ブラック企業から異世界転生したら、魔王軍の人材流出がもっとヤバかった 〜ハズレスキル「平時調整」で成り上がる〜   作:まよ

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第12節 静かなる波紋

 

 最前線・第六方面軍の野営地に、変化が起きたのは――ほんの“数通の紙”からだった。

 

 「おい……なんだこの文書。転属願が“受理”されてる?」

 

 「え? 冗談だろ? うちの中隊から出られるって、初めて聞いたぞ」

 

 「しかも、“復帰の意思を確認する手紙が後日届く”って書いてある」

 

 兵士たちは半信半疑だった。

 何かの罠ではないか、そう囁く者もいた。

 

 だが事実、それは本物だった。

 数週間前、ひとりのトロール兵が記入して提出した“離脱申請書”――それが、正式に処理されていた。

 

 「……もしかして、俺たち……“辞められる”?」

 

 最初に口にしたのは、爬虫族の老兵だった。

 かつて何度も死線を潜り抜け、今では“抜け殻のように生き残っている”と言われた男。

 

 彼がその言葉を口にした瞬間、まるで凍った地に微かな亀裂が走るような静けさが、辺りを包んだ。

 

 「“辞めたい”なんて言ったら、粛清されるって……ずっとそう思ってたけど……」

 

 「もしかして、時代が変わったのか?」

 

 「……いや、“誰か”が変えたんだよ」

 

 それが誰かは、分からない。

 だが、兵士たちは確かに“何かが動いている”のを肌で感じた。

 

 その翌日、転属申請書の記入希望者が、規定の十倍に達した。

 

 そして数日後――。

 

 魔王軍本部・人事部の一室にて、カナス・アスカルトは報告書を静かに読む。

 

 【前線兵より離脱希望者:計247名】

 【うち、転属調整可能:41名】

 【現地残留希望に変化:23名】

 【理由:「希望があると分かったため」「将来的に再出発の目処が立つなら」】

 

 カナスは、静かにペンを置いた。

 

 変化は起きた。

 それはまだ、さざ波に過ぎない。

 だが、それは確実に“希望”という名の風を運び始めていた。

 

 「……“逃げ道”があるだけで、人は踏みとどまれる」

 

 誰も彼もが、辞めたいわけではない。

 逃げたいと思っているわけでもない。

 

 本当は――「居場所があると知りたい」だけなのだ。

 

 だからこそ、《平時調整》は効いた。

 スキルは人を救わない。

 だが、“逃げ場の存在”は、人を立ち止まらせることができる。

 

 「――さて。次は、“何を守るか”だ」

 

 そのとき、扉が控えめにノックされた。

 

 「入って」

 

 姿を見せたのは、一人の青年だった。

 制服から見て、彼は“現地応援部隊”の補佐官だろう。

 

 「アスカルト主任……いえ、“仮設調整官”。報告に伺いました」

 

 「肩書はどうでもいいわ。内容を」

 

 「第七方面軍にて、“自発的申請による再配置”の事例が発生しました。しかも、三件です」

 

 「理由は?」

 

 「いずれも、“改善の兆しが見えたため”との記述がありました」

 

 それを聞いたカナスは、初めて少しだけ、肩の力を抜いたような微笑を浮かべた。

 

 「……そう。なら、“組織”はまだ死んでいない」

 

 魔王軍という巨大な歯車。

 その中で、無力とされてきた“人事”という小さなネジが、わずかに回り始めている。

 

 誰も見ない、誰も気にしない。

 だが、ネジが止まれば、組織は崩れる。

 

 そして、今――誰もが気づかぬうちに、それを回している者がいた。

 

 「始まったわね。改革じゃない。“業務改善”が」

 

 “成り上がり”などではない。

 彼女は、“仕組み”として正すだけ。

 だが、それが一番恐ろしいことだと、支配者層はいつか気づくだろう。

 

 ――そして、そのときこそ“次の戦い”が始まる。

 

 この夜。

 カナス・アスカルトは、静かに目を閉じた。

 

 ――今日という日が、“静かなる革命”の第一歩として、歴史に残るとは、まだ誰も知らない。

 

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