朝の空気はまだ肌寒く、校舎の裏手にある訓練場にキルアがのんびりと現れたときには、すでにそこに一人の少女の姿があった。
三輪霞。
普段のスーツ姿とは違い、ポニーテールに青いジャージという動きやすい格好をしている。
背筋を伸ばし、木刀を構えて素振りを繰り返していた。
その表情は、真剣そのもの。
「おはよ、三輪。」
ポケットに手を突っ込んだまま、キルアが歩み寄る。
「……おはよう。ごめん、待ちきれなくて。」
「いいよ別に。やる気ってやつでしょ」
キルアは微笑むと、訓練場の壁際に寄って腰を下ろす。
「今日は見てるだけ?」
「いや、ちょっとどんな動きするか、改めて見たくなっただけ」
キルアはそのままあくびを一つして、あぐらをかいた。
三輪はふっと笑って、木刀を下ろした。
「じゃあ……見てて」
そう言って再び構えを取る。
シン・陰流。
簡易領域と居合術を併せ持つその流派の構えは、美しく、鋭く、そして静かだった。
――スッ。シュッ。
空を切る鋭い風音が数度、訓練場に響いた。
そのたびにキルアの目が細くなっていく。
「……動きが変わってきたね。」
「え?」
「前より重さがある。剣を振るってるって感じ。悪くない」
「ほんとに?」
少し頬を染めた三輪が、振り返る。
「うん。前は『振らされてる』って感じだったけど、今は『振ってる』」
その違いに、三輪は口を小さく開いたまま、驚きと喜びが混じった顔をした。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、頑張ったかいがある。」
「じゃあ、俺も体動かすかな。」
そう言ってキルアが軽くその場でジャンプして、ふわりと着地する。
「今日は何する?模擬戦でもいいよ?」
「……お願い。模擬戦、付き合ってくれる?」
「もちろん」
そのまま、二人は訓練場の中央に立つ。
一歩下がって構える三輪。
居合の型で木刀を持ち、左足を少し引いて、呼吸を整える。
対するキルアは、相変わらず手をポケットに入れたまま、気だるげな態勢。
だが――
「行くよ!」
その声とともに三輪が前に踏み込むと、キルアの表情がすっと引き締まる。
(速い)
瞬間、キルアの頬に風が走った。
三輪の木刀が、寸前で止まっていた。
「……あれ?」
キルアが片目をぱちくりさせる。
「当たると思ってなかった?」
「うん。ちょっと意外。」
「じゃあ、もう一回いくよ!」
二撃目、三撃目。
三輪の動きは今までの彼女とはまるで違っていた。
研ぎ澄まされた居合、間合いの詰め方、そして何より目の輝き。
それを受けながら、キルアはわずかに口角を上げる。
(……悪くない。ていうか、すごい成長してる)
訓練を終えて、二人は並んで自販機前に立っていた。
「今日もコーラ?」
「もちろん。ここのコーラ、やっぱうまいし。」
「私も今日は……コーラにしてみようかな」
ボタンを押し、缶が出てくる音が響く。
「お、いいじゃん。乾杯」
「うん。乾杯」
缶を軽くぶつけ合い、二人は一口。
その横顔をちらりと見た三輪は、そっと目を伏せる。
(あの背中に……並んで立てるように、もっともっと強くなりたい)
風が通り抜けた静かな訓練場に、ふたりの笑い声が少しだけ響いた――。