ホロウを監視する治安官や警備兵を小さな体格を生かして、くぐり抜ける。時折サーチライトのような光が自分の傍を照らし、冷や汗をかく。
何とか監視網を掻い潜って、ホロウの入口に到着した。
ここから先は、人の常識が通用しない化物共の世界だ。
「⋯⋯すぅー⋯⋯はぁー⋯⋯」
深呼吸をしてから、俺はホロウの中に一歩入った。
夜明け前のホロウは、世界から切り離された異空間だった。
空は割れ、地面は波打ち、建物の影がねじれ、歪んでいる。すべてがどこか狂っている。常識が通用しない領域――それがホロウ。境界線を越えた瞬間、肌に刺さるような冷気と重苦しい空気が身体を包んだ。
「⋯⋯ここがホロウ」
キャロットの発光は弱々しいが、かろうじて進行ルートを表示している。だが、そのルートすら、地面の崩壊や建造物の崩落で通れない場所が多く、頻繁に軌道修正が必要だった。
俺とボンプは無言で歩いた。息を殺し、音を立てず、物陰に身を隠しながら、瓦礫や壁の隙間を進んでいく。
廃ビルの中、焦げたオフィス机や壊れたホログラム端末、ひび割れたガラスケース。かつて人間たちが暮らしていた痕跡が、ここには山ほど残っていた。
「ンナ⋯⋯(これ、まだ使える)」
ボンプが見つけたのは、小型の蓄電カートリッジ。古い型だが、状態は良い。市場に流せばある程度のまとまったディニーと交換できるだろう。
「これがホロウの遺物なのか」
「ンナナ(思ってたよりも普通だね)」
ラプターの言うとおりだ。遺物というのだから、もっと凄いものだと思っていた。例えば古代戦争で使われた兵器や、今の技術じゃ考えられない日用品でもあるのかと思っていた。
だが、実際は想像の範囲内のものであり、本当にこれが遺物なのか怪しく感じる。
「ンーナナ!(でも、お金になるならいいじゃん!)」
「まあ、そっか」
そうだ。俺は金が欲しいからホロウに潜ったんだ。遺物が何がとか気にしてる暇なんてない。
他にも、俺たちは金になりそうなものをひとつひとつ丁寧に拾い集めた。古びた金属部品、液晶の欠けた記録媒体、軍用メモリチップ、使い古されたエーテルが保管されていた箱。ボロボロの鞄は次第に膨らみ、ずっしりと重くなっていく。
「よし⋯⋯」
これだけあれば、腹いっぱい食べられるかもしれない。ゴミ飯を漁り、食中毒を怖がりながら、腹を満たすこともないだろう。
けれど、それと同時に胸の奥に広がっていくのは、得体の知れない「焦燥」だった。
ここには化物がいる。異形――エーテリアス。
目に見えない気配が、時折、背後をかすめる。空気がわずかに震えるたびに、俺の心臓は嫌な音を立てて跳ねた。
その時だった。
金属の擦れる音と共に、鋭く軋むような音が響いた。
「⋯⋯ッ!?」
ナハトとラプターはすぐに身を伏せ、瓦礫の影に隠れる。視線の先にいたのは、一体の小型エーテリアス、ティルヴィング。
ティルヴィングはエーテリアスの中では弱い部類だが、ナハトはまだ子どもだ。相方のラプターも戦闘用ボンプでないため、見つかれば終わりである。
人に近い胴体、片腕はなく、もう片方からは剣のような腕が生えている。関節は不自然に曲がり、表面には黒い瘴気のようなものが蠢いている。センサーのようなコアが、ギラリと光っていた。
「⋯⋯見つかるなよ⋯⋯頼むから⋯⋯」
心の中で必死に祈った。
「⋯⋯グル」
ティルヴィングは背中をこちらに向け、反対側へと歩を進めた。
「⋯⋯っ⋯⋯」
ホッと一息つこうとした時だ。
「グオオオッ!!」
次の瞬間、人間ではあり得ない早さと、関節の動きでコアがこちらを捉えた。
「ンナナッ!!(やばっ!!)」
ボンプが叫ぶと同時に、エーテリアスが足音を立てて突進してきた。
「逃げろッ!!」
俺たちは全力で走り出した。歪んだ廊下を駆け抜け、崩れかけた階段を跳び越え、鉄筋の間をすり抜ける。エーテリアスの追跡は速く、執拗で、まるで意思を持っているかのようだった。
「なんでっ! なんでなんで⋯⋯」
「ンナナ!(ナハト! 今は逃げる事を考えて!)」
「わかってるよ!」
足がもつれそうになりながらも、必死で進む。ボンプが道を先導し、俺は荷物を背負ったまま食らいつく。
だが――袋小路に突き当たった。
「ッ、やばい⋯⋯! 詰んだ⋯⋯!」
エーテリアスが迫ってくる。金属の爪が壁を引っかき、ノイズのような咆哮が響いた。
そのとき。
「ンナナナーッ!(おい、こっちだよ化け物ーっ!)」
ボンプが身を翻し、あえて敵の前に飛び出した。
「おい、待て! そっちは――!」
だが、もう遅かった。
ボンプが声を上げてエーテリアスの注意を引く。敵はそちらに向き直り、再び動きを加速させた。
このままじゃ、ラプターが!
俺は、必死で周囲を見回す。何か、武器になるものは――あった。錆びた鉄パイプが、瓦礫の隙間に転がっている。
「ッ⋯⋯うおおおおッ!!」
全力で飛び出し、背後からエーテリアスに鉄パイプを振り下ろす。
鈍い衝撃音が響いた。体の一部が割れ、コアにヒビが走る。
もう一度――もう一撃――!
「うおおおおッ!!!」
渾身の力で振り下ろしたパイプが、異形の身体を砕いた。火花が散り、生物のものとは思えないノイズのような悲鳴が空気を裂く。
ようやく、その巨体が崩れ落ちた。
倒れたティルヴィングはエーテル粒子となり、このホロウに消えた。
「ハァッ、ハァッ、ハァ……!」
俺は膝をつき、乱れた呼吸を整える。
殺した⋯⋯エーテリアスを殺した⋯⋯俺が殺ったんだ。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
次の瞬間、物陰からボンプが現れた。
「ンナナ! ワタンナ!(やるじゃんナハト! すごいよ!)」
⋯⋯馬鹿野郎。お前が囮にならなきゃ、俺は――
そう言いたかったが、言葉にできなかった。代わりに俺はラプターの頭をわしゃわしゃと撫でた。ラプターは嬉しそうに、ぴょんぴょんと跳ねる。
この命は、もう俺ひとりのものじゃない。
「ンナナ! ンナ!(さあ、帰ろ! もう鞄はパンパンなんだから!)」
「⋯⋯へへッ、だな」
ふと、キャロットが震え、脱出のルートを示す光を灯した。俺たちの人生は、まだ始まったばかりだ。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け