雷光、呪の渦中へ   作:ぴーまんねこ

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第三十四章 侵食

「帳を下ろします。」

 

伊地知の低く落ち着いた声と共に、空間の境界がひとつに収束する。淡くゆらめく結界が、開発途中に廃墟と化したショッピングモールの建物を静かに覆った。

 

「さ、気引き締めていこーぜ。」

 

横に立つ三輪に向け、キルアがいつもの軽い調子で声をかける。その顔には笑みさえ浮かんでいたが、三輪はふと車内での会話を思い出し、少しだけ表情を曇らせた。

 

(もし俺になんかあっても、絶対戦わないで――)

 

「……うん。行こう。」

 

二人はモールの一階部分へと足を踏み入れる。打ち捨てられた鉄骨と半端に仕上がった内装が、時間の止まったような空間を作っていた。仮設照明の枠組みが崩れかけ、フロアには散らばった資材と機材の残骸が残る。

 

「けっこうできてたんだな。ここでやめちゃったの、もったいないな。」

キルアが天井を見上げながら言った。

 

「そうだね……でも、噂によると、この建設に関わった人、今誰も生きてないみたい。」

三輪の声は少し震えていた。

 

「……は? 全員死んだってこと?」

 

「亡くなった人もいるけど、行方不明になった人も多いって……。」

 

「なんだよそれ。超いわくつきじゃん。」

 

「まぁ、だから途中で工事も止まったんだろうね。」

 

その時だった。

 

――ゴゥゥン……

 

重い空気を裂くように、正面奥――かつて婦人服売り場になるはずだった区画の影から、異様に膨れ上がった影が姿を現した。

 

「出やがったな……。」キルアが声を低くする。

 

「うん……あの呪力量、間違いない……絶対、特級……。」

三輪もすでに腰の刀に手をかけ、気を張っていた。

 

「三輪はここにいて、サポートしてて。」

 

言い終わると同時に、キルアの姿がスッと視界から消える。

 

――瞬間移動のような速さ。

 

次に彼が姿を現したのは、呪霊の背後。

 

「やっぱ遅いね。」

 

無感情に、だが明確な殺意をこめてキルアが呪霊の背中を思い切り蹴り飛ばす。鉄骨のフレームを折りながら、呪霊は奥の空き店舗――婦人服売り場の中へと弾き飛ばされた。

 

「やった……!?」三輪が声をあげかけたそのとき、

 

「うっ……!」

 

キルアが頭を押さえて、その場に膝をついた。

 

「キルア!? キルア、大丈夫!?」

驚いて駆け寄ろうとする三輪。

 

「来るな! まだあいつ、生きてる……!」

苦痛に顔をゆがめながらも、キルアは三輪を制止した。

 

次の瞬間――

 

「ギャアアアアアアッ!!」

 

異様な咆哮と共に、さっきの呪霊が店舗の壁を破って飛び出してきた。その右腕は異様なまでに肥大化し、筋肉の束が不自然に膨れ、皮膚が裂けたようにひび割れている。

 

その巨大な腕が、一直線にキルアへと襲いかかる。

 

――ドゴッ!!

 

衝撃音と共に、キルアの体が宙を舞い、数メートル吹き飛ばされて壁に激突する。

 

「ぐあっ……!」

 

「キルアァ!!」

三輪が絶叫し、駆け寄ろうとする。

 

「来るな……。」

血を吐きながら、それでもキルアは三輪に背を向けたまま言った。

 

彼の肩が小さく震えている。呼吸は荒く、額には冷や汗。だが、その中で目だけが鋭く光を取り戻していた。

 

「……慣れてきた。」

低く呟く。

 

バチバチッ――

 

掌から走る青白い電流。次の瞬間、キルアの全身に電気がまとわりつく。髪が逆立ち、空気すら震えるような緊張感が空間を支配した。

 

「俺の頭の中、誰かが手ぇ突っ込んでかき回してんのかと思ったけど……なんとなくコツがわかってきた。」

 

顔を上げる。

 

その瞳には、確かな光が宿っていた。

 

「さぁ……ここからは、俺のターンだ。」

 

目の前で唸る呪霊へ、キルアが一歩、ゆっくりと踏み出した――。

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