若きホロウレイダー
ホロウという未知の災害とエーテリアスが支配するこのクソッタレの世界に俺、ナハトは生まれた。
育てる余裕がないという、なんとも無責任な理由で俺は両親から捨てられた。それなら、最初から避妊して俺を産むなと言いたい。
俺は路地裏で日の目に当たらず、ゴミや万引きをして生活した。
「このクソガキ!」
「がっ!」
何度も店の人間にバレて、時には殴られたり蹴られたりすることもあった。
それでも、俺は食って生きている。生きたいわけじゃない。死ぬ価値すらも、自分には感じられなかった。
スラムの路地はいつもと同じ、腐った空気と排水の臭いが混ざったような息苦しい匂いで満ちている。今日もボンプのラプターと二人、どこかに落ちてる食い物か、壊れかけの充電端末でも探していた。
その時だった。曲がり角の陰で、妙にピリついた空気を感じた。
「⋯⋯あの取引、上手くいったのか?」
「フッ、当然だ。ホロウの深層で“旧時代の記録端末”を拾ったんだ。しかも、昔の人間の生活映像もあった。あれだけで数十万にはなるだろうさ」
耳に入ってきたのは、黒ずくめのフードを被った連中の会話だった。声が妙に生々しくて、俺は思わず息を殺して耳を澄ませた。
「お前ら、あんなヤバい場所によく入れるな⋯⋯ホロウだぞ?」
「キャロットさえあれば、進行ルートは解析できる。問題は入手先だが⋯⋯ま、裏市でカネを積めば手に入るさ」
ホロウ。
それは空間が歪み、常識が通じない、世界そのものの傷跡だと聞いたことがある。中に入れば“異形”と呼ばれる存在がうようよしていて、生きて戻ってこられる保証はない。
けど――
“キャロット”という地図があれば、入れる。中にはエーテルや旧時代の遺物が山ほど眠っていて、金になる。
ラプターが俺の袖を引いた。
「ンナナ(ホロウに行ってみない?)」
「⋯⋯バカかよ。死にに行くようなもんだぞ」
そう言いながらも、俺の心には妙な火がついていた。
生きたい理由もなかった俺に、“死にに行く”以外の選択肢が浮かんだのは、これが初めてだった。
――ホロウレイダー。
スラムのクズどもが、命を賭けて一攫千金を狙う、違法で、危険で、それでいて“夢”のある仕事。
俺はその夜、ラプターと共に、裏市に向かって歩き出した。
目指すは、“キャロット”と呼ばれる地図を手に入れること。
裏市は夜になると色が変わる。昼間の路地裏とは違い、薬、兵器、改造パーツ、エーテルまで何でも売っている。命の値段さえ、ここでは交渉次第だ。
ラプターと俺は、人混みの中を抜けながら、目を光らせていた。キャロットを扱う店は表向きには存在しない。だが、噂によれば、近くの違法雑貨屋が手引きをしているらしい。
「ここだな……」
ボンプが指差したのは、錆びついた金属シャッターに落書きまみれの店。扉には“開店中”の札すらない。だが、微かに灯る紫色の光が、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。
中に入ると、所狭しと並ぶジャンク品の奥から、猫背の老婆がこちらを睨んできた。片目には義眼のようなレンズが埋め込まれ、口には何本もの金属チューブが刺さっている。
「ガキは帰んな。ここは遊び場じゃねぇ」
「“キャロット”を探してる⋯⋯金なら、少しはある」
老婆はしばらく沈黙したあと、鼻で笑った。
「ハ、こんなひよっこがホロウに行くつもりかい。いい度胸してんな」
そう言いながらも、彼女は背後の棚に手を伸ばし、小さな黒い箱を取り出した。中には、青白く発光する薄型チップ――キャロット。
「これだ。旧世界の軍が使ってたナビゲーションの残骸さ。再構築に手間がかかるんだが……今じゃ“未来を掘る鍵”とまで言われてる」
だが、次の瞬間――
店の外から怒号が響いた。
「てめぇ、盗ったなコラァ!!」
「ンーナナ!(捕まえてみろー!)」
⋯⋯ラプターだった。
通行人の電子タバコか何かを奪い取って、わざと大声で走り出していた。騒ぎは、大きくなり何故か喧嘩が起きて、店前は乱闘騒ぎになる。
「テメェ! ぶつかってんじゃねえぞ!」
「黙れ! 殺すぞ!」
ナハトは思わずその喧騒に目をやってしまうが、ラプターから放たれた言葉でハッとする。
「ンナナ!(今だよナハト!)」
老婆が怒鳴り声をあげるよりも早く、俺は黒い箱を袖に滑り込ませていた。レジ横に置かれていた古ぼけた布袋に、それを包む。
「あっ! このガキ!」
老婆の叫びを背に、俺は一気に店を飛び出す。
煙が上がる路地、怒号と笑い声、治安局のパトカーのサイレン。それらすべてが一つになって、混沌の中を駆け抜ける。
ラプターは路地裏の別の角に姿を消し、俺も別の抜け道に飛び込む。俺たちの逃走ルートは、最初から決まっていた。
数分後、再び合流したボンプは笑っていた。
「ンナナ!(うまくいったじゃん!)」
俺は無言で布袋を広げる。中にあったのは、確かに“キャロット”だった。微かに発光し、画面には歪な幾何学模様のルートがうごめいている。
――これが、地獄への鍵。
「ンナナ! ンナ!(さあ、行こうよホロウへ。この生きてるかわからない街よりはマシだよ)」
俺は頷いた。
この世界はクソだ。でも、クソの中から何かを掴み取るしかない。
俺とボンプは、キャロットを握りしめ、ホロウの入り口へと歩き出した。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け