普段と変わらない日常を過ごしたナハトたち。彼らは取引所でエーテルや部品を売り、小銭を稼いでいた。
ラプターは得意げにジャンクの中から珍しい回路基板を見つけてきて、「これ、きっと高く売れる」と胸を張っていたし、アテネは隣でそれを見ながら肩をすくめていた。
「今日はこれで終わりか。メシでも食って、帰るか」
「だねー。にしても、今日はまあまあかな」
「昨日より⋯⋯少ない」
「ンナナ(こんな日もある)」
ホロウレイダーの稼ぎは変動が激しい。昨日は儲かったのに、今日は全く一文も稼げないという日もある。
「にしても、ファーターはあれ以来、なーんも音沙汰ないけど死んだのかな?」
「さあな」
ナハトたちはスラム街を歩く。雲は赤く染まりかけ、エリー都のスラムに静かな夕暮れが訪れていた――そのはずだった。
ビィー! ビィー! ビィー!
『ゼロ号ホロウの拡大が確認されました。市民の皆様は落ち着いて新エリー都に避難してください。繰り返します。ゼロ号ホロウの拡大が⋯』
治安局の放送と警報がエリー都に鳴り響く。
「ホロウ災害?」
「おいおい⋯⋯今回はいつもと違って規模がデカそうだな」
「今日はドンパチ日和かぁ?」
ホロウ災害の警報が鳴り響いた。
「なんだ?」
『ゼロ号ホロウの拡大が確認されました。市民の皆様は落ち着いて新エリー都に避難してください。繰り返します──』
耳障りな警報と、治安局の自動音声がスラム全体に響き渡る。ナハトたちは立ち止まり、空を見上げた。雲が朱に染まっているが、その奥に微かに揺らめく黒い渦――ホロウの兆しが見え始めていた。
「新エリー都に避難しろ、だと……?」
ナハトが眉をひそめる。その一文は、これまでのホロウ災害では決して使われなかった非常文言。
ただの局地的発生ではない。都市全体が見捨てられつつあるという警告だ。
「おい、見ろ!」
住人の一人が指差す先、街の西端――ホロウ区との境界から、大勢の人々がこちらへ向かって必死に逃げてきていた。大人も子供も、誰もが目を見開き、泥にまみれ、何かから逃げるように。
「くそ、もう来てる!」
その中の一人が、ナハトたちのすぐ近くを通り過ぎざま、振り返って怒鳴った。
「逃げろ!! ゼロ号ホロウが異常膨張してる! エーテリアスがもうそこまで来てんだ! このままじゃスラムごと飲まれるぞ!!」
男の叫びが消えるよりも早く、住人たちの間にパニックが広がる。あちこちから悲鳴と怒号が交錯し、荷物を抱えた者、家族の手を引いて走る者、何も持たずにただ走り出す者⋯⋯混沌がスラムを覆い尽くしていく。
「エーテリアスが来てるだって!?」
「に、逃げろ!」
「逃げるたってどこに?」
「新エリー都だよ!」
住人たちは絶望の表情に染まる。
「俺たちから⋯⋯また家まで奪うのかよ!」
「畜生ッ、やっと屋根のある暮らしに戻れたのに!」
歯を食いしばり、涙を浮かべながら逃げていく者もいれば、叫びながら拳を天に突き上げる者もいた。それでも、ホロウの黒い瘴気は、そんな人々の叫びを飲み込むように、じわじわと迫ってくる。
だが、すべての者が逃げるわけではなかった。
「ふん、これだから弱い奴はダメなんだよ。こんな時こそ稼ぎ時だろうが」
バラクラバで顔を隠し、旧時代の機関銃を持った大柄な男が、仲間とともに荷物を持ってホロウの方角へと歩いていく。背には大型の抽出装置。動力源を積んだバックパックが、低く唸り音をあげていた。
「ゼロ号の深層部には高純度のエーテルが眠ってる。今なら採取できるな」
「マジで行くのかよ⋯⋯お前、子どももいるんだろ?」
「だから行くんだよ。アイツらにちゃんとした街で暮らさせるには、今しかねぇんだ」
別のホロウレイダーが、静かにゴーグルを下ろし、仲間に手を振る。
「俺は趣味はエーテリアス狩りだ。どうせ死ぬなら、自分の好きなことで、な」
狂気と覚悟を同時に宿した瞳が、瘴気の向こうへと向けられる。そこにはすでに黒く染まった空、歪んだ空間の断裂――ゼロ号ホロウの異常膨張による、現実の崩れた地平が広がっていた。
「⋯⋯兄貴、ヤバいって。あいつらみたいになったら終わり。逃げよう、今ならまだ間に合う!」
だが、ナハトは黙っていた。
夕闇の中、わずかに見える高層ビルのシルエット。そのはるか先、雲嶽山—そこに、儀玄と儀降がいる。
「あの二人は、軍の依頼でゼロ号の対応にあたるはずだ。あいつらが今、真っ先にホロウの牙に晒されてる」
「あの人たち強いし、きっと逃げれるって!」
「⋯⋯逃げるだけの人間じゃない。あいつらはきっと、止める側に回ってる。誰かが時間を稼がなきゃ、都市全体が飲まれる」
ナハトの声は静かだった。だが、その瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。
「だから、俺は行く。ラプター、アテネ、ゼーレ。お前たちは先に逃げろ。新エリー都へ行け。あそこならまだ安全だ」
沈黙が落ちる。
だが、次の瞬間、アテネが顔をしかめて言い放った。
「バカ言わないでよ、兄貴。俺らが一人で逃げると思ってるの?」
ラプターが笑顔を浮かべながら両手を広げる。
「ンナナ!(ナハトはラプターの家族! だから、ずっと一緒だよ!)」
ゼーレは無言でナハトの隣に立つと、背中から重十字ライフルを取り出し、手入れを始める。
「仲間⋯⋯置いてかない」
ナハトは一瞬だけ目を伏せ、そしてふっと笑った。
「⋯⋯お前ら、ほんとバカだな」
「兄貴が最初にバカやるからだろ!」
叫び合いながら、四人はスラムの通りを駆け出す。黒い瘴気が空を覆うその下へ、恐怖と怒号の奔流に逆らうように。
目指すは、表街。
ホロウと、エーテリアスの群れが襲う最前線――そして儀玄と儀降がいる、戦いの中心部。
かつての日常が崩れ落ちていく音を背に、ナハトたちは、地獄のような戦場へと足を踏み入れた。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け