旧都陥落の日・Another   作:IamQRcode

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脱出計画

 

「さて、まずはルートを決めなければな」

 

 ロクスはそう言うと地図を広げる。地図には様々なメモが書かれており、特に目立つのは赤色でマークされた場所だ。 

 

「この赤色のマークは?」

 

「陥落した施設だ」

 

 ということは、既に市役所と消防局は陥落しているということか。どちらも、戦闘機能がないとは言え、まさかここまで早くに陥落するとは。

 

「消防局は陥落したが、消防隊員や救急隊員は己の意思で残り、現在もこの街で戦ってくれている」

 

 自らの意思で残っているのか⋯⋯勇敢で無謀な奴らだ。

 

 ロクスは地図を指さしながら説明する。

 

「既に西の通りは陥落、中央大通りは機動隊全滅の影響により、エーテリアスの群れが侵攻している。今は二名の治安官が防衛戦を行っているが⋯⋯」

 

「たった二人でか?」

 

 アテネが驚いた表情で聞く。

 

「ああ、今は何とか耐えている⋯⋯さて、現状は東の通りしかないわけだ」

 

 二人で大通りを守るって⋯⋯なんだそいつら。

 

「待て、治安局はどうなんだ? あそこには、ヘリがあったはずだ。空から脱出できないか?」

 

 ギアの仲間の一人がロクスに聞く。だが、ロクスは残念そうな表情を浮かべて首を振る。

 

「治安局は、現在エーテリアスに包囲されている。正確には半包囲だがな。連中の動きは速く、すでに主要な進入口は封鎖された。治安局に残った職員が応戦しているが、死傷者も多く出ている」

 

 地図上で、治安局周辺を囲むように描かれた赤いマークが、それを示していた。ぐるりと取り囲むように、複数の侵攻ルートに“エーテリアス密集”と記されている。

 

「もちろん、包囲を打ち破る手段がないわけじゃない。SAT、雲嶽山、ホロウレイダーが連携すれば、強行突破は可能かもしれん」

 

 そこまで言ってから、ロクスはふと市民たちへと視線を向けた。

 

 その視線の先にあるのは、今も震える体を寄せ合って座る避難民たち。中には、血の滲む包帯を巻かれた子ども、小さな弟を抱えたまま声も出せずにいる姉──壊れた街の片隅で、ただ生き残ろうと必死に耐えている、無数の命。

 

 ナハトたちの背後で、儀玄と儀降がその様子を見つめていた。アテネは拳を握りしめ、ゼーレは目を伏せていた。

 

 ロクスは、静かに言葉を継いだ。

 

「だが、包囲を破れば確実に死人が出る。しかもそれは、俺たちではなく──あの市民たちだ。特に、子どもや負傷者が多すぎる。彼らを守りきりながら突撃するのは、現実的じゃない」

 

「⋯⋯だな。いくら、ホロウやエーテリアスに慣れている俺たちホロウレイダーと言えど、あの数の負傷者を守りながら戦ったことはない」

 

 ギアも思わずそう呟く。

 

 その場に、重い沈黙が落ちた。

 

 誰もが言葉を飲み込む。目の前の命を見捨てて戦うことはできない。だが、それを守れば、比較的安全な空路の選択肢は捨てねばならない。

 

 ナハトが、ゆっくりと口を開いた。

 

「つまり──空は諦めるしかない、ってことだな」

 

「そういうことだ。俺としても無念だが⋯⋯今は“誰を助けるか”じゃなく、“何人助けられるか”で考えなきゃならん」

 

 ギアが苦く笑う。

 

「皮肉だな。空の上に逃げれば楽だったのに、俺たちが“地べた”を選んだのは、結局こいつらのせいか」

 

「違う。あんたらが“地べたに残る覚悟”を選んだから、市民は生きてるんだ」

 

 アテネが静かに言う。その言葉は、誰にも否定できなかった。

 

 ロクスは手元の地図を指でなぞる。

 

「東通りなら、市民を抱えながらでも進める。空に比べれば危険だが、事前に偵察を行えば被害は最小限に抑えられるはずだ」

 

「⋯⋯念の為に聞くが、偵察部隊は?」

 

「治安局と消防局のヘリチームは市民救助に全力を注ぎ余裕がない。防衛軍の基地も陥落し、専門の偵察チームも壊滅してる。情報はほとんどないと言っていい」

 

 東通りにも恐らく、エーテリアスは侵攻しているだろう。だが、どれほどの規模でどのようなエーテリアスが侵攻しているかなど細かな情報がない。大雑把な情報だけでは、さすがに危険すぎる。

