこそ、もはやショーはこの仇討を止められない。
番人はいまごろ拠点に戻っているだろうし、衛兵が街を離れることはそうない。それで、どうして誓いが果たされるだろうか。
「あんたには、ちょいと墓潜りに行ってきてほしい」
エイドラへの不信を振り払って、おそらく今は時期ではないのだ、とショーは自分を納得させた。
第4紀196年 暁星の月25日(1月25日) ペイル 番人の館
壁際に設けられた二人掛けのテーブルの上に蝋燭の明かりがゆらめいている。蜀台の前には、机をはさんで男と女が一人座り、話しこんでいる。
女の名はカルセッテといった。すっきりとした鼻筋と広い額。ブレトンによく見られる気品ある顔立ちに、蝋燭の炎が陰影を沿えて、その顔に浮かび上がる疲労を覆い隠していた。
向かいの男の話が終わると、女は安堵して、つめていた息をはきだした。
「門は閉じられたか」
「我々は幸運だった、 かつての災厄に立ち会った者たちに比べればな。 門が開くその場に居合わせて生き伸びたのだから」
「本当に、よく生きて戻った」
「その魔術師のことはこちらでも調べておく」
頼む、と男が言った。
「わしも伝手をあたってはみるが、ほとんど空振りになるだろう。ここまで表沙汰にならん相手だ。もし災厄が起こらんとすれば、各地の者が兆候を掴むほうが早いかもしれぬ」
「では、各地を巡回しているものたちとの連絡を密にしておこう」
彼らは他にもいくつかの問題を話し合った。狩るべきデイドラのことや番人たちの世話についてだけでなく、帝国と八大神教団、そしてアルドメリ自治領、他にも二大勢力にはさまれたハンマーフェルの動向、スカイリム独立派と帝国派に各地の首長たちの結束が乱されつつある現状のこと、そのうえでどのようにたちまわるべきかなど、その内容は多岐にわたった。
蝋燭が短くなり、夜も更ける頃に、ようやく寝床へ向かうために男が立ち上がった。
「待て、休む前に一杯どうだ。お前の言っていたホニングブリューの蜂蜜酒を調達しておいた」
「それは……」
女の言葉に男は視線を右上にちらと一瞬動かして言いよどみ、
「相伴に与らねばならん」
そして男――グスルは破顔した。
カルセッテは勢いよく干された男の杯に酒を注ぎ、自らも酒を舐める。
「やはり、蜂蜜酒はこれでなくては」
「正直なところ、 ブラックブライアとなにが違うのか、 私にはよく分からないなあ」
葡萄酒とエールには詳しくても、蜂蜜酒は分からない。どうやら薄いだの濃いだの、香辛料がどうだのといろいろとあるらしい。ブラックブライアとホニングブリューはどちらも蜂蜜酒の蔵元であるのだが、ノルドの部下たちにはホニングブリューが最高だとことあるごとに勧められる。
「ブラックブライアは好かん」
「そうは言ってもな。なかなか苦労したんだぞ?」
これは、まぎれもない事実だった。内乱からこちら、帝国との交通の要衝リフテンを押さえているというブラックブライア一家の勢力の伸長は恐ろしいものがある。その一家が同業者のホニングブリューに圧力をかけているのだ。ホニングブリューの蜂蜜酒の流通は滞り、造成所は虫の息。入手も難しくなるというものだ。
手元に届くまでの苦労を思い出して眉をひそめる上司の姿に、気のよくなった男は声を上げた。
「補給能力に優れた隊長どのに乾杯」
「そういうなら、お前も少しは手配を手伝え」
「昔からそういうことには向いてなくてな」
大戦のころに思い知った、と男はぼやいた。
二人は杯を傾ける。沈黙がその場をおおった。
このたびのオブリビオンの門の一件は稀に見る大事だ。もしかしたら、ステンダールの番人が組織されてから初めてといえるほどの大事になったかもしれないが、それをなんとか鎮めることに成功した彼らに、カルセッテは感謝せねばなるまい。
「ヒルドは死んだか」
「ああ」
「まだ、 先が楽しみな娘だったのになあ」
ヒルドに。
そう言って、二人は蜂蜜酒の杯を掲げた。淡い光が器を満たす液体を深い琥珀色に照らし出している。
「誇りある女だった。 あれほど勇敢であったなら、 いずれソブンガルデで再会できるだろう」
「そういうものか」
「少なくともノルドは、 そうだ」
ブレトンの女はその言葉を聞いて、寂しげに笑った。
「話に出てきた賞金稼ぎどのとウィンターホールドの衛兵どのはどうだった」
「誘ってみたのだがな。 袖にされてしまった。 ショーはとりあえずウィンドヘルムへ向かうそうだ。 アドラシルはウィンターホールドへ戻った。 番人に参加してくれれば心強かったがな」
ステンダールの番人には人手が足りない。特に、手だれのものが必要だった。各地から、デイドラの信徒やオブリビオンの生き物に家族を奪われた、というような事情を持つものたちが集まってくる。しかし、そのなかに戦うことを生業とするようなものは少ない。一から指導するにしても心得のあるものがいるのといないのとでは、伸び方が違う。
「仕方ない。 いつものことだ。 今いるものたちでどうにかするほかない」
とはいえ、いまこのときに、噂の魔術師の素性を知る人間を手放してしまったのは惜しい。カルセッテは賞金稼ぎのことを調査しようと決めた。
女はテーブルの上で手を組み顎を乗せる。
「新入りのルークというのは?」
「勇敢な少年だ。 まだまだ足手まといにはなるかもしれんが、 士気を落とすようなことはあるまい」
「そうか。 ならばいい」
