数度の戦闘の後、ナハトたちは東通りの終わりに到着した。あとは、ここから一本道を少し進めば、このゼロ号ホロウから脱出することができる。
市民たちは最後の休憩を行う。
今まで誰一人欠けることなく、ここまで来れたという事実と脱出まであと少しということもあり、先程に比べて表情に明るさが戻っていた。
儀玄や儀降たちも安堵の表情を浮かべている。
そんな彼らを横目にナハト、ギア、ロクスは地図を広げて作戦を練っていた。
「ここまで誰も欠けることなくこれた⋯⋯改めて礼を言わせてくれ」
ロクスは真面目な顔で二人に頭を下げる。
「おいおい、止めてくれ⋯⋯治安官に頭下げられるなんて、慣れてないんだ」
「あんたらがいなかったら、市民もここまで来れなかった。むしろ、俺はあんたらSATに感謝してるよ」
「ふっ、そうか⋯⋯さて、新エリー都まであと少しだが、今ある情報をまとめるぞ」
三人は再び地図へと目を向ける。
先程よりも赤色でマークされた箇所が増えている。
「中央総合病院が陥落してるな⋯⋯中にいた怪我人や病人は⋯⋯」
「言うな」
ギアの言葉をロクスが遮る。
動けない病人や怪我人がどうなるかなんて、想像に難くない。それでも、言いたくなかったのだ。聞きたくなかったのだ。
「それよりも⋯⋯」
ロクスは目を伏せ、深くため息を吐いた。そして、重々しい手つきで地図の一角を指さす。赤く塗りつぶされたその地点には、かつての治安維持の中枢機関──治安局が記されていた。
「⋯⋯治安局も陥落した。ここから送られた最後の無線は、ダーラン長官のゼロ号ホロウから脱出せよの言葉だ。増援も救援信号も、全て沈黙している」
沈黙が、地図を囲む三人を包む。
「つまり、エリー都はもう駄目ってことか」
ギアが低く呟く。ロクスは無言のまま頷いた。
「治安局本部だけじゃない。周辺の拠点も、ほとんどが赤く塗り潰されてる。さっき保護した二人──銃器対策部隊の連中も言ってた。ある瞬間、“何か”が市街地の中心から溢れたってな」
「“何か”⋯⋯か」
ナハトが言葉を繰り返し、目を細める。
恐らく、銃器対策部隊を壊滅させた謎のエーテリアスだろう。
「もしかしたら、もう俺たちが知ってる“中央区”そのものが、エーテリアスの巣に変わってるのかもしれねぇな」
ロクスが再び地図の一点を指差す。ナハトたちの今いる位置から、新エリー都へと続く最後の一本道。そこには、赤い円がいくつも重なり、警告を示すように濃く塗られていた。
「ここが問題だ。新エリー都までのルートは短い。ほんの数百メートルの直線だ。けど──その道には、エーテリアスの群れが陣取ってる」
「数は?」
「正確な数は分からない。だが、うちの分隊員の偵察では40体以上が確認されていた。種類もバラバラで、浮遊型や奇形の歩行型に混じって、“要警戒型”や“蓄エネ型”まで混ざってる報告がある」
ギアが舌打ちする。
「クソったれ。化物バイキングでもやってんのかよ」
「この人数じゃ普通なら撤退だが、あいにく選択肢はもう無い」
ロクスは重く言う。
「今ここにいるSATは10名。それに加えて銃器対策部隊の生き残り2名。そして負傷してはいるが、しっかりと戦意を持った女性治安官が1名、雲嶽山2名、ホロウレイダーが7名⋯⋯」
ナハトが目を細めて呟いた。
「つまり、こういうことか。──俺たち22人が、エリー都最後の戦力かもしれないってことだな」
「おそらく、な。既存の拠点はすべて沈黙している。軍先遣隊とは、どこも無線が繋がらない。中央区の再奪還ができる戦力は、もはや存在しない」
誰も、言葉を返さなかった。そこにあるのは、戦いの過酷さではなく、“終わってしまった現実”の重みだった。
ナハトは地図から目を離し、背後にいる市民たちに目を向けた。数十名の市民。老若男女。泣く子どもと、それを抱く親。彼らが持つ武器はない。守れるのは、自分たちだけだ。
「──強行突破だな」
ナハトの声は、重く、静かだった。
「他に選択肢はない。エーテリアスの群れを突破して、新エリー都へ市民を押し込む。それが、俺たちに残された唯一の道だ」
最後の最後で賭けみたいな作戦か⋯⋯いや、賭けにしちゃいけないな。俺たちで守らないと。
「ようやくらしい仕事になってきたな」
ギアが肩を鳴らしながらニヤリと笑う。その目には、疲労を押し殺した覚悟の色が滲んでいた。
ロクスが頷く。
「突破は三段階に分ける。第一波でエーテリアスの先頭を叩き中央突破。その隙に市民を通す。その間、後続を抑え続け第二波で雲嶽山、治安官と銃器対策部隊隊員を通す。第三波──それが俺たち、SATとホロウレイダーだ」
つまり、ホロウレイダーとSATが突破した進路を守りつつ、最後には殿を務めるということである。上手くいかなければ自分らは、エーテリアスに包囲されるだろう。
