ホロウから脱出したリンは儀降、儀玄と共に船で衛非地区まで来た。港には福福が待っており、「お師匠様ー! 宗主様ー!」と手をブンブン振りながら迎えに来てくれた。
「それにしても、ビックリしたわ。急に飛行船の反応が消えたんだから」
「すまん。心配をかけたな」
儀降が腕を組みながら、軽くため息をつく。福福も心配そうに尻尾を振っている。
「そちらの方は⋯⋯あっ、もしかして新しいお弟子さんですか!」
福福は嬉しそうな表情を浮かべながら自己紹介をする。
「私は橘福福と言います! お弟子さんからしたら、姉弟子ですね!」
初めての後輩が嬉しいのか、福福は自信満々と言った雰囲気で自己紹介をする。
「私は儀降、儀玄の姉で雲嶽山の宗主よ」
「よろしく」
リンたちは自己紹介を終えた後、儀降と儀玄は先に適当観に戻って行った。リンは適当観に向かう途中まで、福福と共に衛非地区の案内をしてもらうことになった。
六分街やルミナスクエアとは違って、建物や人の雰囲気も違う。まるで、異国に来たような感覚にリンも新鮮な気持ちになっていた。
しばらく福福にお店等を案内してもらっていると、とある一団を見かけた。スーツをしっかりと着こなした、ビジネスマンという言葉を体現させたような男性と、作業着きた従業員らしき者たちだ。
どうやら、話を聞いているとホロウ内で事故が起きたらしい。それで、作業員がポーセルメックスに賠償金を求めているのだ。しかし、ポーセルメックス側はもう少し待てと言っており、作業員たちの間で不信感が蔓延っている。
「ポーセルメックス側の責任者はダミアンって人なんだ⋯⋯なんだか後ろ暗いことがありそうだね」
リンと福福が様子を見ている中、作業員たちもここで粘っても仕方がないと感じたのか、解散してゆく。
「まったく⋯⋯エーテリアスの数も妙に増えるしよ」
「危ない場面もあったしな。俺も謎のスナイパーに助けられなかったら、今頃あの世だ」
通りすがりに聞こえた作業員の言葉を聞いて、リンは思わず振り返ってしまう。
「どうしたんですかお弟子さん?」
「ううん、なんでもない」
今の人⋯⋯スナイパーに助けられたって。
リンは先程、ホロウ内で自分を助けた誰かを思い出す。姿や声などは確認できなかったが、近くにいないということは遠くから自分を助けてくれた。つまり、狙撃銃を扱うような人である。
もしかしたら、ホロウ内で積極的に人を助けているのだろうか。
「今、考えても仕方ないか」
「さっ、お弟子さん。適当館に戻りましょう!」
しばらく街を案内してもらった後、福福と共にリンは適当観へと向かった。適当観にはパンダのシリオンである兄弟子の潘、大兄弟子の釈淵に自己紹介をした。
そして、自らが乗っていた飛行船が何者かに撃ち落とされ、自分が師匠と何者かに助けられたことを福福含めた三人に伝えた。
「それにしても、まさか飛行船が撃ち落とされるとは」
「本当ですよ。怪我が無くて良かったです」
福福と潘が安心の表情を浮かべる中、釈淵だけは顎に手を当てながら考えていた。
「どうしたんですか、釈淵さん?」
「いえ、ただそのお弟子さんを助けた狙撃手のことが気になりまして」
「うーん、誰なんでしょう?」
「だが、ホロウ内でわざわざ人を助けるなんて、よほどの善人なんだろうな」
潘がぽんと帽子を揺らしながら、朗らかに言った。
「まあ、今はお弟子さんを案内するのが先ですね」
「そうですね。福福、頼めますか?」
「もちろんです!」
そう言って、福福は適当観の中を案内してくれることになった。
古びた木造の廊下、香の匂いがほのかに漂う座敷、そして壁一面に並べられた書や武具──どれも雲嶽山の歴史を物語っている。
そんな中、リンの視線がふと一点で止まった。
壁にかけられた、一枚の古い写真。額縁のガラスは少し曇っており、色褪せた紙が時の経過を物語っていた。
リンが近寄って見つめていると、背後から声がした。
「それは旧都陥落事件の前に撮ったものだ」
振り返ると、儀降と儀玄──姉妹が並んで立っていた。
「じゃあ、かなり昔の写真ってこと?」
「ええ、中央に写っているのが、当時の宗主──黄嶺様よ」
儀降の声にはわずかな敬意と懐かしさが滲んでいる。
リンは写真を改めて見つめる。雲嶽山の衣を着た面々の中に、明らかに雰囲気の違う三人がいた。
一人は黒髪で無表情、瞳だけが鋭く光り、機械の義尾を付けた青年、もう一人は兎耳を風になびかせる青年、そして二メートルは超える巨漢だ。
青年二人は目から下をガスマスクで顔を隠し、巨漢も顔すべてを覆うガスマスクで隠している。それぞれ、雲嶽山の使うものとは異なる武器を持っており、服装も違う。
「この三人も雲嶽山の人?」
リンが問いかけると、儀玄がわずかに目を細めた。
「ああ⋯⋯彼らは、私と姉を助けてくれた恩人だ」
儀玄の低く落ち着いた声が、静かな空気を揺らす。
「私と儀玄は元は孤児だったの。その日暮らしで、ゴミを漁ったりもしていたわ。そんな私たちを兄様——ナハトは拾って助けてくれたの」
「彼らはホロウレイダーだが、とても優しい心を持った人たちだった」
「だった⋯⋯ということは⋯⋯」
リンは少し申し訳ない表情を浮かべる。
「⋯⋯ああ、もうこの世にはいない」
儀玄がそう答えると、儀降はほんの一瞬だけ視線を落とした。
「旧都陥落の時、私たちは彼らと共に市民の避難を手伝っていたわ。でも⋯⋯最後まで残ってくれた彼らは、帰ってこなかった」
その声音には、長い年月を経ても消えぬ悔しさと寂しさが滲んでいた。
リンは改めて写真を見つめる。
ガスマスクの下の表情は分からない。けれど、その立ち姿には、決して折れぬ意志のようなものが感じられた。
「⋯⋯そっか」
リンは小さく呟いた。
儀降はそんなリンの横顔を一瞥し、口元をわずかに緩めた。
「でも、あの人たちが命を懸けて守った場所で、こうして新しい弟子を迎えられている⋯⋯それは、きっと誇らしいことなのよ」
「⋯⋯うん」
リンはうなずいた。
静かに流れる空気の中、福福が少し照れくさそうに口を挟んだ。
「えっと……じゃあ次は、食堂をご案内しますね!」
「おい福福、空気を読め」
儀玄の言葉に福福は焦る。
「だ、だって暗くなっちゃったから⋯⋯!」
儀玄は小さく笑い、儀降も肩を竦めた。
こうして、リンの衛非地区での最初の一日は、静かに過ぎていった。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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時間をかけてもいい。どっちも書け