高専の車両の中、エンジン音とわずかに流れるラジオの音だけが静かに響いていた。車を運転する伊地知の横、助手席には三輪、後部座席にはキルアが座っている。
空は重たげな曇り空。窓の外を流れる景色も、次第に人家がまばらになり、廃れた街並みが姿を見せはじめていた。
「今回の任務について、説明します。」
ハンドルを握りながら、伊地知が口を開いた。
「対象は埼玉県との県境に出没した特級呪霊。ただし、すでに複数体確認されており、少なくとも三体以上の存在が報告されています。」
「……そんなにポンポン出るもんなの、特級って。」
キルアが窓の外に目を向けたまま、呆れたように言った。
「なんか、等級の基準、見直したほうがいいんじゃない?」
「……以前は、こんな事態はあり得ませんでした。」
伊地知が少しだけ声を落として続ける。
「しかしここ一年、特級クラスの呪霊が異常な頻度で発生しています。明らかに何かが狂い始めている。」
車内に一瞬、重苦しい沈黙が落ちる。
やがてキルアが、ふと思い出したように言った。
「そうだ。今日グラウンドにいた、長髪を後ろで結んでた人……あの人、五条先生とどういう関係?」
伊地知は表情を引き締めた。
「……夏油傑さんですね。彼は五条先生と同じ“最強”と称された術師です。学生時代は常に共に行動し、並び立っていました。元は高専の教員でもありました。」
「そうなんだ……。あの背中、只者じゃないってのはすぐわかったけど。」
キルアが独り言のように言う。
「夏油さんは、九州の大規模呪霊発生――特級呪霊8体、一級呪霊12体、合計20体の殲滅任務にあたっていました。」
「……20体!?」三輪が目を見開く。
「はい。あの方ほどの術師は、そうそういません。」
伊地知の声には淡々とした口調の裏に、わずかな畏怖すら滲んでいた。
「特級術師ってそんな何人もいるの?」キルアが訊く。
「キルア君を含めて、現在日本には五人の特級術師がいます。そのうち任務にまともに出てくれるのは、ほんの数名だけです。」
「生徒にも一人、乙骨憂太君という方がいます。現在は東北地方の特級呪霊討伐任務中です。」
「へぇ、そいつも強いんだ?」
「ええ。“里香”という特異な存在を伴う術師です。」
そのまま数分、車内には言葉のない時間が流れた。窓の外には、もうすっかり人の気配のない建物が続いている。
その静けさを破るように、キルアが不意に言った。
「……三輪。」
「ん? どうしたの?」
「今回の任務……嫌な予感がする。」
静かな声だった。その響きには、軽口でも冗談でもない、深い直感から来る何かがあった。
「え……?」
「だからさ。もし俺になんかあったら……すぐに伊地知さんのとこ行って。絶対、無茶すんな。」
「な、なにそれ……! やめてよ、縁起でもない……!」
三輪が震える声で返すが、キルアは笑ってみせた。
「大丈夫。俺の勘、外れることの方が多いし。」
だがその笑顔は、いつもの無邪気さと違って、どこか――切ない影を背負っていた。三輪はその違和感に気づいたが、何も言えなかった。ただ、胸の奥で何かが軋んだ。
「もうすぐ到着します。」
伊地知の声がそう告げると、車はゆっくりと目的地の開発が頓挫したショッピングモールの駐車場へ入っていった。
車を降りた三人の前には、張り詰めた空気と、不穏な気配が満ちる風景が広がっていた。
任務は、始まろうとしていた。