高専訓練場前――午前八時過ぎ
朝の光が斜めに差し込み、敷地内の草木がやわらかく風に揺れている。
グラウンドへ向かって歩くキルアと三輪。まだ生徒の姿はまばらで、広々とした空間に二人の足音だけが響く。
だが、グラウンドの入口に差しかかったところで、二人は足を止める。
「……誰だろ、あの人」
三輪がぽつりと呟く。
視線の先、陽を背に受けるようにして、ひとりの男が立っていた。長い黒髪を後ろで一つに結び、ゆったりとした服に身を包み、ポケットに手を入れて背筋をまっすぐに伸ばしている。
「……背中でわかる。あの人、めちゃくちゃ強い。」
いつもの軽口とは違う、緊張を含んだキルアの声。隣でその表情を見た三輪の胸に、ざらりとした緊張が走る。
(キルアがこんな風に言うなんて……一体、何者……?)
男がゆっくりと振り返る。穏やかな目元に、口元にはうっすらと微笑をたたえていた。
「こんにちは。君たち、ここの生徒かい?」
やさしげな口調。その反面、どこか底知れぬ圧がまとわりついている。
「ま、そんなところだけど。あんた、誰?」
警戒を隠さず、キルアがまっすぐ問う。
男は軽く息を吐いて言う。
「私は、ここの出の者だよ。少し、事情があってね――」
その時、風を切るような音とともに、目隠しの男が息せき切って走ってきた。
「傑~~~~~!!!!」
現れたのは五条悟。まるで旧友に再会した子供のように、その男に思い切り抱きつく。
「おいおい悟。久しぶりの再会というのに、君は変わってないな。」
「何ヶ月ぶりだと思ってんだよー!元気だった?いや、元気そうだけど!」
二人の間に流れる空気は、どこか懐かしくも、緊張感を含んだ独特なもの。
唖然とする三輪とキルア。やがて、五条がこちらに気づいて言った。
「あ、ごめんごめん。この人のこと知らないよね。紹介するね。この人……最強です。」
「そんな紹介で伝わるわけないだろう、悟。」
男が苦笑しながら言葉を続ける。
「改めて、私は夏油傑。この目隠しと同じ特級術師さ。」
「特級!?」三輪の肩が跳ねる。
「ふーん……道理で強いわけだ。」キルアが小さく頷いた。
「え?もう手合わせしたの?」五条が驚く。
「してないよ。でも、ただ者じゃないのはわかる。」
「さっすが、キルア」五条が嬉しそうに言う。
夏油はキルアをしげしげと眺めた後、言った。
「この子、生徒か?……どう見ても高校生には見えないが。」
「あ、それも傑に紹介しなきゃ。えー、この子!最強です!」
「もう少し丁寧に言ってくれ……」
夏油がため息を着く横でキルアが口を開いた。
「俺はキルア。この世界の者じゃない。気づいたらここにいて、いまはこの学校に世話になってる。」
「なるほどね……よろしく、キルア」
夏油は手を差し出す。キルアもそれに応じ、しっかりと握手を交わす。
「そっちの子は?」
「あ、私は三輪霞です!京都校の二年で、いまはこちらに遠征中です!」
三輪は少し緊張したように頭を下げた。
「京都校か。こちらこそ、よろしく」
握手のあと、夏油は再びキルアの方を見て、静かに言う。
「それにしても――異常だね。その力は。」
「え~?まぁ、特級だしね~」
五条が肩をすくめて言う。
「この世界の流れに属していない。術式にも呪力にも、収まりの効かない存在……ふむ。いずれその力、じっくりと見せてもらうよ。」
そう言い残し、夏油はゆっくりと高専の校舎へと歩き出す。五条もその後を追う。
ふたりの背中が横に並んだとき、空気が一変する。
まるでその場にいるだけで空間が圧縮されるような――ただならぬ「気配」。
「……あの二人、最強だね」
キルアがぽつりと言う。
「うん……オーラが違いすぎる……」
三輪も息をのむように呟いた。
しばらく二人でその背中を見送ったあと、キルアがふっと笑った。
「さ、特訓しよーぜ。」
そう言って歩き出すキルア。その背中に、三輪は何か大きな流れの予感を感じていた。
――訓練場の空気が、さっきよりも少しだけ張り詰めていた。