ブラック企業から異世界転生したら、魔王軍の人材流出がもっとヤバかった 〜ハズレスキル「平時調整」で成り上がる〜   作:まよ

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第8節 異物、そして異端

 

 ――この世界で「異物」とは、外から来たものを指す。

 

 だが「異端」とは、**中に入りながら“中身を壊す者”**を指す。

 

 魔王軍におけるカナス・アスカルトの存在は、前者ではなく後者――つまり、異端として扱われつつあった。

 

 「最近、妙な人事調整官が来ているらしいですね」

 

 その声は、魔王軍・第二軍“戦略局”の奥深く、密室の会議室に響いた。

 出席しているのは、幹部級の者たち。顔を覆う仮面、特徴的な種族装飾、そして誰もが一様に“口を濁す技術”に長けていた。

 

 「例の……人間か」

 

 「人間というより、病原体ですよ。じわじわと、組織の“死体”に酸素を送ろうとしている。ああいうのは、逆に腐敗を早めるものです」

 

 「なるほど……“記録”が動き出すと、都合の悪い連中も多いでしょうな」

 

 嘲笑が交じる。

 

 人事、記録、調整――それらは、本来ならば組織を整えるはずの存在である。

 だがこの魔王軍では、それらが“無いこと”によって保たれている均衡がある。

 

 記録がないから、過失を問われない。

 調整がないから、責任の所在も曖昧になる。

 意図的に“壊れたまま保つ”ことで得られる“闇の自由”。

 

 「それを、修繕? 再構築? 笑わせるな。ここは地獄だぞ?」

 

 会議室の空気は冷たく、笑いは熱を持たなかった。

 

 一方――

 

 カナスは、地下第七資料庫にいた。

 目の前に広がるのは、“廃棄予定書類の山”。未整理の棚。黴臭い空気。

 誰も近づかない、魔王軍の“情報の墓場”。

 

 「この中にあるのよ。“正常性バイアス”の根拠が」

 

 彼女は一枚の紙を拾う。そこには、ある部隊の戦死記録が記されていた。

 

 《D部隊、全滅。唯一の生存者は帰還後に昇進》

 《隊長の責任不問。記録再審査なし。昇進理由:不明》

 

 ――記録があっても、意味がない。

 

 「これは、意図的な黙認か、あるいは“操作”の痕跡」

 

 “誰か”が、情報のフタを閉じている。

 

 だが、カナスの《平時調整》は“数”を見る。

 

 情報を読むのではない。情報の“空白”を読むのだ。

 

 空白が続く。空白が増える。

 記録があるのに内容がない。

 日付だけが連なり、名前と理由が抜け落ちた紙。

 

 それらが示すのは、ただ一つ。

 

 ――魔王軍には、「言葉にできない理由で生き延びた者たち」がいる。

 

 そして彼らは、ある種の“赦免”を受けている。

 責任を問われず、再配属もされず、ただ“存在”として棚上げされているのだ。

 

 「これが……“聖域”?」

 

 その言葉を呟いた直後、背後で音がした。

 

 「――お探し物、見つかりましたか?」

 

 影が一つ、棚の隙間から現れた。

 黒衣を纏い、目元だけを見せたその男は、礼儀正しくも明らかに“見張っていた”。

 

 「あなたは?」

 

 「VII課。魔王直属情報管理局――監査支援担当です」

 

 “VII課”。

 組織上は存在していても、誰も実態を知らぬ魔王直属の特殊部署。

 情報の“整理”を任務とする、いわば“魔王の目”。

 

 「ご心配なく。私たちは敵ではありません。

 むしろ、貴女のような方がようやく現れたことに、安堵すら感じているのですよ」

 

 その笑顔は嘘くさくもなかった。

 だが、信用できるとも言えなかった。

 

 「――ということは、こちらの動きもすべて、監視されていると?」

 

 「ええ。ご提出いただいた“第四軍調整報告”も、魔王陛下直々に拝読されました」

 

 カナスは一瞬、呼吸を止めた。

 

 「……反応は?」

 

 「“ようやくまともな人間が来た”とのことです」

 

 その一言で、カナスの中の何かが僅かに弛緩した。

 

 ――そうか、“届いてはいる”のか。

 

 魔王。

 この軍の、名目上の頂点。

 その意志がどこまで現場に及んでいるのかは不明だが、“意図”だけは確かに存在する。

 

 ならば。

 

 「私は、進みます。記録の復元と、構造の再整備。必ずやってみせます」

 

 黒衣の男は軽く頷いた。

 

 「ご武運を。――ああ、最後に一つだけ」

 

 男は振り返りざま、言った。

 

 「お気をつけて。“異端”は、最初に焼かれます」

 

 それは、忠告か、予言か、あるいは警告か。

 

 どれでもいい。

 カナスは黙って、棚に目を戻した。

 

 そして静かに、一枚の空白記録を取り上げる。

 

 “言葉にされなかった誰か”のために。

 

 書くのだ。

 記録を。意思を。未来を。

 

 “それこそが、私にできる唯一の戦いなのだから。”

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