表街に足を踏み入れたナハトたちの目に飛び込んできたのは、すでにホロウに呑まれ始めた都市の風景だった。
舗装された道路は歪み、アスファルトの隙間から黒い瘴気が立ち上っている。ビルの壁面は腐蝕したように崩れ、まるで生物のような脈動を見せる。それは現実の都市の残骸と、ホロウの異界が混ざり合ってできた、不気味な死の境界線だった。
空にはいくつもの黒い渦が浮かび、次々と、エーテリアスが出現していた。
その姿はまるで、異形の兵士。鎧のようなエーテル結晶を身にまとい、手には槍や剣のような武器を持ち、地面を滑るように高速で移動しては、手当たり次第に人を襲っていた。
「民間人は逃げるんだァッ!!」
銃声。怒号。悲鳴。
それらが入り混じる修羅場の中、治安官たちが応戦していた。小火器を構え、防弾ベストに身を包んだ数人のパトロール部隊。だが、どれだけ撃っても、敵は減らなかった。逆に、数を増やしながら、前線をじわじわと押し上げてきていた。
「だめだ! もう十体は抜けた! 背後のバスまで下がれ! 民間人がまだ残ってる!」
「弾がねぇ、リロード急げ!」
そのときだった。
「ああっ!」
逃げている親子、子どもがつまずき地面に倒れる。
「お、お母さ――!」
尖った槍を振りかざしたエーテリアス、トラキアンが、倒れた親子に襲いかかろうとしていた。その直前――
「させんっ!」
「ギャバァ!」
ナハトは自身の身長程はある炸裂トンファーでトラキアンのコアを殴り、爆発を起こして吹き飛ばす。
「ンナナ!(くらえー!)」
ラプターは頭部のリボルバーキャノンで、近づいてくる小型エーテリアスを掃討する。
「人助けは柄じゃないっての!」
アテネは俊敏な動きでエーテリアスを翻弄し、電熱斧で一撃で仕留め、テルミット投斧で浮遊型を燃やし、叩き落とす。
「⋯⋯吹っ飛べ」
ゼーレはライフルで中型エーテリアスを倒しつつ、近づいてくる小型のエーテリアスを電気を帯びた鉄柱やガントレットで叩き潰す。
「走れるか!」
ナハトは二人を立ち上がらせる。母親が震える手でうなずき、子を抱きかかえながら走り去った。
アテネはエーテリアスを蹴り倒すと、勢いそのままにナハトの背中へ声を投げた。
「兄貴、早く行こうぜ! 儀玄と儀降のとこ、時間ねぇって!」
ナハトはトンファーの先にこびりついた黒い液を振り払うと、前方に蠢くエーテリアスの群れに目を向けた。
「この数を放置して行けるかよ。後ろにまだ民間人がいる。それに、こいつらを処理しておかないと、儀玄たちに辿り着く前に囲まれて終わりだ」
ナハトの言葉に、アテネは舌打ちをしながらも構え直す。
「チッ、分かったよ。でも早く片付けよう。いつまでも持つ気しねえ」
そのやり取りを聞いていた治安官の一人が、ナハトたちを目に留めた。彼の額には汗が滲み、ショットガンの残弾数を確認しながら叫ぶ。
「そこの連中、手を貸せるか!? あと数十体近く残ってる!」
ナハトは頷き、応じる。
「こっちも同じだ。あんたら、誘導と支援を頼む。俺たちは前に出る」
「了解した。後方のバスの影に民間人が固まってる。絶対に近づけさせるな!」
ナハトたちは前線に出て、治安官たちと連携して戦い始めた。
「こちとら、何度もエーテリアスと戦ってんだ!」
アテネが先陣を切る。電熱斧の軌道が赤熱を描き、エーテリアスの硬質な鎧を切り裂く。その背後を、ラプターがサポートするように走り、射撃支援と物陰に隠れた個体の奇襲を封じる。
「ゼーレ、右から二体、来るぞ!」
「処理する」
ゼーレが冷静に反応し、重十字ライフルを構えながら移動。電磁加速された弾丸が空気を裂き、正確にエーテリアスのコアを撃ち抜いた。続けて、接近してきた個体には膝蹴りを叩き込み、片腕で引き裂く。
ナハトは群れの中心に飛び込み、炸裂トンファーを連打する。振るうたびに爆裂音が響き、衝撃波が空気を裂く。中型のエーテリアスには、炸裂刺突剣で突き刺し、内部から破壊する。エーテリアスの砕片が四方に飛び散る。
