ブラック企業から異世界転生したら、魔王軍の人材流出がもっとヤバかった 〜ハズレスキル「平時調整」で成り上がる〜   作:まよ

7 / 12
第7節 流出するのは人材か、それとも意志か

 

 人材が流出する組織には、必ず“穴”がある。

 

 制度の欠陥、指導の不足、あるいは理念の崩壊。

 だが魔王軍の場合、そのどれでもあり、どれでもないように見えた。

 

 ――そもそも、記録されていないのだ。

 

 「誰がいつ辞め、誰がどこへ行ったのか」

 

 カナスは、倉庫の片隅にある資料棚を一つ一つ開きながら、静かに呟いた。

 

 正式な“退職届”の存在率は、わずか18%。

 そのうち、離職理由が記載されていたものはさらにその半分。

 そして、その内容は決まってこうだ。

 

 《戦線転属》《傷病治療》《精神的不調》《消息不明》《意思による離反の可能性否定》……

 

 「“誰も辞めたがっていないことになっている”?」

 

 明らかに、不自然だった。

 

 まるで――**辞める理由そのものが、“処理されている”**かのように。

 

 何かが隠されている。

 もしくは、誰かが隠している。

 そのいずれか、あるいは両方。

 

 その時。

 

 「……失礼、あの、お時間よろしいでしょうか」

 

 声がした。

 

 カナスが顔を上げると、そこに立っていたのは、一人の“新米鬼族”だった。

 制服の端がほつれ、肩章は半脱落。瞳には怯えと困惑が混ざっている。

 

 「人事部、ですか?」

 

 「い、いえ。違います。あの、私、補給部の補佐官でして……その、手紙が……」

 

 彼女は震える手で、封筒を差し出してきた。

 無地の封筒。宛名も差出人もない。中には一枚の紙。

 

 【“辞めたい。けど、それが“裏切り”になるなら、私は死にます”】

 【“魔王軍で戦う理由を、教えてください”】

 

 手書きだった。筆跡は震えていた。

 文末には署名もない。だが、その内容は明白だった。

 

 「……こういうものが、“届く”のですね」

 

 カナスは、手紙を棚に置いた。

 表情は変わらない。ただ、その瞳はわずかに暗くなっていた。

 

 「はい……皆、“魔王様に迷惑をかけたくない”って、そう言います」

 

 「それは忠誠か、恐怖か。――どちらとも言い切れないから厄介ですね」

 

 彼女は、自嘲気味に息を吐いた。

 

 そして、ペンを取る。

 

 【分類:非公式離脱希望者/状況:周囲に相談できず沈黙/動機:理念不明瞭による自我の迷子】

 

 記録する。それが彼女の“最初の武器”だった。

 

 記録すれば、可視化される。

 可視化されれば、数えられる。

 数えられれば、比較される。

 比較されれば、“異常”が浮き彫りになる。

 

 「辞めたいのに辞められない組織とは、“思考の出口”が封鎖された監獄です」

 

 カナスは、机に並べた離職未遂者の記録をじっと見下ろした。

 

 ――皆、似ている。

 “悪ではない”。

 ただ、“迷っている”。

 

 そして、その迷いは、共有されることなく個別に孤立し、やがて無言で消える。

 

 「誰も悪くないのに、皆が壊れていく」

 

 それは、最も恐ろしい組織のかたちだった。

 

 「魔王軍の理念。……正式には何なのでしょう?」

 

 資料を探す。検索する。だが、見つからない。

 “魔王様の意志を継ぎ、世界の安定と覇を目指す”という曖昧な標語ばかりが繰り返されている。

 

 具体性がない。

 つまり、“辞めてはならない理由”も曖昧なのだ。

 

 「理念が不在で、責任は希薄。命令は空転し、記録は死んでいる。……これが“軍”?」

 

 カナスは、まるで笑うように目を細めた。

 

 その時、彼女のスキル《平時調整》が、静かに作動する。

 

 目に見えない数値が、“組織温度”として脳裏に浮かぶ。

 

 【組織活性値:12%】

 【責任構造:崩壊寸前】

 【理念浸透率:5%未満】

 【離職潜在指数:78%】

 

 「これはもう、“生きている”のが奇跡です」

 

 けれど。

 

 ――それでも、彼女は“再構築”を選ぶ。

 

 それは、ブラック企業にいた日々と同じだった。

 壊れかけた部署で、誰も手を出さなかった“灰”の山に、ひとり手を突っ込んだ。

 他人は笑った。“何やってんの?”と。

 でも彼女は、そういうのが一番“性に合った”。

 

 「人事、というのは“組織の掃除”ですから」

 

 誰かがやらなければ、腐る。

 だから彼女は、やる。

 辞めたい理由を書けない誰かの代わりに、“辞められる構造”を作る。

 

 それが、平時調整者――カナス・アスカルトの、戦い方だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。