旧都陥落の日・Another   作:IamQRcode

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雲嶽山宗主

 

 

 初めて人を殺すという行いをしてから、数日が経った。

 

 相変わらず、余裕のない生活ではあるが、ホロウレイダーになる前よりは格段にマシになったと言える。食べるものに困ることも減り、寝る場所も雨風はしのげる。だが、それでも心のどこかに残るものがあった。

 

 いつものように、ホロウに潜っていた時のことだった。

 

「やばい⋯⋯」

 

 エーテリアスに囲まれた。しかも、中型のタナトスとデュラハンがいる。

 

 なぜ、こんな事になったのか。

 

 理由は簡単だ。突如として現れた裂け目に入ってしまい、出てきた所はエーテリアスの巣窟だった。

 

 回転式拳銃のM36でコアを狙い撃つが380口径という、小口径弾では精々、小型エーテリアスを倒すことしかできない。そして、相棒のラプターは戦うすべをもたない。

 

「はぁ⋯⋯終わりか」

 

「ンナナ!(そんな! 諦めちゃ駄目だよナハト!)」

 

「ラプター⋯⋯お前だけでも」

 

 その時だった——

 

 風を裂くような音とともに、白と黄色の衣の影が現れた。十数体いたエーテリアスが、一閃ごとにまるで紙のように両断されていく。刃の冴え、術式の展開、すべてが規格外だった。

 

 なんだ?

 

 そう思い、影の主を目で追う。

 

「大丈夫か?」

 

 影の正体は、壮年の男だった。年の頃は五十代後半か六十代前半。凛とした眼差しと白髪交じりの髪、しかしその背筋には寸分の緩みもない。

 

 差し出された手を掴む。しわが多く、強く、優しく、温かい、ホロウに似つかわしくない手だった。

 

「えっと⋯⋯助かった。名前は⋯⋯」

 

「私は雲嶽山第十一代宗主、黄嶺という。人を助けるのに、名乗りは不要だがな」

 

 黄嶺という男は軽く笑い、俺の頭を撫でた。

 

「お前さんは、どうしてこんな所に?」

 

「⋯⋯俺はナハトだ⋯⋯遺物を回収して、取引所で売ってる」

 

「なるほど⋯⋯ホロウレイダーというやつか」

 

 黄嶺は一瞬だけ何かを思案するような顔を見せたが、すぐに穏やかな笑みへと戻った。

 

「生きるためか?」

 

「⋯⋯ああ。食って、寝るために⋯⋯他に理由なんかない」

 

 俺は正直に答えた。誇れることなんて、何ひとつない。それでも、嘘はつきたくなかった。

 

 黄嶺はしばらく俺の目を見つめていたが、やがてふっと視線を逸らし、ホロウの空を見上げるようにして言った。

 

「それでいい。生きる理由など、最初から立派である必要はない。だがな――」

 

 彼はそこで言葉を切り、俺の肩にそっと手を置いた。

 

「生き続ければ、いつかそれが誰かの光になることもある」

 

 その言葉は、どこまでも静かで、けれど心の奥に深く沈んだ。

 

 そのまま、黄嶺は俺とラプターを雲嶽山へと誘った。傷の手当とラプターの修理のため、という名目だったが、何となく、もっと別の意図も感じ取れた。

 

 ——数時間後。

 

 ホロウを抜け、山の奥にある雲嶽山へと辿り着く。

 

 そこには、俺が今まで見たこともないような「静けさ」があった。

 

 木々に囲まれた小道を進み、立派な木造の楼閣へと至る。そこかしこに子どもたちの声が響いていた。笑い声、朗読の声、木剣で素振りする音。

 

「ここには身寄りのない子を預かっている。学び、術を修め、自分の足で未来を歩けるようになるまで、共に暮らす場所だ」

 

 案内されながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。こんな世界が、ホロウのすぐそばにあったなんて。

 

 門下生たちは、皆まっすぐな目をしていた。戦う力を持ちながら、誰も争っていない。ただ、真っすぐに自分の技と知を磨いていた。

 

 スラム街の住人とは全く違う。

 

 俺とラプターはある一室に通された。そこで、傷の手当てをしてラプターは充電を、その間、俺は出されたご飯を食べていた。出されたのは、肉まんや餃子という普段は中々口にできないもの。

 

 食事中、黄嶺が俺の隣に立ち、ぽつりと呟いた。

 

「ナハト、君もここで学んでみないか? 命のやり取りに怯えるよりも、穏やかに学び、誰かを助ける術を身につける。それもまた、生きる道のひとつだ」

 

 心が揺れた。こんな場所でなら、生まれ変われる気がした。

 

 だが――

 

「⋯⋯ごめん。俺には⋯⋯そんな資格、ない」

 

「資格?」

 

「俺は人を殺した。自分の命を守るために⋯⋯それでも、誰かの大切な人を奪ったんだ。俺が笑ったり、幸せになったりしていいわけがない」

 

