「ファーター!」
「グアアア!!」
炸裂トンファーが爆ぜる。しかしファーターの異形の腕はそれを難なく受け止めた。皮膚のように見えた表層が剥がれ落ち、下から蠢くようなエーテル装甲が覗く。
次の瞬間、その巨大な爪が横薙ぎに振るわれた。
「っ……!」
ナハトは寸前で屈み、地面を滑るようにして回避。地表が抉られ、衝撃波が背後を追ってくる。呼吸が追いつかない。視界が歪む。
だがファーターの動きは止まらない。空中へ跳び上がると、上空に向かってエーテル粒子を放つ。すると、数秒後にエーテルレーザーが地上へと降り注いだ。
雨のように降り注ぐ高出力レーザー。その一撃一撃が建物すら貫通する密度だ。
「くっ⋯⋯がっ!」
ナハトはトンファーで一部のレーザーを弾くが、全てを防ぐ事は叶わず一本のレーザーが太腿を撃ち抜く。
焼けつくような痛みがナハトの太腿を貫いた。エーテルレーザーの直撃。瞬間、視界が白く染まり、脚が砕けるような衝撃が脳天を突き抜ける。
膝から崩れ落ちるナハト。地面に手をつき、呻きながら息を吐いた。
周囲の地面はエーテルの雨によって無残に抉られていた。瓦礫、灰、光の残滓が空気を焦がし、まるで地獄の釜の中に投げ込まれたかのようだった。
その中心に、圧倒的な存在感を放ちながら、ファーターが着地する。
「グ、グルゥアアアアア⋯⋯!」
声というよりは、異形の咆哮。それはもはや人間のそれではなかった。彼の肉体は全てがエーテリアスに変質していた。手の爪は鋭い刃へと変わり、背から生えたエーテル結晶の翼が青白く脈動している。顔も、片目は完全に発光するエーテル球体と化していた。
「くっそ⋯⋯がぁ!」
ナハトは止血帯を太腿に巻き、簡易的な治療を即座に施してから再びトンファーを構える。
ナハトがトンファーを構えた刹那——
「——兄者ぁ!」
轟音と共に、重厚な衝撃波が横から飛び込んできた。ゼーレ、ライフルを撃ち、ファーターの脚部にダメージを負わせる。そして、ファーターの腹部に帯電した鉄柱が叩き込まれる。続けて、アテネが大振りの電熱斧を構えて突進。
「兄貴だけで戦わせるかよ!」
アテネの斧がファーターの右腕を掠め、焼け焦がす。背後からはラプターが回り込み、炸裂弾を脚部へ撃ち込んだ。瞬間、ファーターの体内のエーテルが局所的に暴発し、脚部の一部が吹き飛ぶ。
「うおおお!!」
ナハトも炸裂トンファーでファーターの胸部にダメージを与え、義尾で頭部にダメージを与える。
「グアアア! ガアァァァイイイ!!」
ファーターの叫び声がエリー都にこだまする。
「ナイス連携だ、ラプター!」
「ンナナッ!(いける!)」
三方向からの猛攻に、ファーターの動きが鈍る。その姿には、確かに傷が刻まれ始めていた。そして、胸部の装甲が崩れ落ち、見えたのはホロウのようなエーテリアスのコアだ。
今しかない!
「ここで決めるぞっ⋯⋯!」
ゼーレが跳ぶ。アテネが突き上げる。ナハトが中央から突進する。三人の攻撃が一点に集中し、ファーターの胸部を狙って収束する。
その瞬間だった。
「グルゥウゥアアアアアアアアア!!」
ファーターが咆哮を上げる。次の瞬間、彼の身体から奔流のようなエーテル衝撃波が放たれた。
「——ッ!?」
視界が白に染まる。怒涛の衝撃が三人を飲み込み、空間ごと叩きつけるように広がった。
「ぐっ!?」
「がはぁ!」
「⋯⋯ぬぅッ!」
ナハトは吹き飛ばされ、地面を転がる。ゼーレとアテネは近くの瓦礫に叩きつけられ、意識を失いかけるが、気合で保つ。
だが、長きにわたるエーテリアスとの戦いとファーターとの戦いでのダメージに加え、今の油断しきった所への衝撃波による肉体、特に内臓へのダメージは大きい。
三人とも戦意を失っていなかったが、身体は悲鳴を上げていたのだ。
「ぢ⋯⋯くしょう⋯⋯身体が⋯⋯言うこと聞かねぇ⋯⋯」
「⋯⋯兄者⋯⋯ぐっ⋯⋯」
「ア、アテネ⋯⋯ゼーレ⋯⋯ッ!」
ナハトが顔を上げた瞬間、すでにファーターは目前に迫っていた。
「兄者!」
「兄貴ぃ! 逃げろお!!」
四本に分かれた腕が、殺意の塊となってナハトへと振り下ろされる。炸裂トンファーで迎撃するも、二本目、三本目の連撃に弾かれ、体勢を崩す。
空が逆さに見えた。
思考が追いつかない。
しまっ⋯⋯!
四本目の腕が、ナハトの胸を抉らんと迫る。
——その刹那。
「ンナナァアアアアアアア!!(僕の家族に手を出すなああああ!!)」
咆哮が響く。空気が裂ける。
ナハトの目の前に、ラプターが飛び込んできた。
——ゴギィンッ!!!
