ナハトたちホロウレイダーチームは、市民集団よりも数分早く、東通りを先行していた。
路地を抜け、開けた通りに出ると、空気はひどく静かだった。瓦礫や崩れかけた建物が視界の端にちらつくが、偵察時の報告どおり、ここにはまだエーテリアスの姿は見えない。だが、その“見えない”という事実こそが、警戒すべき兆候でもあった。
「⋯⋯空気が重いな。嫌な沈黙だ」
ギアが口を開く。背後を振り返りつつ、ナハトに囁く。
「偵察時には感じなかった“圧”がある。どこかに潜んでるか、あるいはこっちを見てるだけか⋯⋯」
「動かない獣の目ってのは、慣れてても厄介だな」
しばらく進んでいると、前にいたギアの仲間が手信号で止まれの合図を出す。
全員が手信号に従って静止した。瓦礫の陰に身を潜め、呼吸さえも殺すようにして気配を消す。通りの向こう、見えない何かが近づいている。硬質な靴音とも、引きずるような肉の擦れる音ともつかない、不気味な音が徐々に大きくなっていた。
前方にいたホロウレイダーの一人が身を低くして戻ってきた。顔はこわばっていたが、恐怖ではなく、緊迫した報告のためだった。
「音が近づいてくる。たぶん、追跡か──走ってる複数の足音と、重い足取りの別種が混じってる」
ギアが眉をひそめる。
「何が来てる?」
「それは、わからん」
ナハトたちはその場で瓦礫の近くでしゃがみ込む。そして、できる限り息を殺す。
「⋯⋯何が来るんだ」
ホロウレイダーがポツリと呟いた。
「おい⋯あれは?」
全員が通りの先に目を凝らした。そのとき、進行方向の先から影が三つ──いや、四つ──見えてきた。
「⋯⋯人間だな⋯四人いる。子どもを連れてる」
一人は血まみれの制服を着た女性治安官、背中には幼い子どもを背負っている。残る二人は重装備の治安官で、それぞれ片腕や額から血を流しながら、全力でこちらに向かって走ってくる。
そして──その背後。
瓦礫を跳ね飛ばし、ひしめくようにして現れたのは、大小混ざった十数体のエーテリアスだった。浮遊型、四足歩行型、蛇のような異形の体──形はさまざまだが、どれもが狩人のごとき殺意を剥き出しにして、彼らを追っていた。
重装備の治安官二名が手に持ったサブマシンガンを後ろに撃つが、走りながらの射撃は有効打足りえなかった。
ホロウレイダーの一人が舌打ちしながら、低く呟いた。
「ったく、面倒な奴らを連れてきやがって⋯⋯」
「エーテリアスがいないから、こっちのルートを選んだってのに」
「こっちに来るぞ」
とはいえ、見殺しにする選択肢はない。今、ここで食い止めねば──後方に控える市民たちが危険に晒される。
ギアがすでに構えていた狙撃銃を、無言のまま瓦礫に乗せる。息を整え、照準を絞り、視界の中央に浮遊型エーテリアスの“コア”を捉える。
パンッ!