 吐き出すように言った。胸の奥にずっと刺さっていた言葉が、ようやく出た。

 

 黄嶺は何も言わなかった。ただ黙って、俺を見ていた。

 

「席が空いてるなら、俺じゃなくて、もっと必要としてるやつに譲ってくれ。俺は⋯⋯スラムに戻るよ。俺の居場所は、そこしかない」

 

 俺は頭を下げた。黄嶺は深く息をつき、しわの多い手で俺の肩を軽く叩いた。

 

「ナハト、お前は罪を悔いている。その心がある限り、お前は化け物ではない。人間なのだ。間違いを犯したとしても、それを悔やみ、進もうとする者には、歩む権利がある」

 

「けど、俺は——」

 

「⋯⋯逃げるのも生き方だ。だが、それを“正しいことだ”と、自分に嘘をついたままにするな。ここで暮らすことが罪だと思うなら、それでも構わん。だが、“幸せになってはいけない”と、自分に鎖をつけてしまうことこそが、お前自身を壊す」

 

 俺は拳を握り締めた。力を入れれば入れるほど、手が震えた。ずっと、心の奥で何かがうめいていた。あのときの相手の顔、流れた血、終わった命を⋯⋯誰にも言えなかった。

 

「無理強いはせん⋯⋯だが、いつでも頼ってくれてもいいし、戻ってきていい。お前が心から、ここで生きたいと思ったときには、門は開いている」

 

 その言葉を聞いて、なぜか涙が出そうになった。

 

「今日はもう暗い。ここに泊まっていきなさい」

 

「⋯⋯ありがとう」

 

 俺はそれを見せないように、背を向けた。

 

 

 

 

 翌朝──

 

 陽はまだ山の端を越えきっておらず、雲嶽山の空気はひんやりと静まり返っていた。鳥のさえずりすら届かないその時間に、俺は身支度を終え、一室の机に向かっていた。

 

 手には、もらった筆。紙は上質で、俺なんかが触れていいものとは思えなかったが、それでも無理やり文字を綴った。

 

 字は、汚い。震えているし、誤字もある。読みやすいとは言えない。でも、それでも精一杯だった。

 

 

《黄嶺

 

 あんたに会えて、助かった。たぶん、あの日のままだったら、俺はエーテリアスに殺されていた。

 

 ラプターも無事に動けるようになった。本当に感謝してる。

 

 あんたの言葉、全部が正しかったと思う。でも、俺はやっぱり、この門をくぐるには足が重すぎる。

 

 短い間だったけど、ありがとな。

 

ナハト》

 

 それだけ書いて、机の上に置いた。ラプターを抱いて、襖を静かに開け、まだ眠る雲嶽山をあとにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 朝の稽古が始まる少し前。黄嶺は自室に入ると、机の上にぽつんと置かれた手紙に気づいた。

 

「⋯⋯もう、行ったか」

 

 封もされていないその手紙を手に取る。最初の数文字で、誰が書いたのかはわかった。ナハトは、筆の持ち方すら怪しかった。震えるような線で必死に綴られた文字は、ところどころ擦れて、墨が滲んでいる。

 

 黄嶺は静かに読み終えたあと、長く息を吐いた。手紙を胸に当て、目を閉じる。

 

「⋯⋯あんな小さな子が、あんな場所で、生きるか死ぬかの世界を歩いて⋯⋯それでも、生きることを選び、そして“人を殺す”という選択を迫られるとは⋯⋯」

 

 彼の目が細められる。その表情に浮かぶのは、怒りではない。深く、深く沈んだ悲しみだった。

 

「それを“生きるためだった”としか言えぬ子が、どれほどの絶望の中にいたのか⋯⋯」

 

 しばらくの沈黙があった。

 

 ふと、障子の向こうから、子どもたちの声が聞こえる。

 

「宗主ー! 今日の稽古、早く始めようよー!」

 

「なあ、昨日の剣の構え、これで合ってたよね!?」

 

 黄嶺は立ち上がり、手紙を丁寧に折って袂にしまった。

 

「⋯⋯ナハト。次に来るときは、その背負ったものを少しだけ、下ろして来い。お前の“居場所”は、ここにあるのだから」

 

 黄嶺は静かに襖を開け、朝日が射し込む廊下を歩き出した。

 

 今日も、雲嶽山に一日が始まる。

 

 

 だがその静けさの奥に、一人の少年の苦しみと、誰にも知られぬ別れが、そっと刻まれていた。

 

 

「旧都陥落の・Another」を書き終えてからの話なので、かなり先になりますが、他にもゼンゼロ小説を投稿しようと思っています。皆さんはどちらを見たいですか?

  • シルバー小隊を率いる若き指揮官の話
  • アストラの幼馴染でイヴと共に彼女を守る話
  • 時間をかけてもいい。どっちも書け
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