「鵺!」
伏黒の声が空気を裂いた。
両の手を鳥の形に組むと、彼の影から漆黒の翼をもった怪鳥が現れる。
その顔には髑髏のような仮面――式神・鵺だ。
「行け!」
鵺は雷光のような速さで呪霊へ突進。
次の瞬間――ビリビリと空間を割くような電撃が呪霊の体を駆け抜けた。
「少しは足止めできるか!?」
伏黒が唸るように言う。
電撃に体を痺れさせ、呪霊は一瞬立ち止まる。しかし、そのまま巨大な腕を振り上げ――
「また落とす気!?」
三輪が腰の刀に力をこめ、身構えた。
だが違った。
呪霊の腕が叩きつけられたのは、床そのものではなく――地面の塵。
ズドン、と鈍く低い音が響いた瞬間、廃倉庫内に大量の砂埃が舞い上がった。
「くっ……!前が……!」
粉塵が一気に視界を覆い、辺りはまるで霧のように霞む。
その中から、不気味な唸り声とともに殺気が走る。
(まずい――来る!)
伏黒が影の奥で構え直すと同時に、
ザッ――!
呪霊の影が、一瞬、砂埃の切れ間に姿を見せた。
鋭利に伸びた爪。高速で三輪を狙い飛びかかってくる。
「危ない!!」
伏黒が叫ぶ。
三輪の目にも、呪霊の爪が射程に入った瞬間が映った。
(……避けられない。あの爪、当たったら――死ぬ。)
――その刹那。
目の前の景色が、一変した。
視界が急にクリアになったと思えば、自分の体が宙に浮いている。
いや、違う。誰かに――抱きかかえられている。
「……え?」
気づけば、三輪はキルアに横抱きされていた。
彼の足にはバチバチと紫電がほとばしっている。
「……あぶねー。」
キルアは淡々と、けれどどこか優しげに呟いた。
呆然とする三輪をゆっくりと地面に下ろし、
「大丈夫か?立てそう?」と声をかける。
その声が不思議と、心の奥にすっと染みる。
「……うん、大丈夫……」
立ち上がった三輪の手が、かすかに震えていた。
それに気づいたキルアは特に何も言わず、三輪をじっと見てその震えを受け止める。
そのとき、呪霊がギャアアアアアと奇声を上げる。
開いた口の中には、強大な呪力が集中していた。
「まずい……あれは……!」
伏黒が即座に気づく。
――直撃すれば、呪力の波動だけで人間は蒸発する。
次の瞬間――
「ガッ!!」
鈍い破裂音が空間を割いた。
呪霊の頭が、何かにぶつかり粉砕された。
吹き飛ばされた頭部は壁に激突し、動かなくなる。
何が起こったか、一瞬誰も理解できなかった。
ただ、伏黒はその方向を振り返って――キルアの右手に握られたヨーヨーを見た。
(まさか……あいつ、呪霊を見もしないで……?)
視界不良、呪力の爆発寸前――その状況で、キルアは確実に急所を撃ち抜いた。
「……これも、当たるね。」
ヨーヨーをポケットに戻しながら、キルアが伏黒に振り返った。
まるで、それが当然だと言わんばかりに。
その姿を見た三輪は、動悸が収まらない胸にそっと手を当てた。
(あの速さ……あの判断力……それに……)
静かに揺れる銀髪、淡々とした横顔。
キルアの全てが、言葉にならないほど胸に刺さってくる。
「……心臓が……はや……」
小さく呟いた言葉が、誰にも届かないように風に消えていった。