朝八時。
東京校の食堂に、いつもより静かな空気が流れていた。
三輪はトレーを片手に、パンとヨーグルトを選び、空いている席に腰を下ろす。
対面にはすでに座っていた伏黒が、黙々と温かい味噌汁をすすっている。
「おはようございます……伏黒くん。」
「……あぁ。おはよう。」
簡素なやりとり。
そのとき、背後からトレイを持ったキルアが現れる。
「隣、いい?」
「どうぞ。」
三輪がわずかに照れながら応じる。
キルアは「ふーん」と声もなく笑って、三輪の隣に座るとサンドイッチにかぶりついた。
しばらくすると、五条が入ってくる。
「やあやあおはよう、みんな~!」
「……元気ですね。」三輪が小さく呟く。
「さて、今日は君たち三人に、ちょっと任務を頼もうと思ってね。」
五条はパチンと指を鳴らしながら、机に任務票を置いた。
「準一級の呪霊が一体。ついでにおまけで二級以下が数体。場所は神奈川県の廃倉庫。任務の結果次第で――三輪ちゃん、昇級のチャンスだよ☆」
「……え、え?」
三輪は思わず固まった。
「準一級って……私、三級なんですけど?」
「うんうん、大丈夫大丈夫。恵もいるし、なにより――」
五条がキルアに目をやる。
「キルアがいる。」
五条は口元だけでニッと笑う。
「前回、七海と行った任務。あのとき特級相当相手に全力出してなかったでしょ?」
五条の言葉に、伏黒と三輪の視線が一斉にキルアへ向く。
「……まぁ、70%くらいかな。」
キルアはサンドイッチを口に運びながら、当然のように答えた。
「70%……」伏黒が眉をひそめる。
「七海さんでも苦戦したって聞きましたけど……」三輪も呆然と呟く。
「でしょ? ね、大丈夫大丈夫。」
五条は満面の笑みを浮かべて、二人の肩をポンポンと叩いた。
「じゃ、行ってらっしゃ~い。伊地知が迎えに来るから、10分後に校門集合で!」
そして、そのまま軽快に手を振って去っていく。
10分後――
東京校の正門前。
黒いセダンが静かに滑り込むように到着した。
運転席から顔を出した伊地知が、助手席のドアを開ける。
「お待たせしました。どうぞ、乗ってください。」
「はい。」三輪が助手席へ、伏黒とキルアは後部座席に並んで乗り込む。
車内で、伊地知が任務内容を説明し始める。
「今回の任務は、神奈川県内の廃倉庫で発見された呪霊の討伐です。準一級が1体、そして二級以下が複数確認されています。」
「……で、なんで三級の私が呼ばれてるんでしょうか……」三輪が小さく呟く。
「今回の任務は、あくまで三人での連携を試す意図も含まれています。また、三輪さんの昇級対象にもなり得ますので、実力を示す良い機会かと。」
「な…なるほど。頑張ります……!」三輪が少し緊張した面持ちで答える。
「ま、キルアがいれば何とかなる。」伏黒が言い、キルアは「信用されてるってことかな」と肩をすくめる。
車が山道に入り、やがて古びた廃倉庫の敷地に到着する。
灰色の鉄扉は半分壊れ、周囲はうっすらと靄が立ち込めていた。
「ここです。」伊地知が車を止める。
「うぉ~、いかにもって感じだな。」
キルアが車から飛び出して朽ちた倉庫を見て言う。
「では帳、下ろします。皆さん、お気をつけて。」
伊地知が印を結び詠唱する。空が一気に陰り、辺りの空気が変わる。
「さて……行くか。」
キルアは両手を後ろで組み、軽く身体を反らせてから歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」三輪が慌てて追いかける。
伏黒は冷静な表情でその後に続く。
「慎重にな。準一級は、舐めると痛い目見るぞ。」
「大丈夫。様子見してから動くから。」
「様子見で首飛ばしそうだけどな……」伏黒がぼそりと呟いた。
三人の足音が、霧の中に消えていく。
その先に待つのは――本物の“実戦”だった。