「⋯⋯覚悟は決めたな?」
「おうよ」
「ああ」
ロクスがゆっくりと立ち上がり、握った拳で地図の中央──新エリー都への一本道を軽く叩いた。
「──じゃあ、作戦開始は十分後だ。装備の点検、弾薬の補充を済ませろ。ギア、お前は狙撃位置の確保だ。高台はあるか?」
「西側に半壊した家の屋根が残ってる。そこなら通り全体が見渡せる。エーテリアスが動き出せば、開始と同時に二、三体は落とせる」
「上等だ」
ギアが銃を持ち直し、軽く敬礼の真似事をして歩き出す。その背を、ナハトは静かに見送った。
「ロクス、市民誘導は任せる。できる限り混乱を減らして、第一波の突破中に通しきってくれ。雲嶽山の二人には補助を頼む」
「了解した」
ロクスは深く頷き、既に立ち上がって準備を始めた部下たちに声をかけ始める。市民の列が整然と並び直され、最前列には負傷者と子どもたち、次いで年配者、そして十分に体力のある若者たちが並ぶ。
「兄様」
儀降と儀玄がナハトの元へと駆け寄る。彼女らの表情はいつになく真面目だ。
「あの、兄様にお願いがあるんです」
「どうした?」
「ここから出られたら⋯⋯共に雲嶽山を立て直してくれませんか?」
ナハトは、しばらくの間黙って儀降と儀玄の顔を見つめた。
二人の目には、ただの感傷や理想ではない、“覚悟”の光が宿っていた。数多の修羅場をくぐり抜けた者にしか持ち得ない、確固たる意志。それが今、かつての妹たちの眼差しに宿っていたのだ。
「立て直すか⋯⋯過酷な道になるぞ?」
ナハトの問いかけに、儀降が深く頷き、儀玄が強く拳を握りしめた。
「はい。でも、もう二度と同じ過ちを繰り返したくありません。また、同じことが起きても今度こそ誰も犠牲にならなくて、済むように」
「兄様が戻ってくれたら、きっと変えられます。強さだけじゃない、“生きるための教え”を——私たちに教えてください」
言葉は震えていない。立ち姿も揺るがない。
あの優しかった少女たちが、時に血に染まりながらも、自らの道を見つけ、選び取ったのだと、ナハトは理解した。
だからこそ、彼もまたその想いに応えねばならない。
ナハトは静かに目を閉じ、一度だけ息を吐いた。
そして──力強く頷く。
「⋯⋯分かった。俺でよければ、力を貸そう。だが、一つだけ条件がある」
「条件ですか?」
儀降が目を見開くと、ナハトは少しだけ表情を和らげて言った。
「今日、生き延びろ。お前たちが“再建”を願うなら、それを語る資格は生き残ってからだ」
その言葉に、儀玄が真剣な顔のまま笑った。
「当然です。兄様にそう言われると思ってました」
「なら、話は終わりだな」
ナハトはふっと笑い。二人はもとの場所へと戻っていった。
ナハトは再び地図に目を落とし、口元を引き締めた。
(この一本道が地獄の扉であっても、俺たちが押し開くしかないよな⋯⋯見ててくれよラプター)
やがて、準備が完了した報告が次々と飛び交い始める。
「市民の列、整いました」
「SAT、全員補給完了」
「狙撃位置、確保済み。照準クリア──いつでもいけるぞ、ナハト、ロクス」
ギアの通信が入る。彼の声の背後では、静かな風の音と、何かを見据えるような沈黙があった。
ナハトは短く息を吐き、背後の仲間たちへ振り返る。
「──いいか、ここから先は一人でも崩れたら全滅する。誰一人、後れを取るな。死ぬな。振り返るな。前だけを見ろ」
全員が頷いた。ゼーレは無言で鉄柱を構え、アテネは腰のテルミット投斧に手をかける。ギアの仲間たちは胸の前で十字架を切り、口元に笑みを浮かべていた。
そして──
「────第一波、突入開始!」
ロクスの号令と共に、地面を蹴る音が重なり、重装のホロウレイダーたちが一斉に飛び出した。
直線の先、待ち構えていたエーテリアスたちが牙を剥く。空に浮かぶ浮遊型が旋回し、地を這う腐蝕型が唸り声を上げ、跳躍型が奇声を発しながら身構える。
だがその瞬間、空気が裂けるような銃声が鳴った。
「──一体目、コア破壊。二体目、撃ち落とした」
ギアの狙撃が正確に敵の数を減らしていく。続けざまに、ゼーレの鉄柱がデュラハンを盾ごと吹き飛ばす。アテネの斬撃の軌跡を描いて、トラキアンの腕を叩き落とす。
エーテリアスの群れが、吼える。
地鳴りのような咆哮と共に、戦場が地獄に変わった。
それでも──ナハトたちは一歩も退かない。
この一本道の先に、希望がある限り。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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