音が一瞬遅れて届いた。次の瞬間、エーテリアスの一体が空中で破裂するように崩れ落ち、地面に黒い霧を撒き散らした。敵の足並みがわずかに乱れたのを見逃さず、ナハトが素早く前に出る。
「行くぞ──ゼーレ、アテネ!」
「了解」
「あいよ!」
「お前も行け! 援護するんだ!」
ナハト、アテネ、ゼーレ、そして両腕にパイルバンカーを装備したホロウレイダーが治安官たちの方へと向かう。
「ほら、この先にSATがいるからそこまで走れ!」
治安官たちはナハトの言葉を聞いて、急いでSATと市民集団のいる方へと向かった。そして、ナハトたちにエーテリアスの集団が迫る。
「⋯⋯くたばれ」
ゼーレが重十字ライフルで迫りくるエーテリアスを何体か撃ち抜く。
「群れてんじゃねえよ!」
「消えろ!」
アテネは電熱斧と爆発反応装甲、ナハトは義尾と炸裂トンファーでエーテリアスを仕留めてゆく。すると、巨大な体を持つエーテリアス、ファールバウティがナハトたちの元へと突っ込んでくる。
「──来るぞッ!」
ナハトが叫ぶより早く、地面が大きく揺れた。ファールバウティが発達した腕を叩きつけ、衝撃波を発生させる。咄嗟に地面に伏せたアテネのすぐ頭上を、瓦礫の破片が飛び越えていった。
「邪魔だな、こいつ!」
パイルバンカーを構えたホロウレイダーが一歩踏み出す。腕の装置から圧縮蒸気が唸りを上げた。
「喰らいやがれぇッ!」
鋼鉄の杭がファールバウティの左肩に直撃し、重い音を立てて抉った。しかし──エーテル粒子を撒き散らしながらも、ファールバウティは止まらない。腕を振り上げ、ホロウレイダーを薙ぎ払おうとする。
「退けッ!」
ギアの強化狙撃弾がその腕の関節部を撃ち抜いた。軌道が逸れ、紙一重で直撃を免れたホロウレイダーが後方へと飛び退く。
ナハトが動く。
影のような身のこなしで地面を滑るように接近し、右手の炸裂トンファーに力を込める。
一撃。炸裂音とともに、ファールバウティの左脚の膝関節が爆ぜた。
グラリと傾ぐ巨体。
その瞬間、アテネが突っ込む。
「今ッ!!」
電熱斧が唸りを上げ、すでに傷ついた肩口に叩き込まれた。電流が走り、内部構造を焼く。さらにゼーレが援護射撃がコアを損傷させる。
吠えるような、機械とも獣ともつかぬ叫び声をあげながら、ファールバウティは大きく仰け反った──。
その隙に、ナハトが義尾を地面に突き刺し、反動を利用して跳躍。
「──終いだッ!」
空中から、炸裂トンファーを両手で構え、ファールバウティの頭部へと振り下ろす。
轟音。
爆風と黒煙。巨体がようやく崩れ落ちた。
ナハトは瓦礫の上に着地し、肩で息をしながら呟いた。
「ふぅ⋯⋯全員、無事か?」
「おーう、誰も怪我してねえ」
ナハトの問いかけに応じて、瓦礫の陰や散開位置から次々と応答が返ってくる。
「こっちは問題なし。パイルバンカーのやつも無傷だ」
「爆発反応装甲も残り少なめだが、まだ戦える」
「⋯⋯無事」
それを聞いたナハトは、ゆっくりと周囲を見渡した。エーテリアスの残骸は霧散を始め、エーテル粒子となって消えてゆく。追加の反応はない。ギアがスコープ越しに通りを確認しながら、冷静に告げる。
「敵の反応、今のところ無し。周囲にも潜伏の兆候は見られない」
ナハトは短く息を吐き、肩の力を少しだけ抜く。
「──了解。警戒は続けてくれ」
そのとき、通信端末に信号が入る。SATからだ。ナハトが受信ボタンを押すと、やや乱れた無線の向こうから声が飛び込んできた。
『こちらロクス。先ほど貴チームが接触した四名、無事に保護完了。子どもは軽度の外傷、意識あり。女性治安官は負傷しているが独歩可能な状態』
独歩可能かどうかで、避難がどれだけスムーズに進むかも変わる。走っていたから、問題はないとは予想していたが良かった。
『重装備の治安官二名は、識別照合の結果、銃器対策部隊の隊員と判明した。どうやら、中央区で壊滅後、何とか生き延びてここまで来たらしい』
「生存者か⋯⋯」
『ああ、彼らも怪我はしているが軽傷だ。俺の分隊に取り込んで共に市民を守ることにする』
「わかった。そっちで見てくれ。今の戦闘音でエーテリアスが集まる可能性がある。できるだけ、早く行くが付いてこられるか?」
『大丈夫だ』
ナハトは通信端末をしまい、振り返って仲間たちに告げる。
「──無事に合流したらしい。四人とも無傷じゃないが動ける。銃器対策部隊の二人は今後、ロクス分隊と共に市民防衛に回る。俺たちは、変わらず先行して安全確保を行うぞ」
ナハトの言葉に全員が頷き、再び体勢を整えてから前へと進む。新エリー都まであと少しの道のり、ナハトたちはこの地獄から抜け出すために、疲労の溜まった体を必死に動かした。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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シルバー小隊を率いる若き指揮官の話
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アストラの幼馴染でイヴと共に彼女を守る話
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時間をかけてもいい。どっちも書け