廃倉庫の鉄製の扉が、重たく軋みながら開く。
中は薄暗く、空気には埃と古びた鉄の匂いが充満していた。
三人は無言で足を踏み入れる。靴音がコンクリの床にコツ、コツと反響する。
「気をつけろ。いきなり来るぞ。」
伏黒の言葉が終わるのとほぼ同時に、影のように歪んだ気配が床から滲み出た。
ぬるり、と現れる異形の姿。
腐敗した皮膚と、醜悪にねじれた骨格――二級呪霊、二体。
「早速か。」
伏黒が目を細め、手を印に組む。
「玉犬“混”!」
その呼び声に応じるように、伏黒の足元の影から現れたのは、鋭い牙と漆黒の毛を持つ獣――玉犬“混”。
「おぉ〜!これが言ってたやつか!」
キルアが目を輝かせて口にする。
玉犬は唸り声を上げて飛びかかると、一瞬で二体の呪霊の喉笛を噛み砕いた。
血のような黒い液体が床に飛び散り、呪霊は悲鳴を上げる暇もなく消滅する。
「かっこいいー。なんか余裕そうだね。」
「今のは二級呪霊。まだ本番じゃない。」
伏黒が静かに呟きながら、前方の階段を見上げる。
*
二階に足を踏み入れると、空気がさらに重くなる。
古びた照明がかすかに灯るが、壁や床の隅々にまで暗い影が溜まっていた。
「また来るぞ。」
伏黒の言葉と同時に、床が粘るように膨れ、再び呪霊が姿を現す。
今回は三体。歪んだ背骨がカタカタと音を立てていた。
「じゃ、次俺がやるわ。」
キルアが一歩前に出る。
「えっ!? 三体だよ!? 大丈夫?」
三輪の声がわずかに上擦る。
だがその心配を他所に、キルアはふっと姿を消す。
――瞬間。
「えっ……!?」
三輪が目を見開いた次の瞬間、三体の呪霊の首が同時に宙を舞っていた。
銀色の残像がわずかに揺れて消える。
「すごい……」
三輪が思わずぽかんと口を開ける。
「さ、次行こーぜー。」
キルアは手をポケットに突っ込んだまま、まるで散歩の続きのように歩き出した。
伏黒は無言のまま、その背を追う。三輪も遅れてついていった。
*
二階の奥にある広間を抜けると、さらに上へと続く階段が現れる。
軋む鉄の段を登りながら、伏黒が言った。
「この上だな。」
三輪は立ち止まり、拳を小さく握る。
(……このままじゃ、何もできてない。わたしも……やらなきゃ)
「さっさと終わらせて帰ろーぜー。」
キルアは軽い口調で、すでに最後の一段に足をかけていた。
*
最上階。
天井は高く、窓から差し込む弱い光がホコリを照らしている。
広間の中心には何もない。だが――
「……おかしい。気配は確かにここからのはずだ。」
伏黒が辺りを見渡す。
すると、床の中央がぶくぶくと泡立ち始め、まるで泥のように溶けた空間から、人型の呪霊がぬぅっと現れる。
ひとり、またひとり――計二体。
異様に長い腕、異常に膨れた頭部。
その身体には、練り込まれたような呪力が渦巻いていた。
「マジか……。あの呪力量…術式を使うタイプの呪霊かもしれない。報告にはなかった。」
伏黒が歯を食いしばる。
「ん?術式が使えるか使えないかって、そんなに重要なの?」
キルアが気楽な口調で尋ねる。
三輪が緊張した面持ちで答える。
「術式を使える呪霊は、等級が一つ――いえ、場合によっては二つ、上がります。つまり、あそこにいるのは……特級相当の可能性があります。」
額にはうっすらと汗。
その隣で、キルアは少し首を傾けながら前方を見据える。
「ふーん。そうなんだ。」
呪霊たちは言葉を持たないが、ただそこに“立っている”だけで、空気を押し潰すような威圧感を放っていた。
倉庫の最上階――薄暗く、息苦しいその空間に、三人の術師が静かに構える。
次の瞬間、闘いの火蓋が切られる。