金属の砕ける音。血飛沫の代わりに、機械部品が空中に飛び散る。巨大な爪がラプターの胸を抉る。ラプターは吹き飛ばされ、十メートル程の距離を転がる。
「⋯⋯え?」
ナハトは目の前の光景が信じられなかった⋯⋯いや、信じたくなかった。
「⋯⋯⋯⋯ラ⋯⋯プター?」
ナハトが呟いた瞬間、その光景を見ていたアテネの額には血管が走る。ゼーレは一瞬、無表情になったかと思えば、すぐに殺意の籠もった狂った目へと変わる。
「ああああ!! テメェェェェェ!!!」
「殺す! 殺す!!」
怒声がエリー都に轟く。アテネは燃えるような電熱斧を両手で握り、ゼーレは連続装填した高出力ライフルを撃ち、帯電させた鉄柱を振り回しながら、狂気すら帯びた殺意でファーターへ突撃する。
二人とも、身体は限界で至る所から出血しているのに精神力で無理矢理動かす。
だがファーターは冷徹だった。四本の腕を自在に振るい、空中から地面をも巻き込むようなエーテル槍を次々と生成し、投擲する。足場が砕け、空間が歪み、二人の猛攻も次第に押し戻されていく。
一方、ナハトは足を引きずりながら、地を這うようにしてラプターの元へと向かっていた。
その姿は、倒れ伏した金属の塊——ではなかった。
ラプターは、仰向けに倒れていた。胸部には大穴。そこから覗く機構は、火花を散らしながら徐々に静かに冷えていく。
「ンナナ⋯⋯(ナ⋯⋯ハト⋯⋯)」
弱々しい、けれど確かな声がナハトの耳に届いた。
「ラプター⋯⋯! 無理すんな! 今すぐ、お前を——!」
「ン⋯⋯ナナ(ちがう⋯⋯もう⋯ムリ⋯⋯だよ。でも⋯言いたいこと⋯⋯あるんだ⋯)」
ナハトが言葉を飲み込む。ラプターの瞳の光は、震えながらも、優しく、どこか誇らしげだった。
「ワタ⋯ンナ(僕⋯⋯君に、出会えて、よかった。僕を⋯⋯家電のポンプを⋯⋯『家族』って呼んでくれたのは、ナハトだけだった。冗談も、ゴミ漁りも、からかいも、全部、楽しかったんだ)」
ラプターの音声装置が断続的にノイズを混じらせる。それでも彼は、言葉を紡ぎ続けた。
「ンナ⋯⋯ナ(僕は、ただの道具で終わるはずだった。でも⋯⋯人間みたいに扱ってくれて⋯⋯ありがとう。あの毎日が、本当に、宝物だったよ)」
ナハトの手が震える。指先に、熱いものが落ちる。
「ンナナ(ナハト)」
ラプターの声は、もう今にも消え入りそうだった。
「ン⋯⋯ナ⋯⋯ナ⋯(最後に⋯⋯君を守れて⋯よか⋯⋯た)」
その一言を残し——
ラプターの瞳の光が、ふ、と消えた。
「…………」
静かに、ナハトは肩を落とした。
ナハトの目から、涙が溢れる。
「⋯⋯ラプター⋯⋯」
ナハトは涙を拭うこともなく、無言のまま、ラプターの胸部の奥から、《キャロット》——ホロウ地図装置を引き抜く。
それを手のひらに握りしめたまま、ナハトはゆっくりと立ち上がる。壊れた脚が痛みを訴えても、もう気にもならなかった。顔に感情はない。ただ、目だけが燃えていた。
——殺意。
「クソクソクソッ!! この化物が!!」
アテネが叫ぶ。
「このっ⋯⋯クソエーテリアスがっ!」
ゼーレも雄叫びを上げながらファーターに襲いかかるが、二人の猛攻以上の攻撃をファーターは仕掛けてくる。
その瞬間、ファーターが両腕を交差させ、重厚なエーテルの一撃を二人に放つ。二人は一度体勢を崩し、後方に吹き飛ばされた。
その一瞬。
風を切る音が走った。
「グアアアア!?」
ナハトが、二人の間を縫うように突出する。左脚から大量の血があふれ出ながらも、獣のような勢いで飛び込む。目の奥は怒りと哀しみで燃え上がり、身体は戦闘の余波でボロボロである。
そして——
「ファァァァタァァァァァァ!!!!!!」
咆哮と共に、炸裂トンファーが再び牙を剥いた。爆薬が圧縮され、刃のように爆ぜながら、ファーターの胴体に叩き込まれる。トンファーの連撃、義尾の連打、肘、膝、牙のような拳、全てをファーターへと集中する。
ナハトはもう、技でも戦術でもない。
それは——
ただの怒り。
大切な者を奪われた者の怒り。
ホロウで大切なものを失った者の怒り。
その怒りは⋯⋯今まで奪われてきた者たちの怒りを体現しているかのようだった。
「グゥゥウゥアアアア!!」
ファーターが迎撃しようとしたその刹那、ナハトは空中に飛び、炸裂刺突剣を握った右手でファーターの胸部、露出したコアを正確に突き刺す。
「——お前が全部壊したッ! なら、俺がッ⋯⋯!」
「全部ッ! 終わらせてやるッ!!!」
この時、ナハトの目には、ラプターの最期に見せた笑顔が浮かんでいた。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け