石段を登りきり、朽ちた鳥居をくぐると、そこには風にさらされた木造の寺が静かに佇んでいた。
だが、外見の静寂とは裏腹に、空気は異様な重さを孕んでいた。
「……これはもう、“特級”と見て間違いないでしょう。」
七海の声は低く、重かった。
キルアもまた、肌にまとわりつくような“呪い”の気配に眉を寄せる。
「……なるほどね。たしかに、今までとは全然違う。」
「私が先に入ります。あなたは後方で待機を。」
七海は鉈を手に、足音もなく本堂の扉を押し開いた。
ギィィ……という重い音と共に、暗闇が口を開く。
その中に、ソレはいた。
巨大な肉塊のような異形の存在。
四つの腕、縫い合わされたような口元、背には何かの霊的遺骨のような装飾を纏い、呻き声のような低い音を発していた。
「――ッ!」
七海が踏み込み、十劃呪法で接近戦を仕掛ける。
一撃、二撃。
手応えはある。だが――
バシュッ!!
「ッ……!」
横薙ぎに振るわれた腕が、まるで槍のような速度と重さで襲いかかる。
七海は間一髪で身を翻したが、頬に鋭い切り傷が走った。
「……耐久力が異常だ。単発での致命打は望めない。」
七海は冷静に判断し、足を踏み直す。
だが、呪霊はすでに彼の動きを“学習”し始めていた。
十劃呪法を予測し、腕を盾にする。影のような腕が伸び、七海の回避動作に先回りする。
バンッ!
「……ッぐ!」
回避しきれず、七海の腹部に直撃。スーツの内側に仕込んだ防具で致命傷は避けたが、衝撃で一瞬膝をつく。
「七海!」
キルアが叫ぶよりも早く、呪霊が跳躍した。
質量の塊が七海へ降りかかる――!
「……チッ!」
その瞬間、銀光が駆ける。
バシュウゥッ!!
“音”と“影”が入れ替わるように、キルアが七海の前に割って入る。
目にも止まらぬ速さで呪霊の巨体の懐に潜り込み、電光のごとき蹴りを叩き込んだ。
ズガァンッ!!
呪霊の巨体が数メートル吹き飛び、木造の柱をへし折って壁にめり込む。
「大丈夫?」
キルアが七海を見下ろし、手を差し伸べる。
「……ええ。感謝します。」
七海は立ち上がりながら、内心で圧倒された。
(……反応速度も、威力も……まるで常識の外だ。)
キルアはゆっくりと呪霊に近づく。
「こっからは本気出すよ。試すにはちょうどいい相手だ。」
彼の身体から、淡く青白い“電気”が立ち上る。
髪が逆立ち、足元からバチバチと雷光が走る。
「“神速”――俺の中でも最速のやつ。」
キルアの目が射抜くように細まる。
呪霊が怒り狂って襲いかかる。
だが――キルアの姿が、消えた。
バッ!
一歩、前。
ドゴォ!!
二歩、右。
メキッ!!
三歩、背後――
ズバァッ!!!
四歩目にはもう、呪霊の膝が崩れ落ちていた。
「……触れれば潰せる。位置取りとタイミングさえ合えば、あとは握るだけ。」
キルアは呪霊の背に乗り、そのまま右手をその頭に当てる。
「じゃ、これでおしまい。」
――バチィィン!!!
直撃の雷撃が、呪霊の脳内に一瞬で走った。
火花を散らし、肉が焼ける臭いが辺りに漂う。
呪霊は断末魔の声すら発する間もなく、内側から崩れていった。
しばらくして、静寂。
その場には、まだ薄く煙る黒焦げの肉塊だけが残されていた。
「……終わったね。」
キルアが力を抜き、手をぶらぶらと振った。
七海は数歩後ろからその背を見つめたまま、呟くように言う。
「……異常な才能です。」
キルアは肩をすくめるように振り返った。
「まぁ、元の世界で色々あったからね。」
「それでも……これほどとは。」
「正直、こっちの世界での戦い方、だいぶわかってきた。」
七海は無言で頷いた。
(この少年は――)
(“呪術”の枠組みに属していないにもかかわらず、これほどの応用力を発揮する。)
(しかも、まだ十二歳だというのに……)
「じゃ、戻ろっか。あの伊地知って人、ずっと一人で待ってるんでしょ。」
軽く笑いながら歩き出すキルア。
その背中は年齢を忘れさせるほどに、静かで堂々としていた。
七海は静かに言葉を返す。
「……ええ。戻りましょう。」
“異世界から来た暗殺者”は確かにここに存在していた。
そして――
その力は、すでに“特級”すら脅かす域に達していた。