「ぐっ⋯⋯!」
ナハトは寸前で急所に弾丸が当たらないよう、身を捻って回避する。だが、避けきることはできず左肩に弾丸をくらってしまう。
「テメェ!」
アテネとラプターが即座にナハトの前に立って、シールドを展開して防御する。
「死ね」
ゼーレは普段の無表情からは、想像できない怒りのこもった声を出し、電気を纏わせた鉄柱をガスマスクの男に降り下ろす。だが、男はすんでの所で回避し、拳銃を撃ちながら物陰に隠れる。
「なるほど、お前らも強いな⋯⋯だが、ナハト程ではない」
「おいっ、何なんだよ、テメェ! いきなり撃ってきやがって!」
アテネが声を荒げるが、ナハトは彼を制して、前に出る。
「⋯⋯どういうつもりだ」
鉄骨の影に身を潜めたガスマスクの男に、ナハトは静かに問いかけた。怒りではない。疑問と、ほんの少しの哀しみが混じった声だった。
「⋯⋯」
「どういうつもりだと、聞いている!」
ナハトは義尾で男の隠れている鉄柱を吹き飛ばす。だが、男はそれを予測して、アテネとゼーレに制圧射撃をしながら、別の瓦礫に滑るように隠れる。
「俺たちは⋯⋯知り合いだったろ。少なくとも、あの夜、俺はお前の言葉に救われたんだ。今でもそう思ってる。なのに、なぜ──俺を撃った?」
一拍の沈黙。
やがて、男の声が廃墟に響いた。
「⋯⋯恨んではいない。憎んでもいない」
その声は淡々としていて、かえって寒気を覚えるほどだった。
「ただ、“必要”なんだ。お前の、その命が」
「⋯⋯意味が分からない。俺の命を奪って、何になる」
「俺は今、ある組織にいる。ホロウを克服し、この終わった世界を変えるための力を探している者たちの集まりだ」
「克服?」
「ホロウという災厄に立ち向かうには、ただの人間では足りない。だから俺たちは、“変革”のための薬を研究している。その薬には⋯⋯“強さの核”が必要なんだ」
男の言葉が、ナハトの胸を貫くように突き刺さる。
「ホロウを克服するなんて、馬鹿なこと言ってんじゃねえぞクソ野郎!」
アテネの投げたテルミットの投斧が宙を裂いた。
だが――
バンッ! バンッ! バンッ!
鋭い銃声と共に、男の放った弾丸が斧の中央を撃ち抜く。火花が散り、爆炎には至らぬまま、斧は瓦礫の山に突き刺さって止まった。
「チッ⋯⋯いい腕してんなクソ野郎!」
アテネが歯噛みする。ゼーレはすかさず側面へ回り込み、再び間合いを詰めようとするが、男は隠れるように後退し、撃っては引き、また撃っては引く。まるで本能と理性が完璧に融合したような動きだった。
「“強さの核”って、何だよ」
ナハトは即席であるが肩の治療をしてから、炸裂トンファーを構える。そして一歩、前へと出る。
「俺を殺せば、何かが変わるってのか⋯⋯それが“克服”だっていうのか!」
男の気配が再び動いた。弾が切れたのか、拳銃を腰へ戻し、今度は背中のナイフを引き抜いて前へと出てくる。
影から現れたその姿は、まるで“敵”というより“決意そのもの”だった。
「ホロウを克服するには、既存の力では足りない」
男はナハトを見据えながら、低く呟く。
「俺たちは、薬を開発している。エーテリアスに染まらず、なおかつホロウの性質を取り込む⋯⋯極限まで強靭化した、人の枠を超えた存在を作るための薬だ」
ナハトの眉がピクリと動く。
「それが⋯⋯人間である必要があるのか?」
「必要なのは、ホロウに長期間晒されながらも精神と肉体を保ち続けた、“実例”だ。お前はそれに当てはまる。ホロウで何度も死線を超え、汚染も進化も拒絶してきた。そんな“異端の成功例”⋯⋯身近にいるのはお前だけだ」
「だから俺を殺して、調べる? バラバラにして、成分解析か?」
「始まりの主と人類種の進化の為に⋯⋯死んでもらうぞナハト」
「ふざけんなよ⋯⋯お前らの薬のために、俺の人生を“素材”にするつもりか」
ガスマスクの男は、静かに言う。
「その通りだ」
瞬間――
怒りが爆発したように、ナハトの義尾が疾風のように振るわれる。鋭く唸る金属の音と共に、地面の鉄板がえぐられ、火花が走る。
それと同時にアテネが駆け出し、ゼーレが迂回して背後を取る。
「兄貴の命は渡さねぇ! ゼーレ!!」
「消えろ」
アテネはテルミット投斧を連投し、男の逃げ場を潰す。だが男は驚異的な身体能力でそのすべてを紙一重でかわす。地を蹴り、柱を蹴って反転し、ゼーレの鉄柱を横転回避でかわしながら、ナイフの一撃をナハトの側頭部へ――
ガキィンッ!
