ナハトたちはエーテリアスの侵攻を弾き返し、誰一人欠けることなく市民を守り切った。市民たちはホッと安堵の表情を浮かべていた。
その静けさの中、ナハトとギアは背中を壁に預け、互いの姿を見やった。
「よう」
「ギア⋯まさか生きていたとは」
「東通りで市民を助けてたら、仲間もそこにやってきてよ⋯⋯どうやら、俺と同じ考えだったらしい」
ギアは顎をしゃくって仲間たちを示す。ナハトが彼らの方に目をやると、両腕にパイルバンカーを装備した巨漢が、黙って指を立ててグーサインを送り返してくる。
ホロウレイダーなら、さっさとホロウから脱出して逃げることもできただろうに。それが、まさか全員誰かを助ける為にこの地獄に残るとはな。
「お前ら、ホロウレイダー向いてないな」
ナハトは優しい笑顔で言う。
そんなナハトを見て、ギアはキョトンとした表情になる。
「⋯⋯お前に言われたくないよ」
ナハトの言葉にギアは笑いながら返した。
ホロウレイダー——本来なら、エリー都の敵として、法の下に裁かれる存在。だが今この時、この炎の街で市民を命懸けで守り抜いたのは、彼らだった。
ギアがふと、ナハトの隣に控える二人に目を向ける。
「それにしても驚いたぜ。まさかお前が、雲嶽山の宗主様と、その妹とつるんでるとはな」
「儀降と儀玄のことか? 昔からの付き合いだ」
「私たちは兄様に命を救われたんです」
「そうか⋯⋯」
ギアは頷いた。ナハトの過去に干渉するつもりはないが、確かな絆の深さだけは、見ていてわかる。
「じゃあ、こっちも質問してもいいか?」
「俺がSATと組んでた理由か?」
「察しが早くて助かる」
ギアは空を見上げるようにして話し始めた。
「俺は東通りで市民を逃がしてた。迫りくるエーテリアスを仲間と迎撃しながら、できる限りの市民を新エリー都に向かわせてたよ。そしたら、そこにSATの連中が来て、指揮系統が混乱してる中でも市民を優先するよう、ダーラン長官の命令があったらしい。そしたら、連中がこう言った。『あんたら、ホロウの中で何度も生き延びてるんだろ。だったら、協力してくれ』ってな」
確かに、このエリー都でホロウに潜り、エーテリアスと戦う者は防衛軍とホロウレイダー、プロキシくらいだろう。治安局の人間は確かに強いが、やはり経験が無いというのは大きな弱点だ。
そのとき、低く通る声が割って入った。
「その通りだ。言ったのは、俺だ」
ナハトとギアが振り返ると、そこには重装備に身を包んだSATの分隊長らしき男の姿があった。鋼のような瞳で二人を見据えるその姿からは、一切の冗談が消えていた。
「俺たちSATは、あくまでエリー都の法の執行者だ。ホロウレイダーである貴様らを、本来なら一人残らず捕らえ、牢にぶち込むのが筋だ」
緊張が走る──だが、ロクスの声はその先で、静かに転じた。
「だが、今は非常事態だ。俺たちでは、市民を守り切れない⋯⋯エーテリアス相手の戦闘経験と、ホロウ内での戦術的な動きでは、お前たちの方が長けている」
ロクスは前へ一歩、足音を響かせながら進み出る。
「都市が滅べば、法も意味を失う。市民が死ねば、正義も役に立たん。俺は今、法の執行者としてではなく、戦場の指揮官として貴様らに言う」
ヘルメットのバイザーを上げ、その鋭い視線でギア、そしてナハトを正面から見据える。
「協力してくれ。力を貸してほしい⋯⋯今だけでいい。罪なき市民を守るために」
ギアは一拍置いて、肩をすくめる。
「ったく、言ってくれるねえ⋯⋯俺たちみたいな命には十分すぎる依頼だ」
そして、ナハトの方をちらと見る。
「お前は?」
