市民を連れてナハトたちは燃えるエリー都を進んでいた。
ナハトは一番後ろで、後方からの奇襲や市民が脱落しないように警戒していた。そして、通信機で治安官や軍の無線を傍受し、状況を判断も行っていた。
『防衛軍基地陥落! 繰り返す! 防衛軍基地が陥落!』
『基地前の医療場の治安官は負傷者を連れて逃げるんだ! 早く!!』
どうやら、防衛軍の基地が陥落したらしい。それに加えて基地前の医療場も陥落したか。
防衛軍は何をしている⋯⋯まさか、民間人の避難や保護を治安局に任せ、主力は既に撤退したのか?
ナハトの眉がわずかに動いた。無線の雑音の向こうで、助けを求める声が次々と上がっている。防衛軍の応答はない。通信は途切れ途切れ、指揮系統もすでに崩壊しているようだった。
「チッ⋯⋯民間人を置いて退いたか」
ナハトは苦々しく呟いた。その言葉に、前方を警戒していたゼーレが振り返る。
「兄者?」
ゼーレの耳元でナハト小さく呟くを
「防衛軍基地が完全に落ちた。医療場も同時だ。負傷者を連れての退避が間に合ってない」
ゼーレは無言で頷き、視線を先頭にいるアテネに向ける。
ナハトはゼーレに目配せした後、列の先頭を進むアテネに通信を入れる。
「アテネ、こちらナハト。基地と医療場、どっちも落ちた。負傷者の退避は間に合ってない。防衛軍の応答も⋯⋯もう、ない」
その声は極めて冷静だったが、抑えた焦りが滲んでいた。
『了解⋯⋯はぁ、もう後がねぇってことか』
アテネの声の奥には、明確な緊迫感があった。ナハトの言葉の意味を、すぐに察したのだ。
『兄貴、市民たちの足が限界だ。子どもも年寄りも、もうこれ以上は持たねぇ』
「分かってる。近くに立体駐車場があるはずだ。そこで、少し休憩しよう」
『りょーかい』
通信を切ると、ナハトは周囲の状況を確認しながら、再び警戒態勢へと移った。
──十分後。
彼らはかつて商業ビルが並んでいた一角の、倒壊を免れた立体駐車場へと入った。一部は半壊していたが、下層は防火材と耐衝撃構造のおかげで、まだ安定していた。
「ここなら⋯⋯しばらく持つ」
「煙も来てないな。各自、壁際に座ってくれ。子どもと高齢者は内側だ」
ナハトの声に、市民たちは重たい足取りで応じる。
儀玄と儀降、アテネは急いで怪我人への治療へと移る。
「大丈夫⋯怪我は浅いですよ」
「私たちが必ず新エリー都まで届ける」
「ほら、足見せな」
儀降と儀玄は励ますが、彼らの顔には、深い疲労と絶望が刻まれていた。親を亡くした子どもは声も出さず、ただ虚ろに前を見つめている。家族の遺体を背負ってきた男は、そのままその遺体の前で座り込み、肩を震わせていた。
「⋯⋯もう、駄目なんじゃないか?」
「妻を殺されて、娘も守れなかった⋯⋯俺は⋯何のために、逃げてるんだ⋯⋯?」
「防衛軍も、助けてくれない⋯⋯」
壁のあちこちから、かすかな呻き声が漏れる。諦めと喪失感が、全体を支配していた。
そんな中、ナハトはゆっくりと立ち上がり、携帯食料ケースを取り出す。そして、中からレーションのチョコバーを一つ、そっと取り出した。
彼は、片膝をついて小さな女の子の前に座り込む。彼女は埃と涙で顔が汚れ、小さな手で膝を抱えて震えていた。
「⋯⋯ほら、チョコだ。甘いの、好きか?」
女の子は最初、反応しなかった。だが、ナハトが微笑みながらチョコバーを差し出すと、ようやく少しだけ首を動かし、ゆっくりと手を伸ばした。
そして、一口かじる。甘みが口に広がった瞬間、こわばっていた表情がわずかに緩んだ。
「⋯⋯おいしい」
その言葉に、周囲が一瞬だけ静かになる。
アテネも、それを見て同じようにチョコバーを取り出した。
「俺のもやるよ。ほら、お前たちも。大人だって、たまには甘いもんくらい食っていいだろ?」
ゼーレは黙って、水の入った簡易パックを手渡していく。
「⋯⋯命は⋯⋯誰かがつながなきゃならない⋯⋯誰かがそれを見てなきゃならない⋯⋯だから⋯⋯立て」
ナハトの声は、決して怒鳴らず、しかし強く響いた。
「⋯⋯逃げるだけじゃねぇ。ここまで来たお前たちは、もうただの被害者じゃない。最後まで生き延びて、証人になるんだ。この日、何があり、何を守ろうとしたのかを」
静寂が訪れた。
やがて、どこかから、すすり泣きながらも笑うような声が聞こえた。
「そう⋯だよな」
「そうだ⋯⋯ここで死んだら⋯亡くなった家族は誰も憶えてくれなくなる」