ラプターの電熱カッターが、その刃を受け止めた。
「ンナナ!(ナハトは死なせない!)」
その瞬間、目と目が合う。
ナハトと、男と。
「あの時、俺に“戻れない”って言っただろ」
ナハトのトンファーが男の腹に食い込む。ガスマスクが一瞬揺れ、後退する。
「だったら、俺も言わせてもらう⋯⋯今のお前は、“もう人じゃない”。その組織とやらの傀儡だ!」
ナハトの炸裂トンファーが男の腹部を殴りつけた瞬間、衝撃によって内蔵された爆薬が起動する。
ドンッ!!
鈍く、だが確かな爆発が男の胴体を中心に炸裂。ガスマスクの男の身体が鉄骨の廃墟ごと吹き飛び、錆びた鋼材が空中に舞った。
「⋯⋯やったか!?」
アテネが警戒を解かずに斧を構えながらも呟く。しかし、ゼーレは油断しない。その目は、爆煙の向こうを静かに射抜いていた。
「まだだ⋯⋯気配が消えてない」
爆煙が晴れていくと、瓦礫の中からガスマスクの男が立ち上がる。防弾ベストは焦げ、腹部からは血がにじんでいる。だが、その眼光は鋭く、まだ戦意を失っていなかった。
「⋯⋯なるほど。やはり“異端”だな、ナハト。スラム街の人間としても、ホロウレイダーとしても、お前は普通とは違うよ」
血を吐きながらも、男は静かに呟く。その声に、怒りも絶望もない。ただ――冷徹な判断。
「この場では得られるものはないか⋯⋯退かせてもらおう」
「逃がすかよ!」
アテネが踏み込むよりも早く、男は腰につけていたタンクをおろしてナイフで穴をあける。
――その瞬間、辺りの空気が一変した。
「っ⋯⋯これ、は⋯⋯!」
ゼーレが顔をしかめ、ラプターが警戒音を鳴らす。
地面から、壁から、上空から――異様な“うなり声”と共に、黒く歪んだ影が這い出してくる。
エーテリアス。
周囲に十体以上、牙を剥いた異形の存在が現れ、彼らの進路を囲むように出現した。
「高濃度エーテルタンクだ。ここで“餌”になってもらう⋯⋯とは言わんさ。ただの時間稼ぎだ」
男が、わずかに仰いだマスク越しに目を光らせる。そして、立ち去ろうとするその背に、ナハトが叫んだ。
「次は殺す!」
あの日、助けてもらった男はもういない。ナハトの目には殺意が溢れていた。
その言葉に、男の足が一瞬だけ止まった。
「そうか⋯⋯待っておくよナハト⋯⋯俺の名はファーターだ」
そして、再び歩き出す。
「次に会う時――お前は始まりの主の生贄として、運ばれることになるだろうな」
言い終わると同時に、爆音と共に煙幕弾が廃墟を包み込む。
視界が奪われる中、ナハトたちは迫り来るエーテリアスに備えて構えるしかなかった。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け