木々が鬱蒼と茂る山道を抜け、キルアと七海は廃村の中心部へと足を進めていた。
地形は段々畑のように高低差があり、小さな家屋がまばらに点在している。
屋根の半分が落ち、草木に覆われた家々。風が抜けるたびに板が軋む音が響く。
「うぉ~……すっげぇ。こんなとこに人が住んでたの?」
キルアは目を輝かせながら周囲を見渡す。
古びた石畳、風に揺れる雑草、そして家屋の奥にうっすらと伸びる獣道。
「数十年前までは、住民がいたようですね。」
七海が前を歩きながら答える。
「すでに行政記録からも削除されている“忘れられた村”です。」
そのとき――
ビチャッ……
ぬるり、とした音とともに、左手の廃墟から異様な気配が漏れ出した。
見ると、壁の隙間から、ぬるぬると這い出す異形の姿。
膨れた体表、溶けるような腕、虚ろな眼窩。
「……出ましたね。」
七海は足を止め、じっとそれを見つめる。
「等級は……二級といったところでしょうか。」
静かに歩み寄る七海。
呪霊が大口を開き、叫ぶ前に――
バシッ!
鈍い音と共に、呪霊の頭部が裂けるように崩れ落ちた。
それを見ていたキルアが目を丸くする。
「すげぇ。それ、切れ味いいの?」
「いいえ。」
七海は淡々と答える。
「ご覧の通り、これはナマクラです。私が“切っている”のは……術式の力です。」
「どんな能力なの?」
七海は鉈に付着した血を振り払いながら、キルアに目をやる。
「“十劃呪法”。私の術式は、あらゆる対象に対して、“十劃(とおかく)”で割り、その7:3の比率の点を強制的に“弱点”とするものです。」
「……つまり、どんな相手でも必ず効果的なダメージを与えられるってことか。」
「ええ。理屈で処理できる相手には、非常に有効です。」
「へぇ〜……めっちゃ便利じゃん、それ。」
感心している間もなく――
ゴポゴポ……バキバキ……
周囲の廃墟から、次々と新たな呪霊が姿を現し始めた。
四体、六体……中には体格も呪力も明らかに異なる個体が混じっている。
「準一級相当も混ざってますね……さすがに数が多い。」
七海が構えを取り直したそのとき。
「んじゃ、俺も行っちゃおっかな。」
キルアの声が響いた次の瞬間――
ビュオッッ
空気が裂けたような音とともに、白銀の閃光が呪霊の群れへ突っ込んだ。
その動きは、目視できる限界を越えていた。
キルアはまるで風そのもののように駆け、次々と呪霊の首元に手刀を打ち込んでいく。
バシュ、バシュ――!
そのたびに呪霊の首が宙を舞い、腐った肉が崩れ落ちていく。
「これは……」
七海は、ただ唖然と見つめるしかなかった。
戦闘中のどの動作にも無駄がない。しかも、術式ではなく“純粋な肉体”による圧倒的な制圧力。
(……力も速度も、明らかに一級術師の枠を超えている。)
わずか数秒で、周囲の呪霊はすべて殲滅された。
返り血を浴びることもなく、キルアはふっと身を翻して七海の元へ戻ってくる。
「うん。この世界でも……俺の力、通用しそうだね。」
七海は思わず本音を漏らす。
「……すごいですね。」
「まだ、全力じゃないけどね。」
その一言に、七海は表情をわずかに変えた。
(……彼は、まだ“様子見”だったのか。)
呪霊を切り裂く風の残響だけが、村の谷間に残っていた。
――そのまま、二人はさらに村の奥へと進む。
傾斜を登った先、小さな丘の上に、苔むした石段と古びた鳥居が見えてくる。
その奥には、崩れかけた木造の本堂。
だが――そこから漂ってくる“気配”は、これまでの呪霊とは比にならなかった。
空気が重い。呼吸が浅くなるような、胸の奥を押しつぶされる圧。
「……ここだね。」
キルアが鳥居の前で足を止める。
「ええ。」七海も頷いた。
「ただ……この雰囲気。間違いなく、今までとは違う。特級に成っている可能性もあります。」
鳥居の奥、本堂の闇はひときわ濃く。
何かがこちらを見ている。
牙を剥き、目を凝らし、ゆっくりと這い出そうとしていた。
ここからが、本番だった。