 

 地図を囲む面々の間に、またしても沈黙が落ちた。誰もが次の一手を考えていた。

 

 

 そのとき──

 

 

「来たぞ、三体!」

 

 見張りの一人が叫ぶ。間もなく、地下通路の入り口から、鋭く風を裂くような奇声が響き、エーテリアスの影が現れる。

 

「撃て!」

 

 ロクスの指示と同時に、SAT隊員の一人がショットガンを構え、至近距離から一発。吹き飛んだエーテリアスの一体は壁に叩きつけられ、エーテル粒子を撒き散らして崩れ落ちた。

 

「俺がやる!」

 

 さらに、ギアの仲間のホロウレイダーがバトンタイプのスタンガンでティルヴィングのコアを殴り、仕留める。そして、残った一体はアテネがテルミット投斧で焼き尽くした。

 

 全ては数秒の出来事だった。

 

「⋯⋯はぁっ。これで何度目だよ」

 

 ギアが肩を上下させながら毒づいた。

 

 ロクスが腕時計を見てから言う。

 

「そろそろ移動する。ここに長くとどまるわけにはいかん」

 

 避難民たちに声をかけ、SAT隊員と儀降たちが周囲を固めながら移動を始める。

 

 火災の熱風が肌を熱くし、市民の涙を枯らす。

 

 時折、聞こえる銃声は誰かが生きて戦っていることの証明であり、悲鳴は誰かが亡くなった証明でもある。

 

 視線を横にすれば、乗り捨てられ血が付いた車に燃える建物、そして転がる人だったもの。子どもは近くの大人や兄や姉にしがみつき、必死に耐えている。

 

 こんな光景⋯⋯初めてだな。

 

 ホロウレイダーとして、色んな光景は見てきた。他のホロウレイダーの死体やエーテリアスと人間の戦い、ホロウ内での人間同士の戦闘、とても自慢できるものではないが人より、この世界の絶望的な光景は見てきたつもりだった。

 

 けれど——

 

「こんな光景よりは⋯⋯マシだったのかもな」

 

「兄様?」

 

 儀玄が心配そうに声をかけてくる。

 

「何でもない⋯⋯集中しよう」

 

 そうして、数十分。小規模な交戦を繰り返しつつ、ようやく一行は東通り付近に到達した。周囲にはエーテリアスたちが蠢き、死体も多く散らばっていた。今まで通りにはいかないことを物語っている。

 

 古びた倉庫に身を潜めながら、ロクスが言う。

 

「ここから先は、偵察とエーテリアスの掃討が必要だな。市民をこのまま連れては危険すぎる。チームを分ける」

 

 ナハトがすぐに手を上げる。

 

「じゃあ、俺たちが偵察に出る」

 

「待て、それは無理だ」

 

 ギアが即座に言い返した。

 

「なに?」

 

「お前も、アテネも、ゼーレも──見りゃ分かる。全員、傷だらけだ。無理すんな。ここは比較的、弾薬も体力も余っている俺たちが行く」

 

「ギア、だが──」

 

「任せとけ。こういうのは慣れてんだ。何より、俺らは捕まるの前提で地べた這ってきた連中だ。足場の悪さも、空気の悪さも関係ない」

 

 ナハトは言い返しかけたが、ふと黙った。ギアの顔を見れば、それが強がりでないことが分かる。ギアの背後には、無言で頷く仲間たちの姿もあった。

 

 ナハトも彼らの覚悟を信じることにした。

 

「……分かった。頼んだ」

 

「おうよ。吉報を期待してな」

 

 ロクスが口を開いた。

 

「俺の部隊からも二人派遣する。偵察訓練済みの者だ。残りの隊員と私は、市民の防衛に専念する」

 

 儀降が市民の傍を見ながら言う。

 

「私たちも残ります。儀玄と私で結界を張り、可能な限り敵を近づけさせません」

 

 ゼーレがギアたちを見て呟く。

 

「⋯⋯気をつけて」

 

 ギアは小さく肩をすくめた。

 

「お前らこそ。守るべき存在を残しといてくれよ」

 

 数分後、ギアたち偵察チームが闇へと溶けるように倉庫から消えた。

 

 東通りの先に何が待ち受けているのか──誰にも分からなかった。

 

 だが、確かなことが一つある。

 

 この戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

 

「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?

  • シルバー小隊を率いる若き指揮官の話
  • アストラの幼馴染でイヴと共に彼女を守る話
  • 時間をかけてもいい。どっちも書け
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