旧都陥落の日・Another   作:IamQRcode

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再会

 

 門下生たちが初めてホロウへと行ってから数日が経った。

 

 その間もナハトたちは変わらずホロウレイダーとして活動し、忌まわしい領域の奥へと潜っていた。歪んだ都市の廃墟、空に浮かぶ鉄屑の迷路、地中に沈んだ過去の記憶。ホロウの地形は日ごとに異なり、エーテリアスの姿も決して同じではない。

 

 ナハト、ゼーレ、アテネ、ラプターの四人は、幾度かの戦闘を経て、崩れた高架橋の上に設けられた安全地帯に身を休めていた。古いセーフポイントの記号が灯り、エーテリアスの感知外となっている希少な場所だった。

 

 ナハトは缶詰の蓋を開け、かつて「食事」と呼ばれていたそれを無言でつつきながら、ぽつりと口を開いた。

 

「なあ、ゼーレ、アテネ」

 

 二人が静かに顔を向ける。

 

「もしも⋯⋯仲間を守るために、“強力な武器”が目の前にあったとする。それを使えば、全てをなぎ払えるほどの力を得られる。でも、その代わり⋯⋯自分の命が、確実に削れていくとしたら──お前たちは、使うか?」

 

 少しの沈黙ののち、アテネが先に口を開いた。

 

「使う。俺はね」

 

「⋯⋯即答か」

 

 正直、もっと迷うと思っていた。もしくは、使わないと言うと思っていたが。

 

「そもそも、守りたい奴がいるって時点で、命を賭ける覚悟はしてる。あとは⋯⋯それを“自分で選ぶかどうか”だけだろ」

 

 アテネの目は、どこか冷静だった。だがその裏に、激しい炎のようなものがある。

 

「それにさ──もし俺がその武器を“使う”って選んだとしたら、それは“それほど守りたいもんがある”ってことじゃん? それって⋯⋯案外、幸せなことなんじゃないの?」

 

 ナハトは目を伏せたまま、小さく息を吐く。

 

「⋯⋯幸せ、か」

 

 命をかけるほど守りたいものがある。確かに、幸せで立派なことだろう。少なくとも、スラム街の何も失うものがない連中よりはマシだ。

 

 だが、幸せなのだろうか?

 

 命を削ってまで得るものが、「幸せ」と呼べるのだろうか。

 

 それは──刹那の輝きにすぎないのではないか? それを使い果たした先に、守られた誰かが遺すのは「感謝」か「悔い」か、それとも……「喪失」か。

 

 ナハトの思考に、言葉は続かない。

 

 代わりに、ゼーレが静かに口を開いた。

 

「俺は⋯⋯迷う」

 

 ナハトとアテネが、同時にゼーレを見た。

 

 ゼーレの表情は、いつものように無表情だったが、その声音には珍しく、戸惑いの色が混じっていた。

 

「守るため⋯⋯命を削る⋯⋯理解できる。ただ⋯⋯俺が“消えた”として⋯⋯仲間は⋯⋯それを望むか?」 

 

「⋯⋯」

 

 ゼーレの言葉にもナハトは納得していた。

 

 “生きていてほしい”と思ってる奴のために⋯⋯自分が死ぬ。それは⋯⋯矛盾してるんじゃないか?

 

 ナハトの心の中ではどちらが、正しいのか迷いが生まれていた。

 

 一番良いのは、守りたいものも自分も無事であるということだ。だが、こんな世界ではそれは難しい。きっと、いつかそういう選択をしなければいけない日が来る。

 

「正解なんてないんだよ、きっと」

 

 アテネが、少しだけ肩をすくめる。

 

「自分の価値観でしか、選べない。だから俺は、自分の命で帳尻を合わせる。それが俺のやり方ってだけだ」

 

「⋯⋯そうか」

 

 ナハトは、空になった缶詰を指先で弾いた。

 

 カラン、と乾いた音が高架の鉄板に響き、遠くでエーテリアスのうなり声がかすかに聞こえた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 次の層へ進んだ彼らは、旧時代のビル群の廃墟にたどり着いていた。

 

 歪んだコンクリートの骨組みと、崩れたガラスの雨。ビルの一角は斜めに傾き、まるで空に倒れかけているようだった。壁には古びた広告が剥がれかけで残り、ここがかつて「人の生活」があった場であることをかすかに物語っていた。

 

 ナハトは、その光景を前に立ち止まり、ゆっくりと息を吐いた。

 

「⋯⋯ここに来たことがある」

 

 ゼーレとアテネが立ち止まり、彼の様子を伺う。

 

「へぇー、いつ来たの兄貴」

 

「まだ、俺が“ホロウレイダー”ってものになりたての頃だ」

 

 ナハトは、錆びた鉄の梁にそっと触れた。その感触が、過去の記憶を呼び起こす。

 

