リンたちは衛非地区にいる労働者たちに聞き込み行なった。途中、狛野という者にポーセルメックス側の人間に勘違いされ、喧嘩を売られそうになるなどのトラブルはあった。しかし、リンは適当観の者であるということを伝えると事は穏便に済んだ。
そして、わかったことは侵食を抑える緩和剤に問題があったということだ。どうやら、薬を飲んだ者たちが体調不良を訴え、中には侵蝕の影響が出たものもいるそうだ。
ポーセルメックス側は緘口令を敷いた。
そして、労働者はロアという者から薬が粗悪品であったことを伝えられたらしい。
リンはその事を雲嶽山の皆に伝える。
「なるほどな⋯⋯」
「そうなると、ますますホロウでの調査が必要ね」
「その点なら心配しないで、パロさんっていう労働者の人が協力してくれるの」
「そう。なら、ロープウェイの心配はいらなくなったわね」
「明日の朝、ロープウェイでホロウへと向かおう」
時刻は夕方、今ホロウに入るのは危険であり、労働者たちも家に帰っているだろう。リンたちは適当観に戻る。そこで、潘の夕飯を食べてから、明日の朝に各々が備え準備することになった。
夜、儀玄と儀降、リンはロープウェイの乗り場に来ていた。ここに来たのは、リンの術法を調査するためでもある。
そして、ここは衛非地区を見下ろせる絶景の場所でもある。
「それにしても、お前さんは兄と仲が良いのだな」
「まあね⋯でも、たまには喧嘩もするよ。勝手にプリンを食べたり、どんなビデオを仕入れたりするかで⋯⋯でも、なんだかんだ互いに許しちゃうけど」
「わかるわ。それは、兄弟姉妹を持つ人なら何となくわかる感性だと思う」
三人は軽く笑う。
「二人も喧嘩するの?」
「もちろんだ。修行の時に喧嘩したりしたさ」
「どっちが、兄様に褒められるかって喧嘩もしたわ。結局、どっちも褒めてくれるんだけど」
兄様、適当観の写真に写っていた人のことだろう。
「お兄さん⋯⋯ナハトさんは優しかったんだね」
「ああ、優しかったさ⋯⋯」
儀玄が少し俯く。
「⋯⋯少しだけ話させてくれる?」
「⋯⋯うん」
「私たちと兄様の出会いは、最初は盗みからだったわ。私たちが兄様の持っている肉まんを盗んで、捕まったところが始まりなの」
儀降が夜風の吹くロープウェイ乗り場で語り始める。
「⋯⋯私たちが兄様の持っていた肉まんを盗んだ時、兄様の仲間のアテネさんとゼーレさんに捕まったわ。普通なら、殴られても文句言えない状況だった」
儀降が遠い目をして話し始める。
「でも、兄様は笑って許してくれた。『腹が減ってたんだろ?』って言って、自分の家に連れてってくれて⋯⋯それから、ご飯屋に行って、温かいご飯を腹いっぱい食べさせてくれたの」
儀玄も静かに続ける。
「それだけじゃない。兄様は私たちを先代の雲嶽山宗主に預けてくれたんだ。あのときから、私たちの居場所は雲嶽山になった」
儀降はふっと笑みを浮かべる。
「兄様はね、どんなに忙しくても、週に一度は絶対お土産を持って会いに来てくれたの。私たちだけじゃない、雲嶽山の子どもたち全員がそれを楽しみにしてた」
「……兄様は、疲れてる姿を見せたことがない。いや、むしろ雲嶽山に来てるときが、一番自然に笑って」
儀玄の声には、懐かしさとわずかな寂しさが混じっている。
リンは少し考えてから言った。
「⋯⋯ホロウレイダーって冷酷とか、危険な人ってイメージがあるけど⋯⋯ナハトさんは全然違うね。優しい人だよ」
ホロウレイダー、旧都陥落事件の後であれば家や財産も失ったと言う理由でホロウレイダーになる者もいる。だが、ホロウレイダーの多くは、何かを奪う事に躊躇がない。でなければ、自分が奪われてしまうから。
儀玄も儀降も、同時に頷いた。
「そう。先代が亡くなってからも、兄様はずっと私たちを助けてくれた」
「私たちだけじゃない。困ってる人を放っておけない性分だったから」
ナハトは冷酷ではあるが残酷ではない。努力し、自分なりに頑張っている者がそれでも困っていればナハトは手を差し伸べていた。
儀降が目を伏せる。
「旧都陥落事件の時も、兄様は私たちを守りながら、大勢の市民を救った。でも⋯⋯」
儀玄が言葉を引き継ぐ。
「⋯⋯そのときに、兄様は命を落とした」
ロープウェイのホームに、夜風が吹き抜ける。
誰もすぐには口を開かず、ただ遠くの衛非地区の灯りが瞬くのを見つめていた。
儀玄は夜景を見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯旧都陥落のとき、兄様たちは最後まで市民の避難を優先した。あのとき現れたのは、要警戒どころじゃない⋯⋯規格外のエーテリアスだった。私たちどころか、SATでも怯んでしまうほどの存在を前にして、兄様は迷わず立ち向かったんだ」
儀降も静かに続ける。
「兄様だけじゃない。あの場にいたホロウレイダーたちも皆、覚悟を決めていた。市民を逃がすために、誰一人背を向けなかった⋯⋯だから、誰も帰ってこなかったの」
リンは息を呑む。
儀玄は小さく首を振りながら、苦笑のような表情を浮かべた。
「表向きには、雲嶽山と治安局のSATがそのエーテリアスを倒したことになっている。新聞も報告書もそう書いてある⋯⋯だけど、真実は違う。裏では、ホロウレイダーたちが命を賭して戦い、市民を救ったんだ」
儀降は拳を強く握りしめた。
「兄様はいつも言ってた。『誰も知らなくてもいい、守れたならそれでいい』って⋯⋯でも、私たちは知ってる。あのとき消えた命は、勇敢で、優しくて⋯⋯誰よりも人を思う人たちだったって」
夜の静けさの中、三人の間に重い沈黙が落ちる。
衛非地区の遠い灯火は、まるで消えてしまった命たちの残り火のように瞬いていた。
「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?
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