ナハトは静かに、しかし迷いなく頷いた。
「もともと、守るつもりで動いてた。相手が誰だろうと、それは変わらない」
男その言葉に応じて、拳を軽く差し出した。ナハトは少しだけ間を置き、それを打ち返す。
それは敵でも味方でもない──命を守るために、並び立つ者同士の握手だった。
「俺の名はロクス。SAT第一分隊の隊長だ」
「俺はナハト、見ての通りホロウレイダーだ」
「俺はアテネだ。兄貴の仲間でプロキシも兼ねてる⋯まさか、治安官と協力することになるとはな」
「俺は⋯⋯ゼーレ」
儀玄と儀降もロクスの前に立ち、自己紹介を始める。
「第十二代目雲嶽山宗主、儀降です」
「同じく雲嶽山の儀玄です」
ナハトは全員を見てから、軽くため息をつく。
「随分と豪勢なチームになったな」
「市民の生き残る確率が上がるのなら何でもいい」
ナハトはロクスの前に立つ。
「さて、協力するなら情報を交換しないとな⋯⋯正直に言ってくれ。治安局の状況は?」
ロクスは短く息を吐いた。隠すことは何もない──今は、真実を共有する時だった。
「⋯⋯軍は先遣隊を派遣した。だが、本隊は戦線の再編のためにいったん後退している。まだ来ていない」
市民たちの表情がわずかに曇る。
「その影響で、俺たち治安局が防衛ラインを維持するしかなかった。だが、限界はすぐに来た。機動隊はデッドエンドブッチャー相手に相討ちし全滅──大半が殉職した。銃器対策部隊も⋯⋯ホロウ中心部に出現した、謎の大型エーテリアスとの戦闘の末に壊滅した」
ロクスの声には、悔しさと無念が滲んでいた。
「現在、治安局全体でおよそ五割の戦力を喪失している。防衛ラインで指揮を執っていた幹部も複数名が行方不明、あるいは殉職した。連携も取れず、各部隊が各地でバラバラに戦っているのが現状だ⋯⋯つまり——」
「⋯⋯崩壊寸前か」
「そのとおりだ」
ナハトは静かに呟き、手元の端末に視線を落とした。あらゆる通信を傍受し続けていたそれには、次々と絶望的な情報が流れ込んでくる。
「一つ、俺からも伝えておく。さっき傍受した情報だ」
皆がナハトを見る。
「防衛軍基地⋯⋯それと、基地前に設置されていた野戦医療場が、両方とも陥落した。負傷者も医療スタッフ、そこを守っていた軍人と治安官のほとんどが⋯⋯」
儀玄が息を呑み、儀降は静かに目を閉じる。アテネは歯を食いしばり、ゼーレは鉄柱を軽く地面に叩きつける。ギアは拳を強く握った。
そしてロクスが、低く、しかしはっきりと呟いた。
「⋯⋯厳しい戦いになるな」
その言葉に誰も反論できなかった。だが、誰一人として、目を逸らす者もいなかった。
沈黙の中、ナハトはゆっくりと前に出た。
「だが──だからこそ、やるしかない。彼らを守り、新エリー都に逃すには、今ある戦力をひとつにまとめ、的確に動かすしかない」
「だな。俺たちホロウレイダーも⋯⋯今回は、奪う側じゃなく、命を繋ぐ側に立つと決めた」
ギアが静かに応じ、仲間たちが頷く。
ロクスも再びヘルメットを被り直し、冷徹な司令官の顔に戻った。
SATの隊員たちも各々の武器を確認し、いつでも撃てる状態にする。
「そうだな⋯⋯まずは、最も危険なルートを排除しつつ、新エリー都へと向かう。それが第一段階だ」
ロクスは拳銃のスライドを引く。
「総員、行動開始だ」
ホロウレイダー、雲嶽山、治安局、普段ならば関わることはない。各々の掲げる正義と価値観に違いはれど、今はただ一つの目的、"罪なき命を守る"ために行動を開始した。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け