「ここで、初めて──人を殺した」

 

 アテネの表情が僅かに強張る。ゼーレは無言のまま、少しだけ距離を置いて見守っていた。

 

「そいつは⋯⋯俺と同じように、ホロウに潜っていたレイダーだ。でも、重傷を負って、自力じゃもう戻れなくなってた」

 

 ナハトは、そのときの姿を思い出す。

 

 足が瓦礫で潰れ、今にも途絶えそうな呼吸をしていた。今も腰に装備している拳銃を渡し、楽にするように求めてきた、名も無きホロウレイダー。

 

 震える手で、拳銃を差し出してきた男の目は、恐怖ではなく安堵に濡れていた。

 

「俺は⋯⋯迷った。でも、あの目を見て、引き金を引いた。あれが“最初”だった。人を殺すっていうのが、どういうことか、あの時初めて知った」

 

 ナハトは、瓦礫の一角に染みついた黒ずんだ痕を見つける。それが血なのか、汚れなのかは分からない。ただ──

 

「もしかしたら……これが、あの時の血かもしれないな」

 

 ナハトがそう呟いた、その時だった。

 

 背後で――

 

 コツ、コツ――と、ゆっくりとした足音が鳴る。

 

 ナハトは即座に振り返った。アテネもゼーレも構えを取り、ラプターが低く警戒音を鳴らす。

 

 廃墟の影の中から、ゆっくりと姿を現したのは、一人のホロウレイダーだった。

 

 黒色の戦闘服と防弾ベスト、手には錆びた大型ナイフを持ち顔はフードとガスマスクで隠している。その、たたずまいからは少なくとも激戦を駆け抜けたホロウレイダーであるということは明白だ。

 

「久しぶりだな、ナハト」

 

「お前はっ!」

 

 瞬間、ナハトの肩に緊張が走る──だが、それは敵意によるものではなかった。

 

 むしろ、どこか懐かしさに似た感情。長い時を経て、忘れかけていた感覚が胸の奥からこみ上げてくる。

 

 そのホロウレイダーは、取引所で初めて声をかけてきた男であり、初めて人を殺したあの日、ある意味で俺を導いてくれた存在だ。

 

「⋯⋯生きてたのか。いや、生きてるとは思ってたけどさ。姿見せねぇから、もう死んだかと⋯⋯」

 

 ナハトの表情が、わずかに緩んだ。

 

「お前に言われた言葉、今でも覚えてる。“人を殺したら戻れない”って──あれが、俺の“始まり”だった」

 

 ガスマスクの男は、それには何も言わずに近づいてきた。だが、警戒心は見せない。ただ、静かに──そして、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 

『ナハト、お前はもうこっちの世界に足を踏み入れたんだ。一度でも人を殺した人間が、元の世界に戻れると思うなよ!』

 

 今でも思い出すあの言葉⋯⋯俺は、あの言葉をかけられたことで逆に覚悟を決められた。この言葉で今日まで生き残れたと言っても過言ではない。

 

「⋯⋯そうか。それなら、あの時の俺の言葉も、無駄じゃなかったってことだな」

 

「⋯⋯ああ」

 

 二人の間に、束の間の静寂が流れる。

 

 ゼーレとアテネは警戒を解いてはいなかったが、ナハトの様子から、この男が「今すぐの敵」ではないと察していた。

 

「お前は、どこにいたんだ。あの後、一度も姿を見せなかった⋯⋯取引所のホロウレイダーの噂じゃ死んだとも聞いた」

 

 ナハトが静かに問いかけると、ガスマスクの男はわずかに首を振った。

 

「姿を消すのは簡単だった。お前と出会ったあの夜⋯⋯俺は自分に言い聞かせた。もう、こんな世界でうだうだするのは最後にしようって」

 

「そうか⋯⋯でも、生きていて良かったよ。でも、どうしてまたこんな場所に?」

 

 ナハトの問いに、ガスマスクの男は短く息を吸い込み、そしてどこか懐かしむような調子で、ゆっくりと言葉を継いだ。

 

「⋯⋯あの時は、ただ生きるだけで精一杯だった。だが今は違う。今、俺には“目的”がある」

 

「目的?」

 

 男は一歩、また一歩と近づいてきた。銃も構えておらず、武器を振りかざす気配もない。それなのに、空気が凍りついたように張り詰めていく。

 

 そのまま、ナハトと至近距離に立ち、静かに告げる。

 

「お前が、必要になった」

 

「⋯⋯は?」

 

 ナハトの眉がわずかに寄る。次の瞬間。

 

 

 バンッ!!

 

  

 静寂なホロウに銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?

  • シルバー小隊を率いる若き指揮官の話
  • アストラの幼馴染でイヴと共に彼女を守る話
  • 時間をかけてもいい。どっちも書け
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