そして、カルセッテは伏せていた視線を男に向けた。
「私が戦えないばかりに、お前たちにはいつも世話をかける」
「気にすることはない。わしとて、祈り、戦うことしかできんのだ」
男は再び笑って盃をあおり、ほろ苦さと酸味が絡み合う液体を飲み干す。
悲しむことは後でもできる。今はまだ後ろを振り向くわけにも、立ち止まるわけにもいかなかった。
第4紀196年 暁星の月24日(1月24日) ウィンターホールド地方
「番人になるだと? 本気で言ってんのか。ただのガキに何ができる? お前みたいな未熟者、道中で牙生やした猫に食われておしまいに決まってる」
酒場の主ヘンリクが、ルークの前に肩を怒らせて立っていた。
客は一人としていない早朝の酒場の冷え切った空気の中に男の声が響く。しかし男の怒鳴り声に少年はピクリとも動じなかった。みかけだけは俯いて殊勝な態度をとっているが、まったく反省していないことがすぐに分かる。
村から一人で繰り出して散々大人を心配させたあげく、今度は危険な仕事をするために村から出て行くという少年に、男は右手で頭を抑えて呻いた。
「突然いなくなりやがって、村の連中も俺も、どれだけ心配したと思ってるんだ」
ならずものが村を襲った次の朝、村に住む老婦人のイソルダが少年に気を利かせて朝食を持って彼の家を訪ねた。そのとき家はもぬけの空で、村は大騒ぎになったのだ。村の連中に引き止めなかったとしれたら、ヘンリクがなんと言われるか分かったものではない。
「だいたいお前んとこの両親が帰ってきたら、なんて言えばいいんだ」
男にとってこれが一番の問題だった。少年の両親にくれぐれも、と身柄を預けられているからである。
少年も知っているはずだが、今回はてこでも意見を曲げない。
なけなしの庇護欲か、こびりついている罪悪感なのか、彼には分からなかった。それでも言わずにはにはいられなかったのだ。
少年は封をした手紙を男に差し出した。
「ヘンリク。もう決めたんだ。おれ、いくよ」
ルークは赤毛の頭を上げた。少年の頬は紅潮していた。彼は背筋を地面に突き立った剣のように伸ばして、視線でヘンリクを射抜いた。ヘンリクは深いため息をついた。
うす雲から覗く太陽に照らされてわずかに雪が煌いている。雪に覆われた街道の上に大小ふたつの影があった。
「よかったのか」
「何が?」
「両親に挨拶できていないだろう」
「ちゃんと手紙を渡してもらえるように頼んできた。だから、いいんだよ。父さんも母さんも傭兵だし、夏になって無事に帰ってくるかは分からないんだ。そういう別れはずっと前にすませてある」
ルークは隣を歩くオイアヴァールを見つめて言った。オイアヴァールは何か納得したように軽く首を振り応えた。
「そうか」
そっと天から舞い降りてくる雪の中を、二人は連れ立って西へと進んだ。山脈を越えてペイル地方にある番人の館へ向かうのだ。氷河のすきまを歩き、広大な雪原に出る。緩やかな傾斜を上り、少しでウィンターホールドとペイルとの境を通りかかるというころになって、ふとルークは背後を振り返った。少年が人生のすべてを過ごしてきた海辺の村はもう見えなかった。
村を離れ、いつ帰ってくるのか、そもそも帰ることができるのかわからないのは、寂しいような気分になる。冬の騒がしい酒場も、夏の山野での狩りも、思い浮かべることができる。ナダを見棄てた村人たちも、ああするしかなかったのだと分かっている。嫌いになったわけではない。
それでも少しばかりの自負心と、ナダを迎えに行くという決意が、ルークの胸の中を占めていたのだ。村で大人になり、傭兵として飛び出していくのは、ひどく遠回りだと感じた。そんなことをしているより、ステンダールの番人に組したほうが、もっとはやくオブリビオンに近づくことができるにちがいない。
峠の向こうに背の高い木々が生い茂っているのが見える。白銀の雪を頭から被り、それでもまっすぐに空に向かって伸びていた。冬だというのに緑が視界に現れた。これは冬になれば雪しかないようなウィンターホールドの荒野ばかりを見てきたルークには驚くべきことだった。
「初めてか」
「ああ、うん」
生返事をしたルークの前を兎が駆け抜けていく。
「なあ、あいつはナダをつれてどこにいったんだ」
「おそらくコールドハーバーだろう。モラグ・バルの統べるオブリビオン。モラグ・バルは比較的ニルンに手出しをしてくるデイドラだ。力をつけて、機を待て。諦めなければいつか巡ってくる」
「うん」
もはやルークにとって、イスグラモルやタロスは御伽噺として心躍らせながら聞く存在ではなくなっていた。
彼は一柱の神。デイドラに挑もうというのだから。
少年は緊張した声で、己のすぐ傍にいる年経たエルフに言った。
「オイアヴァール。知ってること、全部教えてくれ」
「そのつもりだ」
開始:水面を揺らす蝶
▼オブリビオンについて調べる
第一章 海辺の凍夜 完
アンソール山 碑文の言葉
「氷晶」のシャウトが得られる。Liz Slen Nus!
オラフとヌーミネックスが戦った場所であると伝えられているが、碑文の内容はまったくの別物。ノルドの諺だろうか。
カルセッテ
ステンダールの番人の長にして回復魔法のトレーナー。ブレトンの女性。
TES伝統の「DLCをいれると死亡する回復魔法のトレーナー」である。
一章の元ネタ
オブリビオンの扉無限増殖バグと祭壇
金策でお世話になる人もいるらしい。