さらに、細かなエーテリアスたちは義尾で対応する。鞭のように動く義尾は、まるで一つの生命体のようで、近づくエーテリアスを突き刺し、切り、吹き飛ばす。
「この程度か!」
怒号とともに、一体、また一体とエーテリアスが地に崩れ落ちていく。その隙に、治安官たちが後方の民間人を次々と誘導していく。
「バスまで急げ!」
「右、まだ来るぞ!」
銃声と爆裂音が交差する死地の中、ナハトたちは着実に前線を押し返していた。
「来いよ、化け物共!」
アテネの怒号と共に、エーテリアスの一体が叩き斬られる。その切断面から、黒いエーテルが霧のように噴き出し、地面を溶かしていく。ラプターはその隙を逃さず、キャノンで後続を削りながら、治安官の側面を援護した。
「くそっ、足が⋯⋯!」
銃撃の中、治安官の一人が膝と腹を撃ち抜かれ、うめき声を上げて地に崩れ落ちた。その瞬間、黒い剣を構えたエーテリアス、デュラハンが彼に向かって跳躍する。
――しかし、その剣が振り下ろされる直前に、ナハトが飛び込んだ。
「させるかッ!!」
トンファーの一撃がエーテリアスの腕を叩き砕き、続けざまに炸裂刺突剣が胸部のコアを貫く。爆発と共に、化け物の骸が粉砕され、エーテル粒子と化して消えた。
ナハトはすぐにしゃがみ込み、倒れた治安官の足元に手を伸ばす。
「アテネ、止血帯!」
「あいよ!」
アテネが即座に戦術パックから応急キットを取り出して投げ渡す。ナハトは破れた服の下から、撃ち抜かれた足の傷口を確認し、躊躇なく止血帯を巻きつけた。傷口からは血が溢れていたが、圧迫止血で何とか流出を抑える。
「落ち着け、まだ助かる」
震える治安官は、ナハトの動きを見て驚いたように目を見開いていた。
「お、お前⋯⋯あんたら、ホロウレイダーじゃ⋯⋯」
「今は関係ねぇだろ。ここで死にたくなきゃ、黙ってろ」
冷たく言い放ちながらも、ナハトは丁寧に止血処置を終え、包帯を巻く。その視線はひとときも周囲から外れていなかった。仲間がまだ戦っている。時間はない。
「ここで何が起きてる?」
ナハトの問いに、治安官は息を整えながら答える。
「⋯⋯ゼロ号ホロウが急激に異常拡張を始めた。エーテリアスも⋯⋯制御できないレベルで現れてる」
「ゼロ号か⋯⋯また何で急に」
「ダーラン長官が全治安局に命令を出した。都市全域に出現するエーテリアスの掃討と、避難の誘導。けど、ホロウの影響で無線は機能不全に陥っている所もある⋯⋯今じゃ、現場指揮官がバラバラに動いてる状態だ」
ナハトは苦々しい表情で息を吐いた。
「儀降と儀玄は? 雲嶽山の二人、あいつらはどこにいる?」
治安官は少し考えてからうなずく。
「中央区方面中枢に展開してるはずだ。あの辺りは戦況が一番厳しい」
「⋯⋯そうか」
ナハトは静かに立ち上がり、視線を空の渦へと向けた。そこには、次のエーテリアスが姿を見せ始めていた。
そのとき、治安官がふとナハトの背中に声をかけた。
「お前、本当にホロウレイダーなのか?」
ナハトは振り返らない。
「そうさ。俺たちは罪人だ。だからこうして、報いの一つでも返してるつもりだ」
「⋯⋯生き延びろよ。俺は見なかったことにする」
ナハトも、それに応えるように短く頷くと、仲間たちのもとへと走った。空ではまた新たな黒い渦が生まれ、次の波が都市を侵そうとしていた。
「中央部を目指す。儀降と儀玄を見つけて、状況をひっくり返すぞ」
「へいへい、俺ら無法者には似合わねぇ正義の戦だな」
「だが⋯⋯悪くない」
「ンナナ!(燃えてきた!)」
ナハトは一歩、また一歩と戦火の中を踏み出す。瓦礫の影に潜む化け物たちへと、臆することなく。
黒煙と叫びが混じる戦場で、影のように駆けるホロウレイダーたちの姿は、まるで都市を蝕む悪夢への、逆襲の狼煙だった。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け