「生き延びるんだ⋯この地獄を」
小さな希望の灯は、確かに人々の中に息を吹き返していた。
誰かが静かに立ち上がり、それに続いてまた一人、また一人と市民たちが顔を上げた。震える足取りでも、歩こうとする意思が芽生えていた。
「兄様、ありがとう⋯⋯」
儀降がナハトに礼を言う。
「大した事じゃない。それよりも、お前らは疲れてないのか?」
「はい。私たちは大丈夫です」
「これも、先代の厳しい修行のおかげです」
「ああ⋯黄嶺に感謝だな」
休憩を終え、再び列が整えられた。ナハトが最後尾、アテネとゼーレが両翼を守り、避難民たちはその間を歩く。
彼らの目には、さっきまでにはなかった光が宿っていた。
──その時だった。
ビルの隙間から大量のエーテリアスが現れる。ティルヴィングを主体とし、中型のデュラハンやハティ、そしてトラキアンもいる群れだ。
「儀玄、儀降! 援護を頼む! アテネと俺は前衛、ゼーレは市民を守れ!」
「了解!」
「はいっ!」
ナハトとアテネが瞬時に前に出て、それぞれの武器を構える。儀玄はその少し後ろで支援の護符を展開し始めた。彼らの連携は見事だった。ナハトとアテネが前線で敵を食い止め、儀玄が符術によって結界と治癒を操る。そして、遠距離から攻撃してくるエーテリアスには儀降が遠距離用の術で対応する。
だが、エーテリアスの数は多い。さらに、上空から浮遊型エーテリアスが襲来してくる。
「──撃ち墜とす」
ゼーレは重十字ライフルで対処するが、数が多く全てを撃ち落とせない。ナハトは助けようにも、目の前のエーテリアスの群れは早々に片付けられる量ではない。
「チッ⋯⋯多い」
「まだいるッ! 今度は、中央区側から!」
ナハトが歯を噛みしめる。ゼーレの攻撃だけでは防ぎきれない。羽を持った数体のエーテリアスが市民たちへと迫る。
(間に合わない──!)
誰もがそう思ったその瞬間だった。
ズドンッ!
銃声が鳴り響いた。
市民へと向かっていたエーテリアスの頭部が、炸裂して霧散する。
「誰だ?」
ナハトが声を上げる。煙の向こうから現れたのは、あの時の男──ギアだった。
「よう、久しぶり⋯ってほどでもないか?」
ギアは軽口を叩きながらも、セミオートのスナイパーライフルを構え、息一つ乱さず敵を狙撃していた。古い武装に包まれながらも、その立ち姿は紛れもない「戦士」のものだった。
「お前、生きていたのか」
「話は後にしよう。お前らも手伝え」
後ろからギアの仲間であろうホロウレイダーが現れる。ゼーレ程ではないが、両腕にパイルバンカーを装備した巨大な男にアサルトライフルと鉈を装備した者、同じくアサルトライフルとバトンタイプのスタンガンを持った者だ。
さらに、後ろからは治安局の切り札であり特殊部隊のSATが現れる。
SATの重装備の隊員たちが訓練された動きで散開し、火線を作ってエーテリアスを圧倒していく。
「援護する! 民間人の保護を優先!」
─戦場が、動いた。
ギアたちホロウレイダー、そしてSATの投入により、崩れかけていた防衛線が再び形を取り戻し始めた。
ゼーレはその動きに合わせ、照準を切り替える。
「重十字・拡散迎撃モード──切替完了」
彼女の重火器から放たれたのは、破片弾を帯びた広範囲迎撃射。空から降り注いでいた浮遊型のエーテリアス数体が、一瞬で燃え落ちる。
「撃ちまくれッ!!」
ギアの狙撃と、SATの制圧射撃が集中する。瞬間、空中にいたエーテリアスたちがバランスを崩し、次々と地に落ちた。着地したところを、ナハトとアテネが地上から襲ってきたエーテリアス共々、一気に叩く。
「はああぁッ!!」
アテネの斧が唸りを上げ、デュラハンの胴体を真っ二つに断ち切る。その隣では、ナハトの炸裂トンファーがティルヴィングを吹き飛ばしていた。
後ろでは、パイルバンカーを装備した巨漢が低くうなりながら突進し、トラキアンを壁ごと叩き潰す。
ホロウレイダー、雲嶽山、治安局、交わる事のない三つが一つの目的のために戦う異様な光景が、市民にとってはこの地獄で唯一の希望